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103. 目的と再会



 目が覚めると、知らない部屋だった。

 寝かされていたベッドから体を起こし、周囲を見渡す。


 シンプルな調度品でまとめられ、落ち着いた室内。

 だが、それに見合わないひび割れた壁の状態に違和感がある。



「…とりあえず、ここがどこなのか把握しなきゃ」



 ベッドから出ようとして、そこで初めて気付いた。

 身につけていた補助装置もなく、服装も変わっている。



「…赤」



 代わりに着けられた装飾品に、リアナは顔を歪める。

 ネックレスにも、腕輪にも、アドルフの瞳の同じ色の宝石があしらわれている。



「同じ赤なら、フーベルトの赤の方がよかった…」



 左手首に着けられた腕輪を見ながら、リアナは小さく呟いた。

 優しい友の笑顔が浮かび、泣きそうになる。


 もう一度、フーベルトの絵を見たかった。

 できれば、夏のお祭りにも一緒に行ってみたかった。

 そんな訪れない未来を考えながら、リアナは苦笑する。



「ネックレスは取れたのに。腕輪は取れない、か」



 ネックレスは外せたが、腕輪がなぜか外せない。

 仕方なく諦めると、リアナはベッドから出て、部屋の中を少し歩く。

 クローゼットの近くに置いてある姿見の前に立ち、乾いた笑みが溢れた。



「クレアの言う通り。私には似合わない…」


 

 自分の体のサイズに合わされた真っ黒なドレス。

 大きく開いたデザインのせいで、背中が少し肌寒い。

 だが、この黒いドレスを自分は見たことがある。



「お目覚めですか?よくお似合いです」

「………」



 話しかけてきたカルミアに、リアナは無言を返す。

 自分が起きたのに気付いたのか、部屋に入ってきたアドルフは、リアナの姿を見て破顔した。



「よく似合っている。やはり、リアナには黒だね」

「…そうですか」



 その言葉に、リアナは表情(かお)から感情が消えた。

 商会に届いたあのドレスも、手紙も、指輪も、全てアドルフが用意したものだったのだろう。

 無意識に手を握り込み、両手に巻かれた包帯に気付く。



「簡易的ですが、手当をしました。傷が開きますので、もう握り込まないでくださいね」



 手を見つめていたら、カルミアに説明された。

 握り込みすぎて爪が食い込んだみたいで、怪我をしたようだ。

 手当してくれたことに感謝はすれど、言葉を返したくない。

 その様子を見守っていたアドルフは、カルミアに優しく笑いかける。



「ここまでご苦労」

「有難いお言葉です。全ては、アドルフ様のために」



 カルミアは嬉しそうな表情(かお)でアドルフに笑うと、その笑みを浮かべたまま、リアナの方へ向く。



「どうして、こんなことを?カルミア様まで…」

「おや、説明していないのかい」



 アドルフの楽しそうな声に反応し、カルミアは短く詠唱する。

 詠唱を終えると、カルミアは自分が知っている人物に姿を変えた。



「お久しぶりです、リアナさん。覚えていますか?」



 この人懐っこい笑顔を、知っている。



「ライラさん…」

「はい、リアナさん。私はライラです」



 カルミアではなく、ライラ。

 理解が追いつかない事実に、リアナは混乱する。

 だがそれよりも、アドルフに聞かなければならないことがある。



「父になにをしたのですか」

「ちょっと魔力を抜き取らせてもらった。暴走はさせてはないよ」



 魔力を抜き取る。

 どうやってそれをしたのかはわからないが、暴走ではないことに安堵した。



「でも、魔力ポーションを飲んでも、何日かは魔法は使えない。少しの間、封印したからね」

「封印…」



 魔力の封印は犯罪者に科される、恐ろしい魔法だ。

 だが、一生というわけではなく、今回は数日でどうにかなる。

 一時的な封印により、身体にどう影響を及ぼすかわからないが、生きていてくれるだけで十分だ。

 そう考えているリアナの前で、アドルフは服から箱を取り出す。



「カルミア、これを預かっておいてくれ。リアナの身につけていた装飾品だ」

「はい、受け取ります」



 カルミアはアドルフに渡された箱を持ち、姿を消した。

 きっと、あの箱の中身は補助装置と召喚用のネックレスが入っているのだろう。


 アドルフと室内に二人きりになり、リアナは警戒を高める。



「そんな怖い表情(かお)をしないで。一筆書くだけでいいんだから」



 アドルフは部屋の中央に置かれた机の上に一枚の紙を置くと、その横にペンを置く。



「さぁ、リアナ。これに名前を書いて」

「…書きません」

「大丈夫。大切にするし、リアナはそばにいてくれるだけでいいから」



 大切にしてくれるなら、今すぐ家族に元へ返して欲しい。


 その願いも叶わないことはわかっているので、言葉にはしない。


 リアナが書くように促されているのは、婚姻を結ぶ際に使用される紙である。

 律儀に、アドルフの名前が書いてあり、それに顔が歪む。


 リアナの言葉を聞いて、アドルフは部屋の隅に置いてあった籠の中から小さな聖獣を出して、左手で掴んだ。



「では、この子の命はどうなってもいいのかい?」

「きゅー」



 自分は名前を書く気は無いのだが、聖獣の悲しそうな声に、リアナは眉をしかめる。



「…昔の貴方は、そんな人ではありませんでした。なぜ、変わってしまったのですか」

「時とは、残酷なのだよ」

「そんなの理由になりません」



 もしかして自分が知らないだけで、元からこのような人だったのかもしれない。

 王都での再会も、本当に偶然であったのか。

 今となっては、それも疑わしい。


 アドルフは満足そうに顔を綻ばせると、その赤い瞳に強烈な執念を燃やす。


 

「君の、全てが欲しい。そうすればきっと、父上は認めてくださるだろう」

「…私には、そんな買われる才能があるわけではありません。ガラスのことも、商会のみんなで考えついたことで」

「いや、それは違うね。リアナと聖獣が考えついたことだ」



 リアナは、驚きで心臓が激しく動悸する。


 きっと、ライラから漏れたのだろう。

 彼女の前でガラスは作ったことはなくとも、自分の情報を得るためならば、いくらでも方法はあるはずだ。


 リアナは言い返そうとするが、それよりも先に、アドルフは近付き、リアナの耳元で囁く。



「それに。いつの間に火魔法が使えるようになったのかな。私の記憶では、水魔法のみなのだが」



 リアナは思わず言葉を飲み込んで、アドルフを凝視する。


 ライラの前で火魔法を使ったが、他は見せていない。

 でも、アドルフにとって、それだけで十分な情報だ。


 リアナは何もついていない首元で、手を強く握りしめる。



「あぁ、握り込まないで。傷が開いてしまうよ」



 アドルフに手を触られ、思わず強く振り払った。

 それに気にした様子もなく、アドルフは美しい笑みを浮かべたまま、優しく囁く。



「君が名前を書けば、商会の手柄にしよう。書かないのなら、君は自分の聖獣を失うことになる」

「……どういうことですか」

「薄々、気が付いているはずだ。先程のは、魔物ではなく、聖獣であると」



 そんなことはあるわけない。

 そう言い返したいが、少しだけその可能性を考えていた。

 先程の魔物は、自分が知っている聖獣に姿がよく似ていた。


 聖獣は契約していても、契約者に対して絶対服従ではない。

 契約者である人間が悪いことをしようとすれば、召喚獣の方から契約を切られるため、悪事に利用されることはない。



「…通常、複数の聖獣と契約はできません。それに、聖獣は悪事に手を貸すはずはないです。それなのに、なぜ、アドルフ様の言うことを聞くのですか」

「通常は、リアナの言う通りだね。だが、私には聖獣を操る力がある。とある人から、特別な物を貰えてね。有意義に使わせてもらっているよ」



 アドルフはそういうと、右手を上着の中へ入れ、香水のような物を取り出す。

 きっと、それが先程言った聖獣を操る方法なのだろう。

 アドルフの左手に握られている聖獣は、その液体を見て、とても震えている。


 リアナはしっかりとアドルフを見据えると、自分の意思を伝える。



「どちらも受け入れません。私の相棒は、誰よりも頼れますから」

「残念だよ」



 アドルフは先程の香水を上着の内ポケットに仕舞い、自分に冷笑する。

 そして、リアナの腕を取り、部屋の外へ強引に連れて出した。



「どこへ行くのですか。離してください」

「どこって。とある聖獣を、仕舞っている部屋だよ」

「どうしてですか。行きたくありません」

「大丈夫、痛いことは何も無いよ」



 アドルフは部屋の扉を開けると、リアナをその中へ放り込む。

 暗い部屋の中で、目が赤く光っている。



「ここでその子と一緒にいてくれ。大丈夫、いい子にしてればその子も暴れないさ。だが、ここからリアナが逃げると、この手の中にいる聖獣に、これを吹きつけるよ。そうすれば、僕の聖獣へ仲間入りだ」



 再び震える聖獣に、リアナは仕方なく、その場に立ち尽くす。

 その様子に満足したように、アドルフは部屋を出ると、外から鍵をかけたようだ。


 リアナは暗闇に浮かぶ赤い目を見つめ返し、部屋の隅に座り込んだ。



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