37話 離脱か残留か
「はー……長い1日だった」
オレはソファに腰掛け、そのまま背もたれに全体重を乗せてだらけていた。
同様に、椅子にはアルムが、別のソファにはリレルが倒れこむように座っている。
一方、強制的にベッドに放り込まれたサディエルは、グーパーと右手と左手の感覚を確認中。
あれから、古代遺跡を無事脱出して、アルムはギルドへ今日の出来事を報告しに行った。
『生まれたばかりの魔族に顔が無く、これまで不自然じゃない程度に犠牲者が出てた事実が分かったんだ。エルフェル・ブルグに報告しとかないとまずいからな』
と言うわけで、オレとリレルがサディエルを引きずり別邸へ先に戻った次第だ。
遅い時間だったのに、オレたちが戻ると同時にドアを開けて迎え入れてくれたレックスさんには感謝したりない。
むしろ、ボロボロ状態のサディエルを見て、表情を変えないものの焦りを含んだ声で、フットマンさんたちを呼びつけていたぐらいだ。
サディエルを部屋まで運んでオレらもぶっ倒れていると、ギルドへの報告を終えたアルムも戻ってきて、全員でダウン中というわけだ。
唯一、ベッドで体の調子を確認していたサディエルも、ようやく納得がいったのか背伸びをする。
「アルム」
「んー……?」
「リレル」
「はい、なんでしょう」
「ヒロト」
「なにー?」
「今日はありがとう、それと悪かった」
ぺこりと、頭を下げながらサディエルはオレたちにそう言ってきた。
オレは疲れた体に鞭打って、姿勢を正す……うわっ、疲労困憊だとここまで動くだけで辛いもんなんだな。
「今回はサディエルが悪いってわけじゃないというか、貧乏くじがっつり引いたよね」
「あっはははは……本当にそうだと思うよ。はー……色々頭痛い。アルム、エルフェル・ブルグからはなんて?」
「2日後に連絡があるそうだ。内容が内容だ、今頃あちらさんは寝ずに対策本部で打ち合わせだろうな」
アルムもだるそうに体を起こしながらそう答える。
2日後か……ぎりぎりこの国に居る日になるな。
リレルもソファから起き上がり
「とりあえず今後の予定について、今のうちに決められる範囲は決めておきましょう」
そう提案する。
オレたちは頷き、まずはとサディエルが口を開く。
「今日の事は、クレインさんとレックスさんに報告は必須だ。最低でも明日どこかで時間作って貰おう。ついでに、今後の護衛についても相談しないと」
「護衛って……サディエル、どういうこと?」
「俺はここで離脱する可能性が高いからな。残り2か月弱の行程についてを調整しないとけない」
離脱って……え!? サディエルが離脱!?
オレが驚いていると、サディエルは苦笑いしつつ、自分の首元を指さす。
「この痣がある以上、俺は今後、例の魔族に狙われる。明日か、明後日か、数週間後か、数か月後かは分からない。だけど、クレインさんたちを巻き込むわけにもいかない。それに、もともとの目的は"ヒロトを元の世界に戻すこと"だ。魔族に狙われながらとなると、余計に時間が掛かってしまう」
「それはそうだけど……!」
「魔物や盗賊らの襲撃とは訳が違うからな。こればかりは、必須事項だ」
サディエルが、離脱する……
そうなると、この国にサディエルを置いて行くってこと?
「けど、さっき魔族に関する情報ならエルフェル・ブルグって……!」
「勘違いしないでくれヒロト。お前たちと一緒に行けなくなるだけで、俺は別ルートで行くことになると思う」
「というと?」
「アルムがギルドを通じて、エルフェル・ブルグに連絡してくれただろ。色々協議されているはずだが、確実に俺は保護対象となる。なにせ、今まで判明していなかったことだらけだからな」
そうだった、サディエルたちですら『魔族に顔がない時期がある』ことを知らなかったんだ。
この世界でまだ判明していなかった新事実、その目撃者であり、結果的にあの顔の無い魔族に狙われる事になったサディエルは、完全に保護対象になるってわけで。
「その為、俺はこの国で当面待機。魔族の襲撃で国民に被害が出ないように、待機期間はギルド所有の避難施設かどこかに隔離されて、エルフェル・ブルグからの迎えを待つ……ってのが、今のところの予想になるけど、ほぼ決定事項だと思う」
だよな、とサディエルはアルムとリレルに問いかける。
2人も厳しい表情で頷く。
「少なくともサディエルに関してはそうだろうな」
「私たちも、今回の当事者として事情をお話しなければならないでしょうけど……荷馬車の護衛がありますし、目的地はエルフェル・ブルグです。到着を待ってからでも遅くない、という結論になる可能性が極めて高いです」
「そんな……!」
言いたいことは分かるけど、それでもサディエルを1人ここに置いていくって……!
「納得いってなさそうな顔してるな、ヒロト」
オレの様子を見てか、アルムがそう問いかけてくる。
その言葉にオレは大きく頷く
「当たり前、嫌だ! 何でそこでみんなで協力してとか、そういう方向じゃダメなんだよ!」
「なら、好きなだけ言ってやれ。このバカの気持ちが変わるぐらいにな」
「……はぁ!? おまっ、アルム!?」
てっきりこっち側だと思っていたと言わんばかりに、サディエルが目を見開いてアルムを見る。
すると、しれっとした顔しながら
「悪いな。僕もどうやら、ヒロトの悪あがきに感化されたみたいだ。師匠としても、今回はヒロトの肩を持たせて貰う」
そう言って、オレの頭をポンポンと叩く。
よっしゃ! 味方ゲット!
「お前な!? 一番状況わかっててそんなこと……!」
「ちゃんと言葉で伝えるんだろ? せいぜい頑張ってお前もヒロトを説き伏せろよ」
「くっそー……! リレル! お前は……」
「中立とさせて頂きます」
「リーレールー!?」
結論:サディエル、味方無し。
「本音は私もヒロトに同感ですけれど、ほんのミリだけサディエルが可哀そうなので、妥協の妥協で"中立"です」
「それ、実質ヒロト側!」
「さて、なんのことでしょう?」
コップに水を入れながら、リレルはニコニコと返す。容赦がない。
よしっ、オレはサディエル以外からの賛同を得られたわけで、心置きなく説得すればいいだけだ。
「サディエル。オレは、サディエルたちを信じてるから、旅に出るって決めたんだ! 他の誰だっていいわけじゃない、サディエルと、アルムと、リレルだから! みんなだから一緒に旅に出たいって思ったんだ!」
「ヒロト……」
「そもそも、今回サディエルを助けに行くことだって、決めたのはオレだよ。サディエルを置いて行くことが最善? それなら喜んでサディエルと一緒に行くって最悪手を選ぶよ!」
「あのな、そうすると最悪、荷馬車の護衛を続けられなく……」
「みんなで考えよう。勝ち筋と、負け筋を思いつく限り全部! 半年内に帰るのを諦めてるわけじゃない。諦めずに、旅を続ける方法を探そう! オレが今、心の底からそう思えるのはサディエルたちのお陰なんだから」
サディエルは言葉を詰まらせる。
そして、あーもー! と額に手を当てて俯く。
「だいたい、こんなことになったのはサディエルのせいじゃないんだし。あの魔族が悪い! 次来たら一発ぶん殴ってやらねーと!」
「……アルムそっくりになっちまって……ヒロトがグレた」
「僕に丸投げしたのが間違いだったな、ザマァミロ」
はははっ、とアルムは小馬鹿にするように笑う。
それを聞いて、サディエルはジロリとアルムを睨みつける。
「猫かぶりその1、もう隠さなくなったな。口の悪さ……」
「隠す理由も、もう無いからな。しいて言えば、僕もヒロトを信じてるだけさ。なー? ヒロトー」
「そうだねーアルムー。オレら、大喧嘩した時から仲良しだもんなー」
「そーだよなー」
「うっわ腹立つ、めっちゃ腹立つ。いっそウゼェ」
そんな男3人の会話を聞きながら、リレルは相変わらずバイブレーションで笑いをこらえて居る。
うん、もう爆笑していいよ?
「サディエル、負けを認めたら如何ですか?」
「俺だってみんなが心配なの!? 分かってないよな!?」
「分かってます、分かってます」
絶対わかってねー……と、サディエルはベッドに倒れこむ。
諦めたのか、不貞腐れたのか、毛布をがばっとかぶってから
「クレインさんとレックスさんの説得、大変だぞ。俺が言ったら説得力無くなるから、そっちは任せた」
そう言ってきた。
オレは大きく頷いて彼の言葉に返す。
「了解、任せて!」
ほんと、ここで念押しのように『本当に良いんだな、後悔しないんだな』って聞かないのが、サディエルだよ。
オレはアルムに視線を向けると、こっちの言いたいことが分かったのか
「"誰が聞いても納得! 間違いない!" って?」
そう意地悪く問いかけてくる。
オレは笑顔で頷いて
「"太鼓判押される理由を持たないといけない" なんて、誰も決めてない! だよな!」
互いの右腕を差し出し、ガツッ! とぶつけ合った。
「さて、サディエル。不貞腐れながらでいいから、こっちに耳を傾けろ」
「誰のせいだ! 誰の!?」
「僕とヒロトだな。さて、あの顔の無い魔族の襲撃について、1つ対抗策になるかもしれないことを相談しようと思う」
対抗策になる?
それを聞いて、オレとリレルはアルムに向き直り、サディエルはゆっくりとベッドから起き上がる。
「何か思いついたのか?」
「あぁ。今回の一件なんだが、実は1つだけ引っかかることがあった。ヒロトの所の"お決まり"が妙に当たったんだ」
「お決まりって……あぁ、あの愉快痛快な面白ファンタジーの……って、え? 当たった? あれが!?」
「そう、当たったんだよ、今回面白いぐらいに。今まで頓珍漢で、素っ頓狂で、夢見すぎな内容だったのに、だ」
ぐさぐさぐさっ、とオレの心にダメージが累積されていく。
頓珍漢って……素っ頓狂って……夢見すぎって!
「アルムー、オレに精神ダメージが、ドカスカ来てるって分かってる!?」
「嘘は言ってないだろ。"武器を使っても消耗しない" とか、"スケルトンに治癒の魔術掛けたら死ぬ" とか、どこの世界の戯言だ。架空の世界の戯言だったわ」
自己完結のノリツッコミはやめて欲しい。
「こういう偶然っていうのは、3回も立て続けに起これば必然だ。となれば、今回のことは必然。そう考えた結果、1つの仮説に辿り着いた。忘れてたよ、"この世界の魔族も架空の存在" である可能性を」
その言葉を聞いて、オレは首を傾げ、サディエルとリレルは『あぁー……』と納得いったと言わんばかりに声を上げる。
ちょっとまって、魔族が "架空の存在" ?
「アルム、それって?」
「ヒロトにはまだ詳しく説明してなかったな。というか、魔族とかち合うと思っていなかったわけだから、意図的に省いてたわけだが……この説明をするには、まず僕らの世界の歴史を話さないといけない」
「"始まりの魔王" について、ですよね」
リレルの言葉に、オレは少し考えこむ。
始まりの魔王……今の話の流れから考えるに……
「もしかして、"元々は魔王はおろか、魔族も存在しない" 世界だった、とか?」
「正解だ。この世界は魔物こそ存在していたが、"魔王" ひいては "魔族" は元々存在しなかった。だが、何千年ほど前に、今の魔王に該当する "魔族" がこの世界に降り立った。どう降り立ったのかはわからないが、紆余曲折があって今は人と敵対するに至っている」
もともと存在しなかった、つまり、架空の存在だった。
それと、今回オレの世界の "テンプレ" が妙に通用した理由……つまり。
「オレの世界の "テンプレ" は、架空の物語に対してのもの……この世界の "魔族" が本当に架空の存在であれば、その理論が通用するってこと?」
「サディエルが居る場所に関しては、どちらかというと現実的な観点だったものの、その後の2つはさすがに違う。人間に対しては余裕綽々であること、精神世界の特徴について僕らと認識に差異がほぼ無いこと。それが説明出来るとすれば……」
「"魔族は架空の存在" だって証明される!」
「そう言う事だ。ただ、現状はまだ仮説に過ぎない。だけど、対魔族に限定するならば、ヒロトの所の "お決まり" は有効打になるかもしれない」
オレの世界のファンタジーの "テンプレ" が、有効打になる可能性が。
そんなこと、この世界に来てから1度も思ったことなかった。
いやほら、今まで散々「ねーよ」判定ばっかりだったから余計に。
「そういうわけでヒロト、お前の所の "お決まり" をこれから徹底的に話してもらう。そして、それを元に可能性があることを対策していこう。今は1つでも、決め手が欲しい状況だ。使える可能性があるものは、全部使うぞ」
「分かった!」




