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119.宝石店から見た二人

宝石店店主、ジゼル視点です。



 店舗の扉につけた、鐘が鳴る。


 今は、店内に自分と息子しかいない。

 その息子も在庫を確認しているため、自分よりも奥の方にいる。

 仕方がないが、自分が相手をするしかないようだ。


 ジゼルは客が入ってきたのを確認するために、重い腰を上げ、店舗の入り口へ向かった。



「いらっしゃいま…せ」



 白いシフォンブラウスに、膝下まである水色のふんわりとしたスカート。

 いつものきちんとした仕事の格好もよく似合うのだが、今の方がかわいらしくてよく似合う。


 こちらに頭を下げ、申し訳なさげにする人物に、ジゼルは自然と笑みが溢れる。



「急に来てしまい、申し訳ありません。なかなか時間が取れず、先延ばしになっていました」

「まぁ。いってらっしゃい、リアナさん。どうかしら?この店内は」

「美しいです。ここまで再現できると思いませんでした」



 工事は無事に完了し、明日から営業予定である。


 リアナに提案された通り、明るくなった店内は、隣国にある教会のようだ。

 引き渡しの時とは違い、今は宝石を至る所に飾っている。

 嬉しそうに店内を見ているリアナの姿が、宝石を初めて見た時の孫と同じ反応で少し笑ってしまう。


 今は宝石の在庫の確認や準備に忙しいが、彼女のためにならその手を止めよう。

 それに、少し気になることもある。



「さて、そちらの方は?」

「フーベルトと申します。フォルスター商会の職人で、リアナの友人です」



 リアナの隣で会釈をする、赤髪がよく目立つ、少し背の高い男性。


 シンプルな白の襟付きシャツと黒のトラウザースは、よく似合っており、スタイルの良さが目立つ。


 だが、友人と言った割に、リアナを見るその目は、大切なものを見ているかのようだ。

 


「そうですか。私は、ジゼル。よろしくお願いします、フーベルトさん」

「よろしくお願いします、ジゼル様」

「リアナさんと同じ呼び方で。様などつけられると、落ち着きません」

「では、お言葉に甘えます」



 所作も美しく、どこかの貴族の出だろうか。

 その赤に、昔、庶民の自分を様付けで呼んだ公爵家の青年を思い出した。


 髪色に似たルビーの宝石をつけ、美しい彫刻も施された白銀の腕輪は、今も奥の部屋に保管してある。


 代金を払い、後日引き取りに来ると嬉しそうに言っていた彼は、結局取りにくることはなかった。

 あの後、王子を守って名誉の地に渡ったと国から発表された日のことを、忘れたことはない。


 彼の愛した相手が受け取りに来る日までは、あの美しい腕輪は手放すつもりはない。

 結局、その相手がどこの誰だかはわからなかったが。


 それを考えるのもいいが、今は、せっかくきてくれたお礼をしなければ。



「では、奥に移動しましょう。面白い宝石を仕入れたのだけど、ぜひ、リアナさんにも見てもらいたくて」

「楽しみです。ずっと、気になっていました!」

「フーベルトさんも、ぜひ」

「ありがとうございます」



 奥の部屋に案内すると、ソファーへ腰掛ける。

 そして、ジゼルは並んで座る二人に、少しだけ期待をして尋ねる。

 


「今日こそ、腕輪に入れる宝石を買いに来てくれたのですか?」

「腕輪…?」

「いえ、フーベルト。違いますから。これは、その…」



 腕輪という単語に反応し、眉間に皺を寄せたフーベルトに、リアナは焦っている。

 その姿はかわいらしいが、あまりいじめるのも良くない。



「以前、この店舗についてリアナさんに聞いたんです。この店舗は、どのような店舗か知っているか、と。その時に、いつか婚約の腕輪に入れる宝石をここで買いたいという、嬉しい言葉をいただきました」

「そう…ですか」



 自分の言葉に、安心したように笑うフーベルトは、恋心を隠せてはいない。


 きっと、リアナさんのことが好きなのだろう。


 そのことがよくわかり、思わず笑ってしまう。



「宝石の色は、まだお決まりではないのですか?」

「え、えぇ。その、お待ちいただければ…」

「少し残念です。ですが、その時を楽しみにしております」

「はい。いつかそのような相手ができましたら、一緒にここに来ます」

「お待ちしております」



 話が落ち着き、ジゼルは席を立つ。

 さらに奥の部屋に移動すると、厳重に保管された箱から、宝石の入る箱を取り出す。

 この宝石はとても珍しいが、売り物にならない。

 だが、ここに来た客に見せると喜んでもらえそうなので、買い上げた。



「さて、見せたかったのは、こちらの宝石です」



 机に置くと、蓋を開く。

 宝石を見つめて、目を見開く二人に、ジゼルは笑みが溢れた。



「いかがでしょう?」

「赤い華?」

「赤?紫の華では?」

「え?そんなに違って見えますか?」

「紫の華が咲いているようにしか見えないのだが…」

「私には、綺麗な赤い華にしか見えないんですけど…」



 よく似た表情(かお)で困っている二人に、ジゼルも会話に加わる。



「面白いでしょう。見る人によって、宝石の中に咲く華の色が異なるのです。ちなみに、私は緑の華です」



 見る人によって異なるこの宝石は、売り物にはならない。

 だが、面白いつくりなため、一度手に入れてみたかった。



「どうして、ここまで異なって見えるのですか?なにか仕掛けが?」

「仕掛けはありませんが、この宝石の中に、微力ながら魔力が篭っているようです、そのため、異なって見えると伺いました」

「不思議ですね」

「色々、諸説はありますが、自分の一番好きな色らしいです」

「そうなんですね。とても綺麗です」

「好きな…色…」



 不思議そうに宝石を見つめるリアナに、少し言い換えて、宝石の説明をする。

 自分に見えるこの華の緑は、旦那の色である。

 本当は愛する人の色なのだが、それを自分が伝えるべきではない。

 だが、隣に座るフーベルトの方は気付いたようだ。


 首を傾げて宝石を見ているリアナは、隣から注がれている、喜色の含まれた濃い青の瞳には気付かない。



「私、知らないうちに赤が好きになったのでしょうか?紫だと思っていたのですが…」

「俺は、ずっと昔から紫が一番好きだ」

「そうなんですね。知りませんでした」

「俺も、リアナが赤が好きだとは思わなかったよ」

「宝石の中にあるこの赤色は好きです。なんだか、フーベルトの髪色に似てて、安心できますね」

「…そうか」



 フーベルトを見て笑ったリアナは、あまりにも綺麗で、花が咲いたかのような笑顔だった。


 これはもしかして、リアナさんには一切、自覚がないのではないのだろうか。


 少し、かわいそうになるが、人生はまだまだ長い。

 今後の二人に期待しようと思う。


 宝石を見終えた二人は、席を立つ。



「本日はありがとうございました。今度は、お客さんとしてきますね」

「お待ちしております。そのときは、色々と面白いものを用意しておきますね」

「今から楽しみです!」



 店舗の扉へ歩きながら、少し会話を交わす。


 次に来る時にも、その隣にフーベルトの姿があればいいのだが。


 ジゼルがそう思っていると、扉の前に着く。



「では、行こう。リアナ」

「はい。ふたりが待ってますからね」



 フーベルトに差し出された手に、遠慮がちに手を繋ぐ姿は、微笑ましい。


 他にも誰かいるのだろうが、次はみんなで来てもらいたいところである。



「次のご来店、心よりお待ちしております」



 ジゼルは店を出ていく二人を見守り、頭を深く下げる。


 あの髪色の赤の宝石を、早いこと用意するのもいいかもしれない。

 それよりも、リアナさんの、あの美しい紫の瞳によく似た宝石を探したほうがいい。


 先程の様子では、あの二人はまだ思いは通じ合ってない。

 どちらかというと、フーベルトの片思いか。



「久しぶりに、腕の見せ所ですね」



 二人がその宝石を買いにくる日までに、見事なまでの赤と紫の宝石を用意しなければ。


 ジゼルは早速、その宝石の段取りするために、取引先のリストを手に取った。



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