29
左足が後方に華麗なステップを決めた刹那。
ジュシュウゥゥゥー
侍従の亡骸が異様な音と共に溶け出した。
水蒸気。違う
(あれは)
泥。
「マッドパペット」
侍従は最初から人間ではなかった。何者かの放った刺客。疑似生命体の操り人形だ。
「こんな物がどうして城に……」
警備はどうしたんだ?
「勇者を生んだ国だ。情報はどの国も喉から手が出る程ほしい。こんな物は日常茶飯事だ」
この国の情報は価値がある、という事か。でも、今の言い方じゃ……
「マッドパペットを放ったのは、人間の国なんですか」
「その可能性は十分ある。無論、魔王一派の残党の可能性も拭いきれないが、魔王という世界共通の敵がいなくなった今、各国は人類世界の主導権を取らんと、水面下の小競り合いが始まっている。権謀術数は当たり前だ」
「そんな」
「我が国は勇者の存在の分だけ、頭一つ秀でているからな。他国にとっては格好の標的だ」
「俺は争いを起こすために戦ったんじゃないのに」
「そうしょげるな、勇者様。お前のお蔭で世界に光が戻ったのは事実だ。ここに来るまでに人々の顔を見たろう」
「うん」
皆、嬉しそうだった。笑っていた。
「だったら胸を張れ。政争なんてもんは、国の文官共に任せておけ。それでも平和が崩れそうになったら、その時は我らがいる」
ギウウゥゥゥー
奇声を上げて、かつてマッドパペットだった物が、最早原型も留めぬまま襲いかかる。
「シュヴァルツ・シュッツエンゲル」
守護の大剣
この人は、王国騎士団長
「塵芥」




