十二月は白百合に花束を
十二月二十二日。氷見市の天候は、雲が一つもない快晴だった。青空の広がる雨晴海岸は、空の色を反映させる青々とした海で広がる。海鳥達は群れを成して、海上を飛び交っていた。
青山の約束を叶えるべく、探偵達は雨晴海岸に足を運んでいる。女岩や海岸を一望できる景勝地に彼女達はいた。小町、傳法谷、小雨の三人は横一列に並び、白い花束を大事そうに抱える。目下、彼女達が立ち尽くす向かい側には、簡易的な献花台が設けられていた。大理石を加工した床の上に、白い布を被せた長机が置かれている。
絶望を宿す小町達の見つめる視線の先には、献花台の前で、手を合わせる一人の女性を捉えていた。肩先まで伸びた水色の髪、黒いスーツを着用して、何かの言葉を唱えている。この人物こそ、探偵の親友で事件に協力をしていた、明才地操だった。
事件の全貌を小町から聞かされ、自分に少しでもできることがあればと言って、献花台に付き添う。スピリチュアリストである彼女は、亡くなった御霊に祈りを捧げている。鎮魂の祝詞を上げて、死者を弔っていた。
その様子を漫然と探偵は眺める。不眠不休の状態で、小町の目の下には隈ができていた。生気を失った表情を浮かべて、ぼんやりとした瞳で、青い海に視線を移す。正直、未だに千春が死んだことを信じられないでいた。凛に続いて、最愛の人が死ぬ。そんな現実に心が打ち砕かれていた。
傳法谷は探偵が心配という理由で、献花台まで同行する。彼女達が抱えている、この白百合の花束も傳法谷が用意したものだった。昨日のこと。息を引き取った千春が救急車に運ばれた際、泣きながら話す小町からの連絡を受けて、急ぎ調達に奔走した。ありとあらゆる花屋を駆け巡り、事情を説明して白百合を集めたのである。その中には、閉店を迎えた店に頭を下げて、譲ってもらった花もあった。
小雨は少女が亡くなったことを探偵から聞かされ、一晩眠れなかったという。喫茶店「AME」に何度も千春が遊びに来てくれた思い出が溢れて、娘が亡くなった時と同じように、自室で亡き呉れていた。小雨にとって、少女は娘のように感じていたのだ。喫茶店のテーブルで、凛と千春が喧嘩したり、笑い合ったりする姿をたくさん眺めてきた。だからこそ、少女の死に猛然と心を痛めたのだ。そんな時、小町から彼女達の手向けに行くことを聞かされ、同行したのである。
海猫が鳴く声が木霊し、船の汽笛が聞こえた。御霊鎮めの祈りが終わり、操が振り返る。悲痛な面持ちで小町達に一礼し「どうぞ……」と献花台に手を差し伸べた。
真ん中にいた傳法谷は、十七歳になるはずの由里絵の分を手向ける。誕生日を迎えた今日の分を含め、十七本の白百合の花束を献花した。
次に小雨が献花台に立ち、花束を捧げる。十六歳だった水科凛には、十六本の花束を。白いハンカチを取り出し「ああっ、凛……」と紅涙を絞った。
そして……。
「千春ちゃん……」
献花台の前で、探偵は肩を震わせた。白百合に嘆きの雨が降る。
「どうせなら、直接、誕生日を迎えた日に、渡したかった……」
同じく十六歳で亡くなった千春には、十六本の花束を、手向けた。寂寞する景勝地に、波の音と鳥の泣き声が虚しく響く。
浮かび上がる千春の姿。耳の奥で聞こえる「小町さん」と呼ぶ声。何度も見てきた、守れなかった笑顔。それらを奪い去った無情な結末に、小町は嘆くしかなかった。献花台に両手をついて、狂ったように喉を鳴らして泣き叫ぶ。顔を赤くさせて「千春ちゃん、千春ちゃん……」と最愛の人の名を呼んだ。その時であった。
『小町さん、ありがとう!』
なぜだろうか。探偵の頭に元気な千春の笑顔が浮かび、嬉しそうに両手で受け取る光景が広がった。驚いて顔を上げると、目の前には雨晴の青い水面が目に映るばかり。決して、少女の姿はなかった。
小町は息を詰まらせる。慌てて操に顔を向けると、悲しい目をした彼女は少しだけ笑みを見せた。そして、探偵の言いたげな言葉を汲んだように、大きく頷く。
目の前で起きた奇跡に、小町は少しだけ希望を見出した。亡くなった千春は、花束を受け入れてくれたのだと。そう思うと、探偵は別の涙を零し続けた。涙声で。
「ちはる、ちゃん、ありが、とう……。ありがとう」
目には見えない少女に感謝の気持ちを伝えた。出会えたこと、好きになれたこと、一緒に過ごせたこと。全てが、小町の宝物だった。
探偵の落涙する姿に、小雨は頻りに目元をハンカチで拭っている。隣に並ぶ傳法谷は、小雨をなだめようとするが、彼女自身も耐えられない様相でいた。小雨の背中を撫でながら、後ろを振り向き、濡れた双眸を拭う。泣き顔を小町に見せないように配慮していた。
三人のすすり泣く声が溢れる最中、操は痛痒を極めたように、瞑目する。すると、不思議なことに、どこからか潮風が彼女達を掠めた。とても、十二月とは思えないほど、暖かく優しい風である。まるで、千春達が花束を受け取った喜びを、体現するかのように……。
「凛ちゃん、千春ちゃん。ごめんね。二人のこと、守れなかった……」
穏やかな波を打つ雨晴の海に、探偵は両手を合わせた。
「でも、めぐり逢えて、良かった。二人に出会えて、小町は幸せだったよ。ありがとう……。本当に、ありがとう」
傳法谷も小雨も小町に倣い、頬を濡らしたまま雨晴に向かって、手を合わせて弔う。操は海に視線を飛ばし、再び祈りを捧げ始めた。しかし、最初の時のような、厳めしい表情ではない。穏やかな微笑を浮かべていた。
鎮魂の最中。小町は手を合わせ、心から祈った。こんな悲惨な事件が二度と起きてほしくない。同じ性別でも堂々と愛し合える世の中になってほしいと。愛した女性を浮かべながら、切実に祈りを捧げ続けた。




