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鳥居の島  作者: 青竹煤
護役サナギ
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護役長マサナリ

 禊月けいげつヅナとの話しが終わったサナギたちが拝殿から出ると、外で待っていた護役たちが待ってましたと言わんばかりに一斉に拝殿の扉を開けた。残ったサナギたちの気配を流すかのように、夏の日差しと暑い風が拝殿の中に流れ込んで抜けていく。それを見て、やはり歓迎されていないのだとサナギは眉をひそめて千松の着物の端を握った。千松はやることをやってすぐにここを出ようと言ってくれたが、どうにも居心地が悪い。

 「みっともない真似をやめろと言ったはずだ」

 怒りを抑えたようにゆっくりと吐かれた声の主は、二人の前で直立のまま睨みつけてくる。千松は睨み返すが、サナギは視線を逸らして千松が暴れないようにその手を握った。

 護役長はそれを見て、唸るように声を出して二人を誘う。

 「ここでは参拝客の迷惑になる。話を伺うので、ついてきていただきたい」


 護役の家は三階建ての拝殿横の建物の裏に、同じように三階建ての状態で建っていて、大人なら一跨ぎできそうな通路でつながっていた。社叢林しゃそうりんに触れそうなくらい近い建物は、中に入るまでもなく社務所よりも小さく狭いように感じられ、高さは同じでも神域の林と社務所に挟まれて、隠れているように見えてしまう。


 潜竜せんりょうと同じ引き戸の玄関までついていくと、護役長マサナリは二人を振り返り、これ以上進むなと手のひらを突き出した。

 「長く続いてきた伝統だ。よその島の護役とはいえ、女性を家に入れるわけにはいかん」

 「ああ?」

 守り神に会って気が荒立っていた千松はついに、マサナリに食って掛かった。自分の手を掴んでいたサナギを振り払い、マサナリの白衣びゃくえの衿を掴み上げて狼の鼻先に顔を持って行く。掴みあげられたマサナリの視界の下の方に、マズルに寄った皺が何となく見えた。

 「てめぇ、他所の島からわざわざ来たってのに野宿させる気か?」

 マサナリも負けずに凛と声を上げた。

 「『わざわざ』とは、必要もないのにするときに使う言葉だ! 新しい護役ならば挨拶に来るのは当然のこと。したがってここでは『はるばる』という言葉を使うものだ!」

 「必要ねえだろ! 朝の早い時間に起こされて、こんな所までよお!」


 何があったのかと参拝客が汗を拭きながら覗き込んでくるのが、サナギに分かる。それを遠ざけようとここの護役たちが注意してくる声も聞こえる。見世物になるのをやめさせようと千松の腕を引くが、歯が立たない。

 「やめてよ千松くん! ここでお世話になるんだから、騒ぎを起こしちゃダメ!」

 「サナギは黙ってろ!」

 「ツガさんに言うよ!」

 ピクリ。千松が、ほんの少しだけ怯む。千松はツガに痛い目にあわされたがやり返しなどしなかったこと、サナギのお披露目の日に、島民たちと酒を飲んで楽しそうにしていたことは記憶に新しい。神を憎んでいる千松だが、それ以外に対しては悪く思っていないことは、この数日でサナギもよくわかっていた。

 「ツガさんに、全部話すから。お世話になる人に乱暴したって。全部言っちゃうからね! それか、お手伝いしないでこの島を出てもいいんだから!

 最初に私言ったじゃん、ここは挨拶だけして出たいって。千松くんに酷いことしようとした所になんて、いたくないもん」

 サナギは千松の怒りを抑えようと必死になるあまり、この島の護役長が聞いていることも構わずに全てを吐き出してしまう。それが怒りを収める結果にでもなればまだよかったが、マサナリにはそれが問題をずらしていたようにしか聞こえない。

 マサナリはぶら下がった状態で怯むことなく、目の前の狼の鼻に拳を叩き込んだ。



 社務所の中は小学生までの遊び場兼宿泊施設となっていて、一階が広い食堂、二階三階に宿泊部屋が用意されている。その食堂内で、開け放された窓から入ってくるセミの絶叫に負けないマサナリの大声が空気を震わせた。

 「挨拶だけして帰るとは言語道断だ!」

 「うちの護役の話を聞いてたのか? ん?」

 正面から殴られた鼻を押さえながら、狼の守護霊は舐めきった眼を守り神の世話役に向ける。

 「ここの護役のお兄さん、千松くんをただの妖怪って言って祓おうとしました。何度も違うって言ったのに! だから私、ここ嫌いです!」

 千松もサナギも、不服そうに顔に皺を寄せてマサナリに食って掛かる。特に千松などはテーブルに上半身を乗り上げ、マサナリに顔を近づけていた。

 嫌いとはっきり言われ、マサナリの丸い顔に怒りで血が上った。

 「嫌いだと! 我々への意見即ち守り神様への意見だ!

 禊月ヅナ様を馬鹿にすると言うのか!」

 「ヅナ様は話を聞いてくれたから、いい神様です! だって千松くんを守護霊だって認めてくれたもん!」



 「護役のお兄さんて、ユウトか」

 「だな」

 「どこにいる?」

 「学校」

 三人が怒鳴り合う食堂前の廊下で、聞き耳を立てていた二人の護役たちは、サナギの言うお兄さんについて短くやり取りする。当のユウトは、迎えるだけはやったからもうやることもないだろうと登校してしまったらしい。

 「あの狼のことで、護役長からこっぴどく絞られたからなぁ」



 「とにかく!」

 マサナリは狼の妖怪とよその島の新人護役の声に蓋をするように、テーブルを力一杯に叩き、声を被せた。

 「女性護役はここの三階に部屋を用意してある! あんたたちはそこで寝起きするように。食事もここだ。何があっても、我々の住居には足を踏み入れないように!」

 言い終わるとマサナリは席を立ち、逃げるように食堂を後にする。睨みつけたその背中がすっかり廊下に出てしまうと、それを追うように足音がし、玄関からセミの絶叫がしたと思ったらその声が隔てられる。サナギと千松は怒った顔を見合わせた。

 「なんなの、あの人」

 「お前のために俺が我慢すりゃいいと思ったんだけど、お前の話をまともに聞いてりゃよかったわ」

 ため息とともに責任者があれじゃあなと千松は吐き、噛み締めた奥歯の奥で唸り声をあげながら廊下を睨みつけた。


 すぐに島を出ることは許されない。勝手に出て行って、ツガに連絡でもされたら……。そう考えると、サナギも千松もツガの言いつけ通りにここで何かを手伝わなければならない。しかし、何をすればいいだろう。

 「お前、護役の仕事やったことねえの?」

 「ツガさんについていって、何かしてるのは見たことあるけど。何をすればいいのかわからない」

 島民の家にまじないをかけるのは見たことがあるが、柱や壁の手の届かない所に札を貼って指で何かを書き足す仕草をしたり手を叩いたりしていたのを見ていただけだ。何のためにそうするか、正しい順序はどうか等、ツガから直接教わっていなかったサナギは困り切った表情で千松を見上げた。


 本を読んでいただろうと指摘されるが、サナギは固く口を閉ざした。

 護役の仕事に関する資料は軽く目を通しただけで、サナギが読み込んでいたのは大昔の潜竜島の住人の記録書と昔の言葉──特に名称の辞書だ。過去に存在していた守護霊たちの括名くくりなを調べて、言葉を選んでいた理由はただ一つ。

 周囲からも異質と呼ばれる妖怪の千松が、自分の守護霊であるということを理解してもらうためだ。そのためにはまず、守護霊としての名前を揃えなければならない。

 千松がサナギの居場所を作るのに必死だったように、サナギも千松を受け入れられるように。それは護役の仕事よりも優先されるもの。つまり、護役の仕事について何も知らないという状態なのであった。


 さぁ困った。

 あの護役長に、何をすればいいのか訊かないといけない。

 きっとまた怒鳴られる。何とか関わらずに用事を済ませられないものか。

 ジリリリリリン

 ジリリリリリン

 ガチャ


 「はい、潜竜島せんりょうじま玲瓏れいろう神社、護役長ツガです」


 「こんにちは。時鐘島ときがねじま禊月けいげつ神社、護役長マサナリです」


 「ああ、マサナリさん。うちの新人たちはよくやっていますか」


 「先程挨拶と説明を終えたのですが、少々、いや骨が折れるかもしれないよ。君も苦労したでしょう」


 「そうですか。苦労というほどのことはしていませんよ。サナギは素直で聞き分けもいいのですが、なにぶん……」


 「ものを知らないのはいいんです。どこの島でも学べますから。問題はあの自称守護霊ですね。新人に話しかけているというのに、横から口を挿んでくる」


 「千松は単純ですよ。守護霊としての責務がサナギの過保護につながっているのですから、実力行使で止めた後にサナギのためであることを話して聞かせればいいんです」


 「反抗的な態度ばかりとりますよ。あの新人も、一緒になって」


 「マサナリさんが、その厳しさで本島の護役たちをまとめてこられたのはわかります。けれど、全ての人にそれが通用するわけではありませんよ。

 潜竜の守り神様には、サナギが小さな子供に見えるそうです。お宅の護役たちと同じように子供に接した結果……身に覚えがあるんじゃありませんか?」


 「……」



 マサナリが黙り込んだ。ツガが話した時を思い出しているのか、それともそのこととサナギを比較して、どう接すればいいかを考えているのか。

 ツガは挨拶もそこそこに、受話器を置いて大きく伸びをして……図らずもマサナリを黙らせたことにガッツポーズをとるのだった。


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