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月の鬼退治  作者: ペンシル カミラ
最終章 世界と螺旋
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番外編 お蝶と弥助 8

検非違使の屋敷の門番は「お主ら、名と何用かを述べられよ」と与一と権兵衛を睨みつけて問うた。その語気とは裏腹に沈みかけた夕焼けが、町中の家屋や人々を分け隔てなく照らしている。権兵衛は脂汗を額ににじませながら、荷馬車の荷台から顔を出して「助けてくれ、俺はこの男は借金を踏み倒す為に、俺を殺そうとしている」と必死に訴えた。与一は「この男が借金を理由に私の娘を攫い、私の屋敷も奪おうと揺すっていた。今こうしているのは、力づくで従わせようとした奴を、私が返り討ちにしたからである。我ら二人に裁きを求めるために参った」


門番は一瞬怪訝な顔をして何かを考えていたが、埒が明かないと判断した。彼は同僚を呼びつけ、与一たちを見張らせる者と町医者を呼びに行かせる者と役割を与えてから、検非違使に報告へと向かった。大方、高利貸しと商人の間での揉め事であるのだが、高利貸しは重症を負っていて、時間の猶予がない。


そうして、権兵衛は町医者に止血を施され、与一は取り調べを受けた。結局二人は別々の牢に入れられ、翌日裁きを受ける運びとなった。権兵衛は出血の量が多く衰弱していた。彼は熱にうなされ強い寒気に苛まれ、ブルブルと震えて牢の茣蓙ござに包まっていた。いくら隙間なく茣蓙を体に巻き付けても、分厚い脂肪があったとしても冷たい牢屋の床に体温が奪われていく。それに反して権兵衛の与一に刺された両腿は焼けるように熱く、じんじんと鈍い痛みが絶え間なく続いている。彼はゆっくりと床に命を吸い取られていくような感覚に絶望した。権兵衛は巡回の役人が来ると「とてもじゃねぇが明日までもちっそうもございやせん、どうか、せめて医者に連れて行ってくだせぇ」と涙ながらに訴えた。しかし、役人は「裁きを受ける者はこの牢に留め置かれる規則である。」その訴えを退けた。権兵衛はその言葉を聴いて放心したように黙り込んで、静かに涙を流した。牢の格子窓から黒々した夜空に浮かぶ数えきれない星々が見えた。


与一は牢の中で正座をして、お蝶のことや今までの人生に思いを巡らせていた。

私が今まで必死に気付いて来たものは、これからすべて崩れ去ろうとしているのだ。しかしこの先の崩れずに残る者は何か、私が残せるものは何か。彼の心は冷たい海に沈んだかのような、冷たく静かな流れに

飲まれていった。彼は冷たい思考の波の中で、屋敷も生業、名誉もどうでも良くなっていた。自身の妻や娘たちが生きていれば何もいらないと思えた。そう決めると冷たい心の中に温かい一筋の灯りがともっているように感じられた。




その頃、牛のような角を額から生やした若い男はある山の頂上の祠の前に佇み、星空を眺めていた。漆塗りが施され、金の装飾がふんだんに使われている祠にもたれかかり、遠い昔を思い出していた。彼が思い出されるもっとも古い記憶は、満月の夜、ある竹林で自らが光る竹に食い込み、竹を割った瞬間。おれの持ち主の翁は驚き、手に持った彼を投げ出した。翁は光る竹の中にいた輝く赤子を自身の着物でくるむ。ただの使い込まれた鉈だったおれに、命が吹き込まれた瞬間だ。鉈の付喪神、それがおれの正体。剣はその後も竹取の翁と共にあったが、かぐや姫が月に返り、翁と老婆が亡くなった頃には人の姿となって、本体である鉈から離れて行動できるようになっていた。


剣は自身の本体を祀る祠を天高くそびえる山に建て、自由気ままに過ごしていた。そんなある時かの天狗、凛輪がおれの祠の前に現れたのだった。その時のことは今でも鮮明に覚えている。凛々が祠の前に立つおれに向かってこう言ったのだ。「神々しき付喪神よ、お前の名は何という」と。おれは自身が初めて他者に認識されて嬉しかったのを覚えている。というよりも、忘れられない。


「我に名はない。ただの一振りの鉈に過ぎない。その他の名前は何という」とおれが問うと奴は凛輪と名乗り、俺に名前を付けてくれた。”つるぎ”と。「古い鉈には過ぎたる名前だ」というと彼は眉を吊り上げて不服なのかと言いたげに睨みつけてきた。思い出すと剣は可笑しくなって腹を抱えて笑った。人里を離れた地では古い怨念や剣のような付喪神が数多混在している。各々が力を巡らせて縄張りを形成して存在している。剣は山の主と化していたが、彼に匹敵する存在がいた。やつは人前に滅多に現れないが、運悪く奴をみた人間がそれを土蜘蛛と名付けた。



剣は土蜘蛛が大の苦手であった。奴は暗く、べっとりとした憎しみや妬みを普通のものとして受け入れて、反対に清い心や思いやりを偽善と吐き捨てる輩で、剣とは馬が合わなかった。しかし、剣はついに土蜘蛛の力を超え、彼をこの山から追い出したのである。奴に勝った心地よい気持ちのまま凛輪に会いに行ったが、あまり良い対応をしてもらえなかった。剣はため息をついて、自身の祠の中にある鉈に帰っていった。



山を追い出された土蜘蛛は夜の闇に溶けながら、様々な町や村をめぐっていた。そして、ひときわ暗い気持ちと憎しみ、怒りと妬み、後悔の匂いを感じ取った。彼は壁をすり抜けていくと牢屋にうなされていたある男を見つけた。その男は生命力が尽きようとしているのが明白であったが、その恨みは益々強くなっているようだった。土蜘蛛は権兵衛の前に姿を現した。



「人間よ、その体、長くはもつまい。」



権兵衛はぎろりと声の方を見ると、背中から雲の手足が生えた恐ろしい形相の男が立っているではないか。権兵衛はたじろいだが、にやりと笑った。


「貴方様、俺を助けてくれませんかね」権兵衛は浅い息をしながら土蜘蛛に問いかけた。

土蜘蛛は「俺にその体を貸してくれれば、その命助けてやろう。しかも目的を果たせば、お前の身体はそっくり返えす」


「是非もねぇ、利息は」と権兵衛が問いかける。

「ない、こちらが借りるのだ、一つお前の願いを聞いてやってもいい」と土蜘蛛は答えた。


「俺が惚れた女、お蝶を手に入れてぇ、その願いかなえてもらえやすかね」


「お蝶とは誰だ」


「見たこともねぇですが、俺がこんな有様になったきっかけの女です」



「良いだろう。その感情が俺の力をさらに増すだろうからな」土蜘蛛は権兵衛とのやり取りを契約成立とみなし、彼の身体に取り入った。

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