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121. 急な訪問者



 あれから、事務仕事とガラスの製作の手伝いで、商会の作業部屋かルイゼの工房で仕事をする日々が続いていた。


 今日は商会自体が休みなのだが、朝から父の姿は見えない。

 なにか用事があるのだろう。

 少し気になるが、自分にも大切な用事がある。



「今日はどうするの?」

「今日は予約した本が取り寄せられたって連絡が来たから、本屋さんに行きたいの。ついて来てくれる?」

「もちろん。一緒に行くよ!」



 先日、本屋から商品を入荷したと知らせが届いた。

 前回予約して時間はかかったが、その時間さえも楽しみであった。

 リアナは届いた引換券を、ご機嫌で手に持つ。



「じゃあ、本屋さんの帰りに、屋台に行こう。そこでご飯とお菓子も食べようね」

「りんご飴、焼き菓子、クッキー、クレープ、ケーキ!」

「ハル、楽しそう。今日もりんご飴あるかな?フルーツ串のいちごも美味しかった!」

「きっと他にも、今の季節しかないものもあるはずよ。楽しみね」

「楽しみ!」



 今日は天気が良いため、屋台もやっているだろう。

 ハルはずっとなにか楽しそうに呟いているが、それを全て買うと財布がすぐに軽くなるので、少しは遠慮してほしい。

 だが、楽しみな気持ちは同じだ。

 季節が夏に近づいてきたので、冷たいスイーツもあるはず。


 昼食とスイーツを楽しみにしながら、準備を済ませていく。



「準備はできた?」

「できた!」

「完璧だよ。早く行こ」

「そうね。とても楽しみだわ」



 準備が完了したので、玄関のドアを開けようとする。

 しかし、窓の外を見ていたハルから、制止の声がかかる。



「ねぇ、待って。外に、変な人達がいる」

「変な人?」



 ハルの横に並び、リアナも窓の外を隠れて覗く。


 黒い正装に身を包む男性とその周りにいる人々に、自分は見覚えがない。

 変な人と言われてもしょうがないが、年齢的にも父に近そうだ。

 きっと、父に用事なのだろう。


 ルカはリアナの横で一緒に外を見ると、不安げな表情(かお)になる。



「リアナ、もしかして悪いおばけ?」

「いえ、人間よ。でも、今日は人が来る予定は聞いてないのだけど…」

「任せて。倒してくればいいんだね」

「ハル、それはしなくていいから。ルカのそばにいて。きっと、お父さんに用事でしょう。伝えてくるわ」



 とりあえず、あのまま外に立っていられたら、とても目立つ。

 そう考え、リアナは玄関のドアノブを握る。



「何かあれば、すぐに行くから」

「僕もリアナを守るよ。任せてね」

「ありがとう、ふたりとも」



 ハルの心配性はいつものことだが、ルカもよく似てきた気がする。

 これではどちらが保護者かわからなくなりそうが、ふたりの気遣いは嬉しい。


 リアナは笑うと、ドアを開け、敷地の外で待つ男性の元へ向かう。



「お伺いしたいのですが、よろしいでしょうか」

「なんでしょうか。お答えできる範囲であれば、お答えします」

「リアナ・フォルスターに会いたいのですが、貴女で合っていますか」

「はい。私が、リアナ・フォルスターです」



 父への用事ではなく、自分だったようだ。

 リアナが名前を答えると、目の前の男性は、手に持っていた書状を広げて見せる。



「リアナ・フォルスター。召喚獣ハル。そして、ルカ・フォルスターに伝える。国王陛下が、王城で貴女達をお待ちである。すぐに出発したいのだが、ご都合はいかがだろうか」

「……え?」



 リアナは驚きのあまり、表情が崩れる。

 今、聞き間違いでなければ、国王陛下という名前が聞こえたのだが。

 そのようなお方に、呼ばれるような心当たりはない。



「国王陛下がお呼びなのは、本当に、私なのでしょうか?」

「いかにも。国を代表する建築士になったリアナ・フォルスターと会いたいというのが、国王陛下の意向である」

「国を代表する建築士…。少々、お待ちください」



 国を代表する建築士になったとは?

 もう既に過去形の言葉に、疑問が浮かぶ。

 それよりもこういう場合、どうすればいいのだろうか。


 とりあえず、ふたりに説明しなければ。

 リアナは一度、家の中に戻ると、深く息を吐く。



「リアナ。どうする?逃げる?」

「やっぱり、倒してこようか?」

「待って。あの馬車は、王室専用の馬車よ。それならば、話を断っただけで不敬になるわ」



 家を出てから気付いたが、あの男性の背後に控えていた馬車は、王室専用の馬車である。

 その証に、王族で代々受け継がれている黄金の獅子の紋章がよく目立っている。



「この国の王様が、私とハル、ルカと会いたいそうなの。一緒に来てくれる?」

「もちろん。ねぇ、ハル」

「そうだね。でも、名指しか。ちょっと不安かも」



 ハルの言う通り、自分だけではなく、ハルとルカも呼ばれていることに、少し不信感を持ってしまう。

 リアナはしゃがみこみ、ふたりと目線を合わせて、静かに約束をする。



「いい?なにかあったら、逃げること。私もハルの背中に飛び乗るから、とりあえず一緒に逃げましょう」

「わかった。ハルもよろしくね」

「任せて。きっと、僕の早さに誰もついてこれないよ」



 神獣と関わりがあるとされる一族の出であるルカのことを、誰かが利用しようとしている可能性がないとは言いきれない。

 そのため、もしそうだった場合は、逃げるしか方法はない。


 きっと、不敬どころの話ではないだろうが、ルカの身を守るためには必要なことである。


 しっかりと約束すると、ふたりを連れて、リアナは先程の男性の元へ向かう。



「これからの時間は、空いています。どちらに向かえばいいでしょうか?」

「今からお送りするので、この馬車に乗って欲しいです。同乗者が一名いますが、悪いやつではありません。人をからかうのが趣味なだけで、本当に悪いやつでは」



 王族専用の馬車で、しかもそのような同乗者と、王城まで、一緒に過ごせということですか?


 しかし、自分は人をからかうのが趣味の人間を、よく知っている。

 ギルバートならいいが、それ以外からだと、少し関わりたくない。


 リアナが不安になっていると、少し音を立てて、馬車の扉が開いた。



「その言い方は、あまり良くないな。絶対、私が出た方がリアナも安心すると言っただろう」

「ギルバート様。そうは言いましても、前科もありますし…」



 聞き覚えのある声が聞こえ、完全に不信感はなくなり、リアナは笑みが溢れた。



「ギルバート様!」

「おぉ、ルカ。元気だったか?」

「元気です!今日は、ギルバート様も一緒なのですか?」

「そうだな。迎えに来たのだ」



 迎えに来た。

 ということは、先程見せられたあの書状は、本物だったようだ。

 しかし、書状を見せた本人は、驚きで目を見開いている。



「ギルバート様が…好かれている…」

「おい。その言い方は良くないぞ。ルカともハルとも、そしてリアナとも仲は良い」

「…本当でしょうか?脅されていませんか?」



 一体、この人は、どれほどからかわれてきたのだろう。

 少しだけ同情するが、ギルバート様はからかう相手は、ちゃんと選んでいる。

 そのため、誤解を解かなくては。



「大変、良くしていただいております。親子共々、親しくさせてもらっています」

「…それは、よかったです」



 どう見ても目の前の男性は信じていないが、事実なのだ。



「リアナ。立ち話もいいが、少し目立つからな。続きは馬車の中でもいいか?」

「大丈夫です」



 馬車があるだけでも目立つのに、さらに自分が話していては目立つ。

 リアナは急いで馬車に乗り込み、ルカと共に腰掛ける。



「ふわふわ。楽しいね、ハル」

「もう、跳ねないの。素敵な人はどうだったっけ?」

「姿勢よく、優雅な笑み!」

「よろしい。ルカ、素敵だよ」



 ハルの言葉で、ルカはおとなしく座り、優雅な笑みを浮かべた。

 それに、少し安堵する。


 シュレーゲル侯爵家の馬車も座り心地は良かったが、それ以上に広く、座り心地もさらに良い。

 だが、傷を少しでもつけたら、人生が終わりそうだ。


 リアナが縮こまっていると、ギルバートは嬉しそうに話し始める。



「さて、まずはこれからだな。リアナは正式に、国を代表する建築士になった。おめでとう」



 どうやら、先程の書状は夢ではなかったようだ。

 だが、それなら尚更、疑問が浮かぶ。



「待ってください。私、選ばれる理由も、実力もないです。なにかの間違いではないのでしょうか?」

「いや、正式に発表されている。リアナ・フォルスターの名前でな」

「なぜ…」



 どうして、こうなってしまったのだ。

 ガラスはちゃんと商会の功績として発表したし、それ以外は至って普通の仕事内容であった。

 しかも、建築士の資格を取って、まだ一年も経ってないのだが、どうして選ばれたのだ…。

 もう、自分の頭の中で理解できる範疇を超えている。



「リアナ、大丈夫?」

「だめよ、ハル。なにが起きてるか、本当にわからないわ…」

「まぁ、そうだよね。これでも、抱きしめてなよ」

「ありがとう…」



 ハルからクッションを渡され、しっかりと抱きしめる。

 ほんの少しだが、気持ちが落ち着いた気がする。



「でも、いいことなんでしょ?」

「そうだけど…」



 いいことと言われれば、いいことである。

 だが、それを自分が受けていいわけがない。

 そんな資格など、一切ないのだ。


 リアナはうつむき、クッションを強く抱きしめる。

 それを見て、ギルバートはカーテンを開けた。



「リアナ。外を見なさい」

「外、ですか?」



 リアナはうつむいていた顔をあげ、外を眺める。

 王城への道、いつもの王都のはずなのだが、人も多く、お祭りのように賑わっている。

 しかし、前とは違う風景があるのは確かだ。



「美しいガラスだな。貴族街だけではなく、街でも見ることができるようになった。よく、頑張ったな」

「そうですね。なかなか忙しい日々でした」



 ここ一週間で作られたガラスは、街の至る所で、取り替え工事が進んだ。

 そのため、建具の職人達は毎日忙しそうに、色々な場所でガラスを取り付けていた。

 フーベルトも同じように忙しそうにしていたが、今日はしっかり休めているだろうか。


 少し考え込むリアナに、ギルバートは楽しげな目を向ける。



「ガラスのことを、もっと誇りに思っていい。あれを一番綺麗に仕上げられるのは、リアナとハルなのだろう」

「今はそうかもしれませんが、皆、成長途中ですので。すぐに抜かされると思います」

「意外だな。リアナはそれを素直に受け入れるのか。自分が負けるということを」



 負けるとは、言い方が悪い。

 そう言われたら、悔しくなってしまう。



「いえ。それならもっと綺麗に作ります。誰にも負けないように。ねぇ、ハル」

「そうだね。僕ら以外が一番だなんて、考えられないよ」

「僕も応援するよ。師匠を超えるデザインを描いて、手伝うね」



 自分がガラスを作るのは、今月まで。

 それ以降は、ガラスと建具の職人に任せると父に言われている。

 だが、作らなくなるとはいえ、ハルとふたりで考えて作り上げたガラスなのだ。

 他の人より、劣るわけにはいかない。



「それでこそ、私が自慢する建築士リアナだ。これから、もっと楽しみだな。今度、ルカのデザインしたガラスを作ってもらおうかな」

「任せてください。師匠に教えられた彫刻も施します!」

「楽しみだな」



 楽しそうに笑うルカにつられて、リアナも笑う。


 ギルバートは、自分を認めてくれている。

 それだけで、ここまで心強い。

 自分が呼ばれた理由はよくわからないが、それに恥じない姿を見せなければ。


 リアナ達を乗せた馬車は、王城の門を通り過ぎる。



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