96話 登山準備【前編】
「……なぁ、サディエル。"山脈の入り口" ってさ……普通、坂道に入ったなーって範囲からじゃないの?」
「山歩きの範囲は、登山とは言わないかなー」
登山とは、言わないって。
オレは大きく深呼吸する。
確かに緩やかな坂をじっくりゆっくり、ハイキング気分で歩いているよ、うん。
だけど……
「標高が1000m超えたら、もう登山認定でいいだろー!」
森林に囲まれた山道に、オレの絶叫が響き渡った。
エルフェル・ブルグを出発して、早1週間と6日。
あと1時間もすれば、この山脈の中継地点であり、本格的な山脈の入り口に到着する。
その入口少し前に、山脈越えを支援する為に作られた街があるとのことで、そこで休憩と最終準備後に出発なわけだが。
既に平地どころか、山登りが始まっているんだよ、昨日あたりから。
ちょっと視界が通る場所で景色を見ると、はるか遠くにエルフェル・ブルグと思われる場所が見えるほどだ。
というか、1000mって、オレの世界だとそこそこの山が該当するんですが。
石狩山地の佐幌岳(1060m)とか、夕張山地のハッタオマナイ岳(1021m)とか、渡島半島の乙部岳(1017m)とか。
「あら、これぐらいの高さであれば、絶景ものんびり拝めますよ」
「危険個所を歩かない時点で、ただの徒歩だよ、徒歩。道も平地とさほど変わらないし」
ただの徒歩って。
一応、標高が1000m超えているのに、徒歩って。
「それよりも、見えて来たぞ。あの街だ」
サディエルが指さした先をオレは見る。
下り坂になりながら続く道の先に、中規模ぐらいの街が見えた。
「時間も丁度いいし、キリも良い。ここで10分ほど休憩しよう」
目的地が見えたところで、サディエルはオレたちに一時休憩を伝えてくる。
それぞれ荷物から水筒を取り出して、ゆっくりと喉を潤す。
「ほら、ヒロト。クリスタル氷糖」
「ありがとう、アルム」
アルムから受け取ったクリスタル氷糖を口に含み、ゆっくりと舐める。
山登用に、エルフェル・ブルグで数百年前に開発されたらしいコレ。
オレの世界でもスーパーで売ってる氷砂糖そのまんまだ。
登山時は、水分補給や糖質補給は最重要だからな、こまめに摂取出来る食品は便利である。
「立っているのは辛くありませんか?」
「辛いには辛いけど、大丈夫だよリレル。下手に座ると蛭とかが怖い、ってのは知ってるからさ」
山登りが好きな友達が、良く力説してくれていたよ。
適当な岩の上なら大丈夫だろって座っていたら、木の葉っぱから蛭が落ちてきて首元に食らいつかれた、とか。
オレらがそんな会話をしている間にも、サディエルは地図を広げて、方位磁石とにらめっこしている。
目の前に目的地が見えているのに、それでも確認を怠らないあたりは彼らしい。
地図と手元の日程表だろうか、それを書き記したメモを交互に見比べ、彼は満足げに頷く。
「よしっ。予定よりも、1日早く辿り着けそうだ」
「とは言え、ここから先は自然様のご機嫌伺だから、どうなるやら」
サディエルの言葉に、アルムがため息交じりに答える。
「流石に、悪天候での強行突破は厳しいですからね」
山の天気は変わりやすい。
自然を侮っていたら、最も痛い目に会う場所だもんな。
「街に着いたらギルドに寄って、当面の天候状況と、念のために魔物の襲撃が無いかを確認。その後は、登山用の道具調達に、専用の食料確保。天候次第では、回避ルートも検討しないとな」
「思ったよりも忙しくなりそう」
「まぁな、それが今回通るルートなんだ。ところで、全員、今のところ体調不良はないな? バテている、足が痛い・重い、視界がブレる、その他もろもろ自己申告するように」
挙手しろよー、とサディエルが問いかける。
それを聞いたオレたちは、ジト目になって彼を睨む。
「まずはさ」
「サディエル、お前から」
「自己申告して頂けませんか?」
「ほんっっとうにお前ら、俺を信用してないよな。この件に関しては」
「逆に、どう信用すればいいのか聞いていいかな」
オレの追撃に、サディエルはしょんぼりとする。
まったく、コンビネーションの試験で、あれだけのことやらかしていた人物が何を言うんだか。
それに……
「サディエルこそ、体調は大丈夫? 弱体化の件もあるし」
現状、体調面で一番不安があるのは、オレではなくなっている。
これまでは荷馬車での移動だったから、ある程度ごまかせていたけど、徒歩移動、しかも登山となればサディエルが最もきつい状況になっているはずだ。
オレの言葉を聞いて、彼は苦笑いしながら答える。
「その為に、早く出発したんだ。1番キツイ部分を、余力があるうちに通過したかったわけだし……ごめん、欲しい回答はそれじゃないよな。今のところは大丈夫だ」
地図をしまいつつ、サディエルも水分補給をする。
飲み終えると、彼は改めてオレたちに視線を向けた。
「で? 3人は?」
「僕は問題ない」
「私もです」
「疲れてはいるけど平気」
オレたちの返答を聞いて、サディエルは小さく頷く。
そして、水筒を荷物にしまい込んで時間を確認した後……
「さて、休憩終了だ。あと1時間ほど、頑張って歩くぞ」
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それから約1時間後、オレたちは無事に目的の街に到着した。
幸いにも魔物の襲撃も少な目で、盗賊からの襲撃も無かった為、1日早い到着になったのはラッキーだったよ。
街に着いて、まずは宿の確保。
それを終えると、不要な荷物を宿泊する部屋に置いて、ギルドへ。
サディエルはすぐさま、ギルドの受付に向かって当面の天気と魔物の襲撃についての確認。
アルムは、エルフェル・ブルグへ連絡があるからと、通信室へと向かう。
オレとリレルは、足休めを兼ねてギルド内に設置されている椅子に座って待機となった。
「それにしても、結構な人数いるんだね、ここのギルド」
周囲を見渡すと、ギルドの大きさより少し多い気もする冒険者たちが、各々のパーティと談笑したり、依頼書が掲示されている看板前であれこれ相談しているのが見える。
活気がある……と言うよりは、少し緊迫した雰囲気があるのは気のせいだろうか。
「実はかなりの稼ぎ場なんですよ、ここのギルドに集まる依頼は」
「そうなの? 強い魔物が居るとか、指名手配犯が近くに潜んでることが多いとか?」
オレの問いかけに、リレルは首を左右に振る。
「いえ、山脈に入って無理なルートへ行った人の救助や、いつまでも下山連絡がない行方不明者の捜索などです」
……何その、オレの世界でも良くある、登山者の捜索願いみたいな依頼。
「後はそうですね。今回は通りませんが、道に迷いやすい樹海があるので、そこにうっかり迷い込んでしまった人の捜索とか」
「富士の樹海かよ……」
この世界でも、そんな場所があるんだな。
富士の樹海なら、遊歩道とかもあるから下手な所に行かなければ観光スポットとしても良い場所なんだけど、ここじゃガチで迷ったら最後、なのかも。
しかし、なるほど……冒険者が多い理由。それが、何となくわかった。
妙に緊迫している理由も。
救援が関わる依頼が多いと言う事は、緊急性が高いものが急に舞い込んで来るわけで……
「ギルド内の冒険者の皆さん、緊急の救援依頼です! 今すぐ入山出来るパーティはいますか!?」
噂をすればなんとやら、である。
どうやら、さっそくその緊急性がある依頼が入ったらしい。
2~3組のパーティが、ギルド職員の言葉を聞いて、受付に集まっているのが見える。
「山越えするのは、何も冒険者だけに限りません。急ぎの場合は、荷馬車や行商の方々も通りますから、荷物の安全確保の意味合いで、今のように、ギルドが支援するようになったのです」
「あー……そっか。エルフェル・ブルグ行きの荷物を持った人たちも山越えするなら、道中で何かあった場合、大事な荷物が届かなくなるから」
「その通りです。間違いなく山に入った、下山したと状況が分かるようにしているんです」
マジで徹底しているよな、本当に。
それだけ魔物や魔族に、世界全土で対抗しているってわけなんだけど。
「ってことは、オレらも山に入る前に、ここで入山手続きみたいなのをするの?」
「はい。その方が、何かと安全ですし、万が一救援が必要になった場合に、捜索隊から見つけてもらいやすくなります」
それで、こんなに冒険者たちが多いわけか。
魔物を討伐とかするよりも、救援やった方が実入りが良いとかこれいかに。
「おーい、2人とも。お待たせ」
「こっちも終わったぞ」
そこに、受付で話を聞き終えたサディエルと、エルフェル・ブルグとの通信を終えたアルムが戻って来た。
「サディエル、アルム、お帰り」
「お帰りなさい。どうでしたか?」
「どっちから報告にする?」
「サディエルからでいいぞ」
椅子に座りながら、アルムはそう答える。
それじゃあ、とサディエルも座りながら、オレたちを見て報告してくれた。
「天候について、3日後から8日間程は比較的に好天が続く予測らしい。楽観視は出来ないが、出発するには十分な情報になる。入山は3日後にしよう。異論はあるか?」
「特には」
「ありませんよ」
「同じく。全日程が悪いわけじゃないなら、問題無いと思うよ」
オレたちの返答を聞いて、サディエルは先ほども見ていた日程表のメモに何かを書き込んだ。
「それから、魔物の襲撃について。予兆の方は無いそうだ。山越えの間も大丈夫だろう」
襲撃の件を聞いて、オレはホッと一安心する。
いやさ、山越え中に魔物の大群と鉢合わせ、なんてなったらシャレにならないし。
そう言う可能性も合わせて、サディエルは確認に行っていたからな。
「俺からは以上だ。アルム、どうぞ」
「ほいよ。リレルにヒロト、信号弾と閃光弾、まだ持っているよな?」
アルムからの問いかけに、オレたちは頷く。
荷物から信号弾に閃光弾……リレルは、閃光弾のみだが、それを取り出して見せる。
以前、ガランドからの襲撃対策として、エルフェル・ブルグから貰っていたものだ。
「今更だけど、これ、返さなくて良かったの?」
「あぁ。元々、僕ら用に貰ったモノだから返す必要はない。で、確認していた事なんだけど、さすがにこの距離まで離れたら、いくら空中に撃っても、エルフェル・ブルグから救援って言うのは無理になる」
まぁ、そうだよね。
これはエルフェル・ブルグに近い場所だったから、救援要請として機能していたに過ぎない。
今やこれらは、ただの煙と光を出すだけの代物に成り下がっている。
「それで、バークライスさんにちょっとお願いしてな。ギルドが確認出来る範囲に限定されるが、信号弾か閃光弾を使えば、それを目印に救援隊を派遣して貰えるようにした」
「えーっと、つまり?」
「山越え中にガランドが襲ってきた場合を想定しての対策だ。今回ばかりは、僕らも負傷は免れないと思っている」
アルムの言葉に、オレたちは頷く。
唯一、サディエルだけが無言で表情を歪めている……恐らく、オレらが負傷するって部分が嫌なのだろう。
「そして、この帰路で最も襲撃の確率が高いのが、この山越え中になる。何せ、エルフェル・ブルグの領地じゃなくなる関係で、魔物は元より、盗賊たちの方も、最も荷物が充実しているタイミングを狙えるからな」
「ずる賢いっつーかなんつーか……そういう部分は見逃さないんだよな」
しかも、山越え中と言う事で平地よりも体力を消費しやすいし、身動きも取りづらい。
逃げるにしても、下手に山道から外れたら最後、右も左も分からない森林に囲まれたらアウトだ。
狙うなら絶好のチャンスだよな、確かに。
「ガランドを何とかした後、負傷で全員が動けなかったら、そのまま僕らは魔物の餌か、盗賊の恰好の得物だ。それを回避する為に、これらを上空に向けて放つことで救援要請となるように手配して貰っている。最低1本残っていればいいから……」
アルムは、自分の信号弾と閃光弾をサディエルに渡す。
「サディエル、お前はその2本を上手く使え。なーに、少しばかりの目くらましには使えるはずだ」
「救援要請分は1本でいいって意味だったのか。分かった、ありがたく使わせて貰う」
受け取った信号弾と閃光弾を確認してから、サディエルは自分の荷物袋にそれらをしまう。
「それで、ヒロト。お前の2本のうち1本、僕にくれないか」
「分かった。どっちがいい?」
「どっちでもいいが……お前の場合は、閃光弾の光よりは、信号弾の煙を使った方が身動きが取りやすいかもな。というわけで、閃光弾の方を僕に」
「了解」
オレは閃光弾の方をアルムに渡す。
これで、サディエルが2本、オレらが各1本づつと言う割り振りになった。
「これでギルドでの確認は完了だな。よし、それじゃあ次は買い出しに行くか」




