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116.最後の会話



 装置を片付け、新しく紅茶を入れられる。

 それを飲みながら、リアナは気持ちを落ち着かせる。

 


「さて、ダリアス。この後の予定は、知っているな?」

「…あぁ。本当は嫌だがな」



 この後の予定。


 それに反応し、リアナの動きが止まる。

 リアナの動きに気付いたのか、ギルバートは心配そうな目を向けた。



「リアナも断ってもいいのだぞ?取り調べは済んでいる」

「大丈夫です。それに、このまま会わないままでは、後悔をします」

「だが…」

「今日で、けじめをつけます」



 リアナは顔を上げると、しっかりとギルバートを見返す。


 本当は会うのはまだ怖いが、ここで話さなければ、一生後悔するだろう。

 それに友として、彼に聞きたいことがある。


 そのリアナの言葉に、ギルバートは目を見開く。



「なんと…。意外と、性格はかっこいいのだな」

「リアナは昔から、頑固なだけだ」



 自分のこれは、かっこいいと言われるものではない。

 ただのわがままだ。


 父の言葉に苦笑いすると、リアナ達は席を立つ。



「エドワード、ライラ。準備ができた。行こう」



 ギルバートは、隣室に待機していた二人を呼ぶ。



「了解です。リアナ、手を。揺れますので」

「エドワード様、お願いします」



 二人は来ると、エドワードはリアナへ手を差し出した。


 どうやら、ここから転移していくようだ。


 だが、エドワードの手に触れ、しばらく経ったが転移しない。

 不思議に思いながら、顔を上げると、エドワードこちらにいい笑顔を向けている。



「名前が違います。もう一度」

「お願いします。…エド兄様」

「よろしい。リアナはかわいいでしょう」

「羨ましいです…」



 どうやら、名前の呼び方が違ったらしい。

 仕方なく呼び変えると、エドワードはライラに自慢していた。


 それも束の間、視界が暗転し、体が揺れる。

 それをエドワードに支えられながら、リアナはなんとか立つ。


 気付けば、薄暗い廊下にある重厚な扉の前に立っていた。



「この先に入れるのは、リアナと付き添いが一名。誰を連れて行く?」



 一緒に入れるのは、一人。

 だが、ここにくると決意したときに、どうするかは決めていた。



「…最後に、一人で会ってきます」

「それでもいいが、大丈夫か?」

「大丈夫です。友として、話してきます」



 本当は、誰か一人、連れて行った方がいいはずだ。

 だが、誰かがいれば、遠慮して話せない。

 今日は、学院の頃からの友人として会う。


 そして、リアナは扉の前に立つと、扉を開く。

 一歩を踏み出そうとして、リアナの足はいうことをきかなかった。

 どうやら、少し緊張しているようだ。


 手を握りしめて深呼吸しているリアナの背中を、誰かが優しく押してくれる。



「リアナ、ここで待っている。一人ではない」

「そうだ。なにかあれば、魔法を放て」

「お心遣い、ありがとうございます」



 父とギルバート様の言葉に感謝し、リアナは振り向いて笑みを見せると、中に入り、扉を閉めた。


 少し歩くと、リアナは目的の人物を見つける。

 自分に足音で気づいたのか、小麦色の橙色の髪が動いた。



「リアナ…」

「アドルフ様、お久しぶりです」



 鉄格子を隔てて、言葉を交わす。


 アドルフは以前と異なり、少し痩せ、顔色も悪い。


 リアナと目があったアドルフは、冷笑する。

 自分を見た赤の瞳は、暗く(かげ)っていた。



「なにをしに来た…。笑いに来たのか?」

「いえ、違います」

「では、そのまっすぐな目で見ないでくれ。心が壊れそうだ…」



 アドルフの悲しそうに歪められた表情(かお)に、リアナは目を逸らしそうになる。


 だが、今日は。今日だけは、逃げてはいけない。

 自分はもちろんだが、アドルフも。


 リアナはしっかりと見つめ直すと、アドルフに尋ねる。



「アドルフ様。なぜ、このようなことをしたのですか?」

「それは、商会ごとリアナが欲しかったからで」

「いえ、その言葉には少し嘘が含まれています。お願いします。最後に、教えてください」



 リアナは深く頭を下げて、アドルフに願う。


 ずっと、気になっていた。

 自分が欲しいという言葉の中にある、小さな嘘に。


 それに、クレアから教えられた自分に向けられた想いも、まだ本人からはなにも聞いていない。



「リアナは…こういったところは鋭いのに、恋愛ごとになると鈍かったね」

「そうでしょうか。私は、言葉がなければわかりません」



 アドルフのやわらかい声に、リアナは顔を上げる。


 態度だけでわかることなど、限られている。

 だから、言葉で言って欲しいのだ。

 自分はそのために、ここに来た。


 リアナを見つめていたアドルフは、少し目を逸らしながら、話し始める。



「リアナ。ただ…。ただ、君が好きだったんだ。純粋に、好きだった…」

「ありがとうございます、アドルフ様。ですが、その気持ちに応えることができません。申し訳ありません」



 アドルフが教えてくれた本当の気持ちに、リアナは笑顔を浮かべると、丁寧に断る。


 アドルフのその気持ちには、応えることはできない。

 それを、しっかりと、自分の口から、自分の言葉で伝えたかった。


 これは、自分へのけじめでもあるが、アドルフのためのけじめでもある。

 自分が友人としてできる、最後の手伝い。


 リアナの言葉に、アドルフは昔のように、優しく微笑む。



「…そういうところも、好きだったよ。怖がらずに、来てくれてありがとう」

「いえ。アドルフ様は大切な友人ですので。だから、泣かないでください」

「リアナこそ。せっかくのかわいらしい顔が、台無しだよ」



 アドルフの頬を落ちる涙は拭われることなく、地面にシミを作っていく。

 それを見ていたリアナの足元にも、落ちる水があった。


 だが、自分は泣いてなどない。

 これは、全て汗である。

 ここの中が、熱いだけ。


 そうは思っても、頬を伝う水は、止まりそうにない。



「もし、学院の頃に伝えていたら、なにか変わっていたかい?」

「少しは。アドルフ様の言葉に、余裕の笑みは返せなかったと思います」

「そうか…。伝えておけばよかったな」



 あの頃、学院の頃に好意を伝えられたなら、少しは見る目が変わっていただろう。


 もしかしたら、アドルフをそのまま好きになって、その身分差に苦しみ、枕を涙に濡らした夜もあったかもしれない。


 だが、それがなかったのが、現実である。


 リアナが落ち続ける水を拭っていると、ドアをノックする音が響いた。



「そろそろ、時間だな。最後に、いいかい?」

「なんでしょうか?」

「今、幸せかい?」



 幸せ、か。

 そう問われたら、答えることは一つである。



「はい。とても幸せです」

「なら、よかった」



 リアナは今できる一番の笑顔を作ると、アドルフに言い切った。

 リアナの笑顔に、アドルフは嬉しそうに笑う。



「リアナ」

「なんでしょうか?」

「君は、いつでも大輪の華だね」

「もう、またからかってますね」

「いつでも、本当のことを言ってたよ」



 昔のようなやりとりも、今日で最後。

 きっと、アドルフが会うたびに言っていたあの言葉は、全て本当だったのだろう。

 だが、このやりとりが一番、しっくりくる。

 


「今までありがとうございました、アドルフ様」

「君は僕の最愛の人だよ、リアナ」



 最愛の人。

 そう言ってもらえるほどの人物ではない気もするのだが、きっと、アドルフにとっては、そうだった。


 リアナは一度頭を下げると、扉の方へ歩く。



「気をつけてくれ。君は、狙われている」

「大丈夫です。私には強い相棒がいます」

「そうか。でも」

「私は、守られるだけの存在でいたくはありません。自分の身も、大切な人も、守れるようになります」

「ふふ。リアナならできそうだね」



 背後から聞こえた声に、リアナは振り向くことなく答えた。


 もし自分が狙われているとしても、きっとハルが守ってくれる。

 それと同じくらいの力で、大切なものを自分でも守りたい。


 その言葉に少し笑った様子のアドルフを確認することなく、リアナは扉を開けた。



「どうだった?けじめはついたか?」



 扉を開けると、心配そうに自分を見つめる目に囲まれる。


 そのことに心の中で感謝しながら、リアナは笑う。



「はい!もう、後悔はないです」

「そうか。いい笑顔だ」



 リアナの頭を撫でようとしたギルバートの手を、父はしっかりと掴んだ。



「おい、触るな!この手を燃やすぞ」

「少しぐらい、いいじゃないか」



 その二人のやりとりに笑うリアナに、ライラは遠慮がちに近づいてくる。



「女神さま、あのですね」

「ライラ様、その呼び方はちょっと…」



 どうして、女神さま呼びで固定しているのだ。


 リアナが少し苦笑いしていると、準備してくれていたのであろうハンカチと氷を渡してくれる。



「リアナ様。よかったら、こちらをどうぞ。冷やしてください」

「ありがとうございます」



 ハンカチで氷を包みながら、目を冷やす。


 溶けた氷のせいか、また頬を水が伝うが、もう悲しさはなかった。



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