プロローグ
暗闇のなかに、突如として浮かび上がった真っ白な空間。
「……は? なにここ、どこ?」
困惑の声を漏らしたのは、ガタイのいい男——大樹だった。
周囲を見回すと、同じ高校に通う見覚えのある顔が自分を含めて五人。
「ちょっと翔太! 一体なにが起きてるのよ! 私、修学旅行のバスに乗ってたはずなんだけど……」
派手なネイルを施した手を振りかざしながら、聖奈が金切り声をあげる。
その隣で、整った顔立ちの青年——翔太は、取り乱すことなく静かに自分の手元を見つめていた。彼の知性あふれる瞳には、驚きよりも「観察と分析」の色が強く宿っている。
「落ち着きなよ、聖奈。……どうやら僕たちは、事故に遭ったようだね。あの凄まじい衝撃と浮遊感……バスが崖から転落したと見て間違いないだろう」
「えっ……じゃあ、私達死んだの!? 嘘でしょ!?」
悲鳴をあげる女子グループを前に、翔太は冷徹に思考を巡らせる。
生存の可能性は極めて低い。だが、この空間の存在自体が、科学では説明のつかない「次の段階」を示していた。
『——正解ですよ、聡明な少年』
頭の上に直接響き渡るような、どこか軽薄で優雅な声。
空間の真ん中に、光の輪を纏った「神」と名乗る存在が滑り込んできた。
『君たちの肉体はすでに滅びました。ですが安心してください。私は君たちに、第二の人生……そうですね、剣と魔法が存在する「異世界」への転生権を差し上げましょう』
「異世界……転生……!?」
大樹が目を丸くする。後方にいた魔法使い風の男子と弓を持った少女も、息を呑んだ。
神と名乗る存在は、クスクスと愉しそうに笑いながら、目の前に幾つものホログラムのような光のパネルを出現させた。
『異世界では、魔王という悪が蔓延り、人々が苦しんでいます。そこで君たちには、向こうの世界を救う「勇者」として暴れてほしいのです。サービスとして……そうですね、一人ひとつずつ、規格外の「チートスキル」をプレゼントしてあげましょう。さあ、好きなものを選びなさい』
提示されたパネルには、現実世界の常識を過去のものにする、恐ろしい効果のスキルがズラリと並んでいた。
「マジかよ……マジかよ!! 異世界転生って、ラノベとかでよくあるやつじゃん!!」
大樹が興奮で顔を真っ赤にし、真っ先にパネルに飛びついた。
「おい神様! 俺、一番パワーが出るやつがいい! 敵を一撃で粉砕できるようなやつ!」
『ふふ、では貴方には【物理絶対破壊】を。常時の数千倍の筋力と、あらゆる防具や魔法障壁を無視して砕く力を与えましょう』
「ヒャッハー!! 最強じゃん!!」
大樹の狂喜乱舞を見て、聖奈も目を輝かせて割り込んだ。
「私も! 私は絶対に怪我とかしたくないし、汚いのも嫌! 綺麗で可愛い聖女様みたいな力がいい!」
『では貴女には【神聖絶対領域】を。どんな致命傷も一瞬で全快させ、いかなる状態異常や汚れも跳ね返す絶対的な加護です』
「やばい! 私、実質不老不死の完璧美女じゃん! ウケる!」
次々とチートスキルを選び、万能感に酔いしれていく仲間たち。
その中で、翔太だけが腕を組み、冷ややかな瞳でパネルの数値を弾き出していた。
「神様。一つ確認したいのですが」
翔太が静かに口を開く。その声には、神に対する恐れすら存在しなかった。
「その『異世界』の人間……NPCたちの強さの基準は、どの程度なのですか?」
『ああ、向こうの現地住民かい? 彼らのステータスを数値化して平均すると「10〜30」程度だよ。君たちがチートを得て転生すれば、初期段階でもステータスは「10000」を超える。彼らにとって、君たちは文字通り『神』同然の存在になるね』
神の発言を聞いた瞬間、翔太の唇がすっと釣り上がった。
美しい顔立ちに宿る、完璧な冷血と選民意識。
「……なるほど。完全な『ヌルゲー』というわけか」
翔太は提示されたパネルの中から、ある一つの異質なスキルを指差した。
「それなら、僕はこれにします。【全知の超演算】」
『ほう? 派手な攻撃スキルではないが、いいのかい?』
「問題ありません。あらゆる事象を即座に計算・最適化し、相手の行動パターンや世界の法則を瞬時に解明する能力……これがあれば、戦術的敗北は万に一つも存在しなくなる。僕がこのパーティの『司令塔』として、すべてを管理しよう」
「さすが翔太! 頭いい〜! 頼りにしてるよ!」
聖奈が翔太の腕に抱きつき、翔太はそれを鬱陶しそうに、あしらった。
「いいかい、みんな」
翔太は仲間たちを見回し、諭すように語りかけた。
「向こうの世界には、地球のような『法律』も『警察』も、僕たちを縛る『倫理的リスク』も存在しない。そして住民たちの耐久度は、僕たちの力の前には紙屑同然だ。……つまりこれは、何をしても一切のペナルティが発生しない、最高のリアル体験型無双ゲームということだよ!」
「ハッ! 言うねえリーダー! 暴れ放題ってわけだ!」
「楽しみ〜! 服とか美味しいご飯とか、全部奪っちゃえばいいんでしょ?」
五人の意識は、完全に一つになった。
自分たちは「選ばれた神」。向こうの世界の人間は「自分たちを楽しませるための、使い捨ての駒」。
『ふふふ、素晴らしい倫理観だ。きっと向こうの世界を大いに沸かせてくれるでしょう。……では勇者ご一行様、異世界バカンステイクオフです!』
光が五人を包み込む。
「さあ……行きましょうか。僕たちの新しいおもちゃ箱へ」
翔太の冷たい微笑みを最後に、眩い閃光が空間を塗りつぶした。




