114.知らなかった話
ギルバートの別荘宅に訪れて、リーフドラゴンを助けた後、家に帰ると、大量のお菓子を用意されていた。
その横に置かれたメッセージカードには、自分を気遣う言葉とギルバートの名前。
先程まで一緒にいたはずなのに、行動が早い。
フーベルトも誘って一緒に食べ、ハルとルカと一緒に眠ったお昼寝は最高だった。
ただ、目覚めた時に、笑顔のフーベルトと目が合った時は、恥ずかしい思いをしたが…。
そのおかげですっかり寝不足も解消され、今日は説明のため、ベーレンス伯爵家の本邸の一室に訪れている。
「リアナ。本当に大丈夫?体調は?なんでも言ってね。ベッドで話す?」
「大丈夫だから。普通にソファーで話したいわ」
「そう。カイルお兄様、どうしましょう。やっぱり、ベッドで話してもらった方がいいかしら」
「そうかもな。ベッドを持ってくるか」
「そうしましょう!」
二人とも心配してくれるのはいいが、話すならソファーの方がいい。
クレアは納得だが、どうしてカイルも同じように手厚くしようとするのか。
「待ちなさい、カイル、クレア。リアナが困っているだろう。本人がソファーでいいと言ったんだ。大量のクッションと膝掛けを用意させよう」
「いえ、そこまでしていただかなくても、大丈夫ですから…」
レオンは正常かと思ったが、違ったらしい。
結局、ソファーに大量のクッションと膝掛けを渡され、大人しくさせられている。
ふと、耳に入った楽しそうな声に、笑みがこぼれる。
「隣は、今日も楽しそうね」
「久しぶりに屋敷に来たから、パティシエも喜んでいたわ。今日は朝から大量のスイーツを作っていたの」
「それは、ありがとう」
授業が終わってからというもの、訪れることが少なくなった。
そのため、ハルは元の体型に戻っていた。
だが、今日はとことん食べようとするだろう。それが、少しだけ心配である。
レオンは机の上に置く盗聴防止器に手をかざし、作動させた。
「まず、ルカの家族探しの件、もうすぐで手筈は整うよ」
「ありがとうございます」
どうやら、転送装置が使えるようだ。
寂しくなるが、ルカにとってはそれが一番いいだろう。
「この件は、今すぐの話ではないから。また話そう」
「よろしくお願いします」
今すぐではない。
その言葉に喜んでしまった自分に苦笑する。
そのリアナを見ながら、レオンは心配そうな目をこちらに向ける。
「では、今回のこと、詳しく説明してくれるかい?話せる範囲で構わない」
「ゆっくりでいいわ。辛いなら、省いてくれていいから」
「そうだ。クレアの言う通り、無理をするな」
「ありがとうございます」
優しい目で見守られ、少し恥ずかしい。
だが、話せることは話そう。
そう考えて、あの日あったことを話した。
それに対して、三人は心配そうな表情でこちらを見ている。
「魔力の暴走って…。本当に、なんともないのね?」
「なにもないと思うわ。身体能力に問題はないって、神官様も確認してくれたから」
「そう。よかった…」
幸いなことに、後遺症は残っていないようだ。
手も自由に動くし、目も見える。
それがわかった時、心底安心した。
話が落ち着き、紅茶を一口飲む。
リアナがカップを置くと、目の前に座る三人は、背筋を正した。
「リアナ。今から話す内容は、もっと早く伝えるべきだった。そのことをまず、深く謝罪する」
「リアナ、ごめんなさい」
「私からも謝罪を。二人を怒らないでやってくれ」
どうして、頭を下げているのかがわからない。
だが、そうしなければならない何かが、きっとあったのだろう。
「とりあえず、頭を上げてください。その謝罪を受け入れるかは、話を聞いてからです」
「ありがとう。まず、クレアから話してくれ」
「わかりましたわ」
クレアは姿勢を正すと、髪を触る。
あれは、クレアが緊張している時にする癖だったな。
そんなことを、ふと思い出した。
「学院の頃、私と知り合ってから、ジールマンと接点が少なくなったわね。そのことで、彼は何か言っていた?」
「クレアと仲が良くて、楽しそうだねって。それぐらいだったかしら」
たしかに、クレアと過ごすようになって、アドルフとは関わりが薄くなっていった。
だが、完全になくなったわけではなく、会話をする時はあった。
「そう。リアナが慕われていたのは言ったわね。でも、一度も告白されたことがない。それはなぜか、知っている?」
「慕われているって言っても、友人としてでしょう?」
急に話題が変わり、不思議に思いつつも、言葉を返す。
クレアはそう言って褒めてくれるが、自分には慕われる理由も、魅力もないはずだ。
クレアのようにかわいらしいわけでもなく、アイリスお姉様のように美人ではない。
不思議そうにするリアナに、クレアは小さくため息をつく。
「違うわ。ジールマンが排除していたの。爵位関係なく、貴女は慕われていたわ。だって、リアナは性格も見た目も魅力的だから」
「えっと…、それは本当?」
「えぇ。実際に、名前を出しましょうか?貴女を慕っていた人物を」
「いえ、大丈夫。恥ずかしいから、あまり知りたくない…」
「そう。そうしてくれると、こちらも助かるわ。かなり時間がかかりそうだもの」
実際に慕われていたとするのなら、その相手が誰か、一切わからない。
友人は多かったが、そういった目で見られていたことは、正直予想していなかった。
リアナが顔の熱を手で仰いで冷ましていると、レオンが話し始める。
「次は、私から。ある時から、ジールマンとは一切関わりがなくなったね。その理由は知っているかい?」
「知りません。いつの間にか、挨拶も交わさなくなりました」
「そう。では、あれは成功だったようだね」
「あの時は助かりましたわ、レオン様。おかげで、リアナのことを守れましたから」
いったい、なんの話をしているのだろうか?
それを聞く前に、レオンが続きを話す。
「リアナ。一度だけ、ジールマンに忘れ物をしたと言われて、教室に付き添ったね。あの日以降、関わりがなくなったのではないかい?」
「たしかに。そうだったかもしれません」
「今のリアナなら分かるだろう?貴族と密室に、それも数時間いれば、どうなるか」
「え?まさか…」
一度だけ、付き添ったことがある。
そして、レオンの授業を受けたからこそ、その行動の意味がわかってしまう。
「その考えであっているよ。君は知らぬ間に、既成事実を作られそうになっていた」
「そんな…」
「そのことで、ジールマンのことは看過できなくなってしまった。なので、君には申し訳ないが、勝手に噂を流させてもらった。リアナは卒業後、私の第二夫人になる予定だと」
「え?」
「…その噂が原因で、私がリアナ嬢に釘を刺しに行った。クレアを悲しませる原因になりかねなかったからな」
「それで、あのような対応を」
その噂は、今まで知らなかった。
だが、カイルのあの最悪な出会い方にも納得がいく。
クレアを思えば、自分も同じことをしそうだ。
「リアナ嬢には、なにも非はなかった。あれはレオンが悪い。先に説明しておけばいいのに、それを怠ったからな」
「それは悪かった。だが、学院内だけではなく、貴族間で噂が広がると思っていなくてね」
「もっと、自分の影響力を考えろ。王城の管理をし、次は、国でも有名なフォルスター商会との縁も結ぼうとしている。大事になるに決まっているだろう」
「だが、あの時はあれ以上、いい手がなかった。ジールマンも同じ伯爵家だから、そこまでしなくては、守れなくて」
規模が大きくなりすぎて、リアナは思考を放棄する。
ただ一つわかったのは、自分は知らぬうちに第二夫人になる噂があったのか。
クレアに迷惑がかかったかもしれないが、それでも守ろうとしてくれた二人には、感謝しかない。
「守ってくださり、ありがとうございます。でも、アドルフ様はなぜ、そのようなことを…」
「リアナ。貴女は慕われていた。その始まりは、誰かわからない?」
慕われていた話は、終わったのでは?
しかし、今、その話題を出すということは、それに関連しているということ。
そういえば、アドルフが自分を慕っていた人を、排除した理由が明らかになっていない。
思い違いでなければ、少し、答えがわかった気がする。
「……もしかして、アドルフ様は、恋多き男ではなかったの?」
「えぇ、貴女だけだったわ。ただ、方法がよくなかった。だから、手を回したの」
「そう……」
アドルフ様は自分のことを好きだった。
実感はないが、それなら慕ってくれている人を排除していたことも納得である。
「リアナ。どうしても、聞いておきたかったの。貴女は、ジールマンが好きだった?」
「いえ、そんなこと考えたことなくて。友人の一人よ」
「そう。余計なことをしたわけじゃなさそうで、安心したわ」
好きだったかと言われれば、友人としてなら。
それ以上の気持ちはない。
だが、そのせいで、多くの人に迷惑をかけたようだ。
「もっと早く、説明しておけばよかったわ。ごめんなさい」
「本当にすまなかった」
「二人同様、謝罪します」
再び頭を下げた三人に、リアナは安心させるように笑みを見せる。
「謝罪は必要ないです。友人として守ってくれた。それだけで十分です。そこまでしてくれる友人がいて、私、幸せ者ですね」
自分の知らない場所で助けてくれた、優しい友人がいた。
感謝はしても、謝罪はされる必要はない。
自分は、優しい友人に恵まれているようだ。
幸せそうに笑うリアナに対し、三人は揃ってため息をついた。
「…こういったところだよね。貴族は遠回しにしか言わないけど、リアナはまっすぐと言葉をくれる」
「いいことなのでしょうけど、今後も心配しかないですわ」
「……これは、慕われるでしょうね。今、学院の様子が、想像つきました」
褒めてくれているのか、心配されているのかがわからない。
だが、学院を思い返しても、好意を向けられていた気が、一切しない。
「クレア。やっぱり、私は人の気持ちには疎いのかもしれないわね…」
「えぇ。自信をもって言えるわ。けど、そこもいいところよ」
「今からでも、気付けるようになるかしら…」
「言葉で伝えてくれる人が一番良いのよね?」
「だって、言葉がないとわからないじゃない」
言葉がないと、自分にはわかる気がしない。
その点、レイはわかりやすかったが、恋愛対象外である。
彼は、かわいいワンちゃ…後輩である。
「でも、クレアのように、恋をしたい気持ちもあるわ。とても幸せそうだったから」
「…悩むわね」
クレアが恋をしていた時は、毎日がとても楽しそうだった。
ならば、自分も同じように楽しんでみたい。
一緒に悩んでくれるクレアの前で、クッションを抱きしめて少し考え込む。
クレアはそれを確認し、隣に座るレオンに小さく耳打ちする。
「本人に任せる方がいいのかしら?それとも、フーベルトを呼び出すべき?」
「ここは本人に任せよう。楽しい恋になるさ」
小さく話して、前を確認する。
きっと、自分のように色々と経験して、素敵な恋をするだろう。
それに、その隣にいる予定なのは、あのフーベルトである。
なにも心配ではないが、彼の苦労を考えれば、ちょっと手を回したくなる。
だが、それも要らぬお節介かもしれない。
「今後が楽しみね」
「えぇ、そうね。素敵な恋をしたいわ」
今日つけているピアスは、お披露目の時にしていた赤い宝石。
無意識に触っているその石の意味を、彼女は知らない。
婚約の腕輪以外で、恋人同士は相手の色の宝石を身につける。
それを知らない彼女は、そのことにいつ気がつくのか。
それが、今一番楽しみである。




