15. 挑戦と思い出
「そうですね。お言葉に甘えて」
リアナはルイゼから物を受け取ると、それを落とさないようにしっかりと手に持つ。
「リアナがするの?」
「えぇ、そうね。でも、これはハルとだからできるの。ルカはルイゼさんの横で待っててね」
「うん!」
リアナは受け取ったビーカーと粉が入ったケースを床に置くと、袖をまくる。
ビーカーに魔法で水を注ぎ、適量の粉を入れ、よく混ぜ合わせる。
そして、リアナが水魔法で混ぜ合わせた液体をビーカーから少し持ち上げた。
「よし、始めますか」
「了解〜。ルカにかっこいいところを見せちゃうぞ〜」
ハルの言葉に微笑みながら、その液体を球体にしてガラスの中心に乗せ、均一に丁寧に薄く伸ばしていく。
「ハル」
「は〜い」
液体を均一に伸ばせたのを確認し、ハルに合図を出すと、風魔法を当てながら窓へ押し込み、一気に昇華させる。
施工が完了したのを確認し、リアナはルイゼの方へ向いた。
「出来ました」
「どれどれ」
ルイゼはじっくりと隅々まで確認し、満足げにリアナに笑いかける。
「うん、綺麗にできている。相変わらず、いいコンビだね」
「ありがとうございます」
「リアナもハルもすごい!」
「まぁね〜。これぐらい、僕らにとっては朝飯前だよ」
合格点をもらえ、リアナはほっと一安心する。
「ほら、もっと褒めていいんだぞ〜」
「ハル、すごい、つよい、かっこいい!」
ハルはご機嫌で、ルカに頭を押しつけて撫でるように催促している。
そのふたりから顔を上げると、ルイゼはガラスを指先で優しく触っていた。
「前より綺麗にできるようになってる。しかも、いつでも綺麗に作れるなんて、本当に羨ましいよ」
「ルイゼさんのと比べると、まだまだですけど。そう言っていただけて嬉しいです」
「いや、しっかりとうちの工房で働けば、私なんてすぐに越えるさ。いっそのこと、ガラス職人になるかい?」
「買い被りすぎですよ。私とハルがここまで成長できたのは、ルイゼさんのご指導のおかげです」
「いや、ふたりの努力だよ。私は少し教えただけで」
昔、家の壁に穴を開けた後、ガラスの補修も見学させてもらった。
好奇心の塊である自分は、ルイゼにやり方を教えてもらった。
しかし、液体は作れても均一に伸ばせない。
今度は均一に出来ても、ハルの風魔法の威力が強すぎて綺麗に出来ない。
悔しさから、ふたりで家中の窓で練習して全てし終えた時には、なんとか綺麗にできるようになっていた。
「今でも思い出して笑ってしまうよ。仕事終わりに引きずって家へ連れて行かれて、綺麗にできた一枚を見せてもらった日のことを」
「ルイゼさんは褒めてくれましたけど、父には呆れられましたね」
「そりゃあ、見学の前に約束してたからね。次に何かしたくなった時は、ダリアスが見ている時にしかしないって」
「そんな約束しましたっけ?」
自分の思い出では、ガラスの補修を見ていた記憶と、家中のガラスで練習をした記憶しかない。
考え込んでいるリアナを見て、ルイゼは楽しそうに笑う。
「夢中で見てたから、適当に返事をしてたんだろうね。で、家に帰ってきたら、成功したのは一枚だけで、他はまだらなってる」
「…その節は綺麗にしていただき、ありがとうございました」
「いいさ。あんなにキラキラした目で見られるのは、嬉しいからね」
まだらになった窓をその日のうちにルイゼは綺麗にしてくれ、再び外の景色が見えるようになった。
そこからルイゼに水魔法の使い方を教わったおかげで、学院での魔法学の成績は、上位に入ることが出来た。
本当に、有難い存在である。
「さぁて。では、確認に行こうかね」
「はい。お願いします」
魔法を教えてもらっていた日々を少し思い出していると、ルイゼの声で現実に戻される。
その後、他の場所の職人達の補修をルイゼと共に確認し、昼休憩を迎えた。
「壁面の方はどうですか?」
「なにも問題はない。順調だ。ガラスの方はどうだ?」
「こちらも順調です。頼りがいのある先輩達ですから」
「それもそうか」
昼食をみんなで食べながら、父と進捗情報を共有する。
午後からは、ダリアスがガラスの管理、リアナは壁面の管理を行う。
そして、アリッサ達が到着し次第、父に壁面の管理を引き継ぎ、リアナは屋根補修の管理をする予定である。
休憩を終え、廊下を共に歩くウォルターは、楽しげな目をこちらに向けた。
「リアナちゃん。さっき、姐さんにガラスの補修をさせられてたね」
「あれ?ウォルターさん、近くにいましたか?」
「たまたまね。相変わらず、上手だ」
先程のガラスの施工を見ていたようで、褒めてくれた。
そのことに嬉しく思いつつ、ハルを見ると、とてもいいドヤ顔をしている。
他の職人達の施工を確認しつつ、ウォルターが先程まで作業していた場所へ到着した。
「いつも姐さんばかり、リアナちゃんに指導してるからなー。今日は、俺の方も手伝ってもらおう」
「本当ですか?ありがとうございます。私ができる範囲であれば、頑張ります!」
ルイゼの施工は昔からよく手伝っていたが、ウォルターの施工は土魔法を基本使うため、リアナは見るだけであった。
ぜひ、手伝えることがあるのなら、挑戦したいところである。
「リアナ、たのしそう」
「リアナは仕事が好きだからね。特に、初めて挑戦することは」
ふたりの声が耳に入り、前のめりになっていた姿勢に気付いて、姿勢を正す。
そんな自分の様子を見て笑っていたウォルターは、手を動かし始める。
「では、今やっていることを説明する。準備はいいかい?」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
「あぁ。まず、ここは外壁の亀裂が原因で雨漏りが発生していた。そのせいで、内壁が腐食してしまっていたのでその除去をしてたんだ」
「除去というと、どこまでを?」
「腐食部より少し範囲を広くかな。そこから、新しく下地を作り、漆喰を塗る」
ウォルターは手慣れた様子で下地を作り上げると、リアナに漆喰の乗せた板と塗りつけるための道具を渡す。
「それは、土魔法で練り合わせてある漆喰だ。下地の上に均等に平らにね。では、やってみてもらおうか」
「え、いきなりですか?」
「大丈夫。子供の頃に何度もしただろう?」
「それはそうですが。それでも、久しぶりにやるんですよ。前回にやったのは、学院の授業以来ですし」
「その時も褒められたんだろう?じゃあ、大丈夫さ」
確かに褒められたが、今もできるだろうか。
だが、せっかくの機会なのだ。
とりあえず、挑戦してみよう。
リアナは一度、深呼吸をして気持ちを落ち着け、目を瞑った。
気持ちが落ち着いたのを確認し、目を開け、道具に漆喰を少し乗せると塗りつけていく。
「出来た…」
思っていたより、綺麗に出来ている。
そのことに安堵し、確認してもらおうと振り向いたのだが、ウォルターは固まっていた。
「ウォルターさん?」
「あ、あぁ。いやー、綺麗にできている」
完成品を見て、目を逸らしながら褒められた。
それはいいのだが、ウォルターの様子が少しおかしい。
「あの…もしかして気を遣っていますか…?」
「え!ちゃんと出来ている!うちの職人に混じってもわからないよ」
「では、どうかしましたか?」
「あー…」
ウォルターに真意を確かめようと、しっかり目を見たのだが、その目は少し涙目になっており、リアナは目を見開く。
ウォルターは少し目頭を抑えると、困ったような表情で優しく笑った。
「ふー…。これは、リアナちゃんは悪くないよ。ただ、作業中のリリーさんがそこにいる気がしちゃってね」
「お母さんが?」
「その深呼吸して、仕事に取り掛かるその一連の動作。リリーさんにそっくりだったからさ」
久しぶりに聞いたその名前に、リアナは納得をする。
一緒に仕事をしていたウォルターやルイゼなら、自分が知らない母の姿も見てきている。
母との意外な共通点になんだか嬉しくなり、リアナは微笑んだ。
「あー、恥ずかしいな、本当!他の人には、内緒にしといてくれよ」
「ふふ。わかりました」
少し恥ずかしそうに笑うウォルターに、つい笑ってしまった。
その後、気を取り直して作業を再開したウォルターは、窓の内側の開口処理もさっさと終わらせる。
内壁の補修をしている職人達をウォルターと一緒に確認していると、背後から声がかかる。
「リアナ。屋根補修の職人が来たぞ」
「教えていただき、ありがとうございます。では、壁面の管理をお願いします」
「あぁ。屋根は任せた」
父から報告を受け、リアナはウォルターと分かれ、中庭に向かう。
屋根の上には人の姿があり、もう作業をしているようだ。
「私は今から屋根に上がるの。危ないから、ここで待っててくれる?」
「わかった!でも、リアナはへいき?」
「大丈夫よ、ありがとう。ハル、ルカをよろしくね」
「任せてよ。屋根の上は風が地上より強いから、しっかり気をつけてね」
「えぇ、気をつけるわ」
ハルと約束すると、ウォルターの作った足場を登りながら、リアナは屋根に上がる。
自分を待っていたのか、アリッサは笑顔でこちらを見ていた。
「アリッサさん。今日からお願いします」
「急がなくていいわ。今日はリアナが管理するのね。じゃあ、頑張っちゃおうかな」
アリッサの言葉に反応した職人達が気を引き締めて、開始の言葉を待つ。
実は、アリッサが指揮をする屋根の補修は初めて見る。
そのため、ずっと楽しみにしていた。
「では、開始します」
アリッサの合図で、職人達は既存の屋根材を一斉に剥がし始め、下地の補強や修繕を行う。
そして、剥がした屋根材を地上に続く布状の筒の中へ入れ続け、下の職人がゴミをまとめていく。
「アリッサさん。下地の補強、終わりました」
「そう。では、少し待っていて」
職人の言葉に、アリッサが風魔法で下地の隙間にあったゴミを飛ばす。
その横、職人達は今回選んだ屋根材を取り付けていく。
「屋根の職人さんは、いつ見ても早いですね」
「そうね。屋根の上って、天候に左右されて作業できる時間も限られるから。いつも時間勝負になるわ」
「雨の日は特に大変ですもんね。でも、皆さん、観察眼に長けているので羨ましいです」
雨の日の雨漏り補修の際は、更に時間との戦いになる。
そのため、的確な問題解決を目指さなければならず、おかげで観察眼に長けた職人が多い。
自分にはないその観察眼が羨ましい。
「いつかリアナも身につくわ。もう半分と一階の屋根は後日になりそうね」
「そうですか。明日からもよろしくお願いします」
「えぇ、任せておいて」
アリッサの心強い言葉にリアナは笑みを返し、職人達の作業を見守り続ける。
「リアナ、ちょっと」
職人となにか話していたアリッサに呼ばれ、リアナは近付く。
「どうかしましたか?」
「えぇ。リアナは屋根の工事を見る機会は少ないでしょう?せっかくだから、屋根材の取り付け方を勉強してみましょう」
「ありがとうございます。頑張りますね」
アリッサの提案に、リアナはさっそく袖をまくる。
職人に屋根材の取り付け方を教えてもらいながら、リアナも一緒に取り付けていく。
「やっと出来た…。でも、もっと頑張らなきゃ」
なんとか一枚取り付けた時には、他の職人達と差ができており、悔しさで無心で作業に没頭する。
「ふふ。リアナは昔から変わらないわね」
集中してより早く正確に作業ができるように考えながら、屋根材を取り付け続けているリアナに、そのアリッサの嬉しそうな呟きは届かなかった。
しかし、アリッサはどこか満足げである。
最初に比べて、早く作業できるようになってはいるかもしれないが、他の職人達には足元にも及ばない。
「出来るようになってきましたけど、まだまだですね…」
「そんなことないよ、リアナちゃんは上手くやれてる」
「そうだよ。一緒に世界を回りたいぐらいさ」
他の職人達はよく褒めてくれ、リアナは少しはにかんだ。
「皆さん、ありがとうございます。私、もっと頑張りますね!」
リアナの言葉に、みんなしてその頭を撫で始める。
アリッサもそれに加わりながら、少しの間、屋根の上で笑い声が響く。
全体の作業がひと段落し、その日の作業も無事に終了した。




