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「いいから黙って俺のブラジャーをつけやがれ」  作者: IKEDA RAO
◆ 後日譚 : 【 二年後の世界 】 ◆
88/89

【 21 】 いいから言ってくれ 俺が買ってやりたいんだ

 


 午前八時半。

 可乃子はすでに登校し、樹里とサクラも病院へと出かけたため、菩庵寿に残っているのは薫一人だけだ。

 今日は十時に予約客が来るため、早めに開店準備を終えなければならない。

 絶えず襲ってくる眠気と戦いながらGoldfinger-xで予約客の情報をチェックしていると、入り口の引き戸が荒々しく開けられた。



「ようルーキー!! おはようさん!! 早速だがサクラはどこだ!?」



 陽気な声と共に現れたのは今回の騒動の大元凶だ。

 若き下着職人の片眉は吊り上がり、一時的ではあるが眠気が吹き飛ぶ。

 憤りの感情に任せてこの禿げたトラブルメーカーを怒鳴りつけたいところだが、漸次から今まで受けてきた恩を考えるとやはり無碍な態度を取るわけにはいかなかった。


「あいつなら今うちのカミさんと病院に行ってるぜ」

 

 大量の苦い薬を無理やり飲み下したような顔で渋々答えると、漸次はしばし言葉を失う。 


「……おいルーキー……。お前、頭大丈夫か……?」


「あ? どういう意味だよ」


「お前たち、いくらサクラが心配だからって夫婦揃って錯乱しすぎだろうがよ……。人間様がかかる病院にサクラを担ぎ込んでも門前払いを食らうのがオチだってことぐらい分かんねぇのか?」


「アホか!! んなことぐらい分かってるっつーの! サクラじゃねーよ! うちのカミさんが風邪引いたからサクラに連れて行かせただけだっての!」


「樹里が風邪?」


「夏風邪を引いちまったみたいだ。少し熱がある」


「そいつは良くねぇなぁ……。なら何日かはゆっくり休ませてやらんとな。たぶん食欲も落ちてんだろうから栄養のあるモンを食わせてやれよ。だがサクラが付き添ってるということは、あいつは問題なく起動したってことだな?」


 Goldfinger-Xを待機モードにし、薫は仏頂面で頷く。


「あぁちゃんと動いた。あいつもどこも異常はないって言ってたぜ」  


「そうかそうか。大丈夫だとは思ってたがそれを聞いて安心したぜ。しかし相変わらずせっかちだなぁお前さんはよ。俺が来るまでサクラはそのままにしとけって言っただろうが」


「あんたが来るまでぼんやりと待ってられっかよ。それよりあんたも人が悪いぜオッサン。あの機体からマニュアルのデータをすっぱりと抜いちまったんだってな?」


「おう、抜いたな」


「おかしな真似しやがって……。あんたがそんなことすっからサクラもあのトラブルにどう対処すればいいのか分からなくてパニックになっちまったんだぞ? あいつ、俺に神妙な顔で先立つ不孝を許してくれとか言い出しやがってよ、おかげでこっちも慌てたじゃねーか」


「済まん済まん」


 面目ない、といった様子で頭を垂れた漸次が顔の前で片方の手のひらをスッと縦にかざす。

 スキンヘッドでそんないかにもな体勢を取られると、見ている側としてはもはや坊主そのものにしか見えない。黒サングラスをかけている事と、袈裟を着ていないのが救いだ。


「まさかN Nニューラルネットワークがパンクしそうなぐらいにまでお前さんがあの機体を酷使して弄ぶとは思ってなくてよ。いやはや俺も歳だな。若さってヤツを舐めてたぜ」


「待てやオッサン!! 早合点すんじゃねぇ!! 俺はサクラとヤってねぇよ!! あいつがダウンしちまったのはろくに冷却時間を取らねぇではしゃぎ回ったせいだっつーの!!」


「何? じゃあお前さん、サクラに手を出してねぇってのかよ?」


「当たり前だ!! 誰が自分の半身(はんみ)とヤるかっての!!!!」


「ほう……、半身ときたか」


 その言葉に反応した漸次の目元が、黒サングラスの奥でどこか懐古的な眼差しになる。


「清水のジジイが電脳巻尺(エスカルゴ)によく言いやがる言葉だな。お前の親父もあの頑固ジジイの影響で武蔵の事を自分の半身だとよく言ってたぞ」


「親父が?」


「あぁ、久々に聞いたせいで思い出しちまったよ。お前の親父も武蔵をすげぇ可愛がってたからなぁ……。おう、そういや清水のジジイで思い出したが、お前、この間爺さんにガッツリ焼きを入れられただろ?」


 それを聞いた薫は不機嫌な声で、「爺さんに聞いたのかよ」と面白くなさそうに口を尖らせる。


「他に誰がいるんだよ? あの爺さん、お前に雷を落として頭に血が上った状態で俺んとこに連絡寄こしてきてよ、俺からもあいつを止めろって喚くわ喚くわ、落ちつかせるのに大変だったんだぞ? あんまりあの爺さんの血圧を上げるような真似をすんなって。説教喰らってる最中にブチッと血管が切れてそのままあの世にフラリと行かれたらお前だって寝覚めが悪いだろ?」


「……別に俺はジジイを(いか)らせようとしたつもりはねぇんだけどな」


 諭された薫は作業台に頬杖をつき、投げやりの口調でぼそりと呟いた。


「何言ってんだ、お前が今年の昇進試験(プロモ)を受けるなんて爺さんに言い出すからだろ。あのジジイが怒髪天を衝くのも無理はねぇよ」


「なんでだよ? 俺はもうMaster(マスター・)Bra(ブラ)なんだぞ? 万能工匠(ばんのうこうしょう)の試験を受ける資格はあるじゃねぇか」


 店内のある特定の場所をじっと見ながら薫はぼやく。

 やさぐれている薫が視線を注ぐ先を追った漸次はその場所が商品が整然と並べられている棚と分かると、そこへ大股で近寄った。


「ここにあるのは最近作ったもんか?」


「あぁ。作りたてほやほやだ」


「ふぅん。ちょっくら見させてもらうぜ?」


 薫が何も言わないので漸次はそこにあったいくつかのブラを次々に手にした。

 そしてざっとその棚にあった作品を見終わると、「更に腕が上がったな。細けぇとこまでよく出来てる。見事だ」と褒める。

 漸次が自分の作ったブラを吟味している様子を何度も横目でちらちらと見ていた薫は、下されたその高評価に幾分気を良くし、同時に確信した。



 ―― 見ろ。

 現役の万能工匠が俺の作品を褒めたじゃねぇか。


 俺はこの年ですでに Master Bra で自分の作品にも自信がある。

 芝エビだっていつも俺のとこに来るたびに絶対に受かると言っている。

 俺の腕なら受かる。

 そして親父が合格した歳よりも早く万能工匠になってやる。

 清水の爺さんは国宝職人という最頂上(てっぺん)の位置にいるから俺のレベルがよく分からねぇんだ。だからあんなに目ん玉をひんむいて俺を怒鳴りつけたに違いねぇ。



「なぁオッサン」


 やはり今年の昇進試験を受けようと心に決めた薫は頬杖を外し、漸次に向き直る。しかし、


「ルーキー、念を押しとくが今年の試験を受けるのは止めとけよ?」


 まるで言いたい事を見透かしたかのような絶妙なタイミングでそれを潰された。

 出鼻を挫かれ、思い切り水を差された薫に残っている感情は最早疑問しかない。


「なんでだよ!? あんた今俺のブラジャーを褒めたじゃねぇか!!」


「あぁ褒めたさ。お前のその若さでここまでの物を作れる職人はそうそういないだろうよ。でもなルーキー、お前さんには決定的に足りないモンがある」


「俺に何が足りないってんだよ!?」


「なら聞くが、お前どうして変造女性下(リモジェリ)着に手を出さねぇ? 今年の試験はおそらくそれを作らされるぞ」


「リモジェリだとッ!?」


 菩庵寿の床に唾を吐きかねないほどの忌々しい表情で薫は漸次を睨みつける。


「ケッ、あんなくだらねぇモンを作れっかよ!! ブラジャーに個別認(PAS)証を組み込んで、許可した相手じゃねぇとホックが外れねぇとか、透ける素材で作ってっから布の局部に筆で墨入れしねぇと丸見えで着られねぇとか、心拍数の速さでカップの色が七変化して着けてる女の感情が相手に丸分かりとか、そんなくだらねぇ下着を作ることになんの意味があるんだよ!?」


「くだらねぇかどうかはお前が決める事じゃない。それはプロモを実施するFSSの奴らや、俺らの商品を買ってくれる客たちが決める事だ。それにここ五、六年で改造系(リモデル)の市場は大幅に伸びている。需要があるからこそ供給が生まれるってことぐらいお前だって分かるだろ。リモジェリを欲する声が多いんならよ、それに応えてやるのが俺ら女性下着請負人(マスター・ファンデ)の使命じゃねぇか」


「やなこった!! んなけったいなモンを作らなくても俺の作るブラジャーがいいと言ってくれる客はいるぜ!!」


「そりゃそうだろうよ。それでなきゃこの店だってここまで繁盛してねぇさ。ならその客たちを大事にしてお前はお前にしか作れない下着を作り続けろよ。それも下着職人の立派な一つの道だと思うぜ? だがお前があくまでも万能工匠を目指すというんなら話は別だ。お前のその考えは根元からざっくりと(えぐ)り取らなきゃいかん。そうじゃなきゃ絶対に受からんぞ」


「くっ……」


 昇進試験に受からないと断言された悔しさで、薫の口中から奥歯を食いしばる音が鳴る。


「そんな顔すんなよルーキー。俺はお前が憎くてこんな事を言ってるわけじゃないんだぞ? 全部お前のために言ってるんだ。もちろん清水の爺さんもな。あの爺さんはお前と顔を合わす度にしょっちゅう小言を言ってるようだが、それもひとえにお前の腕を高く買っているからだ。ああ見えてあの頑固爺さんはお前の将来性に期待してるんだよ」


 そう告げると漸次は薫の創ったオーソドックスな商品を一瞥し、「そういやお前、俺の 『 盛りブラ (プラス)! 』 を見た事あんだろ?」と問いかける。 

 昔初めて漸次の店に行った時に壁に掛けられていた水玉模様のブラが薫の脳裏に浮かんだ。


「あぁ、昔あんたの店に飾ってあったのを触らせてもらったことがある。あの中に何が入ってんのかは結局今も分かんねぇけどな」 


「ははっ、そう簡単に分かってたまるかよ。ならここでサプライズといこうじゃねぇか。ルーキー、お前にあの商品の虎の巻(あんちょこ)をやろう」


「あんちょこって何だよ?」


「なんだ、今の若い奴はあんちょこも知らねぇのかよ? 簡単に言やぁ作り方を記した秘伝書のことだよ。で、それをお前にやるからリモジェルの教材代わりに使えよ。まずは俺の盛りブラで今年一年じっくりと改造系を研究してよ、うまくこしらえる事ができるようになってからあらためて試験を受けてみりゃあいいじゃねぇか」


「んなもん要らねぇよ」


「おいおい、まさか遠慮してんのか? 心配すんな、俺は別の新作リモジェリをもうすぐ出す予定でよ、あの盛りブラは近々馴染みの職人に特許委嘱するつもりだったんだ。だが気が変わったぜ。あれはお前に暖簾(のれん)分けしてやるよ。好きに使うといい」


「暖簾分けだと……?」


 薫は不可解そうな面持ちで、睡眠不足で充血した眼球を右横にいる漸次へと素早く向ける。

 なぜなら「特許委嘱」と「暖簾分け」、どちらも特許として権利化した商品を他者が合法的に扱える点は同じだが、大きく違う部分があるからだ。


 女性下着職人(マスター・ファンデ)の中でも一流の域に達している職人たちは、各自、常にたゆまぬ研究と日々の修練を怠らない。そして多大な時間と精力をふんだんに費やし、やがて珠玉の一品を創り上げる。

 だからこそ、そんな己の魂を燃やして創り上げた商品の秘伝書を、同じ職業の人間にただで分け与えることなど通常はまずあり得ない。

 身を削って得たその秘伝書を外部に開示する事がもしあるのだとすれば、そのヒット商品の新鮮味が薄れた頃、他の職人と委嘱契約をしてその特許商品の虎の巻とそれを販売する権利を与え、その見返りに特許権使用料(ロイヤルティ)を徴収する、というのがこの業界の一般的な流れだ。


 一方、開発した入魂の作品を他の職人に暖簾分けするということは、特許委嘱のような契約関係を一切結ばずにその商品の秘伝と販売権利をその人間に無償で与えるということだ。

 いわばこの漸次の申し出は、薫にとってはまさに “ 破格の待遇 ” といっても差し支えないほどのものだということになる。


「そうだ、委嘱じゃなく暖簾分けだ。細けぇ制約なんざ全部取っ払ってやる。だから遠慮なんかしねぇで素直に盛りブラのあんちょこを受け取れよルーキー」 


「しつこいぜオッサン。要らねぇって言ってんだろ」


 三流高校をお情けで卒業した程度の残念な頭でも、これが自分にとって相当に有利な申し出であることはさすがの薫でも理解できている。しかしこの短気な下着職人は頑なに漸次の申し出を受けようとはしなかった。

 自分の善意を拒まれた漸次は少し寂しそうな顔をする。


「そうか……。なら試験は受けねぇでお前はお前の道をこのまま突き進んで行くってことだな?」


「へっ何言ってんだよオッサン」


 薫はくくっと挑発的に笑い、


「逆だよ逆! 絶対に今年の試験を受けてやるぜ! 改造下着みてぇなくだらねぇモンに手を出さなくても万能工匠になれるってとこをよ、俺があんたとあの爺さんに見せつけてやろうじゃねぇか」


 体内を激しく駆け巡る血潮の影響か、そう勇ましく宣言した薫の目にはギラギラとした強い光が宿り出している。

 自分の善意が意図しない方向に作用し始めていることに焦った漸次は、暴走しかけているこの若き職人を止めようと必死の説得を開始した。


「おい、俺が余計な事を言っちまって気を悪くしたからってそんな意地を張るなよルーキー。試験を受けるにしたってとりあえず今年は止めろって。お前はまだ若い。もうちょい修練を積んでからでも遅くねぇって。な?」


「悪いがオッサンの指図は受けねぇぜ。あんたや清水のジジイが何を言おうと俺は俺のやりたいようにやる。何があろうとな」


 誰が何を言おうと絶対に今年の昇進試験を受け、そして合格してみせる――。

 たった今打ちたてた壮大な野望で身体の中が燃えるように熱い。

 自信に満ちた目つきで自分を鋭く見据えている薫を見た漸次は大きな肩を竦め、「確かに今のお前にこれ以上何を言って聞かせても馬耳東風のようだな」とものの数秒であっさりと説得を諦めた。


「分かったぜ、お前さんの好きにしな。しかしお前はマジで親父にそっくりだな。一度言い出したら絶対にききやがらねぇそのふてぶてしい面構え、笑えるぐらい瓜二つだ。だがなルーキー、もし試験に落ちたからって嫁さんに当たるような真似だけは絶対にすんなよ? そんなことをしたらこの俺が許さねぇからな」


「見くびんじゃねぇよオッサン。樹里に当たるわけねぇだろ。んなカッコ悪ィ真似が出来っかよ」


「そうか。樹里やサクラに当たらないのであれば別にいい。FSSのお偉方の前でお前の腕がどこまでのもんなのか試してみろよ。そうしないと納得できないんだろうからな」


「あぁそうさせてもらうぜ。それよりオッサン、サクラのアンドロイドの件はどうなったんだよ?」


「あぁそうだな、その話もしなくちゃいけねぇんだな。そういやルーキー、清水のジジイ関連でもう一つ面白い話があるぜ? お前がアンドロイドを欲しがっている事をジジイに喋ったらよ、あの爺さんもアンドロイドに興味があるんだとよ。“ いい掘り出し物があったらワシにも一つ見繕っといてくれ ” とさ」


「へぇ……、あの爺さんアンドロイドなんか欲しがんのか。てっきり古臭ぇモンにしか興味が無いかと思ってたぜ」


「だよな。おそらく雷太に付けるつもりなんだろうが、そろそろあの世へ出発する頃合いのくせして今更アンドロイドを欲しがるとは俺も少々意外だったぜ。死出の旅支度で他にやる事はあんじゃねぇかとは思うんだが、ま、それは余計な世話ってもんか」


「ヘッ、あの爺さん、アンドロイドに雷太を組み込んでいずれテメェの(しも)の世話でもさせるつもりなんじゃねぇか?」


「ハハハハ!! 面白い事言うなルーキー! だが言われてみりゃあの爺さんも独り身だしそれも案外あり得んことでもないかもしれんなぁ」


「あぁ? オッサンだって笑ってられる立場じゃねぇだろ。あんただって独り身なんだからいずれ琥珀に世話になる可能性もあるんだぜ?」


「言えてるな! ……と言いたいところだが俺に限ってはそれはねぇと思うぜルーキー?」


「なんでだよ? 随分と自信があるじゃねぇか。自分はボケねぇって思ってんのか?」


「いやそうじゃねぇ。多分ボケる前にこの世にいねぇような気がするんでな」


 どことなく達観したような表情で自分の運命を告げた漸次に「なんだよそりゃ?」と薫が突っ込みを入れる。


「随分前の話になるが、昔の職場の同僚にな、言われたことがあんだよ。俺はあまり長生きしねぇ星の元に生まれてるってな。早死にしちまうんだとよ」


「……くっだらねぇ。そんな胡散臭い言いがかりを頭から信じてんのかよ? オッサンがオカルト話の類を信じる奴だとは思わなかったぜ」


「そうは言うけどよ、そいつらの言う事は昔から怖いほど当たってるんだぜ? まぁ、とはいえとりあえずこの年まで生きることは出来たしよ、俺としてはこの先もういつ逝ったとしてもなんの悔いもなくあの世に行けるがな」


 褐色肌で強面の大男は白い歯を出して人懐っこい笑みを見せる。


「だがよ、俺は介護の心配は要らんが清水の爺さんはマジで分からんぞ? 雷太は気が利く奴だからあの爺さんの介護役としてはうってつけだとは思うがな」


「ケッ、何が気が利くだよ! あいつとんでもねぇ女たらしじゃねぇか!」


 雷太を褒めた漸次に薫が険しい顔で文句をつける。


「お? 随分と棘のある言い方をすんじゃねぇかルーキー。お前うちの武蔵だけじゃなくて雷太も苦手なのかよ?」

 

「……雷太は別に苦手じゃねぇよ。ムカついてるだけだ」


「なんでムカついてるんだよ?」


「あいつ、サクラにちょっかい出してやがるみてぇなんだ」


「なんだそういう理由で敵視してんのかよ? お前のほうこそくだらねぇぜ。人様の恋愛事に横から口を出すのは野暮ってもんだぞルーキー」


「ほっとけ!!」


「だが確かに雷太は色んな巻尺(おんな)にモテるし、何よりあいつは世辞が上手いからなぁ……。おいルーキー、ふと思ったんだけどよ、うちの幸之進が女性下着請負人(マスター・ファンデ)を廃業しちまった今となっちゃただの妄想話だが、もし雷太があいつの相棒だったらすげぇことになってかもしれんとは思わんか?」


 そう水を向けられ、コウと雷太が組んで女性客に応対している様子を脳内で簡単に想像出来た薫は「言えてんな」とそれを認める。


「コウの兄貴と雷太が組んだらブラジャーを作りに来た女どもに歯の浮くような台詞を言いまくるに決まってるぜ」


「そんで女どもはそれが世事だと分かっててもデレデレと目尻を下げてうっとりした顔をしやがるんだろうなぁ……。実現すりゃあちょっとした見ものだったろうぜ」


「なぁそれよりオッサン、それで肝心のアンドロイドは見つかったのかよ? 話が逸れまくってんぞ」


「おう済まん済まん。安心しろ、ちゃんと探してきてやったぜ」


「あったのか!?」


「おう。少々苦労はしたがこれでもそれなりに顔は広い方なんでな。見かけも今の奴に似た方がいいんだろうと思って同じメイドタイプを見つけてきたがそれでいいか?」


「あぁそれでいい! で、それ幾らすんだ?」


「いや金は要らねぇ」


「金は要らねぇだとっ!?」


 まさかの代金不提示に、薫は目を剥く。


「なんでだよ!?」


「俺がお前さんにプレゼントしてやるよ。来週あの愛玩少女(チェリッシュ)からサクラを外したらそのままスライドできるように機体は俺の方でメンテをしておく。今回お前さんには結構迷惑をかけちまったし、あれのトライアルを引きうけてくれた礼代わりってとこだ」


「い、いいっつーの! 結局サクラは無事だったんだぞ!? たかがあれを短期間繋いだぐらいの協力であんたにそこまでしてもらうわけにはいかねーよ! 金は俺が払う!!」


「でもよ、そいつもかなりの高スペックなんだぜ? つまり金額だってそれなりの…」


「いいから額を言ってくれ!! カミさんにもちゃんと了承もらってんだ!! 金ならたぶん用意できる!!」


「嫁さんのOKが出てんのかよ? すげぇじゃんかよルーキー」


「だから幾らか言ってくれって!! サクラ(あいつ)が初めて欲しがったもんなんだ!! だから俺が買ってやりてぇんだよ!! なぁ幾らなんだオッサン!! 言ってくれ!!」


「ルーキー、お前……」


 サクラのアンドロイド代金を自らが支払う事に異常なこだわりを見せる薫を漸次は思案気に見つめる。

 そしてしばらく沈黙を続けた後で薫の肩にポンと大きな手を置き、年季の入った低い声でとつとつと語り出した。


「……なぁルーキー、その金は大事に溜めとけよ。今も言ったがお前は若い。これから先まだまだ物入りになるんだからよ、ここはこのオッサンの厚意を素直に受けておけって。俺は独り身で正直金が余ってる。だからお前が気を使うことはない。それにあの世に金は持っていけねぇしな」


「だから親でもないあんたにそこまでしてもらうわけにはいかねぇっての!!」


「おいおい、なに水臭いこと言ってんだ。お前は俺の親友の息子なんだぞ? ということはつまりは俺にとってもお前は息子のようなもんだろうが」


「意味分かんねーよ!!」


「なんでだよ? しっかりと道理は通ってんじゃねーか」


「通ってねぇっっ!!!!」


「しっかしお前さんも強情な奴だなぁ。さすがはあいつの息子だぜ。よし、じゃあ頭の固いお前さんにも飲み込みやすくしてやるか。いいか良く聞け、鶏冠頭の癇癪(かんしゃく)ルーキー。お前さんは今日から俺の息子四号だ」


「……!」


 今の漸次の宣言にある人物の声がゆっくりと重なる。




   ――  おう どうした息子一号


              飴玉でも買う金が欲しいのか




 それは、この広い世界で薫が唯一尊敬している人物の声。

 今は亡き父が、幼かった自分を優しげに呼ぶ声。

 ほんの一瞬、おそらく自分にだけ聞こえたその懐かしい声に、動揺した薫の身体がわずかに揺れる。



「どうだ息子四号? それなら納得できんだろ?」


 反発が急に止まったので、この若き下着職人が自分の厚意を受け取る気になったと判断した漸次は満足げな顔を見せている。

 しかし薫が反発を止めたのは漸次からアンドロイドを寄贈してもらう気になったからではない。

 サクラの専属操作主として、アンドロイドはあくまでも自分が買ってやる腹積もりなのは変わらなかった。

 なのに漸次への反発を止めたのは、亡き父との懐かしき過去を思い出したせいと、コウと自分の間に入る人物に思い当たる節がないからだ。ずっと独身を貫いている漸次に己の血を引く子供などいない事を薫は知っている。

 

「あ、あのよ……、一号はコウの兄貴だろ? 俺が四号なら、二号や三号は誰なんだよ……?」

 

 言いたくなきゃ別に言わなくてもいいけどよ、と一応は多少の気遣いを含ませながら訊いてみると、漸次は言い淀むことなく意外な事実を言ってのけた。


「何言ってんだ。幸之進は息子二号だぜ?」


「兄貴が二号……? じゃ、じゃあ一号は誰なんだよ?」


「んなもん武蔵に決まってんじゃねぇか」


「武蔵だと!? なんであいつが一号なんだよ!?」


 人間の名が挙がると思っていた一号がまさかの電脳巻尺(エスカルゴ)だったため、思わず大声が出る。


「なんでって……、純粋に俺の息子になった順番だろうがよ。俺の元に一番最初に来たのは武蔵だ。次にあいつだからな。辻褄合ってんだろ?」


「いや確かに合ってっけどよ……、そういやあんた、琥珀の事もいつも娘、娘って連呼してるもんな……。あんたエスカルゴを溺愛しすぎだろ」


「何が悪い? 溺愛結構じゃねぇか。俺には機械とか人間とか関係ねぇ。俺が息子だと思うから息子だし、娘だと思うから娘と言うだけさ。逆に言えばもし俺と血が繋がっていても、この俺が認めなきゃそいつは俺の息子や娘じゃねぇってことよ。愛玩少女(チェリッシュ)のサクラに手を出さなかったお前さんなら俺のこの気持ちを分かってくれるはずなんだがなぁ……」


「悪ィがよく分かんねぇよ」


「じゃあ聞くがよルーキー、お前にとってサクラはなんだ? 単なる仕事の道具ってことか?」


「あぁ!? ふざけんな!! 道具じゃねぇよ!! あいつは俺の相棒で俺の家族だ!!」


 サクラを道具呼ばわりされて激昂した薫を見た漸次は、そらみろと言わんばかりの勝ち誇ったような顔をする。


「まったくお前は本当に馬鹿な奴だなぁ。そこまで来てんならあと一歩じゃねぇかよ」


「何があと一歩なんだよ!?」


「ルーキー、お前は今、サクラを家族だと言ったな。ということはすでに嫁さんのいるお前なら、自動的にサクラはお前さんの娘、ってことになるんじゃねぇのか?」


「なに……?」



 サクラが自分の娘――――。


 そんな事は今までただの一度も考えてみたことは無かった。

 しかし漸次のこの独自論理を聞くと、それはあながち間違ってはいないような気もしてくるのが不思議だ。

 そこへ笑顔のサクラが「Myマスタァー!!」と黒いメイド服のスカートを大きく翻して店内に飛び込んでくる。

 それは「噂をすれば」をまさに象徴するかのような見事なタイミングだった。

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【 ★「いいから黙って俺のブラジャーをつけやがれ」作品の、歌入り動画UP場所です ↑: 4分44秒 】


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