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14. 強いガラスと意外な話



 カーテンの隙間から朝日が差し込み、少しだけ意識が浮上する。

 起きなければならないのはわかっているのだが、心地の良い布団をもう少し堪能したい気持ちの方が強い。



「んー……」



 あと少しなら、許されるはず。

 そう考えて、リアナは布団を被り直すと、そのまま夢の世界に戻ろうとする。



「はぁ〜。また、ミノムシになってる〜」

「ミノムシって?」

「う〜ん。あ、昨日、木に葉っぱを集めたのがくっついてたでしょ?あれは生き物なんだよ。今のリアナみたいに、気持ちがいいものに引きこもってる虫だよ」

「ん〜…。ひきこもりむし?」

「その通り」



 二度寝をしようとする気配を察知したハルは、わざとらしく大きくため息をついた。


 しかし、ルカに変なことを教えないでほしい。

 抗議の声を上げたいが、今は寝るか寝ないかの瀬戸際で、とても心地いい。


 反応がないため、ハルは体を大きくすると、リアナの頭を肉球で優しくポフポフ叩く。



「朝だよ、お寝坊さん。起きて〜」

「おはよ、リアナ!」



 頭をふわふわしたものに叩かれる感覚とふたりの声で目をゆっくり開けたが、その視界は黒いまま。

 きっと、ハルの前足が乗ったままなのだろう。



「………おはよう。ハル、ルカ」



 リアナはなんとか声をかけ、のそのそと布団から出た。

 そして、自分とルカの着替え持って、リビングにあるソファーに腰掛ける。



「ハルときがえてくる!」

「……いってらっしゃい」



 リアナはソファーで半分夢の世界へ誘われながら、ふたりを待つ。



「んー…?いいにおい…」



 ふと、香ばしい匂いが漂ってくるのに気付いた。

 ゆっくりとキッチンへ目を向けると、朝食の用意をしている父の姿がある。



「おはよう。リアナは、いつまで経っても朝が弱いな」

「…おはよう、お父さん。これでも起きられるようになった方でしょ?」

「あぁ、そうだな。ちゃんと会話が成立している」



 父は会話をしながら、食卓へ完成した朝食を用意していく。


 本当に、実家はありがたい。

 起きると、父の美味しいご飯が食べられるなんて、幸せなことである。


 心の中で深く感謝していると、ルカが父の脚に思いっきり抱きついた。



「おはよう、ダリアス!」

「おぉ、おはよう。ルカは朝に強いな」

「ぼく、きょうもげんき!」

「そうか。いいことだな」



 今日も元気に挨拶をしたルカの頭を、父は優しく撫でながら褒める。

 ソファーでその様子を見守っていると、ハルに声をかけられる。



「ほら、もう起きたんでしょ?リアナも用意してきなよ」

「はーい」



 リアナはゆっくりと脱衣所へ向かい、身支度を整える。

 顔を洗うと、やっと目が覚めた気がする。


 朝食を食べ終えると、リアナは軽く化粧をして、家を出る準備をする。



「では、出るか」

「ふたりとも、準備できた?」

「大丈夫。完璧だよ〜」

「ぼくもできた!」



 玄関を出ると、乗合馬車へ向かう。

 しかし、ハルの今の大きさでは幅をとるため、乗合馬車には乗ることはできない。



「ハル。小さくなってくれる?」

「は〜い」



 ルカを降ろすと、ハルは子猫ほどの大きさになる。

 その姿を見て、ルカは目を輝かせた。



「ちいさい…かわいい!」

「ハルのこと、ルカに任せていい?」

「まかせて。おいでおいで〜」



 ルカは嬉しそうに手を差し出すが、ハルは猫パンチで少し抗う。

 しかし、それでもめげずに手を差し出すルカに諦めて抱っこしてもらい、乗合馬車へみんなで乗った。


 無事に到着し、馬車から降りるとハルはルカの腕から逃げ出し、ルカを乗せる時の大きさになる。

 小さいハルがいなくなったことで、ルカは少し残念そうだ。



「あぁ、こねこちゃん…」

「子猫じゃないってば!ほら、乗らないの?」

「ありがとう!のる!」



 ハルは乗りやすいように姿勢を下げると、ルカはいそいそとその背中に乗り、ご機嫌にしている。


 屋敷の門の前にいた執事に声をかけて中に入り、父達と一度分かれ、リアナはクレアに今日の仕事の挨拶をする。



「クレア様。本日もよろし」

「あぁ、リアナ。今日もいい匂いね」

「ちょっと、クレア。私、頑張ってるんだけど?」

「えぇ、そうね。それがなにか?」



 なにか、ではない。


 まだ挨拶まで到達していないのに、抱きつかれて言葉を遮られてしまった。

 ここ最近は、メイドの方が止めてくれていたが、今日はそばにいない。

 ここは、自分でどうにかしなければ。



「クレア。これから打ち合わせがあるから、離してくれる?」

「えー。でも、注文者の相手も立派なお仕事でしょう?」

「注文者に抱きつかれるのは、仕事ではありません」



 クレア以外の注文者に抱きつかれるようなことがあれば、きっと父が消し炭にしに行くだろう。

 はっきりと言い放った自分に対し、クレアは上目遣いをする。



「この一ヶ月のために、私は頑張ったのよ。ご褒美が欲しいぐらいなのに…」



 うっ…。そんな寂しい目で見ないで…。


 この一ヶ月の期間を空けるため、クレアがとても頑張っていたことは知っているし、それをレオンから聞かされていた。


 良心が痛み、リアナはすぐに折れた。



「…朝と帰る時、抱きしめてもいいから。それで、お願い」

「素敵な提案、ありがとう。それで、手を打ちましょう」



 クレアは満面の笑みになると、あっさりと離す。

 今は、先程の寂しそうな目ではなく、いたずらそうな目をしている。



「言質、取りましたから。朝と帰る時、楽しみにしているわね」

「…はい、約束しましたから。では、本日もよろしくお願いします」

「えぇ、よろしく。無理ない程度にね」



 クレアの少し心配そうな声に笑みを返し、自分も中庭へ向かう。

 予定時刻よりも少し早いが、他の職人達も集まっているようだ。



「すみません、お待たせしました」

「いや、俺達もさっきついたところ」

「私達もだよ。そこまで待ってないし、今日もかわいいやり取りをしてたね」

「たしかに。毎日抱きしめあって、本当に仲がいいな」



 ウォルターとルイゼの言葉に、リアナは少しはにかむ。

 毎日のように他の職人達にも見られているため、正直、恥ずかしい。

 それを紛らわせるため、父を見ると、優しく微笑んでくれた。

 


「リアナ、打ち合わせを」



 すぐに商会長として意識を切り替えた父を見習い、リアナも気を引き締めて、打ち合わせを開始する。


 今現在、仕事初日から五日経過している。

 その間に、外壁の補修と外壁側の窓の開口処理、屋根の素材についてのクレアとの打ち合わせは完了している。



「ウォルターさんは、屋内の壁面の補修と内壁側からの開口処理をお願いします」

「わかりました」

「ルイゼさんは、屋敷の窓ガラスの補修をお願いします」

「わかった」



 ウォルターは初日から毎日いたが、ルイゼは今日から合流する。

 そして、今日はもう一つの部署も合流する。



「午後からは、アリッサさんが来て屋根の補修を行います。なので、足場を借りますね」

「それなら、後でもう少し補強しておこう」

「ありがとうございます。では、本日もよろしくお願いします」



 打ち合わせを終え、リアナは個別で父と午前の予定を話す。



「午前中、私は壁面へつく。問題ないか?」

「大丈夫です。では、私はガラスの方へつきます」



 父は一度うなずくと、ウォルターと屋敷内へ先に入る。



「ルイゼさん、よろしくお願いします」

「あぁ、一緒に行こうか。あれ、ハル坊とルカ坊は?」

「ふたりで見て回るそうです。あとで、中で合流します」

「じゃあ、今日も職人達がはりきってるだろうね」

「えぇ、そうでしょうね」



 ルイゼと話しながら、リアナも屋敷内へ入り、職人達の作業状況を確認する。

 廊下を歩いていると、一人の職人が前からまっすぐとこちらに来た。



「確認に回ってくれてありがとう。どんな感じだったかい?」

「一部の部屋以外は確認済です。部屋や廊下の窓はいつもの補修でよさそうなんですが、廊下の一部の窓は難しそうです」

「その部屋は後日だね。わかった、廊下のを確認しよう」



 職人に教えてもらった廊下の窓を確認しに行くと、下側の一枚に、傷がよく目立つ場所がある。

 そのガラスを指で押してみると、外の空気が入ってきた。



「これはまた、小さな扉だね」

「それは、クレアの召喚獣の子のための扉ですね。そういえば、廊下の窓の一部を改造したと、昔、聞いたことがあります」

「ここのお嬢様は鳥の子がいるんだったね」



 当時、その改造が気になりすぎて、初めてここに訪れるきっかけになった。


 クレアの召喚獣は、鳥の中でも小型の鳥の聖獣である。

 その子が出入りする際にできたのであろう傷がいくつもあり、ガラスは半透明になっている。


 これは補修でどうにかなりそうにない。



「ガラスを新しいのに変えても、同じことの繰り返しですよね。とはいえ、ガラス以外の素材にすると目立ちますし…」

「大丈夫。これなら、いいガラスがあるよ」

「本当ですか?」

「うちの子もよく割っていたからね。息子と喧嘩をした時とかは」

「え!?それは…その…」



 ルイゼの話を聞いて、驚いて少し大きな声を出してしまった。


 同じ商会で働く人物の普段の感じからは、喧嘩をするという姿が想像ができない。

 彼はよく自分を気にかけてくれ、何かあるとすぐに異変に気付いて、相談に乗ってくれる。


 本当に、あの彼なのだろうか?



「あの時はふたりともしっかりと叱ったが、懲りなくてね。衝撃に強いガラスを作る、いいきっかけになったよ」



 それはよかったことなのだが、その時のことを詳しく聞きたい。

 ルイゼは大変いい笑顔で笑い飛ばしながら、仕事の話を再開する。



「まぁ、子供の頃の話だよ。とりあえず、ここのガラスはそのガラスを使うようにする」

「…では、それでお願いします」

「あぁ。他は、いつものように補修だけで良さそうだね」

「そうみたいです」



 リアナは先程の話に気を引かれつつ、なんとか仕事に頭を切り替える。



「本当に、ルイゼさんが開発したあの粉はすごいですよね」

「そうだね。自信作さ」



 窓のガラスの傷は通常は消すことができず、新しく入れ替えるか、そのまま放置することが多い。

 放置するとしてもやはり見た目も悪く、他のガラスに比べて割れやすい。

 しかし、新しくガラスを入れ替えるとしても、かなりお金がかかる。


 そのため、ルイゼが長い年月をかけ、研究して開発させたのが、このガラスの傷を無くす特別な粉である。

 この粉はルイゼしか作る方法がわからず、秘匿としているので、何が原料となっているかわからない。

 しかし、この粉を使用するとガラスの傷が無くなり、透明度も高くなりつつ強度も上がる。


 そのため、大変重宝されており、ルイゼは至る所で引っ張りだこである。



「あ、ルイゼとリアナだ」

「やっと見つけたね〜。よいしょっと」



 ルイゼが用意をしていると、少し先からルカを乗せたハルがやってきた。

 ハルが座ると、ルカは降り、今は興味深そうにルイゼの持っているものを見ている。



「それ、なーに?」

「これかい?これは魔法の粉だよ」

「まほうのこな!すごい、かっこいい!」

「えぇ、そうね。かっこいいわ」



 キラキラした目で見ているルカの頭を撫でていると、ルイゼは道具を持つ手をこちらに出す。

 そして、挑むような表情(かお)で笑った。



「では、ひとつ試しにやってみるかい?」



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