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16話 ~学校~

 

 朝の空気に満ちた道場はとても清々しい。そんな美しい時間の中にそわそわした様子の黒髪の天才剣術少女がいる。


 彼女の視線の端には黒髪の少年。


 意を決したように歩いて行き、少し息を吸いこんでからシャルルはぎこちなく朝の挨拶をした。


「それでさぁ、あんた………学校とかは、どこに行こうとか考えてるの?」


「学校ね………」


 少し考えてから言う。


「今どうしようかと悩んでるんだよね」


 シャルルとは対照的に、リラックスした様子で柔軟体操をするレイ。


「悩んでるんだったらワシントン学園にしなさいよ、あそこはすごく良い所よ」


「ワシントン?」


「そう。だってあそこはこの国一番の学校なのよ、どうせ学校に行かなきゃいけないなら一番いい所に行った方が将来のためには絶対に良いでしょ?」


「それはそうだけど………」


「じゃあ決まりね!ワシントンで決まり!」


 妙な圧力を出しつつ迫る。


「それはないよ」


 レイは笑った。


「なんでよ!」


「だってあそこに行けるのは王族とか貴族の子供だけでしょ。そのために作った学校なんだもん、だから僕が行く様な学校じゃないよ」


「え!?嘘!」


「シャルルはそこに行くんでしょ?前にテレビで見たけど、建物はお城みたいですごかったな。先生も一流の人たちを呼んでるらしいじゃない、やっぱりどこの世界でも格差ってあるんだなと思うね」


 太腿の裏を伸ばしながら言う。


「しかも国立じゃなくて王立なんでしょ?王様が立てた学校ってなんかすごいよね。うらやまし………くは無いけど、悩まなくていいのは良いよね」


「うそ………」


 かなり動揺しているシャルルだがストレッチをしているレイはそれに気が付かない。


「一般人でも入れる学校の中で一番いいのは国立アダムズ学園だけど、試験がものすごく大変らしいね。国中から優秀な子供たちが集まって来るって聞いた。知ってる?試験は子供だけじゃなくて親も準備しなくちゃいけないんだよ」


 レイが笑う。


「アダムズなんか親も作文を書かされるらしいよ、それを知ったうちの父親は「絶対に嫌だ」って言ってて笑ったな。あれ、シャルル大丈夫?」


 顔色の悪いシャルルにようやく気が付いた。


「なんで私一人で行かないといけないのよ!」


 突然シャルルが叫び声をあげた。


「いきなり何さ」


「学校の話よ学校!」


「それはわかるけどなんでいきなり叫ぶのさ」


「叫ぶわよ!私一人でそんなとこ行きたくないでしょ?!」


「そんなこと言われても………」


「あんたもワシントンに来なさいよ!」


「いやだから、それは無理なんだよ。あそこは身分の高い人たちのこともが行くところなんだからさ」


「無理とかいうな!」



 その時、道場の扉が開く音がした。


 何か嫌な予感がしたレイがすぐに見たら、そこにいたのは鬼婆ことアダチ・ド・ゴールだった。


「うわ、」


 しばらく立ち止まった後で、真っ直ぐにレイの方へ向かって歩いて来る。


「なんだい?その嫌そうな顔は」


 嫌な予感的中で、一番会いたくない人物が目の前にいた。


「なんだい?」ってなんだよ、今まで自分が何をしたのかを振り返って見ればその理由はおのずと明らかなはずだ。面倒なことになりそうだから思ってるだけで言わないけど。


「レイ。あんたには王立ワシントン学園の入学試験を受けてもらうよ」


「ええぇ!」


 シャルルが嬉しそうな声をあげた。


 ちょっと待ってくれ、そこは王族や貴族が通う学校だろう。そのどちらでもない俺が入れるような学校では無いはずだ。入りたくもないし。


「そのことなら心配いらない。今年から才能のある庶民にもいくつかの席が設けられるようになったんだよ。大きな才能を持った子が身分によって最高の教育が受けられないのは国にとって大きな損失だという事でね」


 いかにもお役所的な考え方に呆れる。


 そんなところにいきなり庶民が入ったとしたら苦労するのはその子供。そんなことしたら虐めとかが当たり前に起きるだろう。偉い奴らはなぜ誰でも分かることを想像することが出来ないのだろう。不思議だ。


「あんたの母親は喜んで受験させるって言ってたよ」


 え!?なんでですか My Mother。


「これをみな」


 そう言うとアダチの後ろから影のようにスッと、背の高いアッシュグレーの髪色をした女の人が出てきた。そしてその手の上に乗せている服を見せてきた。


 なにこれ?


「王立ワシントン学園の制服だよ。あんたのサイズぴったりで作ってある。この日のためにわざわざ仕立てたんだから感謝するんだよ」


 何言ってるの、勝手に作ってこられても感謝なんかするわけないよね。


「あんたの母親はこれを見て大喜びさ」


 え!?なんでですか My Mother。


「昔からこの学校のこの制服に憧れていたそうなんだよ。あんたは知らないだろうけど、ファッション業界では神様みたいなデズモンドという人がデザインした制服で、制服の完成形ともいわれているからね。だからあんたがこれを着ている姿が見たいんだと、そう言ってたよ」


 うわー。


 ものすごく想像できる光景だ。どこの学校がいいかというのは家族で話し合ってはいたが、その時に母親が注目していたのは学校の制服だった。俺と父親はそんなのはどうでもいいと思っていたが、母親は制服の可愛さが大事らしい。


 というか、学校に入る前から制服を準備するって意味が分からないんだけど。


「受験の時にはこれを着ていくのが決まりなんだ。これは私たちからのプレゼントさ、ありがたく受け取るんだよ」


 いらんプレゼントだ。行くつもりのない学校の制服を貰って誰が喜ぶというのだ。


「さあ、着替えな!」


 は?


「受験は今日の午後からだ。着替えたらすぐに準備を始めるよ」


 準備?


「受験の準備に決まってるだろう?面接と筆記試験と作文があるからね。少しは頭に入れて置かないといけないだろう」


 ちょっと待ってくれ、俺は受験なんてする気はないんだが。


 というかそもそも受験の準備はその日の朝から始めるものじゃないと思う。一応、家庭教師を付けて毎日家で勉強はしているが、受験勉強ではなかった。


「いいじゃんレイ!絶対に受かって!」


 全然よくない。


「お前の母親はかなり張り切っていてね、さっそくお前と私たちが食べるための弁当を作り始めているよ」


 何を言っているのか意味が分からない。


「知らないのかい?」


 なにをだよ。


「受験項目の中には運動能力試験というものがあるんだけど、家族は学園の中に入って競技をしている子供の様子を見ることが出来るんだ。だからアンタの母親は昼休憩の時に食べる弁当を作ってるのさ」


 運動会かよ。


 大勢に見られながら受験するって、子供にとったら地獄じゃないか?誰が考えたんだよそのシステム。運動会と受験を足すなよ。


「あんたの父親は残念ながら不在だったけど、母親のほうは絶対に応援しに行くと言っていたよ。安心しな。もうすでに前の方のいい席はとってあるからね」


 そんな心配はしていない。


「弁当は作らないといけないし、何を着ていくかも考えなきゃいけないから忙しいって嬉しそうにしていたよ」


 そりゃあ母親が喜んでくれるのは嬉しいけど。


「いまさら受験しないなんてなったら可哀そうだ。母親を悲しませちゃいけないよ、いつまでもあると思うな親と金、という言葉があるだろう?」


 きつい。


 とにかくきつい。


「シャルルも行くかい?」


「もっちろん!」


 アダチの言葉にシャルルはすぐに頷いている。これほど張り切っている姿は見たことが無い。


「行く行く絶対に行く!頑張ってよレイ!絶対合格してね!」


 シャルルが背中をバシバシ叩いてくる。


 ちょっと待ってくれ。


「時間が無いんだ、準備を始めるよ」


 アッシュグレーの女の人が服を脱がせ始めた。


 ちょっと待ってくれ、そんな学校には行きたくないんだけど。


「安心しな。いくらなんでも準備不足だからね、不合格だとしても誰も無いも言わないさ」


 アダチが目を見ながら言う。


「それにねぇ、もし筆記試験と運動能力試験のどちらか片方だけでも合格することが出来れば、ほかの学校を受験するときには受験が免除になるのさ。だから不合格だとしても損するわけじゃないよ」


 そうなの?後で受験勉強をしなくてすむなら、それはありがたい。


「それから国からも奨学金がでるから普通の生徒よりも授業料が大幅に免除にもなるんだ。あんたの家にとっても家計が楽になるってわけさ。どうだいいい話だろう?」


 授業料も免除?それもずいぶんといい話だな。


「それに見てみな。シャルルはこれだけ張り切っているし、あんたの母親だって同じくらいに張り切っているんだよ。いまさらやらないなんて言えっこないだろう?」


 アダチはニヤリと笑った。


 嵌められた。


 やはりこの鬼婆が出てくると碌なことが無い。


「絶対!絶対合格してよ!」


 シャルルの目の輝きがすごい。



 それじゃあ頑張ってみようか。



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