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110.ある男の末路

アドルフ視点です。



 ゆっくりと、意識が浮上する。



「リア…ナ…」



 やっとリアナを手に入れたはずなのに、その姿はどこにもない。

 そして、体を起こして気付く。

 着ていた服も粗末なものに変わり、補助装置も外されている。


 あぁ、そうだ。

 邪魔にあって、全て失われてしまったのだ。



「やっと、起きましたか。長いお昼寝でしたね」

「…えぇ、よく眠れました。……エドワード様」



 硬く冷たい石でできた床に座り、鉄格子を隔てて会話が交わされる。


 目の前で美しい笑みを浮かべる男は、自分に巨大な氷を落とした男。

 シュレーゲル侯爵家の跡継ぎで、第三騎士団、魔導部隊の隊長を務める人生の勝ち組。

 欲しかったものが、手に入らなかったことなどないだろう。


 そのエドワードは懐から取り出した香水を取り出し、自分に見えるように液体を揺らしている。



「どうやって、これを手に入れたのですか?」

「…答えるつもりはない」



 いや、教えることができない、といった方が正しいか。

 契約を交わし、もしその名を口にすれば、自分の命はないと言われた。


 エドワードは特に気にした様子もなく、別のことを尋ねる。

 

 

「では、質問を変えます。リアナ・フォルスターを攫った理由は?」

「…欲しかったからだ」

「欲しかった。それは、人としてですか?それとも、商会の功績ですか?」

「…すべてだ、すべて。リアナが…欲しかった」



 昔から、欲しかった。


 最初にその名を聞いたのは、母の口からだった。

 隣国出身の母は、この国にはないことを色々と話してくれた。


 美しいガラス作品の街並み、それに反射する海の景色の美しさ。そして、美しいガラスの教会。

 そこで結婚式を挙げるのが、その国に住む恋人の憧れだと。


 そして、その教会のガラスを作り上げたのがリアナの祖父である、と。


 リアナの母の話、その母の生家である商会、そして、自分がリアナを手に入れなければ、母の立場が無くなると聞かされていた。

 幼い頃から繰り返し伝えられたその言葉に、リアナを手に入れなければならないという、大きな人生の目標を見つけた。


 初めてその姿を見たのは、中等学院。

 黒檀の美しい髪とアメジストのように輝く紫の瞳。

 まだ幼さを残しているが、花が咲いたような笑顔は、なによりも美しくて、世界が色づいて見えた。

 きっと、あれは一目惚れだったのだろう。



「それは、本人の意思を無視しなければならないほどですか?」

「リアナがそばにいてくれるだけでいい。そこに、相手の意思は必要ではない」



 欲しいものは、無理矢理にでも手に入れろ。

 父のその言葉を胸に、リアナと交流するようになった。


 貴族の負け組である自分にも敬意を払い、リアナは誰にでもその笑顔を振り撒いていた。

 もちろん、リアナへ言い寄るものは排除した。

 それすらも気付かないリアナの純粋さに、また惹かれた。


 リアナの隣で笑えるだけで、幸せだった。

 そう。母の立場など気にならないほど、純粋にリアナを愛していた。


 だが、それも長くは続かなかった。



「学院の頃、ベーレンス伯爵に忠告されていましたよね。リアナに近付くなと」

「…あぁ。本当に邪魔だったな。せっかく、リアナと二人で密室になれるチャンスもあったのに」



 リアナがいつしか、自分以外の人と長く過ごすようになった。

 最初はよかったのだ、楽しそうな姿を見れるだけで。

 しかし、その時間が長くなればなるほど、心に黒くて重いものが溜まっていった。


 一度、リアナを誘って、学院の使われていない部屋に行ったことがある。

 忘れ物をしたが、一人だと心細いので、ついてきて欲しいと。

 なんの疑いもなく、ついてきてくれたリアナと部屋に入り、扉を閉めて、数時間過ごす予定だった。

 二人きりで過ごしたという既成事実がつくるために。


 しかし、その扉は閉まることなく、代わりに鋭い眼光で睨みつけてきたクレアとレオンの姿があった。

 本当に、惜しいことをしたと思う。



「シュレーゲル侯爵から、全ての貴族へ忠告が出されていたでしょう。リアナ・フォルスターに手を出すなと。なぜ、そんな馬鹿なことをしたのですか?」

「…最後のチャンスを逃したくなかった。赤髪の存在が、一番目障りだった」



 リアナを久しぶりに見かけたのは、花祭りの日。

 偶然会えるかもしれない淡い期待を抱いて、変装して街に繰り出した。

 しかし、その隣で笑っていたのは、自分ではなく、赤髪の青年。

 その青年の横、コロコロ変わるその表情は、自分の知らないものだった。


 その光景が頭から離れないまま、人から逃げるように裏路地を通って帰路についていると、黒い悪魔に囁かれたのだ。



「聖獣を操って、どうするつもりだったのですか?被害者も多く、聖獣もいまだに元に戻らない」

「戻し方など知るわけがない。とある聖獣が持つ特性を、探していただけだ」

「特性?」

「記憶を操る聖獣がいる。そう教えられた。それを操れば、きっとリアナは私を好きになったはずだ」



 聖獣の中に、記憶を司る特性を持つ存在がいると言われた。

 赤髪の代わりに自分と置き換えれば、リアナが手に入る。

 そう囁かれた時、気付けば香水と腕輪を手にしていた。


 腕輪には自分の瞳と同じ石を入れ、それに合わせてネックレスも用意した。

 そして香水は、手当たり次第、見かけた聖獣に吹きかけて手に入れた。

 しかし、なかなか見つからぬ時、黒いドラゴンに出会ったのだ。



「屋敷へ捕らえていた黒いドラゴンは、一体なんなのですか?存在など、一切感じられなかった」

「阻害魔法が発動する聖獣だ。場所など、誰にもわかるはずがなかった」



 急に襲いかかってきたドラゴンに、集めてきた聖獣に襲わせて、香水を吹きかけた。

 阻害魔法はとても便利で、隠れてできることが多くなった。

 それなのに、なぜ、あいつは空を飛んだのか。



「唯一、香水の効果が切れた相手、ということですね。では、最後にいいことを教えましょう」

「…いいこと?」



 この状況で、いいことなどあるわけがないではないか。

 そう睨むアドルフに、エドワードは冷えた笑みを向ける。



「リアナ・フォルスターと共にいた赤髪。彼には、公爵家の血が流れています。赤髪の公爵家に、なにか思い当たる節は?」

「…そ、そんなはずが」

「正式な登録はされていませんし、情報も秘匿とされてきました。しかし、ノイエンドルフ公爵が許可を出せば、すぐにでも公爵家に名を連ねることができる。手を出す相手を、間違えましたね」



 ノイエンドルフ公爵家。

 何があっても敵に回してはならないと、貴族の中でも暗黙の了解がある。

 現当主になるまで色々あったが、それでも国王の加護があるため、敵対すれば、この国にはいられない。

 その事実に、冷や汗が背中を伝う。



「契約魔法、しかも命を賭けましたか。こんなことをするより、もっといい方法がありましたね」



 なぜ、それがわかるのだ。

 自分を見るエドワードの少し明るくなった青の瞳に、アドルフは目を逸らし、うつむいた。



「…あるわけないだろ。貴族から出されることが決まって、婚約者とも上手くいかず、なにも持っていない自分では…」

「どうして、純粋に好意を伝えなかったのですか?それだけでも、未来は変わったかもしれませんよ」

「そんなことで変わることなど」

「リアナは気付いていたのですか?貴方の好意に。それだけで、貴方を見るリアナの目は変わっていたはずです」



 そんなことで、よかったのだろうか。


 父が母に、愛の言葉を伝えることはなかった。

 欲しいから手に入れたと、そう聞いていた。


 あれ、そういえば、母が父の話をする時、どんな表情(かお)をしていただろうか。



「時間ですね。次に面会に来るのは、たしか…ノイエンドルフ公爵でしたかね。頑張ってください」

「ま、待ってくれ。名前、名前を言うので、お願いします、どうか」

「命を無駄にすることはありません。頑張ってください」



 アドルフの懇願を断ると、エドワードは廊下を歩く。

 王城の地下に備え付けられた、その中でも一番厳重な警備体制を引かれた鉄壁の要塞から出ることはできない。



「チャンスがあっても、これでは報われませんね。まぁ、これが彼の運命だったのでしょう」



 背後から聞こえる、自分の名前を連呼する声に、振り返ることはない。

 エドワードはその部屋の扉を閉めながら、哀れな男の末路を見届けた。



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