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029_見失っているのは?

 見失っているのは?何だ?何でしょう?何なのだ?


 自分を最初に見失っているから、先に進めないのではないか、いやまあ、自分がなくとも物語は進むものではあるのか、そもそもそれを探すことが物語のテーマになるのではないか自分探しをするために、遠い異郷の地へ赴く必要があるのか?


 自分探しの旅に出ることは本当に自分自身を発見することができるのであろうかなとか、いやまあ、テンプレではあるけれども、それっぽい何かが得られる可能性がないわけではない、のかも知れず。


 迷走しているだけの話ではないのかな、作られた人格が安定していないということもありそうではあるけれども、そもそも、その人格そのものもこちらの自由になるということであれば、結局どうなるのであろうか?


 何度も考えるけれども、好きにすれば良いと言われて、その好きもどのようにも決めることができるということであるならば、一体こちらは何を好きになれば良いのであろうか?

 

 基準となる点が存在しないまま、どこかに行こうとしてもそれは迷子にしかならないわけであり、無限に広がっている世界に対して、行き先が定まらないのであるならば、それは全く移動しないまま迷子になっているようなものではないだろうか?


 世の中の平均値というか、流行り廃りの環境をそのまま価値観に落とし込んでそこから選択するべきではなかろうか、いやそもそも、そのような情報を正確に入手することができるのであろうかというあたりに疑問を抱いたほうが良いのではなかろうか?


 私はそれを完璧に入手して誤解なく理解することができる上に、的確に判断して自分の利益へと繋げることができる、神様であるから、そうなのである、外の情報は正確に知ることができるのである、世間に求められているエピソードを創造することが可能なのである。


 がしかし、自分がやりたい何かはそこにはないのではなかろうか?つまりは人を喜ばせることあ自分を喜ばせることにつながっていないのではないだろうか?


 自分だけが幸せであれば良いという、エゴイストな考えではないだろうか、いやそれほどに傲慢なほうが良いのではなかろうか、神様というくらいであるのであるからして。


 悪神になろうが善神になろういか実のところ気にしていない、のであるならば、周囲を悲観と混沌の渦に巻き込んでおいて、好き勝手に、破壊のかぎりを尽くすことが楽しいということにもなりかねないのではなかろうか?


 自分の物語であるから、それは作者の自由にできるものであるとか、言い切ってしまうと、やはり語弊があるのであろうかな?いや登場人物が好きに生きれる契約で、あったならば、そもそも出演しないという選択肢もあるのではなかろうか?


 舞台で見失いそうになりそうではあるね、目的を。

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