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(チッ……)
……って、なに?
(チッ?)
微かに聞こえた。けれど確かに。
(舌打ち?)
どうして王様が舌打ちするの?
なんのために?
(機嫌を損ねる事した?)
そんな事はなかった筈だ。
謁見は粛々と進んでいる。
さっきまで王様は俺の頭を撫でて話していた。
何かあったとは考えにくいんだけど。
(いつもの穏やかな王様だよな)
踵を返して、俺に背を向けた王様は王剣の場所へ向かう。
「へ、陛下っ。ここ、こちらにごじゃいますっ」
……あ。
兵士さん、噛んだ。
声が裏返ってるのは、どうしてだ?
おごそかに王剣を差し出す手……震えてる?
でも王様は、いつも通りだし。
あぁ、そうか!
王国に先祖代々伝わる由緒正しき剣だ。落としたりしたら大変だから、緊張してるんだ!
膝を折り、王様が丁重に吟味する。
そうして剣を差し出す兵士に視線を流した。
ゴゴゴゴゴオォー
(なに?)
この轟音。
真っ黒いオーラが王様から流れ出て……
ゴシゴシ、ゴシゴシッ
「あれ?」
真っ黒いオーラが……
「どうしたんだ?ヒイロ。そんなに強く目をこすってはいけないよ。傷ついてしまうからね」
「……はい」
流れてない。
俺の見間違い?
ゴゴゴォーという音も聞こえない。
「……いつもの王様だ」
「ん?」
「いえ、なんでも!」
なんでもない。
穏やかで優しい王様で、やっぱり俺の見間違いだったんだ。
音も空耳だったみたい。