23 死んだ父さん、母さん、報告します。俺、告白されました。
何十人と挨拶したか分からない俺とミュウミュウは、なんとかパーティを抜け出して、他に人がいないテラスへと逃げ出してきた。
「ふう……。さすがに疲れたですわね」
「ああ」
「……」
「…………」
「………………」
「……………………ミュウミュウ、お前、元王女様とか、現王の姉とか、魔塔主とか、いったいどういう訳だ?」
「そのままですわ」
「そのままって……それですませられるか!?」
「すまないのは、わたくしを子供だと思っていたからでしょう? わたくし、何度も言ったわよね。『見た目よりもずっと大人なんですのよ』って」
「……そりゃ、言っていたけれどさ……。でも、それをそのまま信じられるわきゃないだろ?」
つい、視線がミュウミュウの主張もなにもないささやかなおっぱいに向けられる。その結果……。
ズバコ――――ッン!!
俺の顔が半分、壁にのめり込んだ。
「わたくしだって、大人の体になりたかったですわ!!」
「……す、すまん」
目の端に涙を貯めたミュウミュウを見れば、文句の言葉も引っ込んだ。
「アークは、やっぱりお胸の大きな女性が好みですの?」
「え? いやあ……」
そうだと言ったら、また殴られそうだ。それよりも、泣かれる方がつらい。
「もちろん、そうですわよね。アークの田舎から一緒に出てきたあのクソビッチもお胸だけは大きかったですし、パーティメンバーのうさぎの獣人さんは、健康的なお胸の持ち主ですもの。それにパーティーでアークが鼻の下を伸ばしてお話していた、イタリアル王国の隣国、ムーラン王国のメイザ王女も魅惑的なお胸でしたものね」
見られていた! 俺が鼻の下を伸ばしていたのを!!
でも仕方なくない!? 特にメイザ王女は砂漠の国の褐色のつややかなおっぱいを申し訳ない程度に隠した、極上のおっぱいだったんだから!! でもこれを言ったら、ミュウミュウに殺されるに違いない。
「い、いや……あの……その……」
「他にも、お胸の大きな令嬢たちからたくさんアピールされていましたものね!! 嬉しいでしょ!?」
そりゃ、心底嬉しかった! 嬉しかったよ!! それが俺じゃなくて、最短卒業記録を作った魔術師に向けられた笑顔だと気付くまではさ。
「……そう」
ん? あ、また心の声が口から出てたか。しまったと思ったものの、なんだかミュウミュウは嬉しそうだ。
「……ところで、そっちこそなんだよ?」
「わたくし?」
「その……。元王女とか、王様の姉とか、魔塔主とか……」
「そのことですの……」
「ん?」
「いえ」
ミュウミュウは少し疲れたように笑った。
「そうですわね……。わたくしは前王の第一王女として生をうけましたわ。名前は……ミュウミュウではなく、本当はミュウランと申します。ミュウミュウと名乗ったのは、素性を知られたくなかったから……」
「素性?」
「その……年齢とか……」
「ああ……」
確かに女性にとって年齢とはパンドラの箱だ。知られたくないのは当然だろう。けれど、それにしたって……なあ?
ミュウミュウは――あえてミュウミュウと呼ぶけれど。だって、ミュウランなんてそんな風に呼んだら、別の人みたいで。――ふいっと顔を背けた。
「幼い頃から、私の魔力は強すぎました。私は幼い弟――今のイタリアルの国王を、習ってもいない魔術で傷つけてしまったのですわ。私は自分が自分で恐ろしくなりました。それで、まだたった八才で魔術学園に入学したのです。でも、誤解しないで。家族仲はよかったのよ。弟も傷が残っても、『姉上、姉上』って慕ってくれたわ。今はひげもじゃな立派なおじさんだけれど、あれで子供の頃はかわいかったのよ」
ミュウミュウはクスッと笑った。
「あの王様がかわいかった……? 想像できないな」
「そうよね」
ミュウミュウは星が瞬く夜空を見上げた。
「魔術学園は楽しかったわ。魔力のコントロールを覚え、強い魔術も微細な魔術もなんでも覚え、ダンジョンを攻略していく。あなたに抜かれるまで最短で魔術師になった才女として尊敬され、魔術師になってすぐに魔塔に残る決心をしたわ。浄化魔術を専門分野に選ぶと、めきめきと成長したの。けれど、私の浄化魔術は強すぎたの……。瘴気を浄化するとともに、私自身の体の成長に必要な何かも浄化してしまったのね」
「……そうか」
強い魔術には反動があると聞いたことがある。それがミュウミュウにとっては成長だったんだろう。だとしたら、俺もそのうち何かの反動があるのかもしれない。
「魔術師としても初心者から賢者級まで一気に駆け上がったわ。けれど周りを見たときに思ったの。私には友達がいないって。仕方ありませんわよね、魔術学園を卒業したときも、私は十才を超えたばかり。周りは十代後半でしたもの……。魔術師になれば、周りはライバルだらけ。それに、王女として帝王学を学んでいた私は、魔術学園の学長という責任者になることも見込まれ余計に親しくする人もできなかったの」
……もしかして、ミュウミュウとおじいちゃんずのわちゃわちゃって、溺愛とかそんなもんじゃなくて、あれは本当はトップ会議かなにか……? うわ~。見方が変わる!!
「ですから、アークとまるで友達のように接したこの時間が本当に嬉しかったんですの。私がただの魔術師で、若者で、ただの恋する女の子でいられるようで……」
「え?」
ふわっと花びらが頬に触れたみたいだった。俺の初めてのキスは……。 びっくりして見返したミュウミュウは、疲れ切ったようにしぼんでいた。なんで?
「でも、もうアークに個人的には会いませんわ」
「え? なんで!?」
「なんでって……私は若者ではないのですのよ?」
「うん。で?」
「『で』って……。私、アークよりも、ずっとずっと年上ですのよ」
「うん。だから、それがなんで会わないなんてことになるのさ?」
「…………アークは嫌じゃありませんの? 私、本当はオバサンなんですのよ」
あ、そうか。ミュウミュウは俺が転生していることを知らないから。俺は前世と今の生を合わせたらもう五十歳は軽く超えている。だから、年齢のことなんて障害にならない。
「ならないよ! むしろ違法ロリじゃなくて、合法ロリってことでホッとしている!!」
「えっと……。『ロリ』?」
「あ、そこはどうでもいいから……。それよりもさ、さっきの……」
「さっきの?」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
「ミュウミュウ。もしかして今まで俺を……?」
「はい。お慕いしておりましたわ。初めて会った時からずっと……」
胸がドキドキして、キュンキュンしてなんだかジェットコースターに乗っているみたいだ。
「あの……お、『お慕い』って……つまり」
「私、アーク……あなたの事が……好き」
見慣れているミュウミュウの顔が、妙に色っぽい!
う、う、うわっ――!! まじか!
気付かなかった! いや、今思い返してみれば、思い当たることがたくさんありすぎる!! 俺、鈍感!! 俺、バカ!! 俺、最低!!
「初めて会ったときから?」
「ええ。ですからオーランドが入学の不正をとがめたときに、わずかに困惑しましたもの。そうかもしれないと……。だって、魔術学園に誘ったあの時、あのまま別れたくないと思ってしまったのも事実ですから」
「あ……」
そういや、村を出る馬車の中で、イービスとミュウミュウの間に妙な火花が飛んでいたのは、そういう訳だったのか!
「アーク」
「ひゃい!!」
「嫌だったらはっきり言ってね」
「ひゃい!!」
「わたくし、あなたの側にいてもいいの?」
「も、もちろ……」
ミュウミュウの目が薄くなって、というか、ほぼ閉じられて、俺の顔に近づいてくる。
え? え? え? え? こ、これ……これって、キキキキキキキキキス?
ほわっ!?
えっと、俺、俺も目を閉じた方がいいのか? 目を閉じたら、ミュウミュウの口がどこにあるか分かるのか!? あ、口! 口は尖らせた方がいいのか!? そのままにした方がいいのか!?
「むぐっ!」
ミュウミュウが俺の口を小さな手のひらで覆った。
「その前に、もう一つ……」
ミュウミュウはテラスの陰に向かって優し気な声をかけた。
「いるんでしょ? 出てらっしゃい」
へ? 今の、誰かに見られていたのか!? いったい、誰がそんな邪魔を――っ!!
「テ、テマ……テマテマテマテマテマリ!?」
美脚をスカートのスリットからさらけ出しながらも、もじもじと出来ていたテマリを見て、思わずギク――――――ッと体がこわばった。
え、え、え、え――っと。俺、悪いことしていないよな!? 今、ミュウミュウとキスしようとしたのは、悪いことじゃないよな!? なのに、なんで、ものすご――――――っく居たたまれない気分なんだ!? できるなら、この場で土下座して頭を床に叩きつけたいような気持ちなんだ!?
わ、わ、わ、悪いことしていないよな? していないんだよな? 俺、何も悪いこと、していないよな!?
「テマリ。わたくしは、アークに自分の気持ちを伝えましたわ。あなたはどうするんですの?」
「わ。私は……」
「わたくし、分かっていましたのよ。あなたがアークに『一生を捧げる』って言った本当の意味を……」
「わ、私は……」
「わたくしはアークを諦めるつもりはありませんわ。あなたは?」
「わ、私は……」
「諦めるなら、もう二度とアークの前に出てこないでくださらない? アークはもう自身の気持ちとは関係なく魔術学園の重要人物になってしまったわ。さっきのオーランドのように、これからアークには敵もたくさんできる。そんなアークの周りに、大した覚悟のない人間を置いておくわけにはいかないもの」
ハッとしたようにテマリは固まった。そのテマリの肩にミュウミュウは優しく手を置いた。
「後は二人で話すといいわ。私は……元王女としてやるべきことがあるから……」
そう言って、振り返らずにパーティー会場にスカートをたなびかせて戻っていく。
テラスに残ったのは、俺とテマリの二人だ。
「テ、テマリ……。あの……」
テマリは、意を決したように俺を見上げた。
「アークさん。聞いてもいいですか?」
「あ、ああ」
「ライオス様をあそこまで追い詰めたのは……私のため?」
うわ。上目遣いが、あざといくらいにかわいい。
「……ああ」
「私が殺されそうになったから……怒ってくれたの?」
「多分な」
「そう……。ねえ、アークさん……。わ、わ、私……、あなたに助けれたこの命、あなたのために使いたい。アークさんに『一生を捧げる』って言ったその意味。魔道士としてではなく、女として……」
「えっと。え?」
俺はつばをゴクリと飲み込んだ。
「アークさん。私も、あなたを愛しています!!」
そう言い放って、テマリはくるっと背中を向けてやはりパーティ会場に逃げ出していった。
「……」
え? 俺、二人の女性に告白された?
え? 二人のうちどちらかを選ばなくちゃいけないの?
え? 俺、どっちが好きなんだ?
前世と合わせて五十数年。二人の女性に告白されるという奇跡を目の前にして、俺はただただ、ひたすら固まっていた。




