105. ハルの隠し事
ハル視点です。
「…リアナ?」
ハルは体を起こし、耳をまっすぐ立てる。
今、自分の体にリアナの魔力が巡った気がする。
なにかあれば、自分を呼ぶと約束した。
やはり、余程の何かが起こってしまったのだろう。
「ハル?どうしたの?」
「なんでもない。ちょっと、いってくるね。いい子にしとくんだよ、ルカ」
「は〜い。絵を完成させるね」
ルカに声をかけ、ハルは体を小さくし、風になる。
そして、商会長室に侵入して、箱の中に隠れた。
リアナに何があったのか、もっと情報が欲しい。
そのためには、ここにいる方が確実だろう。
しばらくすると、部屋にギルバートが隠れながら入ってきた。その後、ダリアスも部屋に入ってきたが、顔色が悪い。
なにか話しているが、ここからは少し聞こえずらい。
きっと、あの装置のせいだろう。
ハルは場所を変え、ソファーの裏に隠れて盗み聞きをする。
「僕が、助けなきゃ」
何があったのかを理解したハルは、静かに呟いた。
自分の嫌な予感は、残念ながら当たったようだ。
約束通り、自分に助けを求めてくれたリアナの元へ行けなかったことが、悔やまれる。
しかし、ここで黙って待っていられるほど、自分はいい子ではない。
ハルはソファーの裏で、静かに考える。
「リアナになんて説明しようかな。でも、内緒にしてればバレないよね」
リアナは何か疑問に思うことがあっても、深く聞いてこない。
きっと、自分のことを想ってなのだろう。
本当に優しいご主人だ。
そのリアナを不安な思いをさせないようにするために、内緒にしていることは、多くある。
要は、他の秘密と同様に、リアナへ今回のことがバレなければいい話だ。
「では、他にいい案があるのか」
「それは…」
「これ以上、悠長に待ってられない。そうだろう?」
ハルは会話を続けるダリアスとギルバートの前に立つと、話しかける。
「ねぇ。ねぇってば〜」
「すまない、ハル。外に出ていてくれないか。大切な話をしているのだ」
「あぁ〜、もう!ダリアスのバカ!」
ハルと契約をしていないダリアスには、何も言葉が通じない。
だが、ハルにはリアナにも伝えていない、秘密がある。
自分を外へ出そうとするダリアスに抵抗し、机の上に乗ると、喉に前足を当てる。
「あー、あー。ねぇ、聞こえる?」
自分を見つめる二人の驚いた表情に、ハルは笑みが溢れる。
どうやら成功したようだ。
「その様子だと、聞こえてるみたいだね。さすが、僕」
「ハル…?」
「言葉がわかる…どういうことだ」
心底不思議そうな表情をするダリアスは、自分の頬をつねっている。少し、痛そうだ。
同様に、顎に手を当て考え込んでいるギルバートは、信じられぬものを見たかのように、こちらを見てくる。
その二人の様子に気分がよくなり、隠しようも無い得意顔で、ハルは流暢に話し始める。
「えっとね〜。実は、頑張れば話せる、みたいな」
「なんと!そのような能力が!」
ハルの言葉に、ギルバートは立ち上がる。
少し自分を見る目が怖いのは、気のせいだろうか。
教える人間を間違えた気もするが、今はそうは言ってられない。
「話せるようにしたのは、褒められるためじゃないよ。僕なら、リアナの場所が分かるから」
「どういうことだ」
「もしや、転送装置か」
ダリアスの疑問に、ギルバートが答えを出す。
召喚獣は、名と名による契約を交わす。
召喚される際に、自分の契約者がどこにいるのか分からなければ、転移は不可能だ。
そのために、召喚用の転送装置が存在する。
「転送装置が使われなくとも、どこにいるかぐらいは分かるよ」
「なら、どこかを教えてくれないか」
「場所はわからないよ。なんとなく、ここってわかるだけで」
正確な場所がわかれば、それを伝えられるが、今回は難しい。
一度行ったことがあればわかるのだが、今回の場所は初めての場所だ。
ぼんやりとした情報しかないため、明確な場所は伝えられない。
だが、考えがないわけではない。
「でも、内緒にしてくれるなら、リアナの元へ連れて行ってあげる」
「内緒にしよう。生涯、このことは誰にも話さない」
「私もだ」
これでリアナにバレることはなさそうだ。
ハルは満足気にうなずくと、少し体を大きくする。
「なら、契約成立だね。他に、連れて行きたい人は?」
「フーベルトを。今は、エドモンドといるがな」
エドモンドという人と一緒ということは、先程言っていたジールマン伯爵家の本邸か。
それなら、クレアの召喚獣に情報は貰っている。
初めて行く場所だが、きっと、たどり着けるであろう。
「了解〜。もう、出発してもいい?」
「いいが、どうやって移動するのだ?まさか、背中に乗れというのか」
「冒険者みたいで、かっこいいではないか!」
ダリアスとギルバートは応接室を出ると、外へ向かう。
その後ろ、ハルも商会の外に出ると、大人二人が乗れる大きさまで、体を大きくする。
「僕は世界で一番、早いからね。振り落とされないでね」
「あ、あぁ…」
「よろしく頼むぞ、ハル」
その背中に乗るダリアスは更に顔色が悪くなったが、ギルバートはとても生き生きとしている。
ハルは体を伸ばすと、歌うように話し始める。
「二名様、ご案内〜。まずは、フーベルトのところまで〜」
ハルは背中に乗る二人に出発を伝えると、一度その場で飛び跳ね、速度を上げて風になった。
「よし、着いた。今日も僕、早くてかっこいい〜」
さすが、クレアの元からリアナの住む家まで毎日飛んでいるだけある。
正確な地形や場所をわかりやすく教えてくれたおかげで、迷うことなく、ジールマン伯爵家の本邸にたどり着いた。
「ダリアス!これは、最高だぞ!」
「待ってくれ…揺らすな。…吐く」
ギルバートは賑やかな表情で笑っているが、ダリアスは口を押さえている。
屋敷の前で急に止まったことにより、小さな竜巻きが発生する。
それに気付いたのか、赤髪の男性が屋敷から出てきた。
「一体どうし……。ギルバート、ダリアス。どうしてここに?」
「エドモンド。それよりも、フーベルトを借りてもいいか?」
「それはいいが…」
「なぜ、お二人がここへ?」
無事に迎えに来た人物が見つかり、ハルは体を更に大きくする。
なんだか、エドモンドという赤髪の男性とフーベルトは、どことなく似ている気がする。
疑問を解決するのはいいが、それはまたの機会にしよう。
「話はもう終わりだ。出発するぞ」
「フーベルト、最高な体験ができるぞ!」
ダリアスの真剣な声とは異なり、ギルバートの弾んだ声のせいで、フーベルトは戸惑っている。
「さぁ、リアナを迎えに行くぞ」
「行きます」
リアナの名前を聞いた途端、迷いなく決断するところは、少しは認めてやってもいいだろう。
ハルはフーベルトが乗ったのを確認すると、他には聞こえぬように静かに話しかける。
「準備はできた?」
目を見開き、驚いている様子のフーベルトに、ハルは笑いが隠しきれない。
その表情が見たかったのだが、自分が思っていたよりも、フーベルトが面白い表情で驚いてくれて、大満足である。
「え、ハルさん?言葉がなぜ」
「気にするな。それよりも、移動中は口を閉じろ。舌を噛むぞ」
「フーベルト、楽しいぞ!私は、ここまで気持ちが昂ったのは、久しぶりだ!」
まだ気持ち悪そうに口に手を当てるダリアスの的確な指示に、フーベルトは口を閉じる。
ギルバートは、もう一度体験できる楽しみで、いつもより感情が表れている。
これで、リアナを迎えに行くための布陣は整った。
「三名様、ご案内〜。僕の大切なご主人のところまで〜」
ハルはその場で一度跳ぶと、気配のする方へ風になって駆け抜ける。
大切な大切な、たったひとりのご主人の元へ。
前世は二人で慎ましく暮らしていたが、今世こそ幸せになってほしい。
「その幸せのためになら、僕はなんだってできるよ」
ハルが小さく呟いた言葉は、風の中に消える。
大切なご主人を迎えに行くために、更に、速度を上げていった。




