97話 登山準備【後編】
「重たい……」
「あっはは、あと少しだヒロト。頑張れー!」
ギルドから出たオレたちは、山越えに必要となる品々を手分けして確保して回ることになった。
品物の数が数なので、オレとサディエル、アルムとリレルのペアに分かれて、あっちにアレ、こっちにソレと購入していくうちに、重量だけがかさばり、宿に戻る頃には、もうへろへろ……
そのまま、オレたち3人が宿泊する部屋に荷物を降ろして、ようやくひと段落だ。
あ、リレルは個室な。
若干、硬直しかかっている指を軽く回しながら解していると、サディエルが時計を見る。
「確かそろそろ、クレインさんが送ってくれた品も届くはずなんだが……」
まだかな……と、彼は首を捻る。
そう言えば、クレインさんが『旅の準備について、少しばかり援助をする』と言っていたっけか。
結局、何をサディエルはお願いしたんだろう。
『すいませーん、サディエルさん、いらっしゃいますかー?』
「おっ、もしかして」
部屋の外から聞こえた声に反応して、彼はドアまで急ぎ足で駆け寄る。
「はーい! 俺です!」
そう返答しながらドアを開けると、宿の人なのだろうかガラガラと荷台を押しながら、こちらまで来てくれた。
「サディエルさんですね。では、身分証明として、届主の方の名前と、取り決めた暗証文字をこちらへ」
「わかりました」
身分証明書と言うか、本人確認をするって…‥少なくとも異世界だと、そんなシーンあんまりお目にかからないよな。
届け間違いがあっても困るから、こういうのは大事なのはわかるけど。
オレがそんなことを考えている間に、サディエルは必要事項を紙に記載し終える。
内容を確認して、間違いなく受取人であることを確認したのか、少し大きめの木箱が彼に手渡された。
「確かにお届けしました」
「ありがとうございます」
一礼してドアを閉めると、サディエルは小走りにテーブルまで行き、どさりと木箱を置いた。
置いた反動で箱から僅かに、何かがぶつかる音がする。
ジャラジャラと豆が揺れた時のような、そんな音だ。
さっそく開けようとした所で、ドアがノックされる。
『おーい、サディエルかヒロト、戻っているか?』
「アルムか、ちょっと待ってろ」
一旦、木箱を開けるのを諦め、サディエルはドアに向かう。
ガチャリと開けると、こちらも大量の荷物を抱えたアルムとリレルが居た。
「2人とも先に戻っていたのか」
「お待たせしました。あら? そちらの荷物は?」
「おかえり、アルム、リレル」
「クレインさんからの荷物が届いたんだ。確かここに特定の波長で魔力を込めれば……よし、開いた!」
魔力で封がされていた部分を解除し、サディエルは中から品物を取り出す。
それは瓶詰された、果物……って、これは……
「ドライフルーツ、っぽいけど」
「そう。果物を天日干しにして乾燥させた、ドライフルーツ。これが結構高価だから助かったよ。日持ちするし、手軽に糖分を摂取出来るからな」
箱から2瓶のドライフルーツと、山越え用の服、タオルなど様々なモノが出てくる。
「ほー……さっすがクレインさん。品物が的確だな」
「あの人も、何度か山越えをするからな。このあたりはお手の物なはずだ」
経験則からのラインナップなのか。
サディエルは、先ほどの買い物で購入していた、小さめ瓶を8つ取り出し、ドライフルーツを小分けにしていく。
「1人2瓶づつだ。登りで1瓶、下りで1瓶と言う目明日で消費してくれ」
渡された小瓶を受け取り、オレたちは各々の荷物袋にしまい込む。
同じように、買い込んできたもののうち、水や固形のパン等の食料品を次々と分配。
さらに、クレインさんからの荷物に入っていた、山越え用の服も、各自に配られた。
「配分は……これで問題ないかな?」
メモを確認しながら、サディエルはあれこれと配ったものを再確認する。
各自の食料、水分、服に道具……思いつく範囲では抜けが無いはずだ。
「大丈夫じゃないかな? アルムとリレルの方はどう?」
「……それもある、これも大丈夫。うん、問題ないはずだ」
「ですね。これで荷物に関しては大丈夫だと思います」
オレたちの返答を聞いて、サディエルは安堵のため息を吐く。
「よしっ、これで荷物に関しては問題ないな。あとは、明後日までは自由行動になる。各自、しっかりと体調を整えておくこと!」
明後日までか……どうしようかな。
いや、受験勉強とかやらないといけないことはあるけど、それ以外の時間って意味で。
対ガランド戦についても考えたいから、アルムと相談するとか。
山越えの知識がもうちょい欲しいから、その辺りを確認するのもありかも。
あれこれやりたいことが思いつくから、どれから手を付けようか悩みどころだな……
そんなことを考えていると、リレルが右手を挙げる。
「毎朝のトレーニングは、いつも通りの時間ですか?」
「あぁ、それはいつも通りにしよう」
「分かりました。じゃあ、私は一旦部屋に戻りますね」
それでは、とリレルは自分の荷物を持って、個室へと戻っていった。
「じゃあ、俺はクレインさんに荷物が届いたことを連絡して、ついでに軽く運動して来るよ」
次に声を上げたのはサディエルだった。
「1人で大丈夫?」
「大丈夫だって。それに、出来る限り例の薬には頼りたくないからな」
夕飯までには戻るから! と言って、サディエルは部屋を後にする。
これで、この部屋に残ったのは、オレとアルムの2人だ。
「さてと、じゃあ僕らは……対ガランドに向けて、色々議論を交わすか」
「そうしよう。詰めれるところは詰めておかないと」
「ついでに、受験勉強もやってしまうか。今日はどの話になるんだ?」
「1920年代で、ある国が『ジャズ・エイジ』って呼ばれる頃の話をしようかなって」
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ギルドでクレインへの手紙をしたため、運搬手続きを終えたサディエルは、そのままランニングをしながら街を1周する。
しばらく走り、人気のない所まで行くと、ゆっくりと速度を落として立ち止まった。
「……いつまで人の視界から覗いているんだ、ガランド」
『まるで四六時中、ボクが君の私生活を覗いているような言い方、頂けないね』
その言葉と共に、サディエルの目の前に、ローブを来た人物が姿を現す。
「君らの様子は今日初めて見たのに、勘がいいね」
「不定期に視界がぼやければ、流石に疑うに決まっているだろ」
そう言いながら、サディエルは自身の剣の柄を手に取り、素早く抜刀する。
そのまま、ガランドに向けて一閃。
しかし、彼の攻撃はいともたやすく躱されてしまう。
「今日は宣戦布告に来ただけだ。もうすぐお前を食えるよ、サディエル。やっとお前の魂よりも、力を取り戻せる。それまで、間違っても "顔" に傷をつけるなよ? その "魂" も」
「気色悪いんだよ、相変わらず……!」
「言っただろう? 魔族に "顔" を奪われた奴の末路は。永遠に抜け出せない魂の牢獄。魔王様が決めた、人間を恐怖を植え付ける策……くっはははは! 楽しみだよ、その時が!」
ガランドの姿が僅かにブレる。
サディエルは慌てて剣を構え直し、攻撃を加えようとしたが、それよりも早くガランドの姿が消え去った。
『せいぜい、孤独を恐れなよサディエル。恐怖と絶望に歪んだ顔を、ぜひとも堪能させてくれ』
「……くそっ!」
忌々しいと言わんばかりに、サディエルは地面を蹴る。
そして、地面に座り込んで深いため息を吐く。
「あの時の話は、俺が一番思い出したくないから言ってないっつーのに……」
彼の脳裏に、エルフェル・ブルグに到着する前の光景が蘇る。
ヒロトたちが必死に、サディエルを助ける為に戦っている最中……ガランドによって知らされた事実。
それをずっと、彼らに言いあぐねていた。
1度だけ、伝えるチャンスこそあったものの……踏みとどまってしまった。
だけど、その翌日に判明したことを思えば、その判断は正しかったと、サディエルの中では結論づけている。
ヒロトとの関係性を考えれば、もし最悪の事態になった場合どうなるかを、正確に理解した為だ。
「永遠の牢獄か……そんな場所、願い下げに決まっているだろ……!」
強く拳を握りしめ、振り絞るように吐き出された。
「そのお話、詳しく聞かせて頂けますか? サディエル」
そこに、予想外の声が響いて、サディエルは勢いよく顔を上げる。
慌てて声のする方向を見て……情けない表情を浮かべた。
「……どこから、聞いていたんだよ。というか、部屋に戻ったんじゃなかったのか、リレル」
ゆっくりと、サディエルに近づく人影。
それは、リレルだった。
「途中からです。部屋で荷物整理をして、この街の本屋へ足を運んでいたのですが、その途中で貴方を見かけたので」
「こっそりついてきたって訳か」
「えぇ、街中で、まだ条件を満たしていないとはいえ、1人は危ないと思いまして……それで、教えて頂けますか?」
「………」
リレルの問いかけに、サディエルは黙り込む。
「サディエル。そんなに私たちが頼りないですか?」
「それは違う! そんなことは……!」
「分かっています。貴方がそんなことを思う人じゃないことぐらい」
リレルは、サディエルの目の前で腰を下ろす。
まっすぐに彼の目を見て、彼女は言葉を続ける。
「宿に戻りましょう。今日はゆっくり休んで、明日話してください。ガランドから言われた事を、全て」
「……」
「あいつは言っていました。"孤独を恐れろ" と……危惧していた可能性が高まったんです。でしたら、対策を強化しなければなりません」
2人の間に、沈黙が下りる。
それが1分か、2分か、もっと長かったかもしれない。
やがて、ようやく決心がついたのか、サディエルは顔を上げて答える。
「……分かった。今日のうちに、内容を整理しておく。だから」
「はい。今日は、これ以上は聞きません。宿へ戻りましょう、そろそろ夕飯になります」
「そうだな……リレル」
「はい?」
「ありがとう」
「どういたしまして」




