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第九番歌:子に負かされて(三)

     三

 先んじて攻め入り、進退両難にさせる猛火をぶちかます。これが、はなびグリーンの定石だった。

「首、焼き切って、ねじ切ってやらあ!」

 衣装の裏に仕込んでいる、緑色のピンポン球を八個取り、指の間に一個ずつはさんでゆく。

「火すれば、花だっ! はなびボンバー!!」

 小型花火「時分(じぶん)の花」は、スーパーボールのような見た目をしているが、油断してはならない。表面にある小さい突起に衝撃が加われば、火花をあげて爆発する。悪党をひるませて逃げる隙を作れるどころか、軽傷を負わせることができる、れっきとした取り扱い注意な代物だ。ちなみに、製造者はいとこの唯音である。

 常磐色の火花と、煙で、雪洞の辺りは殺伐としていた。

「ひとたまりもねえだろっ!」

「ギ……ギギギ…………」

「おっ!?」

 錆びついた音が、煙をくぐって近づいてくる。

「ちょっ、マジかよ!? 手応えあったはずだぞっ!?」

 丸みのある頭部がぎこちなく揺れて、はなびボンバーの余韻を払った。袖から金色の折り紙が、ぽとりと落ちる。人の形に折られた、いわゆる「やっこさん」だ。半分が、燃えて卑しく欠けていた。

「……分身か」

 血が出そうじゃないかというくらいに唇を噛み、次の花火玉に爪を立てていた。

突怒偃蹇(とつどえんけん)っ、替え玉しやがって!」

 襟をつかみ、至近距離で爆発をふっかけようとしたが、

「ギギギギギ……ガ!」

 雪洞の灯が色を濃くして、グリーンとの間に金の折り紙を一枚出現させた。薄い壁だと思いきや、ひとりでに山折り、谷折りをやって、鶴に変わった。

(ちょう)氷画(ひょうが)()っ、んなもん、燃えカスにっ」

『わああああああああああああああああ!!』

 ひよこのマークがぴったりなどよめきが、雪洞とグリーンを目指して押し寄せてきた。外は快晴ならぬ快曇(生まれたてのように白かったから、グリーンが名付けた)にもかかわらず、鬼ごっこなのか!?

「待てい、あたしは遊びにつきあってるヒマは!」

 子ども達は、グリーンにたっちする気はさらさらなかった。何のために駆けてきたのかというと……。

「鶴、みいーっけ!」「あー! それ僕が一番だったんだい!」「やーやー、きらきらの鶴さんはあげないの」「おれのだ!」「私のものよ!」

 雪洞が折らせた金の鶴が欲しかったのであった。子どもには、ある物について、理屈という枠を破った価値を見出せる才能が備わっているのだ。

「どいてくれっ、あたしはそいつを倒さねえと、うぐ」

 数時間前は学生または社会人だった人々が、心身ともに、遊びが仕事のお子様になり果ててしまった。どれだけグリーンが言ってきかせようとしても、熱気を放っている頭をかき分けても、いたづらなことだった。

「けっ、一時離脱だ!」

 花火で蹴散らしてみようかと考えたけれど、戦いに無関係な人達を傷つけては「ヒロイン」ではない。それに、萌子から、赤ちゃんをおんぶする際の注意点を聞いていたのもある。「ときどきおろしてあげて、様子を確かめること」だと。

「あいつの指図は、受けてやらんでもねえかんな……」

 後ろへ下がるのは簡単だった。むしろ、児童の流れが、グリーンへの追い風になってくれたから。

 広場のベンチにまゆみを寝かせ、隣でひと休みした。開放感が、ハンパない。一人の命を預かるのは、岩よりも重かった。まゆみは、グリーンの不安をよそに(うま)()をしていた。

「んと、あいつらの進捗状況だな」

 左腕につけている、衣装と同じ色の腕時計みたいな物を口のそばまで持ち上げた。日本文学課外研究部隊の連絡手段、通信機だ。下部のボタンを押してフタを解錠、文字盤の、これまた下の矢印ボタンで話したい隊員を選択し、決定ボタンを押す。つながったら、文字盤に向けてしゃべれば通信できる。

「全体連絡モードだっ」

 文字盤にはまっている画面に〈ヒロインズ〉と表示される。ここで決定ボタン。

『萌子デース☆』『はい、夕陽です』『あ、えっと、ふみかだよ』『(わたくし)…………』

 四人の声が聞けて、お風呂につかった心地になれた。

「はなびグリーンだっ。避難誘導できてっか?」

『唯音先輩とうちは、C号棟二階の空いた教室にご案内しています。オルガンがあるから、うちが弾いたげたり、交代したげたりやよ。あと十人いけますよぉ』

『コチラ、グラウンドっス。萌子、だるまサンが転ンダ中デス。みどりんノ方ヘ脱走シタ子ガ、結構いマスな……』

『わ、私は、研究棟の一階に小さい子固めているよ。日文の先生が的確な指示を出してくださって、なんとか。子どもになっても、真面目な人なんだよね。は、はい、ただいま!』

 皆、順調にやっていた。まゆみのおなかを優しくたたいてあげて、通信機に話しかける。

「こっちは、ひとり作戦会議してた。ちびっこが折り鶴めぐってバトっててよ、相手に攻撃の隙ができねえんだ」

 楽勝っ、なんて嘘はつかなかった。仲間に吉報を伝えられなくて悔しくても、強がって見苦しい様をみせたくなかったのだ。

(わたくし)、援護に行く……です』

「いらん、いらん。姉ちゃん銃持てねえだろ。気持ちはもらっとく」

『リボンを飛ばせたら、力になれるんやけどねぇ』

「夕陽は常、刻苦精進してんじゃねえかよ。その分、あたしがやるっての」

『ごめん、赤ちゃんあやしていたんだ。ヒロインになれなくても、華火ちゃんを助けたいよ』

「忙しそうなのによ、ふみかに援軍頼むわけにゃいかねえよ」

『萌子、バトルフィールド近イっスよ。ドサくさニ紛レテ、鶴ゲットしてオトリにナりマス!』

「やめとけ。やつら目血走ってんぞ。ってか、だるまさんなんだろ、ヘタな動きしたら、アウトになっちまうぞ」

 伸びをして、グリーンは最後の言葉を口にした。

「緑様に乗っかっとけっ! 前途洋々っ、順風満帆っ、うまくいく!」

『じゃあ、乗っかろうかな。グリーンに』

 赤いランプが消えた。

『困った時は、呼んで……です』

 青いランプが消えた。

『グリーン、うち、待っているから』

 黄色のランプが消えた。

『ボン・ボヤージュ、グットラック、デス☆』

 桃色のランプが消え、通信は終わった。

「戦えるのは、あたしだけなんだ。ひとりで、まゆみの力を止めてやる」

 有言実行、したいところだが、ベンチで膝を抱えこむ。

「あたしができることは……」

 ヒロインズで、最も速く走れる。ヒロインズで、最も破壊力がすごい。

「……直球スギっ」

 ふみかは、姉ちゃんは、ゆうひは、あきこは、どう反撃する? 本をいっぱい読んでいたら、子がたかっている時の対処法が分かるだろう。物をいじれたら、こいつらの気を引けるなにかが作れるだろう。賢かったら、相手が何の作品にちなんだやつで、弱点まで分析できるだろう。装備を変えられるなら、こいつらにダメージをくらわせることなく技を当てられるだろう。

「あたしじゃ、何も、できねえのか……?」

「んー」

 横で、うなっている。

「まゆみ、どっか痛いのか!?」

 連絡にばかり神経がいって、赤ん坊を気にかけてやれなかった。抱こうとしたら、

「んあー」

 右の手で、リコーダーを振っているではないか。いったい、いつ拾ってきた? 赤ちゃんが握れるの? 今フツーに握っているから、不要な問いだったか。眠っているわりには、わんぱくだ。

「あたしのじゃねえかよ」

 まゆみからリコーダーを慎重に取りあげ(曲げた指がなかなか解けなかった)、裏をこわごわと返すと、「夏祭華火」と彫ってあった。他人のリコーダーは、極楽往生してもさわりたくないのが、乙女だ。「特別な力」発動中は、まゆみは爆睡している。でも、なぜだか、赤ん坊のねんねを邪魔したくなくて。親の心が芽生えたのかもしれない。

「リコーダーで危機打開しろってか?」

 昨日か一昨日だったか、まゆみの力が強まっていると、夢で白い猪が告げていた。先月苦戦した猪は「特別な力」に詳しかった。まゆみが、学校に置いていたリコーダーを「引っ」ぱってきてしまったのだろうか。まゆみが能動的に? たまたま、だろう。自由自在だったら、雪洞とか子ども化とかしないはずだ。

運否天賦(うんぷてんぷ)だっ、一六勝負っ、こいつに賭けるっ!」

 ちびらをどかそうとするな。もっと柔軟に考えろ。雪洞を孤立させるんだ。



―いざ、反撃開始っ! ―



 まゆみをおんぶしなおして、グリーンは縦笛一本で子どもの群れに立つ。

「ソ、の音だ。ソで始めりゃ、シャープ、フラットはつかねえ」

 吹き口を浅くくわえて、然るべき穴を指でふさぐ。息を深く吸い、ゆったりした調子で曲を始めた。


 華火が、難病で布団から出られなかった頃、日が沈みつつある時に街に流れていた歌だ。


  夕焼けが来たよ、山のあなたで鐘がぼーんぼーん。

  おうちに帰ろう。皆で、烏の子も。


  お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんが、

  ご飯を囲んで、あなた達を待っているよ。


  おうちに帰ったら、お月様が夜の番をするよ。

  皆でねんね、夢で遊びの続きをしようね。


 空満を駆けめぐれるようになった現在も、時間が来ればこの曲が聞こえてくる。家に急ごう、と心の矢印が定まる。音楽は、繰り返し耳にすると、特定の行動を促される。まるで、魔法のようだ。

「おうちに、帰らなきゃ」「うん、帰ろうの歌だもんね」「やだやだやだ、まだいるの! きらきらの鶴さんほしいの」「あとでおれが作る。手えつなぐよ」「私もー!」

 子どもの山が、一本のたわんだ綱になり、去ってゆく。金色の鶴は、求められず、虚しい輝きが残った。

 雪洞が、藤色の灯で、銀の体をなぐさめている。白玉の飾りが、露と答えそうに、儚かった。

「成功しか、あたしの頭になかった。なのに、ちびの防御を外せたとこで、他の作戦ひらめいてよ。子守唄吹いて動き止めるとか、蛇よ来いとかして芸をかますとか……あがいてるよな。まゆみだったら、こーいうあたしを、くじけないやつ、あきらめないやつって言い換えるんだよ」

 A・B号棟前広場には、一人と一台。白い雲のもと、空っ風に当てられていた。

「分身すんなよ。こちとら、あと四人子ども抱えてんだっ!」

 鬼子母神さえおののく、少女の形相。雪洞に描かれた犬が、仰向けの白旗をあげていた。

「火すれば、花だっ! はなびボンバー・親はつらいよ(バージョン)!」

 まされる宝、子にしかめやも! 秘めていたかんしゃく玉を、雪洞に砲丸投げした。かんしゃく玉が、若竹・老竹の色づく花を咲かせる。続いて、火薬と一緒に詰められていた子の花火玉が、常磐色の小さな花を六連発開いた。

「ギ、ギ、ギ、ググギ……ガ…………ガ…………」

 火樹銀花。溶けて、蝕まれて、火に飲まれ、醜くなりながらも雪洞は清められてゆく。身を護るための花火にすぎないのだが、戦いでは「特別な力」で「引か」れたものを焼き尽くす。

「燃やすことしか、今のあたしにはできねえんだ……次こそは」

 指を抜いたグローブは、濃い緑色をしていたが、濡れていっそう奥まった。華火は、実年齢どおりのお姉さん四人が馳せ参じるまで、片膝をつき、アスファルトを湿らせていた。


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