112. 呪われた聖獣
体調を気遣われ、後日、詳しく説明することを約束し、クレア達にはすぐに解放された。
そこから、数日が経過した。
「……朝」
ろくに眠れていないため、リアナの目の下にはクマが濃く残っている。
それを隠すために静かに起きると、化粧台でしっかりと化粧を施す。
「…よし。完璧」
鏡に映る自分は、いつも通り。
今日も上手く隠せている。
それを確認して、先程まで同じベッドで寝ていたルカとハルを起こす。
「おはよう、ふたりとも。そろそろ起きる時間よ」
「う〜ん、もうちょっと…」
「おはよう、リアナ。ハルはおねむさんだから、僕が運んであげるよ。小さくなってね」
「は〜い」
ハルはまだ眠いらしく、ルカに運んでもらっている。
リビングに向かうと、いつもの光景がある。
「おはよう、リアナ。ここ数日は自分で起きられているな」
「お父さん、おはよう」
「おとーさん、おはよう!ハルはまだ眠たいって」
「ルカもおはよう。ハルは珍しいな」
「そうね。ハルは普段頑張っているからね」
そう言いながら、ハルの頭を撫でる。
ずっと撫で続けるリアナに、ダリアスは心配そうな目を向け、ハルは目を開けた。
「リアナ、大丈夫か?無理はするな。今日のことも断っていいからな」
「そうだよ。今日も一緒に、お家で過ごすのもいいかもね」
本心では、家に引きこもっていたい気持ちが強いが、今日はギルバートに頼まれごとがあると聞いた。
窮地から助けてもらったお礼がしたい。
そして、ベッドを焦がしたお詫びも。
「フーベルトもいるし、大丈夫よ。それに、ギルバート様もいるし、ハルもルカもいる。守ってくれるでしょ?」
「当たり前だよ、守ってあげる」
「僕も頑張るよ、リアナ」
「ありがとう、ふたりとも」
ふたりを抱きしめると、心が落ち着く。
そのままの姿勢でいると、玄関をノックする音が響いた。父が対応しに外に出たが、なかなか帰って来ない。
「今のうちに、着替えてくる」
「いってらっしゃい。寂しくなったら、言ってよ」
「ハルと一緒に、ここで待ってるからね」
ふたりの言葉に笑みを返し、リアナは脱衣所へ行くと、手早く着替える。
リビングに戻ると、父と赤髪の友人の姿があった。
「リアナ、少し早いがフーベルトが迎えにきてくれた。なにかあれば、フーベルトに言いなさい。ギルは駄目だ」
「なんでも言ってください。全て、叶えますから」
優しい笑顔に、優しい言葉。
それになかなか声が出せずに、ただただ見つめてしまう。
だが、なんとか美しい笑みを作る。
「…ありがとうございます」
今の自分は、ちゃんと笑えているだろうか?
あの日から毎晩見る悪夢のせいで、ろくに眠れていない。
そのせいなのか、反応が遅れてしまう。
朝ごはんを食べて少しすると、家に馬車が迎えにきた。
馬車に乗るため、エスコートしてくれるフーベルトの手に自分の手を重ね、立ち止まってしまう。
「リアナ?」
「あ、ごめんなさい。すぐに乗ります」
今、離したくないって思ってしまった。
その自分の気持ちに苦笑しながら、急いで乗り込むと、クッションに腰掛ける。
今日もクッションがふわふわで、気持ちがいい。
「リアナ、今日はどこに行くの?」
「私もよくわからないの。迎えがあるってだけしか、聞いてなくて」
「師匠は知ってる?」
「たしか、ギルバート様が所有する別荘宅だと聞いています。楽しみですね」
「楽しみ!」
ギルバートの別荘宅。
きっと、素敵な屋敷なのだろう。
今は楽しむ元気はないが、また機会があったら、隅々まで見たいものではある。
馬車が到着し、扉が開いた。
森の中にひっそりと建つ別荘宅は、とても美しい。
「よく来てくれたね、リアナ。大丈夫かい?」
「はい、なにも問題ありません。本日はよろしくお願いいたします、ギルバート様」
「あぁ。フーベルトもよく来てくれた」
「いえ。お呼びでしたら、いつでも」
「ハルも元気そうだな」
「まぁね。今日はよろしくね」
ハルとは後で、しっかりと話し合う必要があるようだ。
相手に言葉が通じないからと言って、ギルバートに対する話し方としてはよくない。
リアナの思考がわかったのか、ハルは小さくなって、ルカに背後に隠れる。
そのせいで注目されたルカは、少し緊張しながらも、レオンに教えられた所作で挨拶をする。
「さて、名前を聞いてもいいかね?私は、ギルバート・シュレーゲル。シュレーゲルは覚えづらいから、ギルバートでいいよ」
「ありがとうございます。初めまして、ギルバート様。僕…私の名前は、ルカ・フォルスターです。よろしくお願いします」
「よろしく頼むよ、ルカ」
ルカは緊張しているが、堂々と話すことができているようだ。
レオンに教えられた所作もよくできており、美しくできている。
自己紹介も終わり、ギルバートに敷地の大きな建物の前に案内されると、リアナの方を向き、話し始める。
「今日、ここに来てもらったのは、リアナ。君に頼みたいことがある」
「なんなりとおっしゃってください」
「リアナと一緒にいた黒いドラゴンは、正気を保っていたね。どうしてか、教えてもらえるかい?」
ドラゴンのことは、なにも話さない。
そう約束したのだが、正気に戻るまでのことは話してもいいだろう。
リアナはそう考えると、気をつけながら話し始める。
「最初は、ドラゴンも操られていました。暗闇の中、不安で。その体を撫でながら、ルカのおまじないの唄を口ずさみました」
「ほう、そのおかげで正気に戻った、と。では、試しに唄を口ずさんでくれないか?保護した聖獣が、大量にいるのでな」
「そのようなことで、いいのなら」
建物の扉を開けると、赤い目が一斉に自分を向く。
少し怖いが、ここで逃げては、この子達がかわいそうだ。
リアナはなんとか一歩進むと、深く息を吐く。
緊張した様子のリアナの手に、ルカは優しく触れると、笑いかけてくれる。
「リアナ、唄うの?僕も一緒にする」
「じゃあ、お願いしてもいい?ルカが一緒だと、心強いの」
「任せて」
ルカと一緒なら、きっと大丈夫だろう。
そう思い、ルカと手を繋ぐと目を瞑り、リアナは唄を口ずさむ。
優しい気持ちやあたたかい気持ちに包まれ、心が落ち着く。
唄を終えると、リアナはゆっくりと目を開ける。
赤い目の聖獣達は、色とりどりの目で、こちらを見ていた。
「…素晴らしい。聖獣が、正気に戻っている。これで、元いた場所に戻れるだろう」
「よかったです。早く、家族のもとへ帰れるといいですね」
どうやら成功したようだ。
ルカのおまじないの唄にこのような効果があるとは思わなかったが、これで聖獣は元の場所へ戻れる。
そのことに安堵していると、頬になにかが触れた感覚がした。
「きゅー!」
「え?あなた、あの時の子?無事だったのね」
「きゅーきゅー!きゅきゅ!」
なにやら伝えてくれているのだが、生憎わかりそうにない。
だが、感謝しているのだろう。
「ふふ、かわいいわね。あなたも家族の元へちゃんと帰るのよ」
「きゅ!」
どうやら、この聖獣は空が飛べるようだ。
ハリネズミに似た見た目なのだが、どこか違う気がする。
きっと、掴まれていた時には気付かなかった、背中に花が咲いているせいかもしれない。
最後に、その聖獣はリアナのおでこに鼻先をつけて、転移していった。
きっと、元にいた場所に戻ったのだろう。
「ふふ、かわいい」
そんなことを呟きながら振り返ると、他の人に微笑ましく見守られていた。
フーベルトとハルに見られるのはいいが、ギルバートは、貴族である。
そのため、この姿は見られたくなかったのだが、今は見逃して欲しい。
リアナは緩んだ頬を引き締めると、美しい笑みを作る。
「これで、以上でしょうか?」
「最後の一匹が奥にいるのだが、光を嫌うようでな。少しついてきてくれ」
光を嫌う。
ということは、この建物の奥の扉の先にいるのだろう。
 




