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彼女の名は

体調を崩し遅れました。申し訳ありません。


回廊は既に薄暗くなり始めていた。

陛下との会話は思わぬほど時間を使ったらしい。

(晩餐に遅れてはならない……!)

私の作った隙は、そのまま革新派の隙となる。

足早に進もうとした、その時。

——違和感。

同じ歳ほどの侍女見習いとすれ違う。

貴族ではない。

だが、それだけではない。

(……足音が)

規則正しく整えられた後宮の動きとは違う。

わずかに速く、そして——迷いがない。

まるで。

(現代人みたいな……)

少女は気づいた様子もなく、そのまま通り過ぎる。

一瞬だけ、夕日が差し込んだ。

茶色の髪に桃色の煌めきが残った。

(……今の)

引っかかりを残したまま、私は自室へ急いだ。

晩餐はつつがなく終わり、自室へ戻る。

支度を終え、ベルに問う。

「夕刻にすれ違った侍女見習い、素性は分かる?」

「……調べましょうか」

「お願い」

短いやり取りの後、その日は眠りについた。

ベルの仕事は早い。

翌日には資料が揃っていた。

――

マリア・ローズクォーツ

ガーネット侯爵家分家、ローズクォーツ子爵家の長女。

実家の財政難により王宮へ。

現在はローザリア様付きの侍女見習い。

——ただし。

周囲からやや浮いているとの報告あり。

――

(ガーネット……保守派の騎士家系)

そして、この設定。

(知っている)

(ゲームのヒロイン)

あの物語はシンデレラストーリーを謳っていたが、

本質はそれだけではない。

選ばれずとも、彼女は成功する。

どのルートでも、必ず上へ行く。

(……厄介ね)

「ベル。“浮いている”とは?」

一瞬。

ベルが言葉を選ぶ。

「……振る舞いが、少々」

珍しく、声音が硬い。

「作法は問題ありません。むしろ、よく出来ております」

「ですが——」

わずかに間。

「……保守派らしからぬところがあると」

(やっぱり)

「加えて、他の侍女との距離感が……」

言葉を濁す。

(孤立、か)

だが——

それはむしろ好都合。

「……気に入ったわ」

小さく笑う。

「こちらに引き込みましょう」

ベルがわずかに目を細めた。

「よろしいのですか?」

(危険かどうか、って顔ね)

「だからこそ、よ」

知らないまま放置する方が危ない。

「様子を見ましょう。近くで」

ベルは一礼した。

私は窓の外へ目を向ける。

(“ヒロイン”が、ここにいる)

(なら——物語はもう、始まっている)

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