109. 愚か者には鉄槌を
ダリアス視点です。
ダリアスは敷地の入口にいるというエドワードを迎えに、少し息を切らしながら走る。
先程のドラゴンの登場で屋敷は半壊し、入口までの道を遠回りしなければならない。
少し目眩がするが、きっと気のせいだ。
「全く。悪趣味なドレスだったな」
最初は気が付かなかったが、ハルを助けに走ったリアナの背中は大きく開いていた。
それを見てしまったであろうギルバートとフーベルトの目は後で潰すとして、今はリアナを助けなければ。
走り続けていると、自分の先を走っている人影を見つける。
「まさか、リアナが補助装置なしで魔法が使えるとは。他の人間を暴走させて、そのうちに逃げるはずだったのに。余計なことを」
あの蛇は、魔法に反応するものだったのか。
まだ魔法を使っていなかったため、それに気付けなかった。
だが、それは今はいい。
自分の大切な家族を傷つけたのだ。
あいつを絶対に、逃すわけにはいかない。
「待て、アドルフ!」
「くそっ!なぜだ。なぜ、転移できない!」
転送装置が使えないらしく、アドルフは走って逃げているようだ。
だが、この敷地の出口は一箇所しかない。
敷地の外、揺れる灯りは、きっとエドワードだろう。
ダリアスは息を大きく吸うと、声を張る。
「エドワード!そいつを捕まえろ!」
「えぇ、只今」
ダリアスの声で、光が一斉に照らされる。
眩しさのあまり目を瞑ったのだが、次の瞬間には、アドルフは拘束されていた。
「くそっ!ふざけやがって!」
暴れるアドルフを囲む人だかりは、皆、ギルバートと似たローブを羽織っている。
だとすれば、ここにいるのは、第三騎士団である魔導部隊であろう。
拘束しているアドルフを、魔道士達はまじまじを見つめている。
「これが、今回の黒幕か。焦げてないか?」
「そうだな、それに弱そうだ」
「ふざけたことを言うな!」
魔導部隊に所属する者からすれば、アドルフの魔力量は取るに足らないだろう。
しかし、その言葉はアドルフの自尊心を傷つけたようだ。
さらに暴れるアドルフに、エドワードは影のように暗い笑みを浮かべる。
「喧嘩を売るなら、相手を選んでください。私は、非常に怒っていますよ」
「え、ちょっと待て」
「待ちません」
空中に浮かぶ巨大な氷の塊が、アドルフに落とされる。
アドルフにぶつかる間際、他の魔導士達にその氷は霧散されたおかげで、傷一つついていない。
だが、あまりにも衝撃的だったのか、アドルフは気絶しているようだ。
エドワードは笑みを消すと、自身の魔法を消した魔導士達を少し睨みつける。
もしかして、本当にあの塊を当てるつもりだったのだろうか…?
だが、ダリアスが近くにきたことに気付き、エドワードはいつもの笑みを浮かべている。
「さて、ダリアス様。こいつは直接、牢屋にぶち込んでおきます。しかし、そんなに走ってどうかしましたか」
エドワードが使う言葉にしては、珍しい言葉を使うので少し戸惑う。
だが、ダリアスはここまで走ってきた理由を思い出す。
「エドワード、急いで来てくれ。リアナの魔力が暴走している!」
「それは悠長に話す暇はありませんね。案内してください。他の者も、各自突入しろ」
部隊に指示を出し、エドワードはアドルフを転移させる。そして、ダリアスが走ってきた道を共に走る。
「どの属性ですか?」
「火だ。ギルは頑張っていたが、なかなか苦しそうだったぞ」
「それは…そうでしょう。リアナの魔力量は、魔道士でも珍しいですし。火は、父と相性が悪いです」
火と相性が悪いとは、初めて聞いた。
だが、なんでも器用にこなすギルに、不可能なことはないはずだ。
「ギルは平気だろう。リアナの魔力量が多いおかげで、まだ枯渇することは無さそうだな」
「それは父上の前で、絶対に言わないでくださいね」
エドワードに生真面目な声で言われ、ダリアスは苦笑いをする。
走っていくと、仰向けで倒れているギルバートの姿が見えた。
火は見えないが、ギルバートが動く様子がない。
ダリアスは急いでギルバートを抱き起こすと、大きく揺さぶる。
「ギルバート!生きてるか!」
「…やめろ、生きている。あまり揺らしてくれるな。…吐くぞ」
「父上、こちらをどうぞ」
「…本日、ニ本目だぞ。嬉しくないな」
どうやら、魔力の使いすぎで倒れていたようだ。
ギルバートが飲み干すのを見守り、友の無事な姿に安堵したが、そこで気付く。
「炎がない…?」
リアナを中心とした広がっていた大きな炎が、無くなっている。
魔力の使いすぎによる魔力切れと、魔力の暴走による枯渇は、大きく異なる。
魔力切れの場合は意識を失うだけだが、枯渇してしまった場合は、なにか後遺症を引き起こす。
この状況に、嫌な予感が背筋を冷たく流れる。
「リアナは…?」
口から出た自分の声は、言葉がかすかに震えていた。
ダリアスは目を伏せ、良くない方向へ考えが浮かび、どうにか打ち消そうとする。
「なんとか、頑張れました」
自分の目に入ったブーツで、その人物が分かり、ダリアスは顔を上げる。
「よくやった、フーベルト。後で、褒美をやろう」
「ハルさん、任せていいですか。ちょっと、力が上手く入らないので」
「ありがとう、フーベルト。僕に任せて」
ハルはフーベルトの横に並ぶと、リアナを受け取る。
フーベルトはその横に、崩れるように地面に座り込んだ。
リアナに羽織らせている騎士服の上着は、所々焦げているが、生地はしっかりとしているようだ。
エドモンドが用意したのだ。
きっと、見えぬところに魔法耐性や防御を付与しているのだろう。
「さすがに、きつかったです。次は遠慮したいですね」
「そんなフーベルトに、こちらを」
「ありがとうございます、エドワード様」
魔力ポーションを受け取り、フーベルトは一気に飲み干している。
何があったかわからないが、フーベルトのおかげでリアナが助かったのはたしかだ。
ダリアスは同じく地面に座ると、深く頭を下げる。
「フーベルト、すまない。無理をさせたようだな」
「いえ、自分が助けることができてよかったです」
フーベルトはいい笑顔で話しながら、リアナに羽織らせた上着のボタンをしっかりと留めている。
今回は、フーベルトの目は潰さないでおこう。
「エドワード、あいつはどうなった」
「王城の牢屋に入れてあります。補助装置も、何もかも取り外しているので、逃げることは無いでしょう」
「それはいい判断だな」
すぐに転移させていたが、そこまでしていたとは。
そのことに感心しつつ、あることを思い出し、立ち上がったダリアスは眉を顰める。
「しかし、ライラを見ていないな。アドルフの傍にいたはずなのに」
「私の話でしょうか、ダリアス様」
「なぜ、ここに!」
気配も感じさせず、背後に立っていたライラに驚き、距離を取る。
しかし、身につけるローブは魔導部隊と同じもので、思わず二度見する。
「説明していないのですか?」
「えぇ。お二人は、顔に出ますので」
二人ということは、自分とリアナのことだろうか。
まだ少し疑いつつ、ダリアスは一歩下がる。
ライラは短く詠唱すると、髪型と瞳の色を変え、こちらを向いた。
「では、改めまして。魔導部隊所属、極秘事件担当、ライラ・ジンドルフです。以後、お見知り置きを」
髪色は金髪から紅茶色に変わり、肩で揃えられている。
こちらを見る瞳は、青色から茶色に変わった。
ギルバートは腕を組み、エドワードに尋ねる。
「どういうことだ。私は聞いてないぞ、エドワード」
「父上はもう、魔導部隊は引退したではないですか。機密事項は、家族にも漏らせませんよ」
「この度は、ご協力ありがとうございました。そして、ご迷惑、ご心配をおかけしました。リアナ様には、後で謝罪いたします」
「…そうしてくださると、有り難いです」
どうやら、極秘事件の件でアドルフの元へ潜入していたようだ。
ライラが本当は敵ではなかったことに、ダリアスは安堵から小さく息を吐く。
目を青くしてリアナを見ていたギルバートは膝をつくと、リアナの手首についていた腕輪に触れる。
「この悪趣味な腕輪、ここで外しておこう。どうせ、私の魔力量より下位のものが作った腕輪だろう」
ギルバートは少し魔力を流すと、その腕輪を外した。
それをエドワードに渡し、今はリアナの手のひらの傷を見ている。
「それは、何の腕輪なんですか?」
「その腕輪には、複数の魔法陣が組み込まれている。位置情報を知らせるものと服従させるもの、それと吸魔の魔法陣もあるな」
フーベルトの疑問に、ギルバートは淡々と説明する。
しかし、それなら少し疑問が浮かぶ。
「なぜ、リアナは外さなかったんだ?」
「外さなかったのではなく、外せなかった。他者の魔法で取り付けられたものは、自分の力では外せない。取り付けた本人か製作者、もしくはそれを上回る魔力量の人間ではないとな」
そんな恐ろしいものを、よくもかわいい娘につけてくれたものだ。
怒りに震えるダリアスを横目で見ながら、ギルバートは優しい手つきで包帯を巻き始めた。
「安心しろ。リアナにとっては、吸魔の魔法陣は意味がなかった。保有量が多すぎるため、気付いていなかったのだろう」
「それもそうだろうが…」
「それよりも、先程、魔法を無理に使ったせいで熱が出始めている。この手のひらの傷は後で綺麗に治させよう」
「助かる、ギル」
「いや、気にするな。……よく頑張ったな、リアナ」
ギルバートは優しくリアナの頭を撫でると、立ち上がった。
「では、帰るか。リアナは侯爵家で預かろう。神官をそばに控えさせておく」
「礼を言う」
ギルバートは馬車を呼び、先にリアナを乗せていた。
その際に馬車の中に、カロリーヌの姿が見えた。わざわざ来てくれたようで、申し訳ない。
「では、帰る。リアナが目覚めたら、すぐに連絡する」
「…あぁ、待ってる」
本当は一緒に居たいが、今回は任せるしかない。
それに、万が一後遺症が残ってないかの確認も、神官がいた方が安心である。
ギルバートが追加で呼んだ馬車に乗り、ダリアスは大人しくしているハルに声をかける。
「ハル、もう話してくれないのか?」
「ハルさん。なぜ、私にも言葉がわかるのでしょうか?」
せっかく話せるようになったのだが、それももう難しいのだろうか。
出来るなら話したいのだが、こればかりはハル次第である。
フーベルトの疑問に、ハルは口角を上げる。
「愛の力だよ、愛!リアナを想うあまり、才能が開花した、みたいな?」
「では、そういうことにしておこう」
「話せて嬉しいです、ハルさん」
本当は違うのであろうが、ここで問い詰めるのも良くない。
なにより、今回はハルがいなければ、リアナを救えなかっただろう。
どこにいるかわからず、ただ時間が過ぎ去っていた可能性が高い。
……リアナなら、あの黒いドラゴンで帰ってきた可能性があるが。
考え込んでいるダリアスと嬉しそうな表情のフーベルトに、ハルは嬉しそうに笑う。
「僕も話せて嬉しいよ。ダリアス、フーベルト」
 




