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81. 守るための腕の長さ

ダリアス視点です。



 家にある中で一番格式高い上下とも黒絹の揃いに身を包み、廊下を歩く。


 案内された部屋に入ると、自分を待っていた人物の向かいに腰掛ける。

 机の上の盗聴防止器を作動させたのを確認し、ダリアスはソファーの背もたれに寄りかかった。



「ダリアス、呼び出してすまないな」

「本当だ。大した用事でない場合はすぐ帰る」

「まぁ、待て。良い話だぞ」



 今までギルに言われて良い話であった試しがない。そのため疑いの目で見てしまう。

 今日も表情(かお)は笑っているが、何を考えているのかがわからない。

 しかし、自分を、家族を必ず守ってくれるギルバートのことは信頼している。



「それで、話とは」

「リアナを指名して、ガラスの注文をする。金額に糸目はつけない、いくらでも払おう。しかし、すぐに取り掛かってくれ。広間の一番大きな窓を入れ替える」

「どうした、急に」



 いつもより口数多く、早口で話しているギルバートに、ダリアスは意図が読めない。

 リアナが作ったあのガラスは先日、商会の功績として発表した。

 しかし、注文を受けるのはまだ少し先のことである。


 手を組んで目を伏せるギルバートは、少し歯切れが悪い。



「リアナを囲わせてもらおうかと」

「お前、まだそのようなことを…」



 ギルバートの言葉に、ダリアスはため息をつく。


 この友は、リアナをどうにかして一族に招き入れたいようだ。

 魔法のことで相談したのは自分だが、少し複雑である。


 ダリアスは眉間の皺が寄っているのに気付き、指で伸ばしていると、ギルバートは苦笑いをしている。



「その様子だと、気付いていないのだな」

「なんのことだ」



 眉間から指を離し、目の前のギルバートの言葉に考える。


 リアナのことで、ここ最近気にかかることといえば、クレアが商会へ急にやってきたことだろうか。

 しかし、その後、問題なく帰っていたので、個人的なことだったのだろう。


 ダリアスが考え込んでいると、ギルバートは何事もないような軽い言い方で話し始める。



「最近、ウィーズ工房へ、新しく人が入ったな」

「お前、どこでそういう情報を手に入れるんだ…」



 ダリアスは再度、深くため息をつく。


 ギルバートは昔からなにか自分に何かあると、先に手を打って解決してくれていた。

 そのお陰で商会も順調だが、自分のプライバシーはないに等しい。

 それだけは、少し納得できない。



「今、それは気にするな。よく働く、愛想のいいやつだろう。珍しく、強化魔法が使える」

「それはそうだが」



 ダリアスは先日、ルイゼから紹介された人物を思い出す。

 新しく工房で雇ったらしく、リアナと歳も近く、誰とでもうまくやっていた様子だった。

 ダリアスの返答に対して、ギルバートは一度うなずくと、声が一段階冷ややかになる。



「簡潔に教えよう。そいつは貴族の紐付きだ。リアナの情報が漏れている。ガラスのこともだが、魔法のこともな」



 ダリアスは、衝撃の内容に言葉に詰まる。

 しかし、ギルバートが言うことであるのなら、それは事実なのだろう。



「それは…知らなかった」



 自分の商会のことなのに、把握できていなかった。

 これは、大きな痛手である。


 商会内に勤めるものの情報は、雇う時に一応、集めていた。

 それが、商会のためになると、ギルから教えられたからだ。


 しかし、代表者が誰を雇うかまでは、全ての人間について、情報を集めることができてはいない。

 代表者に全て一任していたのが、仇となったようだ。


 今回に限っては、リアナの件があったため、気をつける必要があった。

 自分の情けなさに、固く握りしめた拳の白さをぼんやり眺める。



「まだ、そこまで脅威ではない。適当に理由をつけて、商会から切り離せ」



 切り離せとは、追い出せということだ。

 出来るだけ早く、神殿契約を施すようにしよう。

 どこまで漏れたかはわからないが、紡ぐ口を閉じさせなければ。


 今後の予定を立てながら、ギルバートに真意を尋ねる。



「…それはすぐにするが、なぜ囲うのだ」

「私が一言、宣言しよう。娘同然にかわいがっている、お気に入りの建築士がいると。それで手を出す貴族は、まずいない」

「しかし、それだとリアナは目立つではないか」

「そうだな」

「それは…避けたい」



 ギルバートの言うようにその一言で、手を出す者はいないだろう。

 さらに上の場合は難しいが、大抵は諦めるはずだ。


 しかし、それは諸刃の剣。

 貴族のお気に入りになる程の何かが、リアナに有ると言っているようなものである。


 出来れば、平凡な生活で、幸せになってもらいたいのが親としての願いだ。



「それは、わかっている。ガラスに関しての情報は、見知った貴族内におさめるようにしよう。だが、リアナの後ろに私がいるということは、他の貴族にも伝わるようにする」

「…全て任せよう」

「今回は、フーベルトにも協力してもらう予定だ。彼にはすまないが、話を通してくれ」

「気が進まないが…頼んでみよう」



 ギルバートの言葉を信頼しつつ、自分の商会で働くフーベルトを思い出す。


 きっと、リアナのためと言えばなんでもしてくれるだろう。

 しかし、それが彼の人生にとって良いことではない可能性が高い。


 少し進まない提案に、ダリアスの表情は曇る。

 その様子に、ギルバートはわざとらしい口調で話し出す。



「まったく。お前が過保護にするから、リアナはいまだに恋人のひとりも居ないのだぞ。エドワードでもいいではないか」



 ギルバートの呆れたような表情(かお)に納得はいかないが、ダリアスも本当はわかっている。


 しかし、過保護にもなるだろう。

 たった一人の家族で、かわいい娘なのだ。

 どこの馬の骨かもわからぬ男に、リアナを任せるわけにはいかない。


 エドワードはいい男だが、そうすればリアナは今の建築士の仕事から離れることになる。

 それは、リアナにとっての幸せとは言い難いだろう。


 ダリアスはギルバートから目を逸らしながら、腕を組む。



「…フーベルトに頼む予定だ。それでいいだろう」

「なんだ、やっと認めてやったのか」

「私は…嫌だがな」



 本当は嫌だが、フーベルトの長い一途な想いも知っている。


 フーベルトとなら建築士も続けられるし、リアナにとっては幸せだろう。

 それにフーベルトを選んだとしても、自分ともずっとそばにいれる。

 その点は、自分にとっても利点である。



「フーベルトを連れて一度、王都へ行け。私も行こう」

「恩にきる、ギル」

「いい。私も、あいつに会うのは楽しみだ」



 あいつという言葉を聞き、ダリアスは昔のことを思い出した。

 まだルカと変わらぬ歳のフーベルトを、王都に迎えに行った時のことを。

 明るく、活発な子供であるとルイゼからは聞いていたが、実際に会うと、目は虚で完全に心を閉ざしていた。

 そのフーベルトの手の小ささを、今でも思い出せる。


 ギルバートに自分が願ったことで、今では相手とも良好な関係を築けている。

 前回に会ったのは、確かフーベルトが高等学院を卒業したことを報告したときか。


 ダリアスが思い耽(ふけ)っていると、ギルバートは目を細める。

 


「ダリアス、近所に新しく、越してきてはいないか?」

「そういえばいた気がするな。それが?」



 最近、家の近くに住む老夫婦が引っ越し、代わりに移り住んできた家族がいた。

 リアナもその家族と会うと挨拶はしているそうだが、なにか気になるのだろうか。


 ギルバートは組んでいた腕を解き、顎を触る。



「ふむ。後で確認しておこう。リアナには護衛をつける。見えぬようにな」

「…ありがとう、ギル。助かる」

「なに、私は自分の腕が届く限りは守り切りたいのだよ」



 ダリアスは深く頭を下げると、ギルバートは笑みを浮かべる。


 その腕が自分ではそこまで長くない。

 昔に比べれば、たしかに長くはなっているのだが、ギルバート程の長さには一生かかってもなれないだろう。

 護衛という単語は気になるが、今は任せるしかない。 



「リアナには、なにを作って貰おうかな。召喚獣を呼んでみるか」

「あれを呼ぶのか?場所がないだろう」

「では、もう一匹の方を呼ぼう。侯爵家(うち)の守り神だ」



 ガラスを作ることになったため、なにをモチーフにするか悩んでいるようだ。

 ギルバートの召喚獣を知っているので、ダリアスは苦笑いをする。

 身体がでかく、空を浮くその姿は圧巻なのだが、なにせ目立つ。

 それに、色んな人に見られて屋敷の周りに人が殺到するのが目に見える。

 もう一匹は小さいのだが、ギルバートによく似た瞳を向けるので、少し苦手だ。



「では、ダリアス。リアナによろしく頼むよ」

「失礼致します。ギルバート様」



 学院の頃のように楽しく談笑した後に、馬車の用意ができたため部屋から出る。

 馬車まで見送りに来たギルバートに別れを告げ、扉が閉まったのを確認して、首元のボタンを外した。


 これから商会に戻り、ルイゼとフーベルトを呼ばねばならないが、今日の予定はどうだったか。

 ルイゼの元で働き出した紐付きも、今日中に対処したい。


 ダリアスは目を瞑ると、思考の海に沈んでいった。



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