20. 彫刻と小さな弟子
束の間の休息日を楽しみ、リアナはハルとルカと共に、屋敷の中庭にある待機場所に到着した。
「きょうもがんばるー!」
「ほどほどにね。僕が大変だから」
ルカの元気な掛け声に、リアナは思わず笑みがこぼれる。
大変だと言う割に、そのハルの表情はどこか嬉しげだ。
その表情のまま、リアナへ視線を移す。
「リアナもほどほどにね。何かあったら、助けるから」
「ありがとう、ハル。今日も頼りにしてます」
「よろしい」
ハルの言葉に、緊張していた体をほぐすために、リアナは少し体を動かす。
「きょうはダリアスもリックもいないね。ふあん?」
「まぁ、ちょっとね。緊張してる」
「じゃあ、ぼくもてつだう!なんでもいって!」
「ありがとう、ルカ。とても心強いわ」
昨日の夜、父から聞いた予定では、今日の朝は父もリックさんも不在。
なので、今日は自分がこの仕事の責任者として、一人で指示を出すことになっている。
一人と言っても、父は午前に予定している別の仕事が終わり次第、午後からは合流してくれる予定なので、まだ気が楽ではある。
「ハル」
「はい、どうぞ」
ここの責任者として、一人でもしっかりと乗り切れる姿を父に見せようと決意し、ハルに抱きついて気を引き締める。
「じゃあ、ぼくも!ぎゅー」
「ふふ、ありがとう。頑張るわ」
ルカにも抱きしめてもらい、少し緊張がほぐれたリアナは、今日の予定を立てるため、本日までの進行状況をまとめた紙を確認する。
何枚か紙を読み終えた時、屋敷の入口の方から誰かが歩く音が耳に入る。
リアナが視線を移すより前、ルカが嬉しそうに声を上げた。
「あ!ルイゼがいる!」
「あら、ルカ坊。今日も元気かい?」
「げんき!」
「あはは。そうみたいだね」
ルカは人見知りせずに、商会の職人達とも仲良くしている。
職人達はベテランが多いため、ルカのことを孫のようにかわいがってくれているようだ。
ルカを保護して三週間が経つが、まだレオンからなにも音沙汰がない。
それは少し不安だが、ルカはとても楽しく毎日を過ごせているので、まだ安心できる。
「ルイゼさん、今日もよろしくお願いします」
「あぁ、リアナ。よろしくね。しかし、息子から聞いたよ。怪我しかけたらしいじゃないか」
あの件は少し前のことなのだが、ルイゼにも心配かけたことは申し訳ない。
「あれは大丈夫です。ハルが守ってくれましたから」
「おや、ハル坊は頼もしい騎士様だね」
「まぁね!ルイゼ、わかってる〜」
ハルは騎士様と言われ、ご機嫌でルイゼにくっつく。
その横、ルカはルイゼの手を掴んだ。
「ねぇ!きしさまって?」
「そうさね。とても強くて、勇敢で。守ると決めた人を、絶対に守り通す、かっこいい方だよ」
「すごい。ハル、かっこいい!」
ルイゼはハルの頭を撫でながら、ルカに騎士様とは何かを説明している。
それを見守りつつ、リアナはフーベルトに視線を移す。
「フーベルトさん、今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願いします、リアナさん」
フーベルトには屋敷の補修に長いこと入ってもらっているため、毎日のように顔を合わせている。
「今日も頑張りましょうね。手伝えることがあれば、なんでも言ってください」
「はい。もしなにかあれば。リアナさんも何かありましたら、頼ってくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」
フーベルトと話していると、他の職人達も集まってきている。
それに気付いたルカは朝の挨拶に行き、それをハルが追いかけて行った。
リアナは一度息を吐き切ると、意識を変える。
「では、打ち合わせを始めます。よろしくお願いします」
「あぁ」
「はい」
リアナの言葉に、二人は代表者の顔になる。
それを確認し、リアナは話し始める。
「大まかな補修内容は以前と変わらず、ガラスの補修と建具の調整を行います。建具の職人達には、ルイゼさんの職人達と協力しながら作業をしてもらいたいです」
「わかりました、伝えておきます」
「私の方からも伝えておくよ」
二人の返答にうなずき、リアナは続きを話す。
「先日の扉の新規注文の件、どうなっていますか?」
「大体仕上がっていて、あとは、現地調整をしながら取り付け作業になります。中庭で作業をしています」
「わかりました。取り付け時や調整の時は同行します。声をかけてください」
「了解です」
フーベルトとの話を終え、リアナはルイゼの方を向く。
「特注品のガラスの件はどうなっていますか?」
「品物は出来上がって、割れないように慎重に職人達に運ばせている。窓枠にはめた後に、仕上げをする予定だよ」
「わかりました。その時も声をかけてください」
「あぁ」
予定を話し終えると、リアナは少しだけ声を小さくする。
「本日は私しかいませんので、二人に協力を頼みたいです。屋内と屋外で分け、私が確認できない時は管理してもらえないでしょうか?」
「わかった。任せておきな」
「了解です。その時は言ってください」
本当に頼りになる。
一人で不安だったが、どうにかなりそうだ。
リアナの元から離れ、各自の担当する職人達へ説明と指示を行ってもらう。
少しすると話が終わったのか、ルイゼとフーベルトが目で合図を出したので、リアナは了承を込めて笑顔でうなずいた。
「今日も一日、よろしくお願いします」
リアナの挨拶で、職人達は動き出し、今日も仕事が始まった。
「がんばれ〜」
職人達に挨拶を終えたルカは、屋敷の入口でハルと一緒に笑顔の職人達を見送っている。
「リアナ、ルイゼ、がんばって!」
「ふふ。頑張ります」
「頑張るよ。応援ありがとう」
ルカに見送られ、リアナもルイゼと屋敷に入り、作業する職人達を一通り見て回る。
「順調ですね。では、ルイゼさん。屋内の管理を任せます」
「あぁ。また、あとで」
ルイゼに屋敷の中で作業している職人の管理を任せると、中庭で作業をするフーベルトの元へ向かう。
中庭の作業場に行くと、先日破壊したドア枠に合わせて作った、仮の扉の板に図案を掘り込んでいた。
フーベルトは集中していて、近くにいるハルとルカに気付いていないようだ。
その邪魔をしないように、リアナも少し離れて見守ることにする。
「きれいなとりさん!あと、おはな?」
「お花であっているわ。キキョウっていう花なの」
「キキョウ…。はじめてきいた」
扉には、キキョウの花と鳥が描かれている。
クレアは最終的な図案は楽しみにするようで、フーベルトが描き上げていたものから、リアナが選んだものを彫刻している。
そのデザインも彫刻も、とても美しい。
「あのとりさんは?やまでみたのとは、ちがうきがする」
「よくわかったわね。あの鳥さんはクレアの召喚獣よ」
「しょうかんじゅう?」
リアナが見惚れていると、ルカにデザインの鳥について問われる。
そういえば、ルカには召喚獣のことを説明したことがなかった。
「契約している聖獣のことなの。呼ぶと来てくれるのよ」
「けいやく?よぶって、どうやって?」
うーん、なんと説明したらいいのだろうか。
ルカと出会って以来、ハルはずっと一緒にいるようになり、召喚をすることがなかった。
そのため、ルカにわかりやすいように説明する方法を考えていると、ふと閃いた。
「あ!私にとって、ハルみたいな存在よ」
「ふふーん。羨ましいだろう」
「ハル、ずるい!」
ハルの態度でなにか自慢された感じがしたのか、ルカがハルに抱きつき、少しふたりで戯れあっている。
それが落ち着いたふたりは、再び、フーベルトの作業を集中して観察している。
「ねぇ、リアナ」
「なに?」
「どうしたら、フーベルトみたいにできるの?」
「それはフーベルトさんに聞いた方がいいと思うわ。今度、聞いてみる?」
「そうする…。ぼくもしてみたい」
ルカは好奇心旺盛で、よく作業をする職人達の真似事をさせてもらっている。
今回は、初めて見る彫刻に興味を持ったようで、挑戦したいようだ。
「…ふー」
作業がひと段落したのだろう。
フーベルトが額の汗を拭い、顔を上げたことでリアナと目が合う。
その濃い青の瞳は、驚きで見開かれた。
「リアナさん、いらしてたんですね。気付かなくて、すみません」
「大丈夫ですよ。彫刻は集中力が要りますもんね」
作業はなんでも集中力が必要だが、特に彫刻は一瞬の気の緩みで作品の出来が変わる。
そのため、飛び抜けた集中力を必要とするのだが、自分は少し苦手である。
「フーベルト、すごかった!ぼくもしたい!」
「ルカさんは、彫刻に興味がおありですか?」
「フーベルトみたいに、きれいにしてみたい!」
ルカに褒められ、フーベルトは破顔する。
興味を持ってくれたこともだが、したいと思ってくれたことが嬉しいようだ。
「そうですか。使ってない木片はありますから、休憩の時にでもしてみますか?」
「ありがとう、フーベルト!」
「すみません、フーベルトさん。休憩時間を削らせることになってしまい…」
「いえ、私は嬉しいですよ。かわいい弟子ができた気分です」
「弟子!!」
ルカは弟子というのが気に入ったのか、嬉しそうに繰り返す。
「ぼく、弟子!きょうから、フーベルトの!ありがとう!」
「えぇ、そうですね。よろしくお願いします」
抱きついたルカの頭を優しく撫で、フーベルトは笑みをこぼす。
フーベルトの好意に甘えさせてもらい、昼休憩にはルカと一緒に彫刻を見させてもらおうと思う。
「では、もう少し進めますので。そこで待っていていただけたら」
「わかりました。焦らなくて大丈夫ですので」
「ありがとうございます」
作業を再開したフーベルトの横で、リアナとルカは並んで見学する。
しばらくすると、フーベルトは手を止め、一度姿勢を伸ばすとこちらの方へ笑顔を向けた。
「お待たせしました。行きましょうか」
「お願いします」
フーベルトと共に、建具担当の職人達を見てまわり、現状の確認を行う。
それを終えるとフーベルトとは別れ、屋敷内のルイゼと合流する。
ルイゼと共に他の職人達の作業も確認し、お昼休みの時間を迎えた。




