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鳥居の島  作者: 青竹煤
護役サナギ
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アキノヒ

 「私はアキノヒと申す。この潜竜せんりょうじまの守り神殿どののお話を拝聴しに参った」

 食堂のテーブルに敷かれた白いハンカチの上に座ったすずめ自己紹介をして、椅子に座ったままの護役二人に頭を下げると、ツガとサナギも自分の名を教えて頭を下げた。


 アキノヒ、とサナギは頭の中で繰り返す。思い浮かんだのは沈んでいく夕日。夏が尾を引きながらも季節が変わっていく、なんだか少し寂しい響きの名前だ。


 雀は居心地悪そうに、食事の途中に邪魔をしたと謝るが、ツガはそれを受けずに今からでも食事を一緒にどうかと提案し、雀はそれを受けた。そのやり取りをサナギは見つめながら、お客さんにはご飯をお出しするものと納得する。

 どこから来たのか知らないが、タゲさんの家で見つけた時の状況を思い出せば、大変な目にあったのだろうということはいやでもわかる。きっとお腹も空いているだろう。

 サナギは立ち上がって実際の雀と同じ大きさのお客さんに合った小さな器を出して、白米を少しと味噌汁を少し、レンコンの酢の物を少しに冬瓜をショウガで煮て冷やしたものを少し。焼き魚は三人分しかなかったため出せなかったが、それで充分だと雀は礼を言った。


 「先程の失態は、できれば忘れていただきたい」

 茶碗の米をつつく雀の言葉を聞き、ツガは頷いた。

 「突然巨大な妖怪に迫ってこられたら、我々でも平常ではいられません。むしろこちらが驚かせてしまいまして」

 「いやいやこちらこそ。長く旅をしているとはいえ、あのような事態にみっともなく……」

 謝り合戦の横で、サナギは食堂の隅で頭を押さえてうずくまる千松せんまつにも声をかける。

 「お客さんに、脅かしたことを謝ってね」

 しかし千松はその場を動かず、頭の上にピンと立った三角の耳と耳の間を強く手で押さえて呻いていた。こちらに向けている背の下からは、体と同じ色のどす黒い赤い色の毛に覆われた尻尾が伸びている。


 「あれは何だ?」

 アキノヒが迷惑そうに質問する。自分を叫ばせた相手には、やはりいい感情を抱いていないようだ。

 「ほら、千松せんまつくん。自己紹介して」

 サナギが促すが、答えはただの呻き声になって返ってくる。

 「すみませんな、少々手荒にしてしまったようで。いや、見苦しいところをお見せしました」

 ツガは痛みに耐えながらもアキノヒに笑いかけるのだが、その右手はあの塊の頭を思い切り殴ったことで赤くなっていた。

 サナギはいつまで経っても殴られた痛みに悶える千松のところに行って、その背中をポンと叩いた。

 「千松くん、大丈夫?」

 「痛えぇぇ……」

 そんなに強い力だったのかと、アキノヒは涼しい顔で食事を続けるツガを見上げ、よほどしっかりした護役なのだと安心して食事をついばんだ。



 一人を加えて四人で食卓を囲みながら、ツガは面倒だなと思ってしまった。千松のことだ。

 千松はサナギの守護霊である。それはサナギも千松もツガもその認識でいるが、初めて千松を見た者にとってはそうではない。

 守護霊とは守護対象との護り護られの関係に留められるため、人間側からは見ることができないようになっている。妖怪側なら見ることができるかもしれないが、千松を見るアキノヒの探るような疑いの目はごまかせないだろう。アキノヒの目からもそこにうずくまる狼が妖怪だと断言しているのに、守護霊だと訂正するのは無理がある。


 「その狼の妖怪は式神なのか?」

 アキノヒが問う。ツガはサナギがどう答えるかと黙って食事を続けた。サナギは茶碗を置いてしばし無言。

 ──式神のことはまだ教えていなかったが……どう答える?

 どう答えても、新人護役だからと助けてやれる。だから、間違っていい。頑張れと心で声援を送るツガにサナギからの助けを求める視線が向けられるが、ツガはそれを受けた上で頷いて見せた。

 気まずい沈黙を破ったサナギの答えは簡単だ。千松くんは式神ではないという短い言葉だけ。ややあって、サナギはそうである理由を話し始める。

 千松についての話を聞いたアキノヒは、黒く縁取る羽毛の中心の目と黒いくちばしをぽかんと開けて、自分よりも大きな身体の狼を無遠慮にじろじろと見上げてしまった。四本の足の指に入る程度ではあったが、よその土地でこの華表諸島かひょうしょとう特有である人間の見た目に近い動物の姿の守護霊は見たことがある。しかしそのいずれとも、この意地汚い狼とは似たところがない。何より妖怪が守護霊になり得るなど、聞いたことがない!

 長い旅の間で初めて出会う驚愕の存在を前に、アキノヒは胸にふつふつと湧きあがる興味を感じた。守り神から話を聞くことももちろんだが、その次にはこの妖怪からも話を聞いてみたい。急ぐ旅ではないのだ。



 アキノヒは食事を終えると部屋にこもり、明日二柱ふたはしらのこの島の守り神と話すことを整理しようとする。しかしあの妖怪兼守護霊の存在が気になってしまい集中できなかった。明日の予定を口に出してみるが、どうにも気が散って仕方がない。

 「情けない」

 呟きは、雀にとって広い部屋に溶けていく。

 ──今までの旅で、何を学んだというのだ。身に着けた、簡単に取り乱さぬ平常心はどうしてしまったというのだ。

 冷静になれ。あの妖怪は、あの護役の守護霊だと言っていた。信じ難いが、信じよう。それならば当の彼女がここにいるのだから、話が聞けないということはないのだ。

 何度も急ぐことはない、相手の都合を考慮しろと己に言い聞かせるが、やはり好奇心は治まらずに膨らむ一方だ。


 アキノヒ自身は好奇心を抑えようとする。経験を重ねて落ち着きを身に着けたと思っていたが、それは違う。長年に渡り旅をし、様々な相手と話をしたことによって知らないことが減っただけであり、未知のものに対する知識欲を抑える力をつけたわけではない。欲求に負けて今すぐにあの狼の所へ行きたいと疼く脚。何度も襖をちらちら見てしまう目。しかし相手にも都合というものがある。夕飯の時間が終われば、もうそれは個人の時間だ。しかし、何十年も忘れていた自分を突き動かそうとする欲求を自覚してしまうと、居ても立ってもいられない。


 「散歩でもしよう!」

 雀は折っていた脚を伸ばし、小さな体を持ち上げる。襖を開けると、台所から食器を洗う音が聞こえた。この家の周りを歩いてくると告げ、アキノヒは引き戸を開けてもらった。外に出ると、なぜかサナギもついてくる。あの妖怪はいない。

 「なんだ、そなたも散歩か」

 するとサナギはしゃがみこんで、アキノヒと顔を合わせて「えへへ」と笑った。

 「最近護役になったばっかりで、自由に外に出てないんです。アキノヒさんが散歩って言ったのが聞こえたから、じゃあ私もーと思って」

 一人になれば気分転換できると思ったのだが、ついてくるつもりだろうか。不快に思うアキノヒ。しかしこれは好都合ともとれる。あの自称守護霊について何か少しでも聞くことができれば、それ以上のことは明日まで我慢しよう。

 「あの狼はいないのか」

 サナギは家を振り返り、

 「千松くん、もう眠いって」

 「お前の守護霊ではなかったのか?」

 「さっきも言いましたけど、千松くんは他の守護霊と違うんですってば」

 比較対象がないため、本来の守護霊がどのようなものかサナギにはわからないが、守り神様たちやツガが言うには、千松は本来守護霊になり得ない存在らしい。人間に見ることができるし、妖怪よりも人間に近い。さりとて人間でもなく、妖怪の部分も持っている。

 「変な守護霊なんだと思います」

 「自分の守護霊を変と呼ぶか。ぞんざいに扱っては、護ってもらえなくなるぞ」

 サナギを置いて歩きだすアキノヒ。サナギは立ち上がってその後についた。

 「大丈夫です。私、千松くんのこと大好きだし!」

 「意味が分からん」

 「あっ、あっちの階段を上ると、お社ですよ!」

 「急に散歩に話を戻すな!あっちと言われても、どこを指しているのかわからんのだぞ私は!」

 二人は騒ぎながら護役の家を離れて社への階段に向かっていく。アキノヒは千松について、サナギから何か聞き出すことはできるのだろうか……。

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