21. 割れたガラスと初めての壁
リアナ達は昼食を早々に食べ終えると、フーベルトが扉の彫刻をしていた場所へ向かう。
「フーベルト。ぼく、きたよ!」
「お待ちしていました、ルカさん」
フーベルトの前には、木片とペン、彫刻刀と色々なものが用意されている。
やる気満々のルカの頭を撫でながら、リアナは少し頭を下げる。
「休憩時間なのに、ありがとうございます。ルカをよろしくお願いします」
「こちらこそ。教えるのは初めてなので緊張しますが、よろしくお願いしますね」
顔をあげて目に入ったのは、眉を少し下げて自信なさげにしているフーベルトの表情。
「ふふ」
そのフーベルトの表情が、ルイゼの困った時に見せる表情によく似ていたので、つい笑ってしまう。
そんな自分に対して、フーベルトは首を傾げた。
「リアナさん?なにかありましたか?」
「…いえ、なんでもないです。ルカの隣で一緒に学ばせてもらいますね」
「じゃあ、頑張りましょう」
フーベルトは笑みを見せると、袖を少しまくる。
そのままルカを抱きあげ、椅子に座らせると、隣に椅子を用意して並んで座った。
「では、ルカさん。よろしくお願いします」
「おねがいします!ねぇ、フーベルト。まずは、なにをするの?」
「今日は、木に絵を描きましょう。なにか彫ってみたいものは、ありますか?」
「う〜ん」
彫刻といえば、木片を力加減を気をつけながら、丁寧に彫る。
その考えが強かったので、いきなり彫刻刀を握る可能性も考慮していたが、そうではなさそうだ。
少しの間、うつむいて悩んでいたルカは、急に顔をあげた。
「ハル!ハル、かきたい!ねぇ、いい?」
「え〜。もう、ルカはしょうがないな〜」
ルカはキラキラした目でハルを見つめ、お願いする。
それをされたハルはどこか満足げな態度で、ルカの正面に立った。
「では、ハルさんにモデルになってもらい、絵を描いてみましょう」
「わかった!ハル、かっこいいポーズして!」
「かっこいい?えぇっと、こう?」
「ちがう!それはかわいい!」
「えぇ〜」
ハルがかっこいいポーズに苦労しながら、いくつかポーズをとっている。
だが、どのポーズもかわいらしく、かっこいいとは程遠い。
「それもちがう!もっとつよそうで、かっこいいポーズなの!」
「う〜ん。じゃあ、これでどうだ」
「ふっ」
我慢できず笑ってしまい、少しハルに睨まれた。
ハルには、かっこいいポーズは難しいのではないのだろうか。
新たにしているそのポーズも、大変かわいらしい。
「もう。ハルはそのままでいいから、そこにいて」
「え?かっこいいポーズは?」
「ぼくはどんなハルもすき。だから、いいの」
「あわわわ。僕の弟が、かっこいい…」
ルカの言葉を聞いて、ハルは顔を前足で隠す。
しばらくすると、ルカが描き始めたのに気付き、ハルは姿勢を正して座っていた。
「フーベルト、じょうず…。ぼく、そうじゃない…」
静かにハルのことを書いていたルカは、隣を見て少し肩を落とした。
フーベルトが描いたのは、模写したようなハルの絵。
それと比べて、自分の描いた絵との落差が気になるようだ。
「褒めていただき、ありがとうございます。ですが、これからですよ、ルカさん。もっと観察してみましょう」
「…うん。がんばってみる」
言葉の通り、ルカはまじまじとハルのことを見つめると、静かに呟く。
「ハルのほっぺ、もちもち…」
「ルカだってもちもちだよ?」
「おおきなめ。ほうせきみたい」
「ルカの目も宝石みたいに綺麗だよ」
「キラキラしたくろいけなみ」
「まぁね。毎日、ブラッシングしてもらってるから」
「う〜ん。…ちょっとだけ、まるい?」
「それはよくない言葉だよ。こうしてやる!」
「わぁ。ハル、やめてよ!ポーズとってよ〜」
その後もいくつも続くやり取りにリアナは笑わないように気をつけ、ルカを見守る。
先程より、時間をかけてじっくり描いているルカの集中力を妨げないように、出来上がるのをゆっくりと待つ。
「できた…。さっきより、にてるかな?」
手の動きが止まり、描き終えた様子のルカの前の木片には、一枚目に描いたときより、ハルの特徴をよく捉えた絵が描かれている。
「ルカさん、いい感じですよ」
「ハルに似ているわ。上手ね」
「まぁ、いいんじゃない?本当はもっとスリムだけど、僕は嬉しいよ」
「そっか。えへへ、うれしいな〜」
ルカは初めて描いたハルを褒めてもらえて、嬉しそうにはにかむ。
「続きは、また明日にしましょう」
「師匠、ぼく、がんばる!」
「はい。期待しています」
次の約束をすると、ルカは道具を片付けるフーベルトを手伝っていた。
その姿を見守っていると、横から小さく囁かれる。
「今日は頑張ってたね、リアナ。だって、見惚れなかったし」
「ルカのための時間だもの。さすがに、我慢できるわ」
「そう」
楽しそうに笑いながら、ハルはこちらを見てくる。
そのほっぺをつまんであげたいが、今は我慢しよう。
フーベルトとルカの片付けを見守っていたリアナは、ふとこちらに少し早く近付いてくる足音に気づき、視線を移す。
「ルイゼだね。どうしたんだろう?」
「そうね。急ぎの用かし…ら…?」
近付いてきたことにより、ルイゼの顔色の悪さが目に入る。
そのルイゼは声を潜め、耳元で静かに話しかけてくる。
「リアナ、ちょっといいかい。ついて来てほしい」
「わかりました。フーベルトさん、ふたりのことをお願いしてもいいですか?」
「お任せください」
「ハル、お願いね」
「任せて」
なにがあったのかはわからないが、急ぎの内容なのだろう。
そのため、ふたりをフーベルトに任せると、リアナはルイゼと共に足速に移動する。
「…………」
「…………」
互いに会話などなく、静かに移動する。
案内されたのは、屋敷の入り口の近く、シートが掛けられた荷車の前。
きっと特注品のガラスが届いたのだろうが、朝の打ち合わせ通りでいけば、取り付ける時に自分を呼ぶはず。
なのに、取り付け前のガラスの前に呼ばれた。
そのことが気に掛かり、波のように不安が揺れはじめた。
「特注品のガラス、先程ここまで運ばれてきた。それはよかったのだけど…」
「…なにか問題でも?」
「運搬していた職人の報告によると、ここに運ぶ際に荷車の前に子供が飛び出してきたらしくて」
「子供に怪我は?」
「あぁ、それは大丈夫。子供に怪我はなかったさ。でも、避けようとした時の衝撃が乗せていたガラスに方にね…」
「え!」
ガラスという単語を聞き、リアナは急いで荷車に掛けられているシートをめくり、現状を確認する。
ガラスが割れないように厳重に梱包されていたため、全体的に割れたわけではなく、原形のガラスのデザインは保たれている。
しかし、見た目は悲惨なもので、ステンドグラスの下地の透明ガラスにヒビが入って、色ガラスにもいくつか亀裂が走っていた。
これでは、ガラスを使用することはできない。
現状を確認し、リアナは静かに息を呑んだ。
「…これを作り直してもらうと、どれくらいの時間が必要ですか?」
「最低、一ヶ月。しかし、綺麗に仕上げるなら二ヶ月は欲しいね」
「…それぐらい、かかりますよね」
今回割れたこのガラスは、特別仕様である。
設置予定場所の窓のサイズに合わせたもので、透明ガラスの上に薄い色ガラスを敷き詰め、ステンドグラスのような見た目だ。
この技法で作れる人は少なく、ある特定の国の秘密の技法とされ、継ぎ目が無く、美しい仕上がりである。
そのため、この技法を使う商会は人気で名高く、今から注文しても作ってもらうのに早くて一、二ヶ月かかる。
なので、次のガラスを待つ猶予もない。
しかも、このガラスはここの工事のために事前に作り出していて、やっと出来上がったもの。
それが割れてしまった今、リアナは打ちひしがれそうになる心をなんとか保つ。
「すまないね…」
「…いえ、今は考えましょう。これからどうするのが、一番いいのか」
落ち込むのも、時間が惜しい。
このガラスは、子供を守るために名誉な散り際を見せたことにする。
気持ちを無理矢理切り替えると、リアナは目を閉じて思考する。
「リアナ、大丈夫?」
「どうしたの?」
なかなか戻ってこないため、フーベルトはふたりを連れて来てくれた。
しかし、リアナとルイゼが揃って顔色が悪くなっているため、只事ではないことが起きたと感じ取ったのか、フーベルトにも緊張が走っている。
「ふたりとも…」
「だいじょうぶだよ、リアナ」
「そうだよ。僕らがいるからね」
こちらに走ってきたルカを抱きしめ、ハルのあたたかい体に触れながら、少しだけでも気持ちを落ち着かせる。
「母さん、なにかあったのか?」
「実は、特注品のガラスが割れてしまってね。今は、打開策を考えているところなのさ」
今は、感傷に浸っている場合ではない。
なんとかあのガラスの大替品を用意するために、考えなければ。
リアナは立ち上がると、頭の中で色々と思考しながら、ルイゼに尋ねる。
「ルイゼさん。あのガラスの大替品を用意しましょう。似た飾りガラスの商会や工房に、伝手はありますか?」
「あるっちゃあるが、ここまでのではないね」
ルイゼの知り合いに、今回の飾りガラスと同じ出来栄えのガラスを作れる商会や工房はいないらしい。
確かに、それがいればそこに注文している。
「同等品のガラスが必要なのですよね?同じ商会に再注文し、完成したものを後日、付け替えに来るのはどうですか?」
「出来ればそれは避けたいです。こちらの落ち度で信頼を失うのも、商会の評判を落とすのも避けたいです」
フーベルトの提案に、リアナは否定の意見を出す。
同じ出来栄えのガラスを用意するためには、一番はその商会に事情を話して、再び作ってもらうのがいいだろう。
しかし、工事予定の期間内に完成することはなく、後日取り替えに来るとしても、それはクレアに迷惑をかけるし、商会の評判にも関わってくる。
それだけは、絶対に避けたい。
この案は採用しないことにし、別の方法を模索する。
「どうすべきか…」
少しでも、なにかいい案はないか。
懸命に考えているのに、なにも浮かばず、リアナは黙って考え込む。
他も自分と一緒で何も浮かばないらしく、みんなが沈黙に包まれ、リアナはうつむいてしまう。
そんな中、ハルが沈黙を破り、リアナに声をかけた。
「ねぇ、リアナ。僕に考えがある」




