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111. 悪夢と小さな蕾



 気がつくと、知らない部屋だった。

 何があって、自分がどうしてここにいるのかが、わからない。

 リアナはベッドから起き上がると、少し歩いて周囲を見渡す。



「ここは、どこ?」



 部屋にはベッドしかなく、他にはなにも置いていない。

 閉じられたカーテンの向こう、外は暗い。


 そのカーテンに触れた途端、部屋の景色が一転する。



「…え?」



 いつの間にか、外に立っている。

 もしかして、これは夢なのだろうか。

 でも、綺麗な星空に見覚えがある。



「綺麗…。でも、誰と見たんだっけ…」



 星空に右手を伸ばすが、届くことはない。

 見上げていた星空は消え、暗転する。


 また場面が変わり、目の前に手を差し出す男性が現れる。

 その赤色の瞳に、一歩下がった。



「おいで、リアナ」



 目の前の人物が、怖い。

 優しく笑いかけてくれているはずなのに、ずっとまとわりつくその視線に、リアナは走って逃げ出す。



「お願い、来ないで。お願いだから…」



 逃げても逃げても追いかけてくるその男性に、リアナは今できる最大出力の魔法を放つ。



「リアナ!」



 次の瞬間、自分を大きく揺さぶる衝撃とその声で意識が浮上した。



・・・・・・・・



 目を開けると、見知らぬ天井が広がる。


 だが、それよりも気になるのは、自分を心配そうに見つめる灰色の瞳。

 やけに寝心地のいいベッドに、豪華な調度品。

 そして、なにかが焦げたにおい。


 体を起こしたリアナは現状が理解でき、冷や汗が流れ始める。



「おはよう…ございます」

「おはよう、リアナ」

「すみません、私ですよね。このベッドを焦がしたの…」

「それは気にするな。悪い夢でも見たか?」

「……はい」



 怖い夢で魔力が発動するなど、魔法の制御ができない子供のようではないか。

 リアナは苦笑いしながら、あの視線を思い出してしまう。

 それを振り切るために、自分の体をしっかりと抱きしめた。



「では、その夢を消してあげよう」

「…ギルバート様?」



 ギルバートは立ち上がると、扉から覗き込む黒いふわふわを招き入れる。

 一気にリアナの元へ駆けてきたぬくもりを、しっかりと抱き止めた。



「リアナ!心配したんだよ!」

「ごめん。ごめんね、ハル」

「はぁ〜もう!……リアナが無事なら、それだけでいい」



 震えたハルの声に、もっと強く抱きしめる。

 そのまま柔らかい毛並みを撫でていると、ハルは落ち着いたのか、話を続ける。



「守ろうとしてくれてありがとう。でも、もうあんな無茶はしないで」

「ごめんね。でも、ハルが無事でよかった。……ずっと会いたかった」

「僕も。もうひとりにしないからね」



 あたたかい、ひだまりのにおいがする。

 抱きしめていたその腕を緩めると、ハルはリアナの膝の上に丸まり、大きくあくびをした。

 その頭を優しく撫でながら、リアナは笑みが溢れる。



「どうだ、リアナ。少しは落ち着いたか?」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「朝早く、屋敷の扉の前で待っていたのは驚いたが、リアナが起きる前に来たかったのだろう。少し休ませたいが、そこでは難しいな」

「…すみません」



 自分が寝ていた所以外、全体的に焦げているため、大変申し訳ない。

 布団から出ると、ベッドに腰掛け、リアナは立ち上がろうとする。



「腕輪…」



 ハルを抱き上げようとし、左手首になにもないことに声が漏れる。

 それに対して、ギルバートは美しい笑みを浮かべた。



「外しておいた。あれはリアナの好みではないだろう。宝石に関しては、もっと暗めの赤。それに、シンプルな細身な白金のリングに彫刻が欲しいところか」



 たしかにそれはそうなのだが、なぜそこまで正確に当てれるのだろうか?

 リアナが不思議そうにしていると、ギルバートはにやりと笑う。



「いつかフーベルトに作って貰えばいい。リアナが願えば、白金にも何にでも彫刻をしてくれるぞ」

「それは…魅力的ですね」

「そうだな。では、移動するか」



 今度、お願いしてみようか。

 たとえ白金やその類に彫刻をしたことがなくとも、フーベルトなら叶えてくれそうな気がする。

 少し笑みをこぼしたリアナはハルを抱き上げて立ち上がろうとし、バランスを崩して、再び座り込んだ。



「もしかして、歩けないのか?」

「いえ、少しふらついただけです」

「そうか。ハル、自分で移動しなさい。リアナは私が運ぼう」

「は〜い」

「いえ、大丈夫です。歩けますから!」



 ハルはベットから飛び降りると、気持ちよさそうに体を伸ばす。

 ギルバートに近付かれ、リアナは焦る。

 ベットを焦がすだけでは怠らず、ギルバートの手も煩わせようとしている。

 焦るリアナの上空から、喉を鳴らして笑っている声が聞こえた。



「冗談だ。ダリアスといい、リアナといい、本当にからかい甲斐がある」



 楽しそうに笑う目は、父に向けるものと同じもの。

 リアナはあまりの恥ずかしさに、うつむいた。



「ギルバート。あまりリアナさんをいじめてはだめよ。私が怒ります」

「お、おぉ。気をつけよう」

「さぁ、リアナさん。ゆっくりでいいわ、部屋を移動しましょう」

「ありがとうございます、カロリーヌ様」



 部屋に入ってきたカロリーヌに声をかけられ、リアナは安堵の息を吐く。

 ベッドから立ち上がって、やっと着ているものが変わっていることに気付いた。



「あの…このワンピースは…?」

「メイドに着替えさせたのだけど、まずかった?あのドレスは焦げていたから、使い物にはならないし。あ、でも、後で」

「いえ、大丈夫です。かわいらしくて、素敵だなと思っただけですので」

「あら、そう。気に入ってくれて、よかったわ」



 淡い紫色のワンピースは美しくて、自分にはもったいない気がするが、あのドレスはもう着たくない。

 カロリーヌに気遣われながら、リアナは部屋を移動する。

 案内された部屋のソファーへ腰掛けると、その横にハルが座ってくれた。



「では、神官を呼んでくる。カロリーヌ、ここは任せる」

「えぇ」



 神官をいうことは、これから診察されるのだろう。

 何もかもしてもらって申し訳ない。

 ギルバートが部屋を出たのを確認し、リアナは頭を下げる。



「ご迷惑をお掛けして、申し訳ございません。ベッドも焦がしてしまいました」

「気にしないで。エドワードが子供の頃は日常だったわ。他の子は、三日に一度ぐらいだったかしら」



 貴族の家にとっては、そんなに珍しいことではないのだろうか?

 しかし、侯爵家の家具を傷つけてしまったのだ。その金額を思い浮かべ、頭が痛くなる。

 父に相談してどうにかなるかは分からないが、帰ったら相談しよう。


 程なくして、扉を開けてギルバートが神官を連れて入ってくる。

 しばらく診察されていたのだが、目の前の神官はいい笑顔を浮かべた。



「異常はないです。経過観察をしましょう。ただ魔力があまり回復していないようなので、今日は魔法を使わないでください」

「…気をつけます。ありがとうございます」



 もう魔法は使った後なのだが、これからは気をつけよう。

 その後、軽い軽食を摂り、別の部屋に案内され、ハルとふたりで過ごす。



「でね、僕が颯爽と三人を乗せて、あの屋敷に到着して〜」



 ハルは得意顔で昨日の活躍を話してくれているのだが、急に黙り込んだ。

 不思議に思っていると、こちらの様子を伺っているようだ。



「ねぇ、リアナ。あの黒いドラゴン、何か言ってた?」

「ここにいてはまずいから、内緒にしてほしいとだけ。あそこにいてくれてよかったわ」

「ふ〜ん。そっか」



 話は終わりだったようで、再び、活躍を話してくれる。

 しかし、あのネックレスにそのような機能があったとは知らなかった。

 少し細かく聞いていると、ハルが口角を上げる。



「なによりも頑張ったのは、フーベルトだよ。リアナの魔力の暴走を止めたんだから。僕、見直しちゃった」

「そう…」



 魔力の暴走であまり覚えていないのだが、もしかして、フーベルトが助けてくれたのだろうか。

 前にも似たようなことがあった気がして、リアナは少し気が遠くなる。

 フーベルトには、迷惑をかけてばかりな気がする。



「あれ、てっきり照れると思っていたのに。あんなに抱きしめられてさ〜」

「…今は言わないで。なんだか、胸がざわめくの。魔力が流れそう…」

「それは良くない。やめよう」



 フーベルトのことを思い浮かべると、胸がざわめく。

 まるで、魔法を使うときのような、そんな高揚感を感じる。

 でも、思い浮かべたフーベルトの笑みに、安心する気持ちもある。


 よくわからないこの感情に、リアナは考え込む。

 その様子に、ハルはしっぽを大きく揺らす。



「綺麗な花が、咲きそうだね」

「え?花?」

「そう。とびきり綺麗な花がね!」



 花とは?

 急に花の話になり、リアナの頭は疑問に埋め尽くされる。

 聞き返すより先に、部屋の扉が開き、リアナは強く抱きしめられた。

 


「リアナ、無事か。どこも痛いところはないか?なにか気になることは!」

「ないわ。お父さんこそ、身体に異常は?魔法、使えないんでしょ」

「何も気にすることはない。先程、ギルに診てもらって、解決済みだ」

「よかった…」



 魔力の封印による異常は出ておらず、もう解決済みらしい。

 優しい父に抱きしめられて、心の底から安堵した。

 


「リアナの水魔法で、見つけやすかったようだ。他の人も無事だ。ありがとう」

「あれしかできなかったけど、役に立ててよかった」



 咄嗟の判断だったが、無事に成功したようだ。

 父も倒れていた人も、助かって本当によかった。



「ダリアス、離れなさい。それではリアナが会話しづらいだろう」

「まだ離すつもりはない。ギル、邪魔をするな」



 ギルバートの言葉に振り向くことなく、ダリアスは無愛想に答える。

 抱きしめられているリアナはギルバートの隣に視線を移し、苦笑いをした。



「まぁ、ダリアス。貴方、本当はギルバートとそのように話すのね」

「カ、カロリーヌ様…」

「ふふ。面白いものを見れたわ、ギルバート」

「全く。あれほど気をつけろと言ったのに」



 ギルバートはにやりと笑うと、ダリアスを見る。


 カロリーヌとの会話では気を付けていたのだが、それも今日で終わりだろう。


 父は気まずそうに体を離すと、隣に腰掛けた。

 その姿に笑いながら、リアナはギルバートに感謝を伝える。



「今回は助けていただき、本当にありがとうございました。このお礼は、なんなりとおっしゃってください」

「では、エドワードの嫁に」

「…ギルバート様がそれを望むと」



 リアナが話している途中、急に黒い前足で口を閉じられた。

 その口を塞いだハルの隣、ダリアスはリアナの肩を抱き寄せ、ギルバートを少し睨む。



「ギルバート。僕、怒るよ?リアナは僕の大切なご主人なの。絶対に渡さない」

「絶対に駄目です!リアナは渡しません」



 ふたりして似たようなことを言う姿に、リアナは笑みをこぼした。

 それを見て、ギルバートは楽しそうに笑う。



「ふふ、冗談だ。他に頼みたいことはあるが、それはまた後日にしよう。今日は帰りなさい」

「ありがとうございます」



 ギルバートは楽しそうな目をダリアスに向けている。

 そのやり取りに、リアナは笑いながら、安堵する。



「リアナさん、これを。リアナさんから返してあげてください」



 カロリーヌから渡されたのは、騎士服の上着。

 それを受け取り、リアナは疑問が頭に浮かんだ。



「これは」

「馬車の用意ができたようだ。送ろう」



 この上着の持ち主を聞こうとしたのだが、言葉を遮られた。

 リアナは上着を持つと、馬車へ向かう。



「リアナさん。無理しないようにね」

「気をつけます、カロリーヌ様」

「次に会う時は、フーベルトを連れてきてくれ。あと、ルカもな」

「…わかりました」



 どうやらフーベルトも共に行くことになっているが、そのことに少し落ち着かない。

 リアナが乗り込んだ馬車は、家を目指して進む。


 昨日ぶりに帰った家が、こんなに恋しくなるとは。


 馬車が家に近付くと、その家の前の様子に、リアナは少し目を見開く。

 そういえば、昨日はクレアに手紙を送っていない。



「えっと、ただいま?」

「ただいま、じゃないでしょう!今まで、どこでなにしてたの!」

「クレアの言う通りだよ、リアナ。昨夜は誰も家に帰っていないじゃないか」

「レオンもクレアも落ち着け。居ても立っても居られなくて、朝からここに来たのだが、会えてよかった」



 自分の家の前に待っていたクレアとレオン、そしてカイルの姿に、リアナは苦笑いする。

 そのまま、昨日のことについて報告を行うことになったのだった。



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