115.事件の真相と魔力
「魔導部隊のが、ご迷惑をおかけました」
「大変、ご迷惑をおかけしました。許してくださらなくて、結構です」
「えっと…。とりあえず、頭を上げてください」
リアナは今、ギルバートの屋敷で二人に頭を下げられている。
片方は、エドワード。もう片方は、自分が知っている人物と髪と瞳の色が違う女性。
二人してローブを着ているということは、彼女も第三騎士団の魔導士なのであろうか。
リアナが困っていると、一瞬で空気が変わる。
「私にも、詳しく説明が欲しいな。そして、名前を名乗ってあげなさい」
足を組み、自分の横に座るのは、ギルバートである。
ここには来るのは午後からの予定だったのだが、商会に迎えの馬車が来たので、ここにいる。
しかし、いつもの仕事の服でいたため、リアナはカロリーヌが用意していたワンピースに身を包み、化粧も施された。
なぜ、サイズが合うワンピースが複数用意されていたのかは不思議なのだが、深くは聞かない。
これ以上、着せ替え人形にはなりたくない。
今着ている紅藤色のかわいらしいワンピースには、ちょっと心惹かれたが。
隣の部屋で待機してくれているカロリーヌに感謝しながら、リアナは話に集中する。
「魔導部隊所属、極秘事件担当、ライラ・ジンドルフです」
髪色は紅茶色で、こちらを見る瞳は茶色。
一体、どんな魔法で変身しているのかが気になるが、今は確かめる時ではない。
だが、教えてくれた名前は本当だったようで、リアナは微笑む。
「ライラさんって名前は、合ってたんですね。よかったです」
「あぁ…女神さまが笑っている。美しい…」
なんなのだ、その言葉は…。
リアナが愛想笑いを浮かべていると、エドワードがライラを諭す。
「ライラ。意志を強く持ちなさい。リアナが引いています」
「失礼致しました。フォルスター嬢」
「いえ、大丈夫です。それと、リアナでお願いします。その呼ばれ方は、あまりされていませんので」
リアナが呼び方について願うと、ライラにキラキラした目で見つめられる。
「私に、その名前を、呼ばせてくれるのですか!」
「えっと、はい。いくらでも、どうぞ」
「やっぱり女神さまだー!」
女神さまとは?
自分とはかけ離れた存在に喩えられて、少し困惑する。
自分の想像する女神さまといえば、ハルが昔教えてくれた、泉に斧を落とした時に出てくる方なのだが、それは大層美しい方と聞いた。
だが、元の斧ではなく、金や銀といった素材に変えるそうなので、実用的ではない。
いいものをくれるなら、もっと丈夫な斧を返してあげればいいのに。
リアナが女神さまについて考えていると、エドワードは大きくため息をつく。
「ライラ。いい加減にしなさい。接近禁止令を出しますよ」
「それは嫌なので、気をつけます。では、本題に入りましょう」
「そうしてください」
切り替えたライラは、姿勢を正し、こちらをしっかりと見つめる。
それにつられて、リアナも姿勢を正すと、同じくしっかりと見つめ返す。
「今回、私が動いていたのは、聖獣失踪事件についてです。まだ目立つよりも前に、怪しい人物を張っていました」
「それが、アドルフ様ですか?」
「はい。そこで、協力者として彼に近付き、リアナ様の情報を集めるようにと言われ、商会に所属しました。火属性のことは伝えたのですが、それ以外はなにも」
やはり火属性のことを伝えたのは、ライラだったようだ。
しかし、ライラの前では火魔法しか使っていない。
そのため、火属性を持っていることは周知の事実だと考えて、報告をしたのだろう。
こればかりは、タイミングが悪かった。
「私はアドルフ・ジールマンがあの香水を持っていることまでは、把握していました。ただ、その香水の入手経路を調べるのに時間がかかっているうちに、今回の誘拐事件が起きたのです」
「入手経路…」
その入手経路がわからぬうちは、下手に動けなかったのだろう。
情報がなければ、大元を捕らえられない。
ライラは少し目を伏せると、言葉を続ける。
「結局、入手経路の大元はわからぬまま。そして、リアナ様の救出のため、隊長を呼び出しました」
「ありがとうございます。ライラさんがそばにいてくれて、よかったです」
ライラが敵であったなら、他の助けは望めなかっただろう。
それに、補助装置も転送装置のネックレスも、しっかりと保管していてくれ、今日、自分の手に戻ってきた。
リアナが感謝を伝えながら、嬉しそうに笑うと、ライラはエドワードに話しかける。
「隊長。やっぱり女神さま、いや、天使さまなのでは?」
「ライラ、黙りなさい。貴女は話すと、残念な子になるのですから」
残念な子。
たしかに、仕事で関わっていた時やアドルフの前でいた時とは、印象が大きく異なる。
しかし、今の彼女の方が親しみやすいし、どこかかわいらしい。
「ひどいです!事実を言っただけです!」
「それは、同意しますが」
同意されても、困るのだが。
自分は、女神さまでも、天使さまでもない。
ただの人間なのだが、どうしてその喩えになっているのか。
リアナがまた考え込みそうになっていると、ギルバートが思考を遮った。
「それで、話は終わったか?私はこれから、リアナとデートなのだが」
「父上。ダリアス様に燃やされますよ」
「大丈夫だ。ダリアスも一緒にいる」
どうやら、父が来てくれるらしい。
父は生憎、午前は外せない仕事があった。
それが、終わって来てくれたようだ。
「エドワードはダリアスを迎えに行きなさい。屋敷の入口のいる」
「ライラ、行きますよ。また、後で会えますから」
「リアナ様、またあとでお会いしましょう!」
「はい、またあとで」
エドワードがライラと出ていくと、部屋が静かになる。
「リアナ。体調は?」
「しっかり眠れております。今日から、仕事に復帰予定でした」
「そうか。なにかあれば、すぐに連絡を。なにからでも、助けよう」
「ありがとうございます」
ギルバートの気遣いに感謝し、リアナが紅茶を飲んでいると、誰かが廊下を走ってくる音がした。
ノックする音と共に、扉が開かれる。
「話は終わったのか?」
「あぁ、ダリアス。お前にも、話しておかねばと思ってな」
「なんの話だ?」
少し汗をかいている父は、急いで来てくれたようだ。
ギルバートが席を立ち、机の横に置いていた装置を机の上に置いていると、その間に自分の隣に父が座り込む。
それに苦笑いしながら、ギルバートは向かいのソファーへ移動した。
「さぁ、リアナ。この装置に手をかざしなさい」
「え?これは、前回しましたが…」
「いいから、してみてくれ。それで、理由がわかるから」
目の前の置かれているのは、魔力を測定した時の装置である。
リアナは前回と同じように、水晶に手をかざした。
しかし、前回と結果が異なっている気がする。
それに首を傾げていると、ギルバートは楽しそうに笑う。
「ダリアス、知っていた方がよかっただろう」
「…あぁ。なぜ、こんなことになっているのだ…」
数値が変化したのはわかるが、その意味がわからない。
リアナが不思議そうにしていると、ギルバートが説明してくれる。
「水属性は上の中。これは変化がないな。だが、火属性は上の上。そして、風属性が中の下。おめでとう、大魔導師の称号がもらえるほどだ」
「大魔導師…」
大魔導師とは、魔法の属性で保有量が上の上に達した時点で、もらえる称号である。
自分は建築士になりたいだけなのに、どうして魔導師から大魔導師になっているのだ。
リアナがその事実に困惑していると、ダリアスは思い当たることがあったのか、ギルバートに尋ねる。
「まさか、魔力の暴走の後遺症は、魔力量に出たのか?」
「そうみたいだな。そして、それよりも大切なのは、この緑の文字。今回、新しく出たな」
「そうだな。これはなんだ?」
ただでさえ、残りの魔力が少なかったのだ。
魔力の暴走の影響を受けた結果が、保有量の増加とは。
しかも、緑の文字とはなんなのか。
「リーフドラゴンの加護だ。このおかげで、風魔法が強くなったようだな」
「あの子の…」
「名前を教え、教えられたな。それで、契約が済んだようだ。おめでとう」
「ありがとう…ございます?」
とりあえず、感謝をしたが、本当に良かったことなのだろうか。
あの時、名前を聞かれたが、それで契約になるとは…。
そのおかげで、二属性から完全な三属性になったのだが、一体、自分にどうしろというのだろう。
だが、もしかすると、自分もガラスのカットができるのかもしれない。
今度、ハルに教えてもらおう。
リアナがそう考えていると、ギルバートは楽しそうにこちらを見ている。
「さて、今度はネックレスに細工をするか。これ以上は、増えないことを願おう」
「そう願います…」
ギルバートの言葉に、土属性は増えないことを願う。
仕事をする上で、少しだけ欲しいと思ったことはあるが、これ以上は、必要ない。
「まぁ、増えたら言ってくれ。作りに行こう」
「いえ、ここまで来ますので」
どうして、増える前提で話をしているのだ。
しかも、わざわざ来てもらうなど、申し訳ない。
リアナが断ると、ギルバートはにやりと笑う。
「では、その時は、お願いしようか」
そう笑ったギルバートにつられて、リアナも笑みが溢れた。




