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013_市民あなたは、シアワセ?

 自分自身が幸せと感じるのであるならば、どのような状況であろうと、環境であろうと、ストーリーであろうと、問題ないのではないかという気はするんだけど?


 ようは、どのようなことが幸せに感じるのかということから決定できるのであるから、こう、最後に、ああよかったなぁ、とか言わせれば、どんな目に合わせても良いんじゃないかなという、ロジックではあるね。


 いやまあ、そうだね、それを決めるところから始まっているから、そういうのを幸せだと思うような物語は嫌だなぁという意見が出るので、決まらないことも確かではあるか。


 逆に、とんでもない悲劇でも、演じる方というか、設定を作る方が満足してしまって、終わった後で、良い悲劇だったなあ、泣けたなあ、泣かしたなあ、という強めの肯定的な感想を得られるなら、実は、登場人物は満足しなくとも良いのであろうかなとも言えるわけか。


 所詮虚構の産物であるならば、その創作物の受け手に喜んでもらうというか、感情を揺らせるために、ひどい目に会ってもらってもいいんじゃないかということでもあるのだろうね。


 問題は、この物語の登場人物を演じるものにとっては、別に、観客を沸かせる必要はないんじゃないかなとか、そういうことに興味はなくて、自分がどう楽しめるのかというところを追求したいという欲求が強い、もしくはそれしかない場合もありそうではあるんだけれども?


 虚構とはいえ、人生を一つ、体験できるのであるならば、素晴らしい、幸せに満ちた、肯定感のある、快楽に塗れたものを、演じてみたいといか、入り込んでみたいという願望もまた普通にありそうな望みではあるわけでありますし。


 主体をどうするのかという話ではある、のかな?


 創作物として物語として、それを受け取る方を楽しませるために、設定を盛ってみるのか?


 単純に自分自身が気持ち良くなるために、環境やら状況やらを整えておいて、最後まで娯楽というか趣味的に進めるのか?


 どちらが良いのかというか、そのどちらでも選べるわけであり、これは結構困る選択肢なのではないのであろうかなと。


 エンタメで、人を楽しませる、感情を揺さぶることが好きかどうかという問題でもありそうではあり。


 役者としてここにいるということであるならば、そちら側であるということになるのでしょうかね?


 いや、そうであっても個人の快楽を優先するというやり方も、別に否定するような要素はない気がするし。


 神様としては、結構どちらでも楽しめそうではあるな!


 少年はどうしたい?


 というか、どんな立場で物語に出演したい?

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