122. ドレスと説明
王城内の敷地に入り、馬車の速度が落とされていく。
どうやら、そろそろ到着しそうだ。
ギルバートは外を確認し、視線をこちらに戻す。
「今日のことは頑張れるな。私はここまでだ」
家にまで迎えにきてくれたので、会場まで一緒だと思っていた。
急に心細くなって、つい本音をこぼしてしまう。
「…ギルバート様は、いてくれないのですか?」
「そうです。僕、ギルバート様が一緒だと思っていました…」
「ギルバート。一緒に行こうよ」
ハルもルカも、自分と同じ気持ちなようだ。
祝い事だとしても、急に呼ばれて、初めての場所に放り出されるなど、平常心を保てそうにない。
そんな自分達の様子を見て、ギルバートは少し困ったように笑う。
「そんな寂しそうな表情をするな。私が悪いことをしているみたいではないか」
案内人がいるのだろうが、よく知ったギルバートがいてくれた方がいい。
わがままになるかもしれないが、お願いするしかない。
リアナが話すより先に、ハルはギルバートにくっつく。
「僕、ギルバートがいる方が安心できるな〜」
「僕も。このままギルバート様と一緒がいいです」
「私もです。ギルバート様がいれば、安心できます」
リアナ達の言葉を聞いて、ギルバートは固まった。
だが、今ではとても嬉しそうに笑っている。
「わかった、わかった。だが、途中までだぞ」
「ありがとう、ギルバート!」
「ギルバート様、ありがとうございます!」
「お気遣い、ありがとうございます。ギルバート様がいてくれるだけで、心強いです」
どうやら、お願いは成功したようだ。
そのことに安堵し、ハルとルカと顔を見合わせて、少し笑い合う。
「全く。しょうがないな。ほら、行こうか」
ギルバートの言葉と共に、馬車は止まる。
そして、扉を先に降りたギルバートは、先程、家まで迎えに来ていた男性に驚かれている。
「え、ギルバート様。このまま馬車で移動するのでは?」
「皆が心細いと言うのでな。途中まで、送ってくる」
「…本当に、好かれていたのですね…」
どうやら、まだ疑われていたようだ。
だが、ギルバート様もからかう相手は選んでいる…はずだ。
そのため、きっとこのお方も、父と同じようにかわいがられているだけなのだろう。
少しだけ同情はするが、それには自分で気付いた方がいい。
「では、行くか。かわいい娘よ」
「ふふ。よろしくお願いします」
いつものように冗談を言うギルバートに笑い、リアナは少しだけ緊張が和らいだ。
王城内、忙しなく動く人混みの中、ギルバートがいるだけで道ができていく。
そのことに感心しながら、父のことを思い出す。
「そういえば、父を知りませんか?朝から姿を見ないのです」
「ダリアスは先に回収した。もちろん、会場内にいる」
どうやら用事でいなかったわけではなく、ギルバートに連行されたようだ。
回収された父は、きっと自分と同じように混乱しているはず。
だが、同じ会場にいることがわかって、少し安堵する。
「それは良かったです。父だけ仲間外れではないのですね」
「そうだな。さて、今度こそ私はここまで。次は、彼女が一番いいだろう」
彼女?
少し疑問に思っていると、ギルバートは許可を得ることなく、扉を開けた。
そこに見知った姿を見つけて、リアナは自然と笑顔になる。
「では、クレア嬢。ここからは任せるぞ」
「お任せください、ギルバート様。お引き受けいたします」
クレアは姿勢を正し、ギルバートに言葉を返す。
貴族のクレアは、ここまで凛として美しいのか。
リアナがクレアに見惚れていると、ギルバートは満足そうにうなずき、部屋から出ていく。
その姿を扉が閉まるまで見届けていると、クレアに満面の笑みを向けられた。
「リアナ。待ってたわ。これ、素敵でしょう!」
「え、えぇ…。素敵だと思います…」
クレアが手に持つのは、一着のドレス。
たしかに素敵ではあるが、それはどう考えても、自分しか着る人間はいない。
この頃、会うたびにされていた測定の理由は、このためだったのか。
「ハル様、ルカ様。お召し物の用意はあちらでいたします。ついて来てください」
「はい、お願いします。じゃあね、リアナ」
「僕、かっこよくしてね。とっても期待してるから」
少し考え込んでいると、他のメイドによって、ハルとルカは移動させられていく。
そのリアナの手を取り、クレアは歩き始めた。
「今は時間がないの。急ぎましょう!」
「え、はい」
部屋の中を移動しながら、クレアに声を潜めて尋ねる。
「クレア、あの。私、どうしてこうなっているか、わからなくて…」
「えぇ、そうね。人生、そういうものよ」
「そういうものって…。見せられた書状に、私の名前があったの。どうしてか知ってる?」
「まぁ、それなりに」
「じゃあ、教え」
「でも、今は話す時間がないの。国王陛下が貴女をお待ちだから。急いで用意しなきゃいけないから、言われた通りにしててね」
国王陛下が自分を待っている。
その言葉で、胃の痛みを感じて、リアナは黙った。
「リアナ様。今日は他にもメイドはいますので、なにかご要望があればおっしゃってください。そして、安心して、このソフィアに任せてください」
いつもより何割増しも嬉しそうに微笑んでいるソフィアに、思考を放棄する。
ソフィアの横、似たような笑みを浮かべるクレアに、リアナは聞くことを諦めることにした。
今できる笑みを浮かべ、ソフィアの方を向く。
「…全て、お任せします。よろしくお願いします」
「はい、喜んで!まずは、着替えましょう」
ソフィアの嬉しそうな言葉と共に、メイドによって手早く着替えさせられていく。
残念ながら、今日もコルセットをつけることになった。
その苦しさに耐えながら、今は化粧と髪にアレンジを加えられている。
「リアナ様。本日も大変美しいです」
全て終えたのか、ソフィアの言葉で席を立つ。
姿見の前に立つと、まじまじと自分を見てしまう。
「これが…私…」
豪華でありつつ、上品な雰囲気を醸し出すデザインの美しい藤色をしたドレス。
ソフィアによって化粧を施された自分は、ドレスに劣ってはいない。
自分の横、ソフィアと手を合わせて、クレアは嬉しそうにしている。
「そう!この日のために髪を伸ばしたと言っても、過言ではないわ。やはり、ゆるく巻いたのも似合うのね」
「えぇ、そうです。これがずっとしてみたかったのです!リアナ様のまっすぐと綺麗な髪もいいですが、ふわっとさせてみたかったのです!」
髪は緩く巻かれ、ふわふわして気持ち良さそうだった。
それをかわいくまとめられ、耳に光るピアスが目立つ。
「このピアス、もしかして」
雫型の赤色の宝石。
思い違いでなければ、フーベルトの髪の色に似ている気がする。
リアナがそれに気付いたのがわかると、クレアは笑みを溢す。
「そうよ。一人で立つより、安心できるでしょう」
「ありがとう。とっても頑張れそうだわ」
「よかったわ」
このピアスのおかげで、優しい友人がそばにいてくれる気がして、頑張ることができそうだ。
だが、この姿を見せることができなくて、少し残念な気持ちもある。
もう一度、鏡で全体を確認する。
このドレスの藤色は、母の色。
その母の色を纏った自分は、化粧とゆるく巻かれた髪のアレンジのおかげ、少しだけ懐かしさを覚える。
「今日のメイクと髪型のおかげか、お母さんによく似てる気がするわ」
「そうなの。じゃあ、リアナのお母様も綺麗な方だったのね」
「えぇ。私とは違って、母はくせ毛でふわふわしてて。花が咲いたみたいに笑う優しい母だったわ。その笑顔がとっても好きだったの」
「じゃあ、ダリアスの前で笑ってあげなさい。とっても喜ぶわよ」
「そうね。そうする」
きっと、この姿を見た父は、驚きで固まってしまいそうだ。
だが、喜んでくれるのはわかる。
鏡を見ていると、背後の扉が開く音がして、リアナは振り返る。
「ハルとルカも終わったようね。とっても素敵だわ」
クレアの言葉に、リアナはふたりを見る。
ハルは藤色の蝶ネクタイ、ルカは藤色のベストとパンツ。
とても似合っていて、かわいらしい。
「リアナ、とっても素敵だよ。いつものも素敵だけど、こっちのも僕は好きかな」
「ふわふわで、ハルとお揃いだね。僕は色がお揃い。綺麗だよ、リアナ」
「ありがとう。ふたりとも、とっても素敵よ」
ふたりに感謝を伝え、並んで立つ。
そして、こちらを見守っていたクレアは、扉の前に立った。
「さぁ、話す時間はないわ。私は先に入場するけど、リアナは扉の前で兵士に名前を告げてね。そうすれば、入れるから」
「待って。クレア先生、なにか気をつけることはありますか?」
会場への入り方や話し方、そういったものはクレアとレオンの授業のおかげでわかっている。
だが、こんなことは初めてで、正直不安しかない。
リアナの質問に対して、クレアは嬉しそうに笑った。
「ないわ。貴女は私の自慢の生徒よ。堂々としなさい」
「ありがとうございます」
自慢の生徒。
それなら、最後までそれを体現しなくては。
リアナは姿勢を正すと、笑みを浮かべる。
それを見て、クレアは少し困ったように笑った。
「しょうがないわね。ちょっとだけよ」
「ありがとう、クレア」
「もう。リアナはかわいいわね」
どうやら、笑顔が引きつっていたようだ。
抱きしめられて、緊張していた心が落ち着いてくる。
緊張するなという方が無理なのだが、それでも、どうにか授業の成果は見せたい。
体をゆっくりと離すと、クレアは優しく微笑んでくれる。
「少しは落ち着いた?」
「少しは。まだ現実味がなくて、ふわふわしてるけど」
「現実を受け止めるより、夢心地でいなさい。そうすれば、すぐに終わるから」
「…そうするわ」
こういうのは、真面目に受け止めない方がいいかもしれない。
そう考えて、少し気持ちが楽になった。
クレアは一歩離れると、雰囲気が変わり、美しいカーテシーをした。
「リアナ・フォルスター。貴女が国を代表する建築士になったことを、私は誇りに思います。これからも、活躍を期待しています」
「有難いお言葉です。これからも、精進して参ります」
嬉しい、けど、少し恥ずかしい。
そんな気持ちで言葉を受け、リアナは頭を下げる。
顔をあげると、いつものクレアと目が合った。
「じゃあ、行きましょう。会場の前までは一緒に行くわ。リアナがナンパされてはいけないし」
「それは、クレアに対しての話でしょう」
「もう。今日の貴女は一段と美しいのよ。もうちょっと、自分の魅力に気づいてほしいものだわ」
「クレアもとっても美しいわ。隣を歩けて、光栄よ」
「私も。隣を歩けて嬉しいわ」
部屋を出ると、会場となる広間まで並んで歩く。
学院の頃は許されたが、公の場で、大人になってから横を歩くことはできなかった。
だが、あの書状のおかげで歩ける。
まだ理解できていないが、そのことだけは感謝したい。
「では、私はここまで。応援しているわ」
「ありがとうございます、クレア様」
広間の前、少し距離を空けて立つ。
言葉を交わすと、クレアは扉の前で待っているレオンの元へ向かった。
二人が会場へ入場したのを見送り、ハルとルカの方へ振り返る。
「ハル、ルカ。今から中に入るのだけど、堂々と歩きましょう。私も頑張るから」
「こんな特別なことは、初めてだからね。一緒に呼ばれて、嬉しいよ」
「僕も。一緒に呼ばれて、嬉しい」
今回の呼び出しは、自分とハル、そしてルカである。
その理由もこの会場でわかるだろうが、かなり緊張している。
だが、せっかくの祝い事なのだ。
少しでも立派な姿を、友人にも、父にも見せたい。
「行きましょう」
リアナはゆっくりと扉の方へ歩く。
その後ろに、頼れる相棒と今年の春から増えたかわいい家族を連れて。




