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22. 責任者としての決断



 ハルの声に反応し、リアナはうつむいていた顔を上げる。

 見つめた先、ハルの美しいオレンジの瞳には、決意が宿っていた。



「ハル。なにか考えがあるの?」

「あるといえば、ある。ねぇ、リアナ。昔、商会長室で読んだ図鑑に、色鮮やかなガラスが入っている建物があったでしょ?覚えてる?」

「…あぁ、たしかにあったわね」



 昔、ハルと一緒に繰り返し読んでいたから、内容はほとんど覚えている。


 ここから遠い国の教会の窓に、ステンドグラスの本来の作り方とは少し違う、色ガラスを繋げて作る芸術品のようなガラスが載っていた。

 ハルが言っているのは、きっとそのことだろう。



「ルイゼなら、あのガラスの存在を知っているかな?」

「ガラスに精通しているルイゼさんなら、たぶん、知っていると思うわ」

「ここでそれをルイゼ達が作れたら、間に合うと思う」



 ハルの言う通り、図鑑に載っていたステンドグラスを作ることが出来るなら、間に合う可能性はある。

 しかし、ルイゼ達がその作り方を知っている場合の話で、知らない場合は意味がない。



「それはルイゼさんが知っている場合の話よね。もし、ルイゼさん達が知らなかった場合は?」

「知らなかった場合は別の方法を考える。でも、他にも似たやつがあったと思うんだ。僕は思い出せないんだけど、リアナは覚えてない?」

「似たやつ…」



 ハルが一生懸命思い出そうとしているが、なかなか思い出せないようで、リアナも一緒に思い出す。

 ハルの言う通り、ステンドグラスに似たガラスのデザインを、自分はどこかで見たことがある気がする。


 記憶の片隅に眠っているそのガラスを思い浮かべるが、自分もなかなか思い出せない。



「ねぇ、リアナ」



 ふたりで静かに話しているところに、突然話しかけられて、びっくりして声をあげそうになる。

 喉まで上がっていた声を噛み殺し、ルカの次の言葉を待つ。



「あのガラス。へやにあったあのランプとにてる。とってもきれい」

「え、あ、そうね。とても、綺麗…」



 それを話したかっただけなのか、ルカはすぐにフーベルトの元へ戻った。


 しかし、ルカが先程言った『あのランプ』。

 それは、ハルと一緒に思い出そうとしていたものと一致する。



「部屋にあった…!」

「祖父の作品…!」



 思い出せたことを静かに喜び、ハルと目配せをする。


 リアナの部屋のベッドの横のサイドテーブルに、小さな卓上ランプが置いてある。


 リアナの母、リリーの出身国は隣国のルヴェール王国。

 ルヴェール国はガラスの生産に力を入れており、別名“ガラスの国”と言われるほど有名である。


 そのため、母の生家もガラス職人の家系だった。

 あの卓上ランプは母が嫁ぐ際に、母の父、リアナにとっての祖父が手掛けた作品である。



「あれって飾りガラスじゃなくて、絵の具を使ってるんだっけ?」

「えぇ。ガラス専用の絵の具のようなものを塗って、定着させたガラスだって。昔、お母さんから聞いたことがあるわ」

「ねぇ、その絵の具って、どうにかして手に入らないかな?」

「手には入ると思う。でも、手に入ったとしても、最後に何で仕上げているかわからないわ」



 絵の具だけなら、他の商会も模倣して同じものを作れるため、一般的な技法として浸透している。

 しかし、現状そうなっていない。



「そんなに難しいことなの?てっきり、色を塗るだけだと思ってたけど」

「祖父の作品と他の職人が作った作品とでは、最後の仕上がりに大きな差ができるの。だから、絵の具があっても、難しいと思う」

「でもさ、もしかしたら出来るかもしれないじゃないか」

「もしそうなった場合、あのガラスの出来栄えなら、クレアも納得してくれると思うわ」

「なら、」

「でも、私がそれを決めていいのか、わからないの…」

「リアナ…」



 責任者として、今ここで、自分一人で判断することは簡単である。

 しかし、その責任を取れるかと言えば、それは厳しい。


 今回の責任者が、経験を積んだ責任者であれば問題はなかっただろう。

 しかし、自分は今回の仕事で初めて責任者として、ここに立って指示を出している。

 経験など他の人に比べて乏しく、リアナが全ての責任を正しく取れるかは、判断が難しい。


 それでも、屋敷の工事完了と引渡しまで、猶予は一週間も無い。


 今来ている職人達も、ここの仕事が終わり次第、他の仕事に行くことになっている。

 早めに決断を出し、今後の予定変更までしっかりと考えなければならない。


 リアナは精一杯考え、結論を出そうとしているが、時間がただ過ぎるだけである。


 目を瞑り、手を額に当てて考え込んでいると、リアナの頭に大きな手が乗り、左右に大きく揺らされた。



「好きなようにしてもいい。ここの責任者はリアナだ。最終的な責任は、全て私が取ろう」

「お父さん!」



 急に聞こえた父の声に、リアナは安堵から声が震えた。

 この屋敷に来るのは昼を過ぎると、他の職人から追加の連絡が午前にあったのだが、少し早く来られたらしい。


 父は責任を取ると言ってくれた。

 ならば、自分がすることは一つである。


 リアナは大きく息を吐き、気持ちを切り替える。



「ルイゼさんは、ここから遠い国の教会に使用されているステンドグラスを知っていますか?色ガラスを繋げて作っているものです」

「あぁ、知ってるよ。実際に見に行ったことがある」

「その作り方を知っていますか?」

「いや、作り方まではわからない」

「では、隣国の塗り絵のガラスについてはどうですか?」

「あれは、何度も挑戦したけど、同じようにできなかったよ」

「そうですか…」



 ルイゼに聞いてみたが、やはり難しいようだ。

 今度は、父に尋ねる。



「隣国の祖父の商会には、頼めませんか?」

「…すまない。リリーが亡くなった時に、色々あって。縁を切られている」

「いえ、大丈夫です。他の方法を考えましょう」



 なにがあったのかはわからないが、今、確認する必要はない。

 間に合わせるにはどうすればいいか、再び話は止まり、沈黙の時が流れる。



「ねぇ、リアナ。ちょっと内緒話をしよう」



 ハルが小さな声で囁いて、自分を呼ぶ。

 リアナはハルと目線を合わせると、同じ声量で話す。



「どうしたの?」

「僕のせいにしないでね。お願い」

「え?どういうこと?」

「僕、わかったかも、多分。その…ステンドグラスっぽい作り方」

「え…?なんで?」



 先程まで別の方法を一緒に考えていたハルが、似たガラスの作り方が急にわかると言い出し、リアナは半信半疑で聞いてしまう。



「内緒!でも、僕のせいにしないで」

「じゃあ、誰が考えたことにすればいいの?」

「みんなで、考えたことにしよう」



 ハルは口角をあげ、牙を出しながら笑っている。

 いつもなにか誤魔化したい時にする笑い方で。



「みんなで…」



 しかし、ハルの言う通り、ここはみんなで共犯になったほうがいいかもしれない。


 まだこの国にない技法で、ステンドグラスを組み立てる。

 それは、商会の強みにもなるが、弱みにもなる。


 誰か一人が考えたとすれば、その人の引き抜きや貴族のお抱えといった問題が発生するが、商会の複数人が合同して考えたとなれば、商会全体の問題となる。

 幸い、この商会の保証人には、ベーレンス伯爵家の他にも父の伝手で侯爵家もいると聞く。

 この商会の保証人である貴族を、敵に回したくないと考える貴族は多いはずだ。

 

 そのための犠牲として、協力してもらうしかない。



「リアナ、すまないね。事情を話して、出来るだけ急いで作ってもらえるように頼んでくるから」

「すみません、リアナさん」



 ルイゼとフーベルトは、一緒に深く頭を下げた。

 しかし、その二人とは違い、父は非常にいい笑顔でこちらを見ている。


 どうやら、父には自分達の考えはお見通しなようだ。



「リアナ、ハル。まとまったか?」



 ハルと目を合わせ、互いに一度うなずく。

 そして、リアナは立ち上がり、責任者として指示を出す。



「はい。ステンドグラスを、今日の午後からルイゼさんとフーベルトさん、そして私で作ります。親方は、他の職人の管理を頼みます」

「ガラスはリアナ達に任せよう。他は心配するな」



 父に他の職人を全て任せ、三人で仕上げる。


 自分のその言葉に、混乱と心配が入り混じった目で、ルイゼとフーベルトに見られている。

 しかし、それをしっかりと見つめ返すと、リアナは笑みを作った。



「無理してないかい?」

「リアナさん、無理なさらないでください」

「お気遣い、ありがとうございます」



 一人なら難しいが、頼れる仲間と相棒がいる。



「リアナ。僕、できるって信じてる」



 それに、自分を信じて応援してくれるルカもいる。

 それだけで、もう十分心強い。


 少しだけ不安だが、こういったのは思い込みが重要だ。


 いつも横に居てくれた頼れる相棒を見て、少しだけ勇気をもらう。

 リアナはルイゼとフーベルトに目を向けると、心を決めた。



「大丈夫です。私達なら出来ます」



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