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13. ポトフと仮の名前



 台所につくと、リアナ達はキッチンの前に立った。



「さぁ、これに乗って」

「これは?」

「それは踏み台よ。今のままだと、かわいい子が手伝うのは少し大変だからね」

「わかった!」



 用意した踏み台の上に立ち、子供は手伝う気満々でこちらを見てくる。

 その子供の横で、ハルが見張りながら待機してくれるようだ。



「ちょっとだけ、ここにいてね」

「わかった!」



 リアナは子供に声をかけると、少し離れた食器棚の前に行き、引き出しからエプロンを取り出した。

 まずは、自分のエプロンを出して身につけ、同じ引き出しの奥に入っていた黒猫の刺繍が入った子供用のエプロンを広げる。



「それは?」

「服が汚れないように着るの。これは私が小さい頃に使っていたのだけど、これでも良い?」

「うれしい!」



 リアナが手に持っているのは、母に子供の頃に作ってもらったエプロン。

 大切なものだが、仕舞い込んでいるより使っているほうがいいだろう。

 そのエプロンを子供に着せ、料理を開始する。


 目の前には、まな板と包丁の他、皮をむいてある野菜がある。

 きっと自分がお風呂に入っている間に、父が先にやっていてくれたのだろう。

 これなら思っていたより、早く完成しそうだ。



「ねぇ、リアナ!ぼくはなにをすればいい?」

「じゃあ、キャベツをちぎってくれる?」

「まかせて!」



 やる気にみなぎっている子供にキャベツの葉を渡し、ちぎってもらう。

 その間に、リアナは他の野菜を一口大に切り、鍋に油を引き、じゃがいも、タマネギ、にんじんを焦がさないように気をつけながら炒める。

 次にソーセージも軽く炒め、水を注ぎ、アクを取る。


 アクを取った鍋を子供の近くに置き、次の工程を説明する。



「この鍋は触れたら熱いから、気をつけてね」

「きをつける」

「じゃあ、問題です。ちぎったキャベツをどうやって入れたらいいと思う?」

「う〜ん…。あ、わかったかも!」



 子供はなにか閃いたようだ。

 そして、一枚ずつ優しくキャベツを入れていく。

 これなら、鍋の中のお湯も跳ね返ることもなく、火傷の心配をすることはなさそうだ。



「ぜんぶ、ちぎった!」

「ありがとう。助かるわ」



 子供がキャベツを全て入れ終えたのを確認し、鍋を再びコンロで火にかける。

 そして、先程作っておいたハーブの束を鍋に入れ、蓋をして弱火で20〜30分煮ていく。



「さっきのは?」

「ブーケガルニっていうの。作ってみる?」

「つくりたい!」

「ハル、鍋を見ててくれる?」

「いいよ」



 鍋をハルに任せ、リアナは子供と一緒に、先程入れたハーブの束を作るために、ハーブを棚から取り出した。



「これは全部ハーブなの。これがタイム、オレガノ、ローリエ、ローズマリー」

「タイム、オレガノ、ローリエ、ローズマリー…」

「そうよ。最初に、一つ作ってみるわね」

「おねがいします!」



 母に子供の頃に教えられたこの作り方は、今もしっかりと覚えている。

 まず、手本として一つ作り上げ、子供の前に置いた。



「こんなふうにまとめて作るの。じゃあ、かわいい子も作ってみようか」

「がんばる!」



 見よう見まねで初めて作ったため、あまり上手にできず、少し不恰好な出来上がりだった。

 自分が作った完成品とリアナの見本を見比べて、少し元気がなくなっている。



「きれいにできない…」

「これからも一緒に作りましょう。何回もすれば、なんでもできるようになるわ」

「ほんと…?」

「私も初めては上手に作れなかったの。だから、大丈夫」

「そっか。なら、がんばる!」



 そこからもどうにか綺麗に作ろうと頑張る子供を見守りつつ、ハルと入れ替わり、料理を再開した。


 食料の棚にパンがわかりやすいところにあったので、遠慮なく使わせてもらい、コンロにフライパンを置き、パンを焼いていく。



「ここはこうすれば?」

「こう?」



 机ではハルの助言の元、綺麗に作るために頑張っている姿が目に入る。



「こちらは終わった。もうできそうか?」

「もうできるから、食器の用意をしてくれる?」

「あぁ」



 父は洗濯を終わらせ、キッチンに手伝いに来てくれたようだ。

 遠慮なく手伝いを頼み、リアナは食器に焼いたパンを乗せる。

 鍋の中を確認し、最後に塩で味を整え、ポトフも完成した。



「できた!」



 子供の元気な声に振り返り、机に作り終えた物を見る。

 確実に、最初より上手くできている。



「上手にできているわ。じゃあ、それはこの箱の中に片付けてくれる?」

「わかった!」



 リアナから渡された箱を落とさないよう慎重に持ち、机の上に置く。

 箱の蓋を開け、先ほど作った物を大切そうに中にしまった。


 机の中心にポトフが入った鍋を置き、お皿に盛り付ける。

 そして、先程焼いておいたパンを各自の皿に乗せ、食事の用意が完了した。



「じゃあ、食べましょう」

「わーい!」



 子供が元気よくポトフが入ったお皿に顔を突っ込みそうになり、慌てて止めた。



「待って、これを使ってね」

「どうやって?」

「こうやるの」



 リアナは自分のスプーンを持ち、スープと野菜を乗せ、口に入れる。

 野菜の優しい味が広がり、ハーブがよく効いており、美味しい。


 リアナの動きを見て、スプーンの使い方を理解したようで、急いで口いっぱいに詰め込んでいるようだ。



「落ち着いて、よく噛んで食べてね。まだ、たくさんあるからね」



 返事の代わりに、ゆっくりと口いっぱいに詰め込んでいく姿に笑ってしまう。



「リアナに子供ができたら、こんな感じか…」



 ダリアスの少し寂しそうな呟きは、リアナは聞こえなかった。



「ぶっ!」

「あ、もうハル。なにしてるのよ」



 だが、ハルには聞こえたため、我慢ができず噴き出す。

 リアナに口の周りを拭かれているハルを少し睨み、ダリアスは食事を再開する。


 子供は口いっぱいにあった具材をよく噛んで飲み込み、満面の笑みになった。



「おいしい!」

「よかった」

「いつも通り美味しいが、今日のポトフは世界で一番美味しく感じる」

「もう、お父さん。大げさよ」

「僕もおいしくて幸せ〜。リアナ、おかわり!」

「ふふ、よかった。待っててね」



 リアナはご機嫌で、鍋に残るポトフを追加で子供とハルのお皿によそう。

 

 食べ終えた食器を台所に運び、食後のお茶の用意をする。



「お父さんはエールでいい?」

「それで頼む」

「じゃあ、ふたりにはホットミルクね」

「ありがとう!」

「熱くしすぎないでね」



 リアナは自分用に紅茶、ハルと子供にはホットミルク、ダリアスにエールを用意し、お盆に乗せるとソファーの前にある机に置いた。



「きょうね、まほうでそうじしていたの。すごかった!あとね、かべがきれいになってた。あれも、かっこよかった」

「そうか。楽しかったか?」

「うん!はじめてみた!」



 子供の会話を楽しく聞きながら、見守っていたダリアスが疑問を口に出す。



「そういえば、この子の名前は?」



 ハルと顔を見合わせ、今日の出来事を思い出し、少し笑いながら、説明する。

 その出来事に大きく声を出し笑いながら、ダリアスは子供の頭を撫でる。



「そうか。『かわいい子』か」

「そうだよ!」

「しかし、外で呼ぶには、少々照れるな」



 ダリアスは外で子供を呼ぶのを想像したのか、頬をかきながら、少し考えている。



「だめなの?」

「だめではない。とても素敵な呼び名だが、そういうのは家の中で呼びかけることが多い」

「そうなの?」

「じゃあ、名前つけてあげれば?仮のだけど」



 安心した子供の横で、ハルがミルクを口の周りにつけながら提案した。

 その提案はいいのだが、その口の周りのミルクをどうにかしなければ。

 リアナはタオルを取ってきて、ミルクを拭いてあげながら、ハルの言葉を父に説明する。



「ハルが名前をつけてあげたらどうかって」

「それもいいかもな。なにがいいだろう」

「ぼくのなまえ、つけてくれるの?」

「仮の名前だけどね」



 楽しみにニコニコとこちらを見て笑う子供のために、仮のだが、子供の名前について考える。



「僕がハルだから、ナツって名前にする?アキでもフユでもいいよ!」

「それは季節の話でしょう。却下」

「え〜。けち!」



 そんな安易な名前の付け方はできない。

 ハルは少しふてくされながら、ミルクを飲む。

 その頭を撫でていると、父が口を開く。



「では、春から連想して、他国語で考えるか。たしか、エアルやヴォールといった単語もあるな」

「それだと、ハルがふたりになるでしょう。ハルとかわいい子は別なのだから、関連させなくていいと思うわ」



 色々意見が出るが、なかなか良いのが浮かばない。

 ふと、リアナの頭に浮かんだ言葉を口に出す。



「……ルカ…」

「…ルカ。あぁ、他国の言葉で、光という意味の言葉だったか」

「僕はいいと思うよ。ルカって名前」

「俺も賛成だ。あたたかい光のような子になれるように。素敵な名前だな」

「ふふ、私もそう思う。ねぇ、ルカって名前はどうかな?」



 話し合っていた側は話がまとまり、子供の方を向く。

 だが、その渦中の子供の反応がない。


 もしかすると、気に入らなかったのかもしれない。

 新しく考え直すため、会話を再開させようとしたが、急に子供から声が上がった。



「ぼく、それきにいった!」

「いいの?」

「ぼくのなまえはルカ!よろしくね!」



 こちらに気を遣ってかと思ったが、嬉しそうに笑っている姿を見て安心する。

 そのあと、ルカは椅子から降り、ハルの元へ抱きつきに行き、ソファーに移動してふたりでなにか話していた。


 ふたりの様子を見届け、その間にみんなが飲み干したカップを片付け、先に台所で皿を洗っている父の元へ行く。



「今日はありがとう」

「いや、こちらこそ。賑やかで、楽しいな」



 ハルとルカの楽しそうな様子がキッチンまで聞こえ、二人で笑う。

 明日からも仕事は大変だが、いくらでも頑張れる気がする。


 リアナは洗った食器を風魔法で乾かして片付けると、明日の用意をして、子供と一緒に歯磨きをする。



「おやすみなさい、お父さん」

「おやすみ、リアナ、ハル。そして、ルカ」

「おやすみ〜」

「おやすみ、ダリアス!」



 寝る前の挨拶を終わらせ、久しぶりに自分の部屋に入る。

 相変わらず、綺麗に掃除されていて、父の気遣いにちょっと嬉しくなる。



「これ、ぼくのベッド?」

「そうね。ここで寝てね」

「やったぁ!」



 父は物置に仕舞っていたベッドを、自分の部屋に組み立て、ルカの寝床を整えてくれたようだ。

 本当に頼りになる父である。



「このガラス、きれい」

「ありがとう。お母さんの宝物よ」

「へ〜。たからもの…」



 部屋のベッド、その横に置かれたサイドテーブルには、ガラスでできた小さな卓上ランプがある。

 美しい花がデザインされている卓上ランプは、母の形見であり、自分にとっても宝物である。


 その卓上ランプに光を灯し、部屋全体を照らしていた照明を消す。



「おやすみ、ルカ、ハル」

「おやすみ、リアナ」

「おやすみ〜」



 ルカをベッドに寝かせ布団を整えると、ハルはルカと一緒に寝ようとくっついて丸まる。

 少しすると、規則正しい寝息が聞こえだし、リアナも眠りについた。



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