表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/125

90. 仕事柄の好奇心



 シュレーゲル侯爵家の敷地内、リアナはフーベルトと共に、中庭に立っている。



「リアナ。今日の装いも素敵だな」

「ありがとうございます。フーベルトも素敵です」



 リアナの今日の装いは、オリーブグリーンのワンピースだ。

 丈は少し長めだが、引きずることはなく、体型に合わせて作られているので、動きやすい。

 フーベルトの装いは、濃灰色の上下に同系色の一段明るいシャツ。落ち着いた印象なのだが、よく似合っている。



「ハルさんも素敵です。リアナの瞳の色ですね」

「ありがとう。今日は僕がお揃いだね」


 

 その横、ハルも、先日のクレアのお茶会で用意された紫色のバンダナをして、誇らしげな表情(かお)をしている。


 今回のガラスの入れ替えのために、連れてきた職人達が作業するのを見守りながら、リアナは、自分の体に力が入るのを感じる。


 中庭に用意した仮設の作業場で、職人達は透明ガラスを木枠に嵌め込んでいる。

 試作品の他、クレアとアイリスにガラスを作ってきたが、それに比べると大きさが違う。



「今回はかなり大きいですね」

「そうですね。少し緊張しています」

「リアナなら、大丈夫。今日も成功させられるよ」

「ありがとうございます。頑張りますね」



 今までで一番大きいガラスに少し緊張していたが、フーベルトの言葉で、少し和らいだ気がする。


 他の机に並ぶ色ガラスは、ギルバートが自ら選んだものであるため、普段、商会で使用するものより、いくらか等級が高い。

 小さくした破片を指で持つと、太陽に透かす。

 その美しさに、力が入った体が緩むのを感じた。


 ここまで美しいガラスは触る機会がないので、少し製作が楽しみな気持ちもある。

 リアナは色ガラスを机に置き、優しく指先で触れていると、屋敷の方角、リアナの背後から声がかかる。



「今日をとても楽しみにしていました。立ち合わせていただき、ありがとうございます」

「いえ。エドワード様にとって、良き成果が得られるといいのですが」



 エドワードは前回とは違い、艶やかな黒に縁取りのあるローブをまとっている。

 立ち会いが終わり次第、仕事へ向かうのだろう。

 身につけているローブから、王城に勤める魔導士はであることはわかるのだが、普通の魔導士のローブとは、縁取りの色が違う気がする。


 ローブについて考え込んでいると、エドワードはリアナの横へ、笑顔を向ける。



「初めまして。私は、エドワード・シュレーゲル。これからよろしく頼むよ」

「お初にお目にかかります。私、フーベルト・ウィーズと申します。お会いできて、光栄です」

「フーベルト。私のことは、エドワードと」

「お気遣いありがとうございます。エドワード様」



 エドワードはフーベルトに手を差し出すと、それに手を合わせて、硬く握り合う。

 しっかりと握手をする二人に、少し羨ましくなる。

 自分も男であれば、ここまで気をつける必要もなく、握手を交わせるはず。

 いっそのこと、性別を変える魔法がないのだろうか。

 他国で姿を変える魔法はあると聞くし、一時的には可能な気がする。


 ローブに引き続き、魔法について考えるリアナは、笑みを浮かべたまま、話を傍観する。



「さて、挨拶は終わったな。リアナ、私もとても楽しみにしていたぞ!」

「ありがとうございます。最善を尽くさせていただきます」



 ギルバートの声に、リアナは思考を断ち切る。


 前回の打ち合わせの後、ギルバートはお忍びで商会に来て、父を驚かせていた。

 しかし、ガラスの素材まで気にかけるとは、さすが侯爵家である。

 その期待にしっかりと応えなければ。


 リアナは、他の人に気付かれぬように、小さく息を吸うと、背筋を伸ばす。



「これから、作業を始めます。まずは、色ガラスのカットと既存の窓の撤去、窓枠の調整を行う予定です。なにか気になることは、ありますか?」

「いや、ないな。エドワードは?」

「ガラスのカットはどのようにするのでしょうか?」

「私の召喚獣、ハルが作業を行います。風魔法を使い、ガラスを切りますので、近付かないようにしてください」

「風魔法でカットを。それは楽しみですね」



 エドワードは楽しそうな目で、ハルを見る。

 自分はその作業に子供の頃から見慣れているが、ガラスを風魔法で切るのは珍しいのだろう。



「では、私はガラスを外してきます。そのまま、窓枠の調整に入ります」

「お願いします、フーベルト」



 フーベルトの申し出を受け入れ、既存の窓ガラスを任せると、リアナはハルと目を合わせる。

 並んで隣に立ち、少し中腰になって目線を合わせると、声を潜めて会話をする。

 


「図案通り、任せてもいい?」

「大丈夫、毎日のように見ていたから、覚えているよ」

「頼もしいわ。お願いね」

「任せて。今日も僕、華麗に切り刻むよ!」



 やる気に満ちあふれたハルは色ガラスの前に立つと、風魔法を使い始める。

 それを見ているエドワードは、とても楽しそうに紙に何かを書き始めた。


 毎日のように図案を見ていたハルは、迷うことなく、正確にガラスを切っていく。

 しかし、もっと他の言い方はなかったのだろうか。

 切り刻むと聞けば、玉ねぎのみじん切りが浮かんでしまうのだが。

 

 ハルが切ったガラスを少しずつ回収しながら、図案を確認しつつ、透明ガラスに並べていく。

 リアナの作業を見ながら、ギルバートは顎に手を当てて、少し考えている。



「そのガラス、一体どうなるのかが楽しみだ。ダリアスの話では、一枚ものになると聞いたが」

「はい。ステンドグラスに似たものになります。しかし、通常の場合とは違い、繋ぎ目に仕切りを入れないため、また違った楽しみ方ができると思います」



 手を動かし続けながら、ステンドグラスとこのガラスの違いを簡単に説明する。


 ギルバートはまだ、ガラスの完成品を自分の目で見たことがない。

 今あるのは、クレアの別荘とアイリスの本邸にある二枚だけ。

 できるならば、今後、貴族の屋敷だけではなく、街の風景にも、このガラスが見られる日が来ると嬉しい。



「ほう。それがここに入るのか。ぜひ、皆に自慢したいものだ」

「それは有難いことです」



 リアナは、ギルバートのお世辞に感謝しつつ、ハルがガラスを切り終えたのを確認する。



「では、私はこのままガラスを並べますので、少しお待ちください」

「いや、私も手伝おう。良い思い出になりそうだ」

「ぜひ私も。並べるだけでも、時間がかかるでしょう」

「お言葉に甘えさせていただきます。こちら、お使いください。父からです」



 リアナは鞄から、皮でできた黒い手袋を渡す。

 朝、商会を出る時に父に渡されたのだが、特に渡すだけで何も言っていなかった。

 しかし、ギルバートと付き合いが長いため、こうなることが予期できたのだろう。



「ダリアスが。あいつはいつも気がきくな」

「ダリアス様に感謝を。よろしくお伝えください」

「はい」



 リアナは、二人が手袋を身につけたのを確認し、図案を見ながら色ガラスを並べていく。



「ここはこれか?」

「少し形が違いますよ。父上、こっちでは?」

「おぉ、そうだな」



 ギルバートもエドワードも、初めてやることなので、楽しめてやれているようだ。


 思い出作りという点において、先程のギルバートの提案はいいかもしれない。

 希望する人には、今度参加してもらおう。


 今後のガラスの仕事について考えながら、リアナは液剤を用意する。

 今日は、作った液剤を持ってきた。

 ガラスが大きいことで使用する液剤の量が多く、その場で作るのも、なかなか力がいる。

 そのため、商会のみんなで手分けして作ってもらった。


 ギルバートが最後のガラスを並べ終えると、リアナは液剤の入った容器の蓋を開ける。



「では、これからガラスを製作します。少し、離れていてください」

「そうしたいところではあるが。魔導士としては、初めて見る魔法は近くで見たい気持ちがあるな」

「そうですね。ぜひ、私も近くで見たいです。とても、興味があります」



 魔導士としての血が騒ぐのか、出来るだけ近くで見たいようだ。

 だが、リアナもその気持ちはよくわかる。


 他の職人がしている仕事がまだ見ぬものだったなら、とても興味が湧く。

 出来れば、心ゆくまでじっくりと眺め、学びたいものだ。



「水魔法、風魔法。こちらは問題ないのですが、火魔法で炎が出ます。触れないのでしたら、近くで見ていただいても構いません」

「では、お言葉に甘えさせていただこう」

「よろしくお願いします」



 リアナが注意事項を伝えると、二人は背後に立つ。

 動きが止まったのを確認し、リアナは宣言する。



「では、魔法を使います」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ