31. 家族とこれから
あの後も続いた賑やかなお茶会はお開きになり、家に帰ったリアナ達は食後のお茶の時間を楽しんでいた。
「………」
いつもその日あったことを楽しく話してくれるルカは、今日はおとなしく、静かだ。
今はカップの中を、ずっと覗き込んでいる。
その後ろ姿にはいつもの元気さはなく、なにか考え込んでいるようだ。
リアナは父と目配せし、ルカを挟んで隣に腰掛けると、自分から話し出すのを気長に待つことにする。
「ねぇ、リアナ」
カップの中の飲み物の温度がぬるくなった頃、ルカは自分を呼んだ。
しかし、その声は暗く沈んでいる。
「どうしたの?」
「…僕、一緒にいないほうがいい…?」
目を伏せて囁いた小さな声には、少し寂しそうな響きが含まれていた。
今日のレオンの話で、自分の存在の危うさについて、正しく理解してしまったようだ。
そして、ルカは自分の中で、色々考えた。
その結果、自分は一緒に居ない方がいいと、結論づけたのだろう。
「ルカ…」
そのような結論を出すぐらいには、悩ませていたとは思わなかった。
このことについては、しっかりと話し合ったほうがいい。
リアナは持っていたカップを机に置き、ルカの手を優しく握る。
「全然。そんなことないわ」
「でも…」
リアナの言葉に、ルカは一瞬喜色を浮かべたが、すぐに泣きそうな表情になる。
否定の言葉が続くであろうルカの言葉を遮り、リアナはしっかりと目を見つめながら、気持ちを伝える。
「私はルカと一緒にいれて、幸せよ。あの日、山で出会ってから、毎日が楽しいもの」
「…ほんと?」
「本当よ。とても幸せなの」
一緒にいるようになって、まだ一ヶ月しか経っていないが、毎日楽しく過ごせている。
親が見つかるのが少し惜しいぐらいには、ルカは自分にとって、大切な存在になった。
今にも泣き出しそうな表情をするルカの頭を撫でながら、ダリアスも優しく声をかける。
「俺もルカがいてくれて、嬉しいぞ」
「僕だって!」
ハルは、ルカを体毛に埋めながら抱きしめている。
しかし、それではルカは息ができないのでは。
ルカを助けようと手を伸ばした時、リアナはふたりと共に、父にまとめて抱きしめられた。
「皆、俺の大切な家族だ」
リアナの耳に入った父の声は、今にも泣き出しそうな切実な声であった。
心配で顔を上げようとすると、さらに強く抱きしめられる。
少しの間、黙って抱きしめられていたのだが、ハルは我慢の限界を迎えた。
「だめ…苦しい…」
ハルは体の大きさを子猫の大きさに変え、抱きしめられていた腕から逃げた。
自由になったのはいいが、少し気まずい。
しかし、リアナが少し目線を上げると、父はいつものように優しく笑っていた。
「ルカ。今日からダリアスと呼ぶのは、もう終わりだ」
「え…?」
家族だと言われた直後に名前を呼ぶなと言われ、ルカは笑顔からまた今にも泣きだしそうな表情になる。
そのルカの頭を撫でながら、ダリアスは少し照れた様子で、頬を指でかく。
「…お父さん、と呼びなさい」
「…おとーさん」
「家族だからな、特別だぞ」
「うん!」
特別という言葉を聞いて、ルカは嬉しそうにうなずいた。
元気を取り戻した様子のルカをダリアスは抱き上げ、中庭に向かう。
リアナは子猫になっているハルを抱き上げ、その後ろに続いた。
「ここらへんでいいか。少し、待っててくれ」
「うん」
中庭の開けた場所に着くと、ルカを降ろし、ダリアスは呪文を唱える。
「ダリアス・フォルスターの名に於いて、契約を交わす獣を召喚す」
少し熱い風が光と共にこちらまで届き、リアナは久しぶりに見るその姿に懐かしさを感じる。
だが、突然現れた炎に包まれた翼を持つ聖獣に驚いて、ルカは思わずダリアスの後ろに隠れた。
その様子にダリアスは微笑みながらしゃがみこむと、ルカと目線を合わせて、目の前にいる聖獣を紹介する。
「ルカ。この子は、フラン。俺の相棒だ」
「フラン…」
ダリアスに紹介されたことで、ルカは隠れるのをやめて、フランの前に立つ。
ルカがフランの美しい姿に思わず手を伸ばすと、ダリアスはその手を掴んで優しく止める。
「フランは炎と共に生きる子で、その体も炎で覆われている。今の時期は滅多には呼ばないのだが、今回は家族の紹介があるのでな」
「フランは、ドラゴンなの?」
「そうだな。炎に包まれた体を持つ小さなドラゴン型の聖獣だ。雨や雪といったものに弱く、夏の間しか呼ばない」
フランは羽ばたくと、ダリアスの肩に乗った。
「熱くないの?」
「俺は熱くない。だが、心を許した者以外が触れると火傷をするから、気をつける必要があるな」
「そうなんだ」
今回は、ルカを紹介するために呼んだので、リアナも会うのは昨年の夏以来である。
父と同じ緑色の瞳が、ゆっくりとリアナの方へ向いた。
「今日も美しいわ、フラン」
リアナの言葉に反応して、フランはリアナの方へ飛んでくる。
それに合わせて左腕を出し、留まれるようにした。
フランは、感謝の印にいつものように優しく頬に擦りつく。
「やぁ、フラン。元気?」
「ギャウ。ギャギャギャウ、ギャウ」
ハルが話しかけたことで、元気そうに返したあと、ダリアスの方を向き、フランは何か話しかけている。
それを聞いている父は、少し困った表情をしている。
「呼ぶのが早いと、少し怒っているな。さぁ、フラン。この子が、息子のルカだ」
「お、お願いします…」
フランに対して頭を下げたルカを見つめると、フランも一度お辞儀をする。
そして、リアナの腕から父の肩へ飛び乗ると、ルカのおでこに鼻先をつける。
「挨拶は出来たな。帰るか?」
「ギャウ。ギャギャウ、ギャーウ」
ダリアスとフランは、ふたりで少し会話をした後、光に包まれ、フランは消えた。
きっと、元いた場所に戻ったのだろう。
「消えた…」
「帰ったの、元いた場所に」
「フランは今、火山の中で暮らしているようだ。暖かくて、過ごしやすいと」
フランのように、召喚獣は自分の意思で元いた場所に転移することができる。
そういえば、ここ最近ハルはずっと一緒にいるだが、帰らなくても大丈夫なのだろうか。
「ハルは帰らないの?」
「僕はここのが楽しいからね〜」
ハルにとって楽しいのなら、それはリアナにとっても嬉しい。
ルカが聞いてくれたことで帰らなくても問題がないとわかったが、ハルが帰った場合、一体どのような場所に住んでいるのだろう。
いつか、ハルから話してくれることを期待する。
ルカは、今では満足げな表情をしている。
その姿に安心して、リアナは父と顔を見合わせて笑った。
「僕、リアナとハルとおとーさんと家族になれて、嬉しい」
心底安心した表情をして笑顔を見せるルカを、ダリアスは抱き上げ、家に戻る。
リビングに戻ると、ハルとルカはソファーに座り、ホットミルクの残りを飲み干す。
そして、父が新しい飲み物を用意していた。
その間に、リアナは冷蔵庫の奥に隠しておいたお菓子を、仕事の完了と家族になったお祝いに机に並べる。
「いつからあったの!僕、聞いてないんだけど!」
「昨日、仕事の合間に街に買い出しに行ったでしょ?その時にこっそり買ったの」
ハルの抗議にリアナは応えつつ、お皿を用意していく。
昨日、クレアの別荘宅から街へ向かい、ルイゼから頼まれた物を買いに出ていた。
その時にシュークリームを売る荷車を見つけて、思わず買ってしまった。
見かけた時から楽しみにしていたのだが、きっと美味しいだろう。
クリームがはみ出ても大丈夫なように、お皿と濡らしたタオルを用意すると、リアナは箱を見やすいように開く。
「すごい…これ、なに?」
「シュークリームだ。久しぶりに食べるな」
今回買ったシュークリームは、クリームやカスタード、それにジャムが入っているものもある。
ジャムの味も色々あるため、少し買う量が多くなったが、食べるのが楽しみだ。
ルカは初めて見たらしく、目が離せないようだ。
きっとその甘さに驚いて、気に入ってくれるはず。
「おいしい」
「あぁ〜。幸せ〜」
「こちらはクリームだけか。ルカ、半分食べるか?」
同じ味のものを二個ずつしか買っていないが、シュークリームひとつが大きいため、なかなかのボリュームがある。
ダリアスの声に反応し、ハルが慌て始める。
「ダリアス、僕も欲しい!」
「ハル、他にも色々な種類を買っているから。それに、こっちの箱はハルのために買ってある方よ」
「ありがとう、リアナ〜」
甘いものが好きなハルのために、全ての味を一個ずつ用意した。
そのハル専用の箱を渡し、ハルには落ち着いてもらう。
いつもはこういうことはしないが、今回の工事でハルには色々と助けてもらったので、そのお礼である。
一つ、食べ終えて気付く。
いつもだと、そろそろ歯磨きをして寝る時間であるが、今はみんなでシュークリームを食べている。
少し夜更かししているが、今日ぐらいはいいだろう。
それに、この時間に食べるスイーツは格別である。
今回の御褒美に買っておいて良かったが、晩御飯の後に食べているので、少し体重が気になる。
でも、美味しいので、きっと大丈夫であろう。
みんなでシュークリームを食べ終え、片付けた後は歯磨きをする。
こんな日々が続くなら、もっと毎日が楽しくなるだろう。
先に歯磨きを終えたリアナは、みんなと食べていた分とは別に取っておいたシュークリームを、自分の部屋にある母のランプの前にお皿に乗せて置く。
母の好物であったシュークリームは、今日は特別、甘くて幸せな味がした。




