82. 不気味な手紙と肉じゃが
商会での仕事が終わり、リアナは食材を買って家に帰る。
「お腹すいた〜」
「そうね。私もお腹すいたわ」
ルカと話しながら歩いていると、ここ最近越してきた女性の姿が見えた。
前に挨拶した時には居なかったが、ルカに近い年齢の男の子がいるらしい。
「リアナさん、今日もお仕事お疲れ様」
「ありがとうございます。そちらこそお疲れ様です」
母親を気にすることなく、子供は走り出そうとしている。
元気が有り余っているようで、大変そうだ。
母親は子供と手をつなぐのと反対の手に持つ封筒を、リアナに差し出した。
「ここで会えてよかったです。これ、家に届いた手紙に紛れ込んでいて。家に向かっていたんですけど、今、渡しておきますね」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
家まで届けようとしてくれたようで、ありがたい。
リアナは封筒を受け取ると、別れを告げて再び歩き始める。
家の方へ手紙が来るのは、クレアかアリッサが多い。
たまに、他国の友人からも届くが、今の季節ではない。
「差し出し人は、書いてないか」
封筒に書かれているのは、自分の名前のみ。
クレアの場合は、必ず紋章の封蝋が使われる。
アリッサは封蝋など使わないが、必ず封筒に名前が書いてある。
送り主のわからぬ手紙に、リアナは困惑する。
「これ、なんか嫌なにおいがする」
「リアナ、それ捨てちゃおう!」
「待って。一応、中身を読むから」
ハルは耳を飛ばして嫌がっている。
それがわかるのか、ルカも同調している。
嫌なにおいといっているが、自分にはそれがわからない。
特に、なにも匂わない気がするのだが。
取り敢えず、リアナは手紙を鞄に仕舞うと、話題を変える。
「それよりも、今日の晩御飯はどうするの?」
「今日はね、とっておきの料理を教えちゃうよ!」
「とっておきの料理?」
「ハル、僕は楽しみだよ!」
「任せなさい」
今日の料理は、ハルがはりきっていた。
久しぶりに聖獣の国へ帰ったハルは、なにやら紙袋を持って帰ってきていた。
その正体が気になるのだが、まだ教えてくれない。
しかし、今日の料理で使うということなので楽しみである。
「リアナ。エプロンのリボン、できてる?」
「できているわ。上手になったわね」
「よかった」
家に帰ると、ルカと共にエプロンを身につける。
「じゃあ、野菜の皮を剥いてね」
「わかったわ。タマネギ、任せていい?」
「任せて。綺麗に剥がすから」
ハルに言われた通り、ニンジン、ジャガイモ、タマネギを用意して、綺麗に皮を剥く。
「さて、ハル先生。今日は何を作りましょう」
「今日はこちらを使うよ!」
机の上に置いてあった紙袋を開けると、瓶のようなものが入っている。
しかし、中身は真っ黒。
傾けると液体であることは確認できたが、いつも使う魚醤に比べると、さらに黒い。
「それは?」
「醤油!」
「しょうゆ?」
「そう、独自のルートで仕入れました!」
その独自のルートが、とても気になる。
醤油というこの液体は、きっと調味料なのだろう。
しかし、使い道がわからず、少し不安になる。
「それ使っても大丈夫?なんだか真っ黒になりそうだわ」
「大丈夫だから。任せてよ!」
「ハルがいうことは正しいはずだよ。リアナ、信じよう」
ルカのそのハルに対する絶対的信頼は、なんなのだろう。
どうなるかはわからないが、ここは自分も信じて指示に従うほかないようだ。
「ハル先生、今日の料理の名前を教えてください」
「ルカ助手、よく聞きたまえ。肉じゃがという名前だ!」
「肉じゃが?」
「にくじゃがってなに?」
「煮込み料理だよ。絶対に美味しいから」
初めて聞く料理名に、リアナは同じ言葉を繰り返した。
煮込み料理ということは、水を使う。
それなら、真っ黒にはならなさそうである。
ハルは白いコック帽子をかぶると、声高々に宣言して料理の指示を出す。
「では、料理を開始する!用意した野菜を一口大に切ってくれたまえ」
「わかりました」
「ルカはこっちに来て。鍋に水を入れるよ」
「わかった!」
リアナは言われた通りに野菜を切っている横で、ルカはハルに鍋を持たされている。
水を入れ終えると、リアナの横に置いた。
「切り終えましたよ、ハル先生」
「じゃあ、鍋に全部入れて」
「ルカ、野菜を鍋に入れるって。やってみる?」
「やる!」
切った野菜をルカに入れてもらい、コンロに鍋を置く。
火をつけると、ハルが話し始める。
「火にかけてアクが出たら取ってね。そしたら次に、お肉を入れるよ」
「今回はなにを入れるの?」
「豚肉の薄いやつ!それも一口大に切ってね」
鍋を気にしつつ、冷蔵庫から豚肉を出して一口大に切る。
野菜のアクをとり、切った豚肉を入れ火が通るのを待つ。
そして、豚肉からのアクも出たのでそれもとっておく。
こちらの動きを確認し、ハルは満足げにうなずくと、次の指示を伝える。
「お肉を入れてアクが取れたので、調味料を入れます!」
「醤油の出番!」
ハルの目の輝きでわかったのか、ルカは醤油を持ってくる。
それを受け取り、蓋を開けるとハルに尋ねる。
「どれくらい入れればいいの?」
「おたま2杯分だよ!そして、おたま半分ぐらいのお酒も入れてね。その後におたま1杯分の砂糖を入れてね!」
「それは、甘すぎる気がするわ」
「大丈夫だから」
砂糖の量が気になるのだが、大丈夫だという言葉を信じる。
しかし、甘い煮物になりそうで少し心配だ。
言われた通りに調味料を入れ終えると、ハルの方へ向く。
「そして、蓋をして煮込みます!以上」
「あとは待つだけね」
「じゃあ、僕は吹きこぼれないように見ておくよ」
「僕はお風呂のお湯を入れてくる!」
「じゃあ、少しソファーで休ませてもらうわ」
ハルとルカに他の家事を任せて、リアナは鞄の中の封筒を取り出す。
封筒には手紙が入っていたのだが、その枚数が多い。
渋々読み始めると、最初は当たり障りのない内容だったのだが、枚数が進むにつれ、ここ最近の自分の行動が書いてあり、リアナは顔が引き攣る。
前に、商会の外で感じたあの不気味な視線は、もしかするとこのせいかもしれない。
そのまま最後まで読み進めると、深いため息を吐きそうになり、なんとか耐える。
『赤い髪の男性とは親しくしすぎないように』
そう書かれた文字は、他の文章の文字とは違い、書き乱れている。
赤い髪の男といわれ、リアナの頭に二人が思い浮かぶ。
フーベルトは外の仕事が多いらしく、ここ最近はあまり商会にいない。
レイに会うときは、宝石店に出向くときしかないのだが、もしかすると、レイを想う令嬢の仕業かもしれない。
リアナは手紙を封筒に仕舞うと、新しく手紙を書き、かわいらしい封筒に入れる。
そして、窓を開けると、待っていた小鳥に封筒を二枚託す。
「リン、任せたわ。ご主人によろしくね」
「ピーピー」
リアナの言葉に、嬉しそうに手に擦り寄るこの小鳥は、クレアの召喚獣である。
リンはクレアによく似ており、空色の毛皮に覆われ、紺色の瞳をもつ美しい子鳥型の聖獣である。
クレアを見送った後、不気味な視線を感じたので、クレアには一応知らせておいた。
そのため、一日に一度、文通をしている。
最初は断ったのだが、それでは隣の家を買い上げてそこに住むというクレアの言葉に、自分が折れた。
どうにか、お隣さんに迷惑をかけずに済んで、よかった。
「気をつけて」
「ピーッ!」
リンは空を飛び、クレアの屋敷へ帰っていく。
その姿を見送りながら、背後から声がかかる。
「リアナ、おとーさん帰ってきたよ!」
「じゃあ、ルカはお風呂ね」
父が帰宅したので、ルカと共にお風呂に入ってもらう。
リアナはキッチンに立つと、ハルと代わり鍋を確かめる。
なかなかいい香りだ。
砂糖の量は気になるが、美味しそうだ。
リアナは笑みを浮かべると、お風呂から上がった父に料理を任せ、お風呂に入る。
お風呂から上がり、盛り付け終えた料理に、少し楽しみになる。
「ん、甘すぎない。美味しいわ」
「これは、好きな味だな」
「ハル、ありがとう!」
「おいしいっていったでしょ!」
しっかりと染み込んだ野菜は美味しく、優しい味わいに心がほっと安らぐ。
それ以降、肉じゃがは我が家の定番の料理になるのだが、醤油が無くなると取りに戻るハルに、一体どうやって手に入れているのか、更に疑問に思うのであった。




