123. 儀式と名乗り
重厚な扉。
一人では決して開けることができない扉の前に立ち、リアナは小さく息を吐く。
「お名前をお願いします」
「リアナ・フォルスターと申します。そして、召喚獣のハルとルカ・フォルスターです」
「ようこそお越しいただきました。そして、おめでとうございます」
その言葉と共に騎士服の男性に会場への扉を開かれ、鮮やかな世界が目に入る。
「リアナ・フォルスター、ルカ・フォルスター、聖獣ハル、入場」
入場の際、誰が来たかわかるように、名前を告げるとレオンの授業では聞いた。
しかし、そこまで大声で言わないでほしい。
珍しい組み合わせ、しかも貴族ではないため、完全に目立っている。
リアナは姿勢と歩き方に気を付けつつ、ハルとルカに挟まれて、前へ進む。
視界に広がるのは、煌びやかな美しい装飾に、色とりどりに着飾った人々。
会場中央で一際目を引く、大きく豪華なシャンデリアが、美しく光り輝いている。
本当なら美しい装飾について、心行くまで楽しみたいのだが、それはできそうにない。
会場内を少し歩くと、窓際にいる父を見つけた。
まっすぐとそこへ行き、少しその背中に隠れる。
「お父さん、ちょっと隠れさせて。視線が…。お父さん?」
背中に隠れ、声をかけたのだが、父は振り返ることはなく、微動だにしない。
その様子に、ハルはほっぺに前足を当てた。
「あちゃ〜。これはだめだね。ルカ、突撃〜」
「おとーさん、しっかりして」
ルカが脚に抱きついたことにより、固まっていた父は動き始める。
そして、頬をかくと、リアナをしっかりと見た。
「…すまない、ルカ。ハルもルカもよく似合っている。リアナは今日は一段と美しいな」
「ありがとう。私もそう思うわ。魔法がかかっているみたい」
「魔法ではない。リリーによく似て、リアナは綺麗に成長したからな」
「そう。そうだと嬉しいわ」
視線を会場へ戻し、人々の様子を眺める。
玉座までの道には、金色の縁取りが施された美しい深紅の絨毯が引かれており、挨拶へ向かう人も次第に落ち着きを見せている。
挨拶を済ませた人は、壁際にあるテーブルに乗る、芸術品のような食事達を楽しみながら、歓談しているようだ。
「あそこにクレアとレオン。それに、アイリス様とマルクス様もいるよ」
「ギルバートもあそこにいるね」
その声に従い、同じ室内の中に見知った顔もちらほらいるのを確認した。
だが、ここは正式な場。
あちらから声をかけられなければ、会話はできない。
ふと、前を見ると、父が嬉しそうな表情でこちらを見ていることに気付いた。
「リアナ、笑いなさい」
自分にしか聞きとれないように小さな声で囁かれ、リアナは自身の引きつった笑みに気付き、頬を両手で覆う。
緊張で気にする余裕が無いのだが、周囲に気付かれぬように深呼吸をして、少しでも落ち着こうと試みる。
「リアナ・フォルスター、前へ」
その言葉と共に、人混みは綺麗に別れ、リアナの前には絨毯への道ができた。
それに固まっていると、父の手により背中を押され、ゆっくりと歩き始める。
絨毯の先、自分達が立っている会場の上段で、この国の王が玉座に腰掛けている。
それを確認し、リアナは召喚獣と子供を従え、陛下の御前で立ち止まった。
「只今より、勲章の授与を行う。まずは、国王陛下の言葉である」
城の広間に集められた人々を見つめ、国王が静かに立ち上がる。
途端に静まり返り、皆が王の言葉を待つ。
王城内だけではなく、王城の前に集まっている城下の民達にも伝えるべく、魔導拡張器に魔力を流し、王は静かに宣誓した。
「リアナ・フォルスター。汝を我が国の建築士の代表として認める」
縁がないと思っていた王城の会場内、しかも言葉を交わすことも畏れ多い国王陛下からの言葉を、真正面から受ける。
言葉を発していい許可はまだ得ていないため、了承の意味を込め、リアナは最敬礼のカーテシーをする。
もしかして、このためにクレアはこのカーテシーを教えたのかもしれない。
そんなことを思いながら、リアナは姿勢を保つ。
「国の建築士の代表だって」
「すごいことなの?」
「そりゃあ、もう」
背後で交わされるふたりの会話が聞こえ、リアナは表情を崩さないように、笑みを保つ。
国の建築士の代表となれることは、大変、喜ばしいこと。
この道へ進む人ならば、一度は自分も選ばれてみたいと、誰もが思うことである。
だが、自分には、それに似合うほどの実力を持っていない。
「リアナ・フォルスターは此度の功績により、国を代表する建築士になるように、複数の貴族から推薦を受けた」
功績とは?
というか、推薦って、なんですか?
それが聞けたら、疑問は解決するのだが、今は聞く権利はない。
複数ということは、自分のよく知った人物が、推薦をした可能性が高い。
それについては、後でしっかりと説明をしていただきたい。
「他国を出向き、多くを学び、交流を深めよ」
他国に出向く。
それは、絶対に行くことになっているのでしょうか?
正直、学院の頃に軽く学んだが、他国の言語はあまり得意ではない。
言葉の壁は、気持ちで乗り越えろということだろうか。
父の時には無かった制度に、リアナは疑問しか浮かばない。
「歴代で一番若いが、それに見合うだけの実力を持ち合わせている」
最年少記録になってしまったようだ。
たしかに、21歳は若すぎる。
いままで選ばれてきたのは、熟練度の高い建築士達。
その中に、実は自分の父もいるのだが、選ばれた時の年齢は、30代前半。
その時も最年少記録だったのだが、父を超えてしまうらしい。
「また、聖獣ハルには、騎士の称号を与える」
聞こえた名前に、斜め後ろの様子を盗み見る。
騎士の称号を貰ったハルは、ご機嫌でしっぽを揺らしている。
顔つきも、どこか誇らしげだ。
「ハル、いいな〜」
「でしょ〜」
嬉しそうなハルの横、ルカは羨ましそうに言葉をこぼす。
その表情も、続く言葉にすぐに笑顔に変わった。
「ルカ・フォルスターは、リアナ・フォルスターの助手として、一緒に世界を巡りなさい。この世界は、とても広いのだ。それを、感じてくるといい」
ルカは自分と一緒についてくる。
ということは、自分とハル、そしてルカが一緒に国外に出るということだろうか?
「助手だって!助手って、なに?」
「リアナのそばで支えることだよ。迷子になっちゃうからね」
「迷子にならないように、しっかり手をつないでおくよ」
ルカの言葉に、周囲の人が小さく笑う声が聞こえる。
待って。
その言い方だと、自分が迷子常習犯みたいな感じに、誤解されるから…。
「続いて、国を代表する建築士となった建築士リアナに授与する品物について、目録を読み上げる」
なにか貰えるのは嬉しいが、その量がおかしい。
読み続けるその量に、少しだけ引きながら、リアナは横に聞き流すことにする。
いつの間にか終わった目録に、国王はグラスを持ち上げた。
「新たな国の建築士の代表が生まれたことを祝い、祝杯とする。各自、好きに歓談せよ」
その言葉と共に、この不思議な式典は、終わりを告げた。
相変わらず、選ばれた理由がわかっていない。
だが、その原因である方々と会話ができそうだ。
「…え?」
姿勢を正して、後ろを確認したリアナは驚く。
いつの間にか、ハルもルカもいない。
しかも、先程までふたりがいた場所に、人々が並び出している。
きっと、この並びは爵位順だ。
最初に高位貴族から挨拶していき、進むにつれて、爵位が下がる。
ということは、公爵家から始まる。
比較的早く、アイリスとマルクスに挨拶ができそうだ。
そこまでは、とりあえず頑張ろう。
そう考えてリアナが笑みを作ると、列の先頭、赤髪の大柄な男性と目が合った。
美しい所作で挨拶をしてくれる男性に、リアナはカーテシーを返す。
「お初にお目にかかる。私はアンドレイ・ノイエンドルフ。国を代表する建築士の誕生に立ち会うことができ、光栄である」
「お初にお目にかかります。私、この度、国を代表する建築士になりました、リアナ・フォルスターと申します」
この方が、ノイエンドルフ公爵家の現当主。
フーベルトに、どことなく少し似ている。
アンドレイは少し笑みをこぼすと、一歩後ろにいる人物を前に出した。
「こちらは私の甥である。挨拶をさせてやってくれ」
「私、フーベルト・ノイエンドルフと申します。ここで貴女にお会いできて、光栄です」
フーベルトが、いる。
驚きで止まったリアナに、アンドレイは少し楽しそうに笑うと、言葉を続ける。
「先程までは頼り甲斐のある護衛がいらっしゃいましたが、今はお一人で不安でしょう。ここからは、隣にフーベルトを立たせます。なにかあれば、フーベルトに」
「お任せください。隣に立つ許可をいただきたく思います」
「……お気遣い、ありがとうございます。こちらこそお願い致します」
ここからは、隣に立ってくれる。
それだけでどれほど、心強いだろう。
フーベルトのおかげで、緊張が何割かマシになった気がする。
フーベルトはアンドレイの一歩前に立つと、声を潜めて話しかけてくる。
「リアナ。大丈夫、そばにいる」
「ありがとうございます。ルカもハルも、いつの間にかいなくなりまして…。正直、緊張で震えそうでした」
「そうか。堂々としているから、平気なのかと思ったよ」
「これは、教育の成果です。でも、フーベルトがいれば大丈夫ですね」
そう見えていたのなら、どうやらやり切れているようだ。
ふたりがどこに行ったかわからないが、一人ではなくなった。
そのことに安堵し、自然と笑みが溢れる。
「…そうか。俺も緊張するが、共に頑張ろう。今日のご褒美は必要か?」
「では今度、一緒にお菓子を作りましょう。クッキーは好きですか?」
「あぁ、好きだ。楽しみだな」
クッキーならルカも作れる。
それに、一緒に型を選ぶのは楽しそうだ。
そのことを少し楽しみにして、乗り切るための笑みを作る。
その笑みに対し、フーベルトはリアナの隣に立つと、アンドレイを見た。
「私は国王の元へ戻る。しっかりとお守りするように」
「お任せください。隣に立たせて頂く名誉を感謝いたします」
リアナが笑顔で応えると、アンドレイは満足そうに去っていく。
少し視線をずらすと、人がまばらな壁際の机で、ふたりで仲良く、デザートを食べている姿が見えた。
羨ましいが、今はどうにか挨拶を乗り越えなければ。
そう決意すると、次に並ぶ人との挨拶に臨んだ。




