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21話 ~やる気~

 


「なんか顔ニヤついてない?」


 トイレから戻ってきたところで黒髪の天才剣術少女、シャルル・ド・ゴールに不審そうな表情で言われた。


「総合優勝目指すぜ」


「はぁ!?なによ急に」


「I'M NUMBER ONE」


「なんか訳の分かんないこと言ってるんだけど」


 シャルルの顔が今までに見たことが無いくらいに歪んでいる。しょうがないじゃないか、さっき可愛い俺のファン(子兎ちゃん)に頑張ってくださいって応援されちまったんだからな。そりゃあ男として頑張らない理由は無いだろう。


「顔キモッ」


 レイは面倒くさそうに息を吐いた。


「獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、か………」


 前髪を捩じる。


「何遠いところを見てんのよ、トイレで一体何があったっていうの」


 そうこうしているうちに受験番号がアナウンスされた。次の競技は「1500m走」だという。さっきから走る競技多すぎないか?


「まあいいけど、次も絶対に勝ってよね。油断して負けるとか絶対に許さないんだからね」


 体が一歩前に出るくらいに強く背中を叩かれた。


 今までの中で一番痛かった気がする。この黒髪天才剣術少女は強く叩くほど気合が入るとでも思っているのだろうか。だとしたら大勘違いだ、誰か教えてやってくれ。


 しかしまあ長距離走には自信がある。


 なにせ道場に行った初日に鬼婆に散々追い掛け回されたからな。あの日は知った距離は1500mなんてもんじゃない。今でも時々夢に見るくらいに最悪な経験だったが、そのおかげで自分は持久走が強いということを知ることが出来た。


 結果、50人中の1位。


 参加人数が多すぎて驚いたが、すぐに気持ちを切り替えて、強い気持ちとフィジカルで一番前のスタート位置をとることが出来たのが勝てた要因の一つだろう。


 席に戻ったらシャルルが監督みたいな顔をしながら拍手しながら褒めてくれた。お前はいつから原監督になったんだよ。せっかく頑張ったんだからその褒め方は止めてくれよ。


 そんなことを考えながら待っていたら、1時間くらいは立っていた。競技のテンポが速すぎるのも考え物だが、遅すぎるのも嫌だ。


 こんな大変な受験はとっとと終わらせたい。ここまでの段階でもうかなり疲れていて、今日はかなりぐっすり眠れそうだ。



「次は腰紐奪い合い対決です!」


 ようやく流れたアナウンスから聞いたことのない競技名が言われた。


「これはトップマウンテンテレビからの要望で追加されたサプライズ競技です」


 はあ!?またあいつらか。


「この競技は参加希望者全員が集まってそれぞれの腰紐を奪い合います」


 希望参加者?どういうことだ。


「この競技では参加者同士の攻撃が許可されています。ただし武器の使用と急所攻撃は禁止されています。スタッフが厳しくチェックしていますので違反した人は失格となりますので十分に気を付けてください」


 周囲から歓声が上がる。


「やったじゃないのレイ、あんたの得意種目よ!」


 シャルルのテンションも上がっている。


「一番得意な急所攻撃が禁止されてるのは痛いけど、それでもあんたって剣よりも徒手で戦う方が得意だもんね。やったじゃないの、絶対に1位間違い無しよ!」


 こいつは俺の事をそういう目で見ていたのか。俺は急所攻撃が得意なのでは無くて、お前の道場でそう教えられたからやっているだけだ。


 なぜこんな簡単なことが分からないのか分からない。



「みなさーん、元気ですかー!これは私たちが考えたとっても楽しい競技です」


 アナウンスの声が急におばさんになった。明らかに朝から校門の前で待ち構えていたテレビクルーだろう。


「今までの競技よりも少し激しい部分はあるので怖い人は参加しなくても大丈夫。ただこの「腰紐奪い合い対決」は他の競技よりもポイントの大漁獲得が来たい出来ますのでぜひ参加してね!皆さんの頑張りはちゃんカメラで撮っていますのでテレビで放送されるかも!?優しい心と笑顔でみなさん楽しく頑張りましょう!」


 なにが優しい心と笑顔だ。


 この受験はそんなに甘いものではない。この学園に入学出来れば将来は明るいと思い込んでいる、親たちの血走った眼を見ていないのかお前らは。


 攻撃が許可されているっていうことは、殴り合いさせる事前提の競技じゃないか。腹が立つ。あいつらの魂胆は見え透いている。


 テレビ局は玉入れや徒競走では視聴率が取れないと思って、より過激な協議を提案したに決まっている。結局のところ俺たちを見世物にして金を稼ぐつもりなのだ。


 学園も学園だ、どうしてこんな提案を受けるのか全く理解できない。



 レイが憤っていると、後ろの方から気合を入れる野太い声が聞こえた。周りを見渡してみると親が子供の前に仁王立ちして、この受験で勝つことがどれだけ重要なのか言い聞かせているの親があっちにもこっちにもいる。


 まるで洗脳。


 どうやら参加者の親たちは多少の危険などものともせずにこの競技に勝負をかけるけているらしい。たしかにこの王立ワシントン学園はこの国で最も格式の高い学校と言われているから入学させたいのも分かる


 あまりにもひどい光景に溜息をつきたくなる。


「絶対に勝つのよ!」


 隣にも野太い声がいた。


 黒髪の少女が鮫のような目をしながら背中をバシバシ叩いてくる。攻撃が許可されていると知ってますます気合が入っている節すらある。



 出たよ異世界。


 この世界ってこんなのばっかりじゃないか?


 子供に殴り合いをさせて何が楽しいのか、許せない。こんな反吐が出るような提案を平然と受け入れる学校になんか行くつもりは毛頭ない。


 辞退しよう。


 正義と倫理。


 この二つの槍を心に持って俺は人として清く正しく生きる。今すぐに運営のテントに行って正しさを伝えよう。こんなことは間違っている。誠心誠意話せばきっとわかってくれるだろう。


 私はこのふざけた戦いを終わらせるのだ。


「あっ」


 ロングヘアーの女の子。


 トイレに行く途中で出会った女子二人組とばったり出くわした。腕に腕章を付けて運営のテントの所にいる。予想通り運営の手伝いをしているらしい。


 無言でこちらを向いて「がんばって」という両手を握ったポーズで応援された。


 可愛い。


 いまのは可愛かった。


 運営だから個人を応援してはいけないのかもしれない。不正を疑われたりしたら嫌だから。だから声を出さずにポーズだけで応援してくれたんだ。



 レイは深く息を吐いた。


 しょうがないな。


 首を回す。


 やるしかないか。


 まあ確かに酷い競技だとは思うが参加は強制では無い。やるという意思表示をした以上は、やられることも含まれる。これは当たり前のこと。子供だからと言ってもその責任は自分にある。


 この世はしょせん弱肉強食。


 世界が変わろうともそれは同じ。自分が望む道は自分自身の力で勝ち取っていくしかないのだ。


 人間も動物の一つに過ぎない。


 この状況はサバンナの猛獣が肉を奪い合うようなものだ。子供だからなんだと言い訳にはならない。それを可哀そうだなんだというのは人間のエゴに過ぎない。世の中とはそういうものだ。


 綺麗事など塵。


 この受験で優秀な成績を修めれば、たとえ不合格だとしても国から奨学金が出る。返す必要のない奨学金。それがあれば随分と家計を助けることが出来るだろう。


 家族が応援してくれているのだ。


 家族のためにも俺が諦めるわけにはいかない。


 家族のための戦うぞ俺は。


 甘さは捨てろ。



 そうとなれば運営に質問しなければいけない。


 急所攻撃とは具体的にどこの箇所への攻撃なのか。


 ボクシングでは後頭部への攻撃は反則とされている。しかし相手の目を狙うことは反則ではないし、傷を狙うことも反則ではない。


 さらに他のケースも考えられる。


 総合格闘技では締め技や関節技が決まった場合にレフリーが試合の判断で試合を止めることがあるが、この競技ではどうなっているのだろう。


 もし相手がかわいそうだからと解放した後に、「死んだふりでした」で攻撃されてはたまらない。レフリーが止めないのであれば、しっかりと相手を破壊することになるのだが良いのだろうか。


 当たり前だがルールを知らなければ競技は出来ない。


 もし運営が武器が無ければ安全だと思っているとしたら大間違いだ。子供の喧嘩を想像しているとしたら大間違いだ。


 こちらは武術の鍛錬をしている。


 武術とは人間の体の構造を理解し、破壊するための技術。それを学ぶために俺が毎日道場に通っているのと同じように、ほかの参加者の中にも武術を習っているものがいるだろう。そのふたりが出会えばどうなるか想像するのは簡単だろう。


 獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。


 全力で戦うことこそが相手への礼儀なのだ。



 そこには迷いのない力強いまなざしで闊歩する漢がいた。




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