125. 推薦者とおすそわけ
少し長引いた話がやっと終わり、リアナは小さく息を吐いた。
「今の方、なかなか話を切り上げてくれませんでしたね。少し困りました」
「そうだな。俺はいいが、リアナは握手を求められても、絶対に応えてはだめだ。それは、約束してくれ」
「わかりました、約束します」
公爵家の当主とその息子。
当主はフーベルトと話し込み、その間、令息の相手をしていたのは自分だ。
その令息が、自分をやたらと褒め、握手を求めてきた。
それに困っていると、フーベルトが代わりに握手をしてくれたので、本当に助かった。
だが、フーベルトと握手をした後、その令息の顔色が悪くなっていたが、その理由はわからない。
次の相手を待つ間、呑気な声が耳に入った。
「ただいま〜」
「お団子を持ってきたよ!」
言葉の通り、お皿の上に山になっているお団子は、とても美味しそうだ。
だが、それで話を逸らされるわけにはいかない。
リアナは中腰になると、ふたりにしか聞こえない声で話す。
「ハル、ルカ。どうして置いていくの。寂しいじゃない」
「大丈夫でしょ。フーベルトがいてくれたんだから」
「師匠がいれば、大丈夫だよ」
「それはそうだけど…」
その言葉に、隣に立つフーベルトをこっそりと見る。
いてくれて助かったが、今回はハルとルカも名前を出されているのだ。
できれば、そばにいて欲しいところではある。
目が合うと優しく微笑んでくれたフーベルトに、リアナは笑みを返す。
「おかえりなさい、ルカさん。ハルさん」
「ただいま、師匠。お団子、食べる?」
「リアナの隣に立てて、嬉しかったでしょ?今回だけだからね」
「挨拶がまだありますので、後で一緒に食べましょう。今日のことは、一生の思い出になりそうです」
一生の思い出になる。
だが、それはきっと自分も同じ。
正装を着て、今までで一番かっこいいフーベルトの隣に立てるのは、これで最後だろう。
このまま貴族に籍を置くのかはわからないが、その可能性はないわけではない。
今日の名乗りは、フーベルト・ノイエンドルフ。
公爵家として名乗っている。
もう絵を見れないと思うと、少しだけ、いや、かなり寂しい。
「リアナ」
少し落ち込んで会話を傍観していると、自分の名前が聞こえた。
その声に、リアナはカーテシーをする。
「アイリスお姉様。お会いできて嬉しいです」
「おめでとう、リアナ。そして、今日も素晴らしいわね」
「ありがとうございます」
アイリスが褒めたのは、所作のことだろう。
クレアとの授業が生かされているようで、なによりである。
アイリスの隣、同じように嬉しそうな表情をするマルクスにも笑みを返す。
「リアナ嬢、おめでとう。兄として、誇らしいよ」
「マルクスお兄様、ありがとうございます」
兄として。
少し恥ずかしいが、嬉しい気持ちが大きい。
マルクスとアイリスは顔を見合わせて笑うと、自分の隣に立つフーベルトを見た。
「さて、名乗ってもらおうか。リアナ嬢の隣に立つことを許された殿方に」
「そうね。貴方の名乗りを聞きたいわ」
もう、フーベルトの名前は知っているはずだ。
だが、今日の名乗りはいつもとは違う。
そのための声かけだろう。
フーベルトは右手を左胸に当てると、二人に挨拶をする。
「私の名前は、フーベルト・ノイエンドルフ。アンドレイ様の甥にあたります」
「そう。ふふ。面白いことになったわね」
「そうだね。私のかわいい妹をよろしく頼むよ」
「謹んで、お受けいたします」
楽しそうに笑う二人に、リアナも少しだけつられて笑う。
リアナが笑ったのに気付き、アイリスは目を合わせた。
「リアナ。国を代表する建築士、それに推薦させてもらったわ。他にもいるけど、それには見当がついているでしょう?」
「はい。しかし、どうしてこうなったのか、理解しかねておりまして」
やはり、マルクスとアイリスも推薦した人物であった。
他に思いつくのは、シュレーゲル侯爵家とベーレンス伯爵家。
だが、三つの推薦だけでは、今回のようなことにはならないはずだ。
他の人物について聞きたいが、今は時間がない。
「なら、推薦理由を私が教えましょう。ガラスの功績。あれは、リアナの功績として発表されたわ。正確に言えば、リアナと召喚獣の名前でね」
「え?」
聞き間違いだろうか?
商会として発表されたものが、自分の名前で発表されているなど、一切知らない。
リアナが固まったのに気付き、マルクスは少し楽しそうに笑った。
「その様子だと知らないね。これに選ばれる条件、今回は国の発展に貢献するに該当した。あのガラスは、国の風景を変えるからね」
「また一段と、美しい街並みになるでしょう。それを今後、楽しみにしているわ」
たしかに、あのガラスで風景は変わるかもしれない。
だが、王都だけの話である。
それは自分も楽しみだが、それは一時的なものではないだろうか。
自分が選ばれるほどの功績ではない気がする。
「リアナ。貴女、自信がないでしょう。選ばれるほどの実力はないと」
「…はい。年齢も若く、今回のことも運よく作れただけですので」
「そう。なら、自信を持ってもらわなければね」
アイリスはそう言うと、マルクスを見た。
そのマルクスは美しい所作で、リアナの右手を取り、優しく握った。
「リーゼンフェルト公爵家の名に於いて、リアナ・フォルスターに言葉を贈ります。貴女のガラスは、国を代表する建築士になるのに、相応しい功績と実力を持ちます。それを、私が保証いたしましょう」
少しだけ声を張って、他の人にも聞こえるように紡がれた言葉は、自分だけに贈られたマルクスの気遣い。
「マルクス、お兄様…」
公爵家の名前で宣言した言葉は、生涯取り消すこともできず、ここにいる者が、見届け人となった。
その優しすぎる気遣いに、泣いてしまいそうだ。
少しだけ表情が崩れかけたリアナに気付き、アイリスはリアナの左手を両手で包む。
「リアナ。貴女は私達の自慢の妹。自信を持ちなさい」
「アイリスお姉様。ありがとうございます」
ガラスの功績を誇ってもいい。
そう言ってくれたギルバートやマルクス、アイリスには、一生かかっても恩を返せない気がする。
リアナが笑ったのを確認し、マルクスは手を離すと、中腰になる。
「ルカも楽しんでいるかい?」
「はい、マルクス様。お団子、食べますか?」
「ふふ。じゃあ、もらおうか」
「アイリス様も、お団子どうぞ」
「まぁ。ありがとう」
ルカは持ってきたお団子を二人に渡す。
それを二人は食べると、目の前から去っていった。
公爵家はリーゼンフェルト公爵家で最後。
次に続くのは侯爵家。
その先頭に並んでいたギルバートは、今日はカロリーヌを連れている。
「リアナ。本日はおめでとう」
「リアナさん、おめでとう。私、嬉しいわ」
「ギルバート様、カロリーヌ様。ありがとうございます」
見知った人物であるだけで、本当に気が楽だ。
リアナはカーテシーをすると、姿勢を正す。
ギルバートは楽しそうな目を、フーベルトへ向けた。
「フーベルト。今日は一段と素敵だな。アンドレイの見立てだろう」
「はい。有難いことに、用意してくださいました」
「エドモンドは残念だっただろう。いや、あいつのことだ。隠れて会場内にいる気がするな」
「はい。エドモンド様は、隠れて見守るとおっしゃってました」
エドモンドはこの会場にはいるらしい。
だが、正式な参加ではなく、お忍びできているのだろう。
ギルバートに自分の捜索にあたり、エドモンドにも協力を得たと聞いている。
できれば今度、お礼の挨拶をしたいところではある。
リアナが少し考えていると、カロリーヌは一歩近づき、静かに声をかけてくれた。
「初めてのことで不安でしょう。なにか聞きたことは?」
「いえ。カロリーヌ様が来てくださっただけで、心強いです。お気遣い、ありがとうございます」
「いいのよ。リアナさんは大切な娘だもの」
今日も優しく微笑んでくれるカロリーヌに、リアナは笑みを返す。
その横、ギルバートは楽しそうな目を、ふたりに向けた。
「ルカもハルも、楽しんでいるな」
「ギルバート様。先程はありがとうございました。お団子どうぞ」
「ありがとう。カロリーヌもどうだ?」
「えぇ、頂きたいですわ。ルカさん、私もいいかしら?」
「カロリーヌ様もどうぞ!」
皿に盛られたお団子が、また少しだけ減った。
もしかして、このまま来た人に渡し続けるのだろうか。
二人はお団子を受け取ると、リアナを見る。
「自信はついたか?まだなら、私もマルクスと同じことをするが」
「いえ、大丈夫です。私は、ギルバート様の自慢の建築士ですから。それだけで、十分幸せなことです」
リアナの笑みに、ギルバートは片手で顔を隠す。
そして、ゆっくりと隣のフーベルトを見た。
「あー、フーベルト。今日は朝からこんな調子だ。熱があるのではないか?」
「これがリアナの素です。ここまで見せてくれるようになったということは、とても信頼されている証拠なのですが。こういった言葉はやめてもらいたいですか?」
「……いや、このままで。慣れるまでに時間はかかりそうだが、それも楽しもう」
顔を隠したままなのでわからないが、自分の発言に気をつけなくていいようだ。
今では嬉しそうな表情で笑うギルバートにつられて、リアナも微笑む。
「では、リアナ。また後で」
「はい、ありがとうございます」
「ハルとルカは一緒に行こう。特別に、王城でしか食べられないスイーツを教えてあげよう」
「ありがとう、ギルバート!」
「ありがとうございます、ギルバート様!」
ハルとルカは嬉しそうに笑うと、ギルバートについて行く。
王城でしか食べられないスイーツ。
自分もぜひ食べたいのだが、ここから離れるわけにはいかない。
「まだ続きそうですが、どうにか乗り切りましょう」
「そうですね。クッキーのためです」
二人で顔を見合せて、小さく笑う。
次に並ぶ人と向き合い、リアナは挨拶を続けた。
・・・・・・・・・・・・・・
「リアナ。だいぶ頑張っているね」
「そうね。今度、褒美を用意するわ」
「ありがとうございます。これも全て、お二人のおかげです」
やっと侯爵家との挨拶を終え、伯爵家になった。
その先頭、レオンとクレアに挨拶をする。
「さて、フーベルト。いや、ここではフーベルト様と呼ぶことにしようか」
「いえ。敬称はなしでお願いします」
「そうか。では、私のことも敬称はなし。これからは丁寧な言葉も不要だ」
「ありがとう、レオン」
名乗り上の爵位で考えれば、レオンが正しい。
だが、互いに許可を出しているのなら、問題はないだろう。
二人の会話を見守っていると、クレアが手を優しく包んだ。
「なにか聞きたいことはある?今なら説明できるわ」
「ありがとうございます。では、推薦がいくつあれば、国の代表になりますか?」
「最低、五つあれば。相手を知っておきたいの?」
「できれば。三つはわかるのですけど、残り二つがわかりません」
「そう。一つはノイエンドルフ公爵家。もう一つは、後でわかると思うけど、聞いておく?」
「お願いします」
ノイエンドルフ公爵家ということは、最初に挨拶したアンドレイが推薦をしてくれたのだろう。
エドモンド様が気を利かせてくれたのか、フーベルトに関連することだからなのか。
そのことについても、しっかりとお礼を言いたい。
だが、残る一つがわからない。
クレアが耳元に近付くので、リアナもそれに合わせて、体を近づける。
「国王陛下よ。後で、別室に呼ばれているから、同席はフーベルトとダリアスを。ギルバート様も頼めたら頼みなさい」
「こ、国王陛下…?」
予想もしなかった相手に、声が震えた。
きっと表情も作れていないが、許して欲しい。
「リアナ、そんな表情しないで。ギルバート様がいれば、大丈夫だから」
「え…えぇ、そうね。頑張るわ…」
小さく話し合い、リアナは一度、目を瞑る。
深呼吸をすると、再び、綺麗な笑みを作った。
「本日はお祝いの言葉、ありがとうございました。これからも素晴らしい建築士になれるよう、精進して参ります」
「あぁ。また、今度ゆっくりと話そう。リアナは私のかわいい生徒だからね」
「そうね。また、一緒にスイーツを食べましょう」
しかし、その場から去ろうとする二人の手は掴まれ、立ち止まった。
その掴んだ本人は、少し息を切らしている。
「ま、間に合った…」
「よかったね。僕の背中に乗せてあげたのに」
「今日は自分で頑張るの」
ギルバートと共にスイーツを食べに行ったはずのハルとルカは帰ってきて、今は息を整えている。
それに笑みを向けて、レオンとクレアは待っている。
「レオン、クレア。お団子をどうぞ」
「まぁ、ありがとう」
「わざわざ、お団子を分けに来てくれたのかい?ありがとう、ルカ」
「おいしいものは分け合うの。幸せのおすそわけ!」
ルカは満足そうにお団子を渡すと、ハルと共にまたどこかへ行く。
きっと、ギルバートの所に戻ったのだろうが、なぜお団子を渡しに来たのか。
「ふふ、ルカったら」
なんだか少しおかしくて、リアナは笑う。
そのリアナの姿に、クレアは小さくため息をついた。
「リアナ。お願いだから、気を抜かないで。その笑顔は目に毒なの」
「え、気をつけるわ。そんなに変な表情をしてたのね」
「うーん、そうではないのだけど…。フーベルト、よろしくね」
「私からも。リアナを頼むよ、フーベルト」
「はい、気をつけます」
フーベルトと二人はしっかり頷きあうと、今度こそ、その場から去った。
なんのことかわからないが、気を抜いてしまったのは確かだ。
リアナは笑みを作り直すと、終わりの見えた列に、挨拶を続けた。




