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前世からあなたを  作者: 七瀬翔
本編
8/20

 アロイスは昔から悪夢に悩まされていた。

 その夢の内容はいつも違っていて。けれど、最後だけは一緒だった。


 ある時は両親らしき人と遊び、ある時は友人らしき人と談笑している。そんな光景から夢は始まる。

 夢の登場人物にアロイスは心当たりがない。見たこともない人ばかりだった。それに、夢で見る景色や人々が来ている服はそのどれもが一時代以上前の、古いもので。そんなもの、アロイスは知らないはずなのに、夢の中では詳細に再現できていることが怖かった。


 そして、場面は唐突に切り替わり、美しい女性が出てくる。

 その女性は夜闇のような黒髪を腰の中ほどまで伸ばしており、瞳の色はアメジストのような薄紫色だった。身体の線は折れそうなほど細く、肌もアロイスが見たことないほど白かった。瞳の色を強調するように目は大きく、睫毛は髪と同じように黒く、瞬きするたびに蠱惑的に舞った。

 夢の中のアロイスはその人物に釘付けになった。今まで見たことがないほど美しい人だった。

 それにもかかわらず、その女性はいつ見ても笑わなかった。それどころか、一切表情が変わらなかった。

 そんな人形のような女性に何故自分は目が離せないのか。

 その理由はすぐに知れた。

 彼女は、食事をする時だけほんのわずかに口の端が上がる。その小さな小さな笑顔に彼は魅了されてしまったからだった。


 そしてその後、彼はその女性と結婚した。

 アロイスの見る夢の中でも特に何もない、穏やかな場面だ。けれど、一番幸せなひとときでもあった。

 最初はぎこちなく、彼に遠慮していた彼女も時を経るごとにそのぎこちなさが無くなっていき、彼にだけ笑顔を見せてくれるようになった。

 向日葵のような笑顔ではなく、道の端に咲いている小さな花のような笑顔。その笑顔は彼にとってどんな物にも代え難いほど好きなものだった。


 けれど、そんな幸せな日々は長くは続かず。

 場面が急に切り替わったかと思うと、彼はどこかをひたすら走っていた。

 焦っているようにも感じる。

 そして、やっとたどり着いたのはどこかの隅にある部屋。扉を開ければ、彼の妻が驚いた様子でこちらを見ていた。

 それから、何事か二人は言い合っていたようだが、そこに新たな来客が来たことにより、物語は急展開を迎える。

 なんと、彼女は彼が抜いた剣を引き寄せ、自分に突き刺したのだ。

 その感触は妙に生々しく。


 いつもそこでアロイスは目を覚ました。

 はあはあ、と荒い息を繰り返し、やっとのことで落ち着く。

 いつもいつもあの場面でアロイスは目覚める。

 彼女が自分で突き刺す場面は目覚めてからも鮮烈に覚えていて。

 目覚めてすぐに忘れてしまう夢とは違っていた。

 その悪夢がただの悪夢ではないことは数年後に知った。


 それは家庭教師の授業の合間だった。

 ツェルバトーン王国の三大悪女として数えられる三人の女性を描いたという肖像画を見せてもらった時だ。

 三人の女性の誰もが見目美しかったが、アロイスの目を惹きつけたのはその中のただ一人だった。

 リリアーナ・リラ・ツェルバトーン。この国の王女だった人物だ。

 アロイスの夢に出てくるあの女性ととてもそっくりだった。

 家庭教師の話によると、リリアーナは国庫を浪費し、国を傾かせたのだという。

 彼女の家族はそれを止めるどころか、贅沢を享受し、そのため国民に見限られ、王族は皆処刑された。

 他の者は民や兵士に殺されたが、リリアーナだけは彼女の夫であるユリウス・チェストに殺された。

 それを聞いた時、アロイスは叫び出しそうだった。


 彼女はそんな人じゃない。彼女が死んだのは、僕を守ろうとしたからーー。


 そこまで思った時、アロイスはショックのあまり、倒れた。

 そこから、丸二日間寝込んだ。

 その間に、夢では見なかった詳細な過去のことを思い出した。

 それから見る夢では声が聞こえるようになった。

 彼女と交わした会話もすべて。

 だから、アロイスが生まれてから空虚さを感じていた理由も分かった。すべては彼女がいないから。


 けれど、分かったところでどうしようもない。

 アロイスのように生まれ変わってくれていたらいいが、その可能性はとても低い。たとえ、生まれ変わっていたとしても、同じ年代とも限らない。

 それからアロイスは日々をただ漫然と過ごすようになった。

 どんな景色を見てもどんな人と出会っても。何も感じなかった。すべてはそばに彼女がいないから。


 けれど、もし彼女と出会ったところで、彼女は再びアロイスと結婚してくれるだろうか。

 彼女があんな決断をすることになってしまったのはユリウスのせいだというのに。なのに、自分は未だに彼女を求めてしまう。自分勝手だとしてもその気持ちを抑えることはできなかった。


 社交界デビューしてからは、彼女の影を追い求めるようになった。

 彼女と同じ髪色の女性は数人いた。しかし、その誰もが彼女ではなかった。

 自分と同じように、前世と同じ容姿では生まれ変わっていないのかもしれない。

 リリアーナはあまりにも有名すぎた。肖像画も残り、リリアーナと言われれば、誰でもその姿を思い浮かべることができた。


 だから、もし生まれ変わっているとしたら全く別の姿。それでもアロイスは見つけられる自信があった。

 なのに、社交界にはいなかった。

 平民に生まれ変わってしまったか、アロイスのように生まれ変わっていないのか。

 どちらにしても神は残酷だと思った。よりにもよって彼女をアロイスの手の届かないところにしてしまうなんて。

 これは前世で犯した罪を償えということなのか。


 そう絶望しながらも、アロイスは若き侯爵として最低限仕事をこなした。

 ユリウスと同じく、アロイスは若くして両親を亡くした。その時だけは、感情が動いた。

 でも、それ以来感情の揺れはない。心の中がからっぽで、何を入れても満たされない。

 それでもユリウスの時に培った対人スキルで何とか上手く人付き合いをしていた。

 一通り、社交界にいた令嬢とは顔見知りになったが、舞踏会や夜会で彼女を探すことを止めることはなかった。気づけば、彼女を探してしまっていた。もう、いないことは分かっていたのに。


 十七歳になった令嬢が一斉に社交界デビューする日も同じようにアロイスは女性たちに目を向けていた。

 けれど、大して期待していたわけではない。

 社交界デビューする令嬢を目にするたびに、彼女がいるのではないかと期待し、そして失望した。

 だから、その日も特に期待していたわけではない。

 もはや習慣と化していて、令嬢に目を移すたびに、失望感を味わうこともなくなっていた。

 そんな時だ。栗色の髪が目に映ったのは。

 栗色の髪は特に珍しいわけでもない。今までも何度か目にしてきた。なのに、その女性が無性に気になった。

 彼女は白いドレスを着ているので、デビュタントらしい。父親らしき人物とダンスを踊っていた。

 父親はダンスが苦手なのか、何度かその女性にそれとなく助けられていた。それは、注意深く観察しなければならないほど自然なもので。

 デビュタントにしてはダンスが上手く、また緊張もしていないように見えた。むしろ、父親の方が緊張しているようだった。

 ダンスを終えた彼女は父親と談笑したのち、一人で行動し始めた。

 他のデビュタントは父親についていき、父親の知り合いや令息と挨拶を交わすのに。もしかしたら、子爵や男爵家出身なのかもしれない。

 デビュタントは王城で爵位関係なく、デビューするのが規則だ。だが、低位貴族は特別なことでもない限り、高位貴族の知り合いはいないだろう。

 なので、王に謁見し、ダンスを踊ってしまえば、することは終わってしまう。

 父親の方は数少ない知り合いに挨拶をしているようだ。

 その場にもいないなんて。


 娘の方に視線を戻すと、彼女は軽食コーナーにいた。

 たったそれだけのことなのに、強く鼓動が跳ねる。

 リリアーナのように父親を気にするそぶりを見せることなく、彼女はあの時と同じサンドイッチを口の中に入れた。

 そして見せたあの笑顔。

 アロイスの心臓が激しく鼓動を打ち始める。

 リリアーナの時と比べて彼女の笑顔は誰にでも分かるほどの満面の笑みで。けれど、そこにユリウスが好きになったあの、笑顔の面影も見えて。

 周りに人がいるにもかかわらず、アロイスは泣きそうになった。


 やっと。やっと彼女と巡り会えた。

 前世のことを思い出してから。いや、あの夢を見るたびにあの女性に、アロイスは恋焦がれていた。


 アロイスはすぐに行動に移した。まずは、王の近くにいる王太子に話しかけた。

 彼はアロイスと歳が同じで、将来共に国を支える者同士として、ある程度仲良くはしていた。


 「殿下、少しお話があるのですが、よろしいですか」


 突然話しかけてきたアロイスに王太子は目を見開いたものの、すぐに頷いてくれる。


 「ああ、なんだ?」

 「実はデビュタントの中に気になる令嬢がいまして」

 「おや。女性に興味のないお前がそんなこと言い出すなんて珍しいな」

 「んん。それで、栗色の髪の女性がデビュタントの中にいたと思うんですが」


 王太子の反応を無視してアロイスは話を進める。

 王太子は社交界デビューする令嬢を特徴を含めてすべて覚えているので、アロイスは尋ねたわけだ。


 「ああ、いたな。ユストファ子爵令嬢リディだよ。ちなみに誰ともまだ婚約をしていない」

 「そうですか。ありがとうございます」


 つとめて平静を装ったつもりだったが、王太子にはばればれだったようだ。

 にやにやとした気持ち悪い表情で送り出されてしまった。

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