食事
リリアーナと結婚した夜。
ユリウスはリリアーナと同じ食卓についていた。
対面に座り、最初から料理は並べてもらう。
「あ、あの、いただいても、いいのでしょうか?」
薄紫色の瞳を不安げに震わせてリリアーナは尋ねる。
「うん、いいよ。君の好きなだけ食べて」
リリアーナの不安を取り除けるようにユリウスは笑顔を浮かべる。
リリアーナは今までろくに食事を摂ることを許されなかった。その習慣が身についてしまっていたのだろう。
ユリウスがああ言ったにもかかわらず、リリアーナはその日出された料理にほとんど口をつけなかった。
人がいる環境で食べたことがないのだろうか。
舞踏会や夜会でこっそり食べていた軽食は幸せそうに食べていたのに。
あの時のように手に取りやすい、一口サイズなら彼女は食べてくれるかもしれない。
最初は人のいない環境で食べた方がいいのかもしれないが、早くユリウスと共に食事を摂ることに慣れてほしいので、二人で食べることは譲れない。
そして次の日は出された料理をすべて一口サイズにして出してみた。
昨日は同じ部屋にいた使用人も退出させ、正真正銘二人きりの食事だ。
公爵家に仕える使用人なだけあって、仕事中は自らの感情を表に出さないが、リリアーナは人の感情の機微に敏感だ。使用人たちが隠し持っているリリアーナへの感情を感じ取っていて、食べられなかった可能性もある。
ユリウスも着席する席をリリアーナから一つずらした。
誰にも相談できないので、これでいいのか不安だった。
使用人のいない部屋、一口サイズに切られた料理にリリアーナは戸惑いの表情を浮かべた。
「さ、食べようか」
なるべくユリウスはリリアーナの方を見ないように意識した。
リリアーナに気を遣わず、ユリウスは食事を始める。
最初はユリウスの方をちらちらと見ていたリリアーナだったが、おそるおそる料理に手を伸ばして、食べ始める。
その様子をユリウスはリリアーナにばれないようにこっそり観察していた。
ぎこちなかった食事も徐々に徐々にぎこちなさが取れていく。
そしてついには、ユリウスが何度も見てきたあの小さな小さな笑顔を見ることができた。
それだけでユリウスは幸せな気持ちに包まれる。
それから、リリアーナはユリウスがいても気にせず、食べてくれるようになった。
食事をしながらユリウスの話に耳を傾けてくれ、時には相槌を打ってくれる。
ユリウスのどんな話もリリアーナは面白そうに聞いてくれた。
だから、ユリウスはどんな話でもした。
王城での仕事の話、領地の話、ユリウスの子どもの頃の話。
リリアーナはどんなジャンルの話にも首を傾げることなく、ついてきてくれた。それだけ彼女の教養が高かったということだ。
リリアーナから話をすることは滅多になかったが、たまにしてくれることがあった。彼女が自分自身の話をすることは稀だ。ユリウスは一言一句漏らさず聞いた。
読んで面白かった本の話、刺繍の話、ドレスの話。
ユリウスと違って、リリアーナの話のどれもが邸でできることだった。だから、リリアーナの話を聞けて嬉しい反面、もっと外に連れ出してやりたいと思っていた。
ユリウスにとっては見慣れたものでも、リリアーナの視点で見るとどう見えるのだろうか。それを彼女の口から知りたかった。
ーーけれど、それはできなかった。世情は確実にリリアーナにとって悪い方向に向かっている。リリアーナはあまりにも有名すぎた。少し変装しただけではきっとばれてしまう。そうなれば彼女がどんな目に遭うのかは明白だ。
だから、こうして外の世界よりは安全な邸に居てもらうしかない。結局、ユリウスはリリアーナをあの王族と同じように閉じ込めることしかできなかった。彼女と結婚する時に誓ったのに。彼女にとって優しい世界を作ると。
「リリアーナ、ごめんね」
つい漏れてしまったユリウスの本音。言った後に後悔する。こんなことを言われても迷惑なだけだ。
「どうしてユリウス様が謝られるのですか?」
ところが、予想に反してリリアーナの口調は柔らかい。
ぱっと、薄紫色の瞳と目を合わせる。
「私はユリウス様によくしただいています。毎日とても幸せなのです。ありがとうございます」
リリアーナの口角が少し上がる。
そんな彼女の表情を見て、ユリウスは泣きそうになる。何故彼女はこんなにも優しいのだろう。
自分はただ彼女を邸に閉じ込めることしかできていないのに。リリアーナは王城にいた頃と何ら変わりない生活しか送れていないのに。
「最初の頃、私、が食事をしやすいように環境を整えてくださいました。だから、私は城にいた時よりも食べられるようになりました。そのことがとても嬉しいのです」
「そんなの・・・当たり前のことだよ」
僕は誓ったんだから。君のためにするのは当然だ。
ユリウスの返答にリリアーナは首を振る。
「ユリウス様は他にも私のために様々なことをしてくださいました。感謝してもしたりません」
君はもっともっと傲慢になるべきだ。そんな些細なことで感謝するものじゃない。
僕をこれ以上甘やかさないでくれ。
以上で完結となります。
今までお付き合いいただきありがとうございました!




