32. 打ち上げ
クレアとのお茶会の翌日、仕事を終えたフォルスター商会に所属する職人達は、皆笑顔で商会を出て行く。
「明日から二日間休みだな。なにする?」
「そうだな。とりあえず、少し遠出してみようかな」
「おぉ、いいね」
久しぶりに続いて取ることができる休暇に、みんなの表情は晴れやかである。
商会に人気がなくなり、リアナは商会の部屋に残っている人がいないか確認しながら、戸締りをしていく。
最後に、商会の出入口の扉を施錠し終え、自然とリアナは笑みが溢れた。
そして、自分を待ってくれている家族の元へ向かう。
「では、行くか」
「楽しみだね、おとーさん!」
「あぁ、そうだな」
ダリアスは嬉しそうに微笑むと、ルカと手を繋いで歩き始める。
その後ろ、リアナはふたりのやり取りを微笑ましく思いながらついて歩く。
いつもルカを乗せていたハルは、今日は小さくなっており、リアナの肩に乗っている。
「リアナ、お酒は飲みすぎないようにね」
「気をつけるわ」
「本当かな〜。飲みすぎて、寝る未来が見えるよ」
「大丈夫よ。もう、いい大人だもの」
心配してくれているハルには悪いが、今日はとことん楽しむつもりである。
一応、ハルの注意事項にうなずき、リアナはこれから先に待っていることを考え、更に笑みが深くなる。
今日のこれからの予定は、クレアの別荘宅の工事の完了を祝うための打ち上げという名の飲み会である。
いつも大きな現場が終わったときにはしており、親睦を深める意味もあるが、一番は成功を分かち合うことである。
リアナはダリアス達と共に、商会の近くにある貸切の看板が出ている飲食店に向かう。
「ここだな」
店の扉を開けると、その賑やかさに笑みが溢れた。
店内を見渡すと、他の人はもう集まっていたようで、料理も並んでいる。
「親方、リアナちゃん。こちら、空いてます!」
「わかった」
「ありがとうございます」
奥の方、空いている席を教えられ、そこにリアナ達は座った。
注文を聞きにきた店員に飲み物を注文して、少し話しながら待つ。
すぐにエールが届き、そのグラスを持ったダリアスは、一度席から立ち上がった。
「………」
いつも父の言葉で乾杯をするのだが、言葉を発することなく再び座り込んだため、その場にいる全員の頭に疑問が浮かぶ。
父の行動に戸惑っていると、こちらにいい笑顔を向けてきた。
「ほら、リアナ。今回は、お前が話せ」
「え、私?」
「そうだね、今回の一番の功労者だからね」
「ほら、リアナちゃん。美味しいご飯が冷めちゃうよ」
ダリアスの突然の提案に、リアナは躊躇う。
しかし、その提案にルイゼとリックも同調したため、リアナはゆっくり立ち上がった。
少し緊張するが、ここは自分が話さなければ、楽しみにしていた打ち上げは始まりそうにない。
リアナは集まってくれた人を一度見回し、自然と笑みが溢れた。
「皆さんのお陰で、無事に終えることが出来ました。今回のことは、とてもいい経験になったと思います」
リアナの言葉に至るところでうなずいてくれている姿が見え、なんだか幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。
なんだかその優しさで泣きそうになり、なんとか耐えて笑顔を作り、言葉を続ける。
「これからも、ご指導よろしくお願いします。今回の修繕工事、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」
リアナの言葉に皆、グラスを持ち上げ、乾杯をする。
いつも父がしていた挨拶がこんなに緊張するものだとは思わなかった。
しかし、みんなとこの日を無事に迎えることができ、リアナはとても良い気分である。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい〜」
リアナは席から立ち上がると、自分のグラスを持って、別の机に挨拶へまわる。
今回は自分が担当者としてやり遂げた、最初の工事の打ち上げである。
そのため、感謝も込めてみんなに声をかけて回りたい。
集まってくれた職人達に声をかけ終え、次にリックとアリッサが食事を楽しむ席に一緒に着くと、グラスをぶつけて乾杯する。
「リアナちゃん、お疲れ」
「お疲れ様、リアナ」
「お疲れ様でした。リックさん、アリッサさん」
一口飲むと、リアナは嬉しそうに笑う。
まだ三杯しか飲んでないのだが、少し酔いが回り始めているようだ。
やはり、少しでもお腹に入れてくればよかった。
手遅れかもしれないが、机に置いてある食事を分けてもらう。
食事を始めたリアナを見ていたリックは、どこか嬉しそうな表情をしている。
「リアナちゃんも、これからは私と同じ立場になるんだね」
「そうですね。これからもよろしくお願いします」
「…大きくなったね。昔は、あんなに小さかったのに」
「もう、髪がぐしゃぐしゃになりますよ」
「ふふ、そうだね」
リックはリアナの成長が嬉しかったのか、リアナの頭を大きく左右に撫でまわし、髪がかなり乱れる。
いつもなら怒るのだが、今日は特別。
今日はどれだけ撫でまわされても、受け入れる予定である。
その様子を見守っていたアリッサに顔を向けると、リアナは感謝を伝える。
「忙しいのに、来てくれてありがとう」
「大切なリアナのためだもの。すぐに来るわ」
「ふふ!ありがとう、アリ姉」
本当は、今日中には仕事で国外へ行くと聞いていたので、来られないと思っていた。
しかし、アリッサだけは参加できるように調整してくれたようだ。
その言葉に我慢できなくなり、アリッサに遠慮なく抱きつく。
「リアナ。あまり会えていなかったけど、無理はしていない?」
「してないわ。無理なんてしたら、すぐにハルが止めるもの」
「そうだったわね」
アリッサは、優しく抱き締め返してくれる。
昔は熱が出ると、アリッサが看病してくれていた。
そのため体が弱いと思われているのか、よく国外から体調を気遣う手紙が届く。
「アリ姉」
「なに?リアナ」
「いつもありがとう。大好きよ」
「ふふ。私もよ」
そんなアリッサがリアナは大好きで、大人になっても甘えてしまう。
「それでは、次に行きます」
「また、戻っておいで。一緒に話そう」
「そうよ。今日はとことん話しましょう」
「はい!」
リックとアリッサと話し終えると、リアナは隣の机に移動した。
「リアナちゃん、お疲れ」
「リアナ嬢、お疲れ様」
「ありがとうございます。ウォルターさん、オリバーさん。良き指導ありがとうございました」
リアナは向かいの席に座ると、一度グラスをぶつける。
そして、リアナは二人に今回の工事の感謝を伝えると、ウォルターは嬉しそうに話し始める。
「いや、小さい頃に教えた甲斐があったよ。覚えていてくれたみたいだし」
「そうですね、ありがとうございます」
リアナは遊びだと思ってやっていたことが、実践で役立つものだとは思わなかった。
しかし、そのお陰で出来ることが増え、自分の自信につながったので、本当にありがたい。
オリバーも少し楽しそうな目で、リアナを見てくる。
「今度、床の補修方法も教えるから、挑戦してみなよ」
「楽しみにしておきますね!」
ウォルターから話を聞いていたのか、オリバーも床の補修方法を教えてくれるようで、リアナは今から楽しみである。
床の補修でなにか自分にも出来ることがあれば良いのだが、ハルがいればきっと、何かできるだろう。
「次に行きます。本当に、ありがとうございました」
「あぁ。次は何を教えようか」
「楽しみだな、ウォルター」
リアナはもう一度、二人に頭を下げると席を立つ。
次に、少し離れた机で楽しそうに話している、ルイゼとフーベルトの元へ向かう。
「リアナ、お疲れ」
「お疲れ様でした、ルイゼさん。今回はなかなか大変でしたね」
リアナはルイゼとグラスをぶつけて互いに労うと、今回の一番大変だった出来事について、思い出す。
ルイゼもそのことを思い出したのか、眉を少し下げて困った表情になった。
「すまないね。苦労をかけたわ」
「いえ。ガラスは残念でしたが、これはこれで良かったのかもしれませんね。新しいガラスも出来ましたし」
「そうだね、これから頑張るよ」
あの注文したガラスが使えなかったことは残念だが、今回は新しい技術とガラスを作れるようになった。
このことはきっと、商会にとっても、ガラスを専門にしているルイゼにとっても良い影響を与えるだろう。
「フーベルトさんも、お疲れ様でした」
「リアナさんも、お疲れ様です」
フーベルトの方へ向くと、リアナはグラスを持ち上げ、遠慮がちに乾杯する。
顔を合わせて少し笑い合うと、グラスを傾けて飲んだ。
「今回は色々と、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、こちらこそ」
フーベルトの謝罪に、リアナは少し思い出す。
ガラスのことも大変だったが、扉が倒れてきた時は焦った。
あのときのハルとの約束をまだ果たしていないが、次は何を作るのだろう。
リアナが少し考え込んでいると、二人は話し始める。
「あのガラスを作るには、建具の職人と協力したほうがいいかもね」
「そうですね。建具の部署には、火属性を持つ職人が多い。ガラスの部署とは、セットで仕事は動くことが多いですし」
ガラスと建具は、セットで動くことが多い。
そのため、部署同士で仲が良く、相性もいいかもしれない。
ふと、気になったことを、フーベルトに尋ねる。
「建具には火属性の方が多いですけど、それはどうしてですか?」
「一番は、金具の調整ですね。金属を加工するのに、火は使いやすいです」
「そうなんですね」
金属の加工に、火を使う。
作る過程で鉄を溶かすとは聞いたことがあるが、そのまま調整もできるとは。
リアナが感心していると、そこにハルに乗ったルカが、お皿に何か乗せてやってきた。
「師匠、これも美味しかったよ!」
「ありがとうございます、ルカさん」
今回の現場での空気作りとして、癒しの存在であったルカの存在は、職人達に好評で、大人気だった。
いつも応援してくれて、楽しそうに仕事を見てくれるルカは、居てくれるだけで仕事が捗っていた。
「ルカもお疲れ様」
「頑張った!」
リアナはルカにも感謝を伝え、頭を優しく撫でる。
そのルカはフーベルトに料理の乗った皿を渡し、食べてくれるのを楽しそうに待っている。
「美味しい…。これはどこにありましたか?」
「こっちだよ!ついてきて!」
フーベルトは嬉しそうに尋ねて、案内してくれるルカの後ろをついていく。




