13話 ~練習試合~
鍛錬が終わり普段なら人が去っていくはずの道場。しかし今日は皆、興味深そうな顔をして二人が立ち会う様子を見ていた。
一人はレイ・フェリックス。五歳の少年でありながら剣術の基礎練習に好き好んで取り組む姿勢と、打たれても泣かない、大人とも対等に話をするなど、子供とは思えない落ち着きから、陰で変人とささやかれている。
もう一人はフェルナンド・ホセ・トーレス。名門と言われるこの天然理心流道場に三年ほど前に入門してきた若手。剣士としては攻守両面に優れたタイプ。性格がフランクで話し掛けやすいことから皆に好かれている。しかし最近は結婚したばかりの嫁の話ばかりをするので、陰で少し鬱陶しがられている。
シャルル・ド・ゴールが真剣な眼差しで見つめる。
いままでレイ・フェリックスという少年を見続けてきたが、自分から試合をしたいと言ったのはこれが初めてのはずだ。最初は呆れるほどに下手くそだったが、段々と隙が無くなってきて剣士の姿になっていることにシャルルは気が付いていた。
レイは普通の剣士と剣士の立ち合いではありえないほど、遠い距離から杖を構えている。普通にやればトーレスの圧勝。経験も技術も体格も何もかもが違いすぎる。しかもレイは剣の稽古はしているが杖の稽古はしていない。
しかしあの杖は魔道具だ。
魔武器には悪魔の魂が封じられていて、魔力を与えることで大きな力を発揮する。だから自分の方が有利だと思っても油断してはいけない。これは剣術をやるうえでの常識だ。
レイは相手との距離に注意しながらも、下腹部の魔臓から魔力を流す。
魔力が体を伝い魔道具に流れ込む。
杖の持ち手の髑髏の口から包帯のような白い布を勢いよく吐いていく。これが相手を拘束することに特化した魔武器であることは誰もが知っている。
しかしそれが父親には全く通用しなかったとレイは言っていた。反省していたようだから同じやり方をしてくるはずがない。自分から試合を申し込んだ以上はなにか試したいことがあるはずだ。
髑髏が吐き出した布はトーレスに向かうこと無く、レイの体の近くで形を作っていく。
まるで蜘蛛の巣。
「なにそれ、どういうことなの?」
さすがのトーレスも戸惑って声をあげた。しかし黙って立っていることはせず、足を運び、立ち位置を変えながら相手の様子を見ていく。
「さあ、どうでしょうね」
レイは持っている杖を動かしてトーレスの動きに対して対応していく。
悪くない対応だ。
剣術において相手に自分の体の横を取られてしまってはいけない。さすがに基礎ばかりやっているだけあって基本的な動きは出来ている。
蜘蛛の巣はどんどん大きくなっていく。
一方のトーレス。
間合いが遠すぎてこのままでは打ち込むことが出来ない。レイと自分の間に蜘蛛の巣があってうかつに飛び込むことが出来ない。
もうすでにトーレスの身長よりも大きくなっている蜘蛛の巣を躱し、剣の間合いに入り込むにはかなり大回りをしないといけない。
「それに捕まったらどうなるんだ?」
「どうでしょうね、捕まってみたらどうですか?」
言葉で揺さぶりをかけても全く動じる気配はない。話しているうちに一度立ち止まり、また動くという事をやってみたが、レイはすぐに位置の調整をしてトーレスと自分の間に蜘蛛の巣の広い面が来るようにしている。
これは明らかに罠だ。ここにトーレスが飛び込んでくることを待っているに違いない。
「これならどうだ!」
トーレスは蜘蛛の巣に向かって上段から剣を振り下ろす。蜘蛛の巣ならば棒を使ってからめとってしまえばいい。
ぶにょん。
変な感触がして蜘蛛の巣が剣にまとわりついた。そして蜘蛛の巣と剣がその勢いのまま床と触れてくっついた。剣を引っ張って見ても蜘蛛の巣がゴムのように伸びるだけで取ることが出来ない。
「なんだよこれ!」
さらに力を込めて引っ張ろうとしたとき、蜘蛛の巣が飛んできた。
ほとんど距離が無かったにもかかわらず、トーレスはサイドステップを使って何とか躱した。ただの反射的行動。後ほんの少しでも遅ければ、蜘蛛の巣に絡みつかれていたはずだ。
着地したところに髑髏がさらに三本の布を吐いた。
「んなろ!」
身体強化。
使わないと決めていた魔力による身体能力を向上させる技。変幻自在に変化する三本の布を躱して、なんとかレイの元へたどり着き右のフックを見舞う。
左頬の寸前で右の拳が止まる。
「負けました」
悔しそうにレイが言った。
道場から歓声が上がる。期待以上の戦いぶりであることは明らかだった。




