16. 床と建具の代表者
緊張した責任者の仕事にも、リアナは少しずつ慣れ始めている。
毎日、屋敷の改修や修繕のために指示を出し、確認してまわりながら、人手が足りないところでは仕事に加わった。
本日までの進捗状況は、屋敷の外観の補修は粗方終わり、一部を除き、室内の壁面補修と窓のガラス加工も終わっている。
そのため、ウォルターとルイゼ、アリッサの部署は不在。
その代わり、本日からは床補修担当と建具関係を担当する職人達に来てもらっている。
「本日からよろしくお願いします!打ち合わせをしますので、代表者の方は来てください」
いつものように打ち合わせ前にリアナは全体に挨拶をし、他の職人達には待機してもらう。
そして、代表者の二名と向かい合う。
「リアナ嬢。今日からよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします。オリバーさん」
職人達の中で唯一、リアナを嬢付けで呼ぶ、顎鬚を少し生やしたダンディーな男性は、オリバー・クラフト。
オリーブ色の髪を後ろに流し、緑色の瞳は優しく細められている。
オリバーは、風魔法と土魔法を得意とする職人を中心とし屋内外の床の補修をする部署の代表者である。
「リアナさん、今日からよろしくお願いします」
「頼りにしています、フーベルトさん」
赤い髪色に濃い青色の瞳の持ち主である男性は、フーベルト・ウィーズ。
自分とは6歳ほど離れており、子供の頃からかわいがってくれていたお兄さん的存在。
そして、若くして、建具の担当の職人達をまとめる代表者である。
ちなみに、ルイゼとは親子の関係で、あの衝撃に強いガラスを作ることになった件の当人である。
いまだに、あの話が本当なのか、気になって仕方がない。
「リアナちゃん、今日も頑張ろうね」
「はい、リックさん」
本日、父は複数の打ち合わせと別の現場で指揮をとっている。
そのため、今日はリックが補佐として付いてくれた。
そのことに感謝しつつ、打ち合わせに入る。
「本日からは、オリバーさんには主に屋敷の床の補修を。フーベルトさんには、建具の新調、調整を行ってもらいます。各自、作業が被るときもあるかもしれませんが、その都度、話し合ってください」
「わかった」
「わかりました」
リアナは話し終えて隣を見ると、リックはうなずいてくれた。
何も問題はないみたいだ。
最後の号令をかけようと口を開きかけた時、視界の端に、白と黒が見えた。
「リアナ!ぼくも、がんばる!」
「ふふ。近すぎない程度で、見せてもらってね」
「そうする!」
すっかりハルの背中が定位置になったルカは、今日も職人達の仕事を見て回るそうだ。
その背中で大きく揺れるルカを、ハルは落ちないようにバランスを取っている。
「もう、こら〜。背中で暴れるなよ〜」
ハルは言葉では怒っているが、どこか嬉しそうな表情をしている。
ふと、視線を感じて顔を上げると、二人は不思議そうな表情をしていた。
「リアナ嬢、そちらのお子さんは?」
「初めてお目にかかりますね」
オリバーとフーベルトは、ハルの背中に乗っている見慣れない子供に目をやり、リアナに尋ねる。
二人は今日からなので、ルカとは初対面。
そのため、紹介しようとしたのだが、ルカが先に名乗りを上げた。
「ぼく、ルカ!」
「おぉ、元気な声だな。えらいえらい」
オリバーはルカの頭に手を置き、ガシガシと撫でて褒める。
その横で、フーベルトは顎に手を当て考えている。
「ルカさんは、どなたの御子息様なのですか?まさか、リックさんですか?」
「まさかとはなんだ、まさかとは。居てもおかしくないかもしれないけど、安心して。私は、まだ身を固める予定はないよ」
「そうですか。え、それでは、リアナさん…ですか?」
リックに否定されたため、フーベルトはリアナに視線を向けた。
フーベルトに信じられないといった目で見られたリアナは、誤解を解くために、少し焦って早口になる。
「違いますよ、フーベルトさん!この子は山で迷子になっているところを保護しただけなんです。今は、レオン様に家族を探してもらっているところで、家族が見つかるまでの間、預かることになっていまして」
「そう…でしたか」
リアナの返答に、フーベルトは納得してくれたようだ。
ルカの紹介を終えた後、再び話が落ち着きを見せたため、リアナは息を吐き切ると、姿勢を正す。
「今日からよろしくお願いします。オリバーさん、フーベルトさん。一緒に頑張りましょうね」
「おう」
「はい」
オリバーとフーベルトから始まり、他の職人達もリアナの声に返事をすると、各自の代表者の元へ移動していく。
職人達同士の話し合いも終わり、今は代表者同士で今日の進め方について再度予定を話し合っている。
「じゃあ、建具周辺の床を優先して終わらせる。少し待ってもらうが、その後で作業に入ってもらってもいいか?」
「ありがとうございます。そうしてくださると、職人達も助かります」
二人で予定を擦り合わせて、順調に話が進んでいる。
その横で、今日の予定の再確認をするために、書類を集中して目を通していたリアナは、肩を叩かれた。
「ねぇ、リアナちゃん。私はどうすればいいですか?」
書類に集中していたリアナは驚いて、肩をびくりと震わせた。
仕事に慣れ始めたと言っても、指示を出す側にまだ慣れておらず、父にもリックにも助けてもらってばかりだ。
手に持つ書類を持ち直すと、リックを見つめ返す。
「では、リックさんは午前の間、建具担当の方へ着いていてくれますか?」
「リアナちゃん、練習したでしょ。疑問形で話すのではなく?」
「あ…すみません。建具担当の方へついてください」
「よくできました。では、フーベルト。共に行きましょう」
リアナが指示を出す側になって一番苦労したのは、普段とは違う話し方。
疑問形ではなく、相手に正確に伝える方法や話し方についてリックに教えてもらっているのだが、まだ慣れず、間違えることが多い。
少し落ち込んでいるリアナの頭を撫でると、フーベルトを連れて、リックは屋内の建具を見に行く。
「もう…」
リックはいまだに自分のことを子供扱いしてくる。
もう恥ずかしいのでやめてもらいたい気持ちはあるが、子供の頃からの癖で自然と受け入れてしまっている。
それに、仕事で失敗した時や元気がない時にされると、思っていたより元気になれる。
本人には伝えないが、もう少しだけ甘えさせてもらうつもりだ。
「リアナ、いこ!」
「ほら、オリバーが待っているよ」
「はーい。今、行く」
リアナは髪を整えると、声が聞こえた方へ向かう。
オリバーの横で待っていたふたりの頭を一度撫でると、一緒に屋敷の中に入る。
「今回は玄関ホールや屋内の廊下、一部の部屋の床材の補修でよかったな」
「はい。現状、廊下や部屋は木材の床を、玄関ホールやお風呂、脱衣所といった水気が多い場所には石材の床を使用しています」
「じゃあ、部屋は家具と敷物をどかして確認するか。あと、歩く場所を重点的に確認しよう」
「お願いします」
オリバーの言葉にうなずき、玄関ホールで集まっていた職人達を見る。
「木材の床の場合は物を落とした時にできた傷やへこみを直し、石材の床の場合は、タイルの割れや浮きの補修を行う。各自、確認がある場合は俺の元へ」
オリバーは職人達に指示を出し、作業の様子を見て回る。
その後ろをついて歩き、再び、玄関へ戻ってきた。
「では、まずは玄関の扉の前にある割れたタイルを撤去する。ルカは、リアナ嬢と一緒に少し離れてくれるか?」
「わかった!」
オリバーの言葉に素直に従い、ルカはリアナと一緒に少し離れた所で待機する。
こちらの様子を確認したオリバーはしゃがみ込み、床の前に手をかざすと、風魔法を発動させた。
「あれはなにをしてるの?」
「この四角い石があるでしょう?これはタイルっていうの」
「タイル。かたくて、つめたいかも」
床にしゃがみ、ルカと一緒に床のタイルを指で触る。
そして、一直線に指でなぞる。
「ふふ、そうね。このタイルとタイルの間の部分を目地っていうのだけど、それに沿って切り込みを入れているの」
「へ〜」
ルカに説明しながら、リアナはそのままの姿勢で作業のメモをとる。
オリバーは切り終えたのか、今は手にハンマーを持っている。
「あれは?」
「ハンマーよ。釘を打ったり、木を叩いたりするわ」
「わっ!オリバーがたたいたら、タイルがバラバラになった!」
ルカはタイルを割った音で驚いたようだが、今では前のめりになって見ている。
「あの砕けたタイルを取り除いて、最後に、タイルを貼り付けていたボンドを風魔法で剥がして地面を綺麗にするの」
「すごい!あそこだけきれいになくなってるよ!」
ルカの声が聞こえたのか、オリバーの笑っている横顔が目に入った。
そして、横に待機させていた土魔法を使う職人から、新しく道具を受け取っている。
「あれはなに?」
「タイルを貼るためのボンドよ。土魔法を使う職人さんしか作れないの」
あのボンドは土魔法で作れるため、リアナには作ることができない。
正直、あれを作ってみたいがために、土魔法が欲しいと思ったことがある。
「じゃあ、あれをぬってから、あたらしいタイルをくっつけるの?」
「正解。タイルを貼る時に、他のタイルと高さが合うように調整する必要があるわ」
「タイルをはっても、まわりにはすきまがあるよ?めじ、だったっけ?」
「合ってるわ。目地には別のボンドを入れて、タイルの貼り替えは終了するの」
「そうなんだ。あんなにはやくできるなんて、すごいね!」
「これくらい、朝飯前だ」
ルカの褒め言葉にドヤ顔で答えるオリバーは、どことなく嬉しそうだ。
他の箇所も同様の作業を繰り返しながら、他の作業も見てまわる。
遠くで街の教会の鐘が鳴ったのが耳に入り、お昼休みとなったのだ。
 




