101.壁の補修工事の立ち会い
読んでも読んでも終わらない、手紙の山。
「ふー。まだまだあるわね」
リアナは少し手を止めて、苦笑いをする。
朝、いつも通りに商会に来たリアナは、配達人によって運ばれる箱の山を見た。
きっと、仕事に関連する物が届いたのだろうと思っていたが、その荷物の確認を行っていたリックに呼ばれた。
リックの横に並び、リアナもその中身を見て、戸惑いを隠せなかった。
箱の中身は、商会に届けられた仕事の手紙。
しかし、ここまでの量は、商会を始めてから一番の多さになるそうだ。
その手紙の大半がガラスに関する注文についてで、リックと手分けして読んでいるが、なかなか終わらない。
「よし、頑張ろう」
再び手を動かし始め、ガラスとそれ以外の仕事に分けていると、リックから声をかけられる。
「少し休憩しよう。さすがに、この量は目にくるよ」
「そうですね。読んでも読んでも、終わりませんから」
リックの声に、リアナは前のめりになっていた姿勢から、少し椅子に寄りかかる。
確認できた手紙は、まだ四分の一にも満たない。
「ガラスの依頼の受付日、初日にこの量とは。シュレーゲル侯爵様の効果は、凄いね」
「ここまでとは思いませんでしたが…。有難いことです」
ギルバートのおかげなのか、お披露目会の招待客のほとんどが注文してくれたようで、名簿に載っていた名前もちらほら見える。
しかし、驚いたことに、貴族のみならず、店舗やギルト、学院からも手紙も届いた。
これからしばらくの間はとても忙しくなりそうだが、本当に嬉しい限りである。
リアナは満足げに笑みを浮かべると、手紙の山から、新しい手紙を取り、中身を確認する。
「午後からは、学院の頃の友人の元へ行くんだって?仲はいいのかい?」
「よくしていただいてました。浮いた噂が、多い方でしたけど」
「心配だけど、ダリアスがいるなら安心だね」
「大丈夫ですよ。良き友人です」
リアナは話しながら、仕事内容ごとに手紙を分ける。
学院の頃、浮いた噂が多かったアドルフに、自分は特に気にならないのだが、周りはよく気にしていた。
それと同じように、リックは気にしているようだ。
リアナは昼まで手紙を分け終えると、昼食と休憩を挟み、再び手紙を分ける。
しかし、そろそろ出る時間なので、あとは任せるしかない。
「あとはお願いします」
「ルカにも手伝ってもらうから、大丈夫だよ。気をつけてね」
手伝うと言っても、分けた手紙を各代表者の机に置いていってもらうだけだろう。
きっと、ガラスの注文の手紙は、ルイゼの机に置かれるはずだ。しかし、あの量は机には乗り切らない気がする。
早く商会へ帰ってきて、これを見たルイゼの驚く顔をぜひ見たい。
「いってらっしゃい!」
「では、いってくるわね」
「リアナ。帰ってきたら、絵を見てね。リアナのために描くから」
「まぁ、楽しみ。ありがとう、ルカ」
元気なルカに、とても癒される。
フーベルトの机はすっかりルカの机と化し、色鉛筆や紙が大量に置かれている。
そこに、ルカに宛てたフーベルトのメモ書きもあり、少し笑みが溢れる。
今日は、自分へのプレゼントがお題らしい。
ルカの頭を撫で、鞄を持ち部屋を出ると、階段の前でハルに止められる。
「ねぇ。僕も行く…」
「それは難しいわ。ルカと一緒に、ここで待っていて」
「じゃあ、行かないで」
「ハル。今日はどうしたの?」
仕事に行かないように願うハルは、すごく悲しそうな表情をしている。
いつも仕事へ行く自分を笑顔で見送ってくれていたのだが、今日は珍しく渋って、引き留めてくる。
そんなハルを、リアナは一度抱きしめる。
「なんだか行かせな方がいい気がする。行かないでよ」
「友人の屋敷で工事をするだけよ。なにも心配なことは無いわ」
「でも…」
「ハル、これは仕事よ。それに、何かあればすぐ呼び出すわ」
「…わかった。絶対に、約束だよ」
「えぇ。約束」
ただ遊びに行くのなら断ることはできるが、今日は仕事である。
簡単に断ることはできない。
なにが不安なのか分からないが、ハルとしっかりと約束をする。
ハルが事務室へ戻ったのを確認し、階段の下を見ると、父の姿が見えた。
リアナは一階に降りると、そのまま商会の所有する馬車へ乗り、前回訪れた屋敷へと向かう。
「珍しいな。ハルがあのようなことを言うとは」
「確かに、少し心配だわ」
階段の下からハルの先程の行動を見ていたのか、ダリアスは少し眉根に皺を寄せる。
確かに、いつもは見送るハルが引き留めたのだ。少し心配ではある。
「大丈夫だ。俺もいるし、補助装置もつけているな」
「えぇ。大丈夫よ」
「それに、なにかあればハルも呼び出せるしな」
「そうね。それにアドルフ様のことは、クレアも知っているわ」
「そうか。なら、安心だな」
父のその言葉に、身につけているピアスとネックレスに触れる。
補助装置も、召喚用のネックレスも、ちゃんとつけている。
ふと、少し前のことを思い出す。
そういえばクレアは、アドルフの屋敷に訪れた日に、自分の無事を確認しに来た。
結局、勘違いと言われたが、少し気がかりだ。
リアナは、ネックレスに触れると、気持ちを落ち着かせる。
これから仕事なのだから、余計なことは考えないほうがいい。
しばらく動いていた馬車が止まり、目的地についたようだ。
馬車を降りると、屋敷の入口にアドルフの姿が見える。
「よく来てくれたね。母は今日は神殿に行っている。壁の補修は、内側と外側、両面からできるよ」
「お気遣い、ありがとうございます」
「リアナもよく来てくれた。無理を言ってすまないね」
「いえ。これも大事な仕事ですので」
きっと、ガラスの注文が今日から始まることを、知っているからだろう。
申し訳なさそうな表情をするアドルフに、リアナは笑みを返す。
「私は外で作業をしますので。何かあれば、リアナにお願いします」
「わかりました」
今日は、壁と屋根の職人達を連れてきている。
リアナは屋内、父は屋根の補修の立ち会い、工事を見守る。
「部屋の中へ、入ってもよろしいでしょうか?」
「えぇ、扉は開けたままにしておきましょう。自由に出入りしてください」
「ありがとうございます」
部屋に入ると、職人に問題の箇所の壁を確認してもらう。
作業自体は難しいものではないようなので、任せていいだろう。
リアナが壁の補修を見守っていると、アドルフの声が耳に入る。
「職人の方々は器用だね。実技の授業は苦手だったから、正直羨ましいよ」
「こういうのは、慣れだと聞きます。きっと、アドルフ様もできるようになりますよ」
「そうかな?今からでも頑張ってみるかな」
「えぇ、ぜひ」
そのまま会話を続けていると、作業が終わったようだ。
リアナは職人に説明を受けながら、一緒に確認をしていく。
そして、確認を終えて部屋から出ると、廊下に父と職人の姿がある。
「屋内完了しました」
「屋外も完了した。これで、壁が腐ることはないだろう」
「そうね。一安心だわ」
短く報告を済ませると、リアナはアドルフの方へ向く。
父が話し出すのと同時に、頭を下げる。
「工事、全て完了しました。本日は、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。母が喜んでくれるといいのですが」
顔を上げた先、少し照れくさそうに笑うアドルフに笑みが溢れる。
母親想いの優しい息子なのだろう。




