118.約束のお出かけ
明るい太陽の下、中庭で敷物を引いて、寝転がって日向ぼっこをする。
大変、贅沢な時間である。
あれから、エドワードから届いた手紙に、アドルフは国外に出されたと知らされた。
でも、ちゃんと別れの挨拶ができたのだ。
友が一人減ったが、寂しくはない。
「いい天気…」
どちらかというと夏が近づいてきて、暑くなってきた。
日焼けなどしたらクレアに怒られるだろうが、せっかくの休みなのだ。
リアナは目を瞑ると、周りの音に耳を澄ます。
風の音、小鳥の声、草木の揺れる音。
そして、なにかが近付いてくるかすかな足音。
その正体がすぐにわかり、リアナは苦笑いした。
「今日は外に出ずに、大人しくするって約束したじゃん。どうして、脱走してるのかな?」
どうやら、もう見つかったようだ。
リアナは目を開き、体を起こすと、声のした方を向く。
「えっと、気分転換?」
リアナが困った表情で笑うと、ハルは大きくため息をついた。
今日は、仕事は休み。
仕事に復帰してからは、ルイゼの工房でガラスを毎日のように製作していた。
ただ、魔力の保有量が増えたおかげで、ガラスだけが大量にできていき、ガラスの納品が間に合っていない。
余裕はあるのだが、大量のガラスを作り続ける自分を父が心配し、ゆっくりするように約束させられた。
そのせいで、朝からハルに監視されている。
約束はしたが、敷地内である中庭も許してくれないらしい。
「わかってるってば。ちゃんと家に戻るから」
リアナは立ち上がると、スカートを軽く払う。
そして、敷物を畳んでいるリアナの背後から、聞き慣れた低音が聞こえた。
「リアナ」
「わっ」
気を抜いていたため、驚いて変な声が出てしまった。
ここで、きゃーとか言えたなら、女の子らしくてかわいらしいかもしれないが、それは自分には無理な話である。
リアナが振り返ると、ルカとフーベルトが顔を見合わせて笑っていた。
「リアナ、わって。ふふ」
「大変、かわいらしいですね」
「もう、わざとですね!」
どうやら、ルカと一緒にいたずらをしてきたようだ。
きっと、ハルの入れ知恵だろう。
ハルによく似た、いたずらっこにならなければいいのだが。
フーベルトとルカがそろって、似た表情で笑う姿に、リアナもつられて笑う。
「フーベルトとルカは、よく似ていますね。兄弟みたいです」
「師匠は、僕のお兄さん?」
「かわいらしい弟ですね」
「師匠で、お兄さん…。師匠兄さん?」
「好きに呼んでください」
フーベルトの呼び方に、悩んでいるようだ。
その姿はかわいらしいのだが、なぜ、フーベルトがここにいるのだろう。
「フーベルト、仕事は?いつも忙しくて、商会にいないことが多かったですよね」
「あぁ、そうだな。だから、今日は休みになった」
忙しくしすぎたせいなのか、フーベルトも父から休みを言い渡されたようだ。
たしかに、長いこと休んでいる姿は見ていなかった。
だが、せっかくの休みなのに、ここに来ていていいのだろうか?
リアナが考えていると、ルカは元気な声をあげる。
「師匠にする!」
「そうですか。では、行きますか?」
「楽しみ!」
「どこか、ルカとお出かけですか?」
「あぁ。今日は前に約束した日だよ、リアナ」
「約束?」
「ダンス中に、誘わせていただきました」
美しい所作で、胸の前に手を当てるフーベルトは、様になっていて、思わず見惚れる。
そう言えば、そういったことをお披露目会のダンスの時に約束した気がする。
あのときは冗談かと思ったのだが、どうやら本気だったようだ。
なんだか、少し嬉しい。
「今日は王都へ行こうと思うのだが。リアナの用意はできたか?」
「待っててください。用意してきます」
「いつまでも待とう」
その場で待っていてもらい、敷物を仕舞うと、お出かけ用の鞄を用意する。
ふと、玄関前の鏡の前で立ち止まる。
今日の服装は、一緒に出かけてもいいものだろうか?
クレアにはかわいいと言われた服なので、大丈夫だと思うのだが、少し不安だ。
リアナは玄関から顔を出して、ハルを呼び寄せると、尋ねる。
「今日の格好、おかしくない?着替えたほうがいい?」
「おかしくないよ。とってもかわいい。ね、ふたりとも」
「リアナはいつもかわいいよ!」
「えぇ、とてもかわいらしいです」
「あ、ありがとうございます」
ハルだけに聞こうと思ったのだが、いつのまにか話が広がった。
そこまで褒められると思ってなかったので、正直照れてしまう。
「あ、そういえば」
クローゼットから紙袋を出し、フーベルトに渡す。
それを受け取ったフーベルトは首を傾げた。
「これは?」
「騎士服の上着です。貸してくださって、ありがとうございました」
上着を渡し、リアナは感謝を伝える。
持ち帰った上着を嗅いだハルとルカが言うには、これはフーベルトのものらしい。
本当はもっと早く返したかったのだが、そのタイミングがなかった。
「では、一度家に寄ってもいいか?これを置いてから、王都へ行こう」
「はい。お願いします」
どうやら、本当にフーベルトのものだったようだ。
自分も同じように嗅いでしまったのが、少し恥ずかしい。
まずはフーベルトの家へ向かい、荷物を置くと、王都へ向かうため、乗合馬車に乗った。
今日は外に出ないと約束したが、その約束したハルもいるし大丈夫だろう。
フーベルトにエスコートされ、リアナは馬車から降りる。
続いて降りたルカは、ハルの背中に乗り、興味深そうに周囲を見渡している。
「ここは、人が多いね。住んでいるところより、たくさん人がいる」
「そうね。王都は一番人口が多いから。それに、学院もあるわよ」
「学院!早く行きたいな〜」
「そうね。きっと、ルカにはたくさん友達ができるわ」
祭りの時ほどではないが、今日も人通りは多そうだ。
学院に通うようになれば、魔法を使えるようになる。
そして、同じ年齢の友達もできるだろう。
それに、なによりもルカの制服姿が楽しみだ。
きっと、よく似合うはず。
ルカの制服姿を想像しながら歩いていると、リアナは人とぶつかりそうになる。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
他の人にぶつかりそうになった自分を引き寄せ、助けてくれたようだ。
その気遣いに感謝していると、フーベルトは手を差し出す。
「リアナ、手を」
「いえ、自分で気をつけますし」
「なにかあれば、ハルさんに怒られるのは、俺なのだが」
「…お願いします」
いつも横を歩いて自分を気遣ってくれるハルは、ルカを乗せているため、頼るにも難しい。
それに、せっかくのお出かけなのだ。
迷子になって怒られることも、フーベルトに迷惑をかけることも避けたい。
そのため、リアナは前回と同じように、差し出された手の服の袖を掴む。
しかし、それを見たルカは、リアナの手を不思議そうに見ている。
「リアナ、どうして手を繋がないの?迷子になるよ」
「え、大丈夫。これでどうにかなるから…」
「だめだよ。迷子になりたいの?」
「…なりたくはないです」
「じゃあ、どうするの?」
「ちゃんと手を繋ぎます…」
「よろしい」
ルカは満足そうに笑うと、また周りを見渡す。
どうして、ルカは、こんなにしっかりしているのだろう。
いや、悪いことではない。いいことなのだ。
だが、自分の手につながれたフーベルトの手が、気になって仕方がない。
ふー。とりあえず、落ち着こう。
これは、迷子にならないために必要なこと。
そう思うことにし、ハルに話しかける。
「ハル。ルカがしっかりしてきたわ」
「そうだね。いい子だからね」
「だが、ルカさんの言う通りだ。前に一度、迷子になったからな」
「迷子になったの?だめだよ、離したら!」
「気をつけます…」
それは、言わないでほしかった。
ルカに怒られたが、今後は迷子にはならないように気をつけるので、許してほしい。
王都を歩いていると、遠くに先日までよく通っていた店舗が見える。
そういえば、店舗の工事が終了した日に、面白い宝石を仕入れるから見にきて欲しいと約束をして、そのままだった。
色々あったので忘れていたが、せっかくここまで来たのだ。
寄れるなら、寄っておきたい。
「あそこの店舗、寄ってもいいですか?今、担当してる店舗なんですけど、宝石を見にいくって約束してて」
「では、一緒に行きましょう。リアナを一人にするつもりはないです」
「それは…ありがとうございます」
ギルバートの別荘宅での出来事から、フーベルトも過保護になった気がする。
だが、それに助けられているのも事実なので、今は甘えさせてもらおうと思う。
「ハルとルカはどうする?」
「宝石は綺麗だけど、食べられないからね。あれを買ってくれたら、ここで、待ってるよ」
「宝石より、お菓子の方が楽しいからね」
まだ、宝石よりはお菓子が好きなようである。
ハルが目で訴えたのは、店舗の横にある少しお高めのカフェの焼き菓子。
色々種類があるが、きっと全て食べたいのだろう。
財布に響くが、ふたりにはよく助けられているので、致し方がない。
「ちょっと買ってきます。ふたりを頼んでもいいですか?」
「あぁ。ここで待っていよう」
「やった〜!リアナ、大好き!」
「楽しみだね、ルカ」
ふたりの喜ぶ姿を見て、笑みが溢れる。
カフェに入り、持ち帰り用の焼き菓子をいくらか買うと、すぐに戻る。
「早くちょうだい!」
「楽しみ!」
「あそこのベンチに座ってからね」
待ちきれないのか、カフェから出てきたリアナに、ルカとハルは抱きついてきた。
それに笑いながら、移動すると、ベンチに座ったルカに焼き菓子が入った紙袋を渡す。
「じゃあ、ここで待っててね」
「ルカ、それから食べよう」
「これ?でも、こっちから食べたいよ」
ふたりは紙袋を開けると、どれから食べるか悩んでいる。
話を聞いてくれないのは困るが、ルカにとって、素敵な思い出になってくれると嬉しい。
リアナはハルの頭を撫でると、話しかける。
「ハル。ルカをよろしくね」
「任せなよ。全部、食べ尽くしておくから」
「ありがとう。すぐに出てくるから」
少しだけでも、残しておいてくれないだろうか。
でも、ふたりがその気なら、それでもいいか。
「フーベルト。行きましょう」
「あぁ。楽しみだ」
フーベルトに声をかけ、宝石店の扉の前に立つ。
ドアを開けようと手を伸ばしたのだが、それは空を切った。
「ありがとうございます」
「いえ」
ドアを開けてくれたフーベルトにお礼を言い、リアナは宝石店に入った。




