本当の親切
「えーっと、だれじゃったかのう?」
長老ガラガラヘビは岩のかべのほうを見ながら言いました。
「反対ですよ、長老さん!」
「おお、そうじゃった」
長老は上を見上げます。
「そっちは天井です!」
もう一度、注意をすると、やっとこっちを向いてくれました。
「わあ、おどろいたのう! あいさつもしないで勝手に入ってこないでくれんか」
「あいさつはしたわ。わたしは、緑の妖精のフラハです。元は、砂の妖精の」
「あー……?」
ガラガラヘビは持ち上げた頭をかしげます。
フラハの足ばかりしげしげと観察して、どうも様子が変です。
「おぼえていませんか? 春ごろまで、ずっとこの黄色の丘でおてつだいをしていた妖精です」
「膝みたいな顔をした変な子じゃのう」
「それは膝! 顔はこっち! 長老さん、ぼけちゃったの?」
「だれがぼけじゃ! まったく、最近の若いもんは年寄りをそまつにあつかって……」
ようやく目を合わせられましたが、長老のお決まりのフレーズが飛び出してしまいました。
たいていのお説教は、これから始まるのです。
ところが長老は、「あー?」とか「うーん?」とか言って、話が続けられないようです。
よく見ると、二本のするどい牙が無くなっています。
それに、ガラガラヘビの特徴の、尻尾の先の殻もぼろぼろのしわくちゃです。
もともと年寄りでしたが、フラハがいない間にすっかりと“もうろく”してしまったようです……。
腹の立つ面倒くさいやつだと思っていましたが、こうなるとフラハの“こまってる人センサー”も反応し、親切心も全開になってしまいます。
「おじいちゃん……。何かしてほしいことはある?」
「そうじゃのう。わしは、ミルクが飲みたいのう」
「分かったわ。まってて」
フラハは、いやな顔ひとつしないで立ち上がりました。
「どこに行くんじゃ? はよう、ミルクを出しとくれ」
「持ってきてないわ。少し待ってて」
「なんと、おぬしはミルクが出んのか!?」
「でません!」
「サボテンのくせして」
「だれがサボテンですか! っていうか、サボテンもミルクは出さないわ!」
「サボテンのミルクとは、変なことを言う子じゃのう」
「あなたよ!」
「わし? わしはサボテンじゃないぞい?」
「だーかーらー!」
フラハは地面をふんづけながらうなります。
「とげとげした子じゃのう。やっぱりサボテンじゃないか」
おっと、おこってはいけません。フラハは深呼吸をして、にっこりと笑顔を作ります。
「サボテンの実は真っ赤でのう、とてもみずみずしくておいしいんじゃ」
「じゃあ、ミルクじゃなくって、サボテンジュースを飲みたい? お外にとげとげサボテンがいたし、わたしの魔法で実をつけてもらったら、いけるかも」
「おぬしはジュースが出るのか?」
「わたしじゃない! わたしの魔法で!」
「あほうなのか?」
「あほうじゃない! まほう! もう、ばか!」
フラハはぼけにつっこみ過ぎて、 マラソンをしたみたいに息が切れてしまいました。
「その真っ赤なほっぺを見ていると、サボテンの実を思い出すのう。サボテンの実や花は、めったに見られない貴重なものなんじゃ」
「そういえば、わたしも見たことがないわ」
「大昔に、見たことのじゃが、本当にきれいで可愛らしいものじゃった」
ガラガラヘビはフラハのことを見つめています。
「まだ、まごたちも産まれとらんくて、わしも尻尾がしゃっきりして、おくさんも生きとったころの話じゃ……」
「おくさん、おなくなりになったのね。きっと、すてきな妖精になってると思うわ」
フラハはそう言って、すわりなおしました。
「ありがとう」
牙の無いヘビがにっこりと笑いました。
フラハは、胸がふしぎな気持ちでいっぱいになりました。
黄色の丘で、「ありがとう」を聞くことはめったにないからです。
それに、以前の長老なら絶対に言いませんでしたし、おまごさん以外にこんなふうに笑ってみせたこともなかったのでした。
「おまごさんは、元気ですか?」
「まごか……。まごも、砂の妖精がおらんようになってから……」
フラハはとっさに耳をふさいでしまいました。
もしも、もしも自分がいなくなっておてつだいをしなくなったせいで、おまごさんに何かあったのだとしたら……。
そんなことは、聞きたくも、知りたくもありません。
「……自分で自分のことをやるようになって、わしに甘えんくなってしもうた」
フラハは、ずっこけかけましたが、胸をなでおろします。
「ちょっと、さびしいですね」
「そうじゃのう。じゃが、よろこばしいことでもある。時はうつろい、変わりゆくものじゃ。ずっと同じ景色に見えるこの丘も、風が吹けば砂がけずれ、流れて積もり、毎日、少しづつちがった風景になっておる」
「考えたこともなかったわ……」
フラハは、ほらあなの外を見つめます。
いつだって砂山は砂山で、ずっと同じ景色だと思っていたのです。
「ここでは、だれも考えごとをするよゆうなんてないんだわ。将来の夢を見ることもできないんだわ」
いつの間にか外では、風が強くなっているようでした。
砂嵐とまでは行きませんが、出かけるには具合の悪い天気です。
「この丘は、かこくな地じゃ。だれしもがものを取り合い、けんかやいじわるをする。弱い者や、やさしいものばかりが損をするのじゃ」
「そうね……」
「少し前まで、この砂漠には働き者の妖精がおった」
……! フラハのことでしょう。
「その妖精は、みんなに言われるがままにおてつだいをし、ろくにお礼も言われぬまま、ずっと働いておった。じゃが、出て行ってしまった。当然じゃ。今思えば、かわいそうなことをした。これまで、この砂漠にいた妖精たちはみんな、ここよりも、ほかのだれかのためになりたくて、みーんな出て行ってしまったのじゃよ」
「でも、わたしは帰ってきたわ。フェネックやラクダはいけ好かないけど、おじいちゃんのためなら、おてつだいをしてもいいわ」
「必要ない。おぬしも、また出て行くがよかろう。ここにいると、考えることをわすれてしまう。親切もおてつだいも、なぜするのか、なんのためにするのか知らなければ、本当の親切とはよべないのじゃ」
「わたし、知ってるわ。ココロ先生に教えてもらったもの。だから、ここの人たちが悪かったことも分かったの。あのね、おじいちゃん。わたし、この黄色の丘を、花や木でいっぱいの、すてきな緑の丘に変えたいの。そうすれば、みんな心にゆとりができて、やさしくなれると思うわ」
「むだじゃよ。するほうだけでなく、されるほうも知っていなければならぬ。この丘の者は、わしがいくら説教をしても、かけらほども理解しようとせぬからな……」
ガラガラヘビは悲しそうに首をふりました。
「だいじょうぶ。いける、いける。わたしね、黄金の国の町で、冷たかった人たちを、少しだけ親切に変えられたの。きっと、ここでも上手くいくわ!」
「おぬしは、あの、大きなお城のある町から来たのか!」
「そうよ。王さまのおてつだいをしていたの」
「王さまじゃと!」
長老は急に大きく口を開いて、フラハに向かって「しゃーっ!」といかくをしました。
「どうしたの!?」
「わ、わしは猛毒のガラガラヘビじゃぞ! たとい首をはねられても、頭だけでもかみつくぞ!」
そうでした。長老ガラガラヘビのご先祖さまは、王さまに首をはねられていたのです。
「だいじょうぶよ。落ち着いて。わたしは、王さまと友達なの。王さまは良い王さまに変わったから、もう平気よ」
フラハが説得するも、ガラガラヘビは、かのじょの腕に「ぱくり!」とかみつきました!
本当なら、さんざん苦しんだあげくに死ぬくらい大変なことですが……長老にはもう牙がありませんから、痛くもかゆくもありません。
「ひい、今のはうそじゃ! わしは、とげとげサボテンじゃ! 実もならない、とげだらけのサボテンじゃ! さわると痛いからあっちにいけーっ!」
長老は部屋のすみっこまで逃げて、尻尾をがちがちとふるわせます。
ふつう、ヘビは安心したり、けいかいしたりするときは、とぐろをまくものなのですが、おじいちゃんヘビはそれすらもわすれてしまっているようです。
おじいちゃんはもう、何を言っても自分を「サボテンだ」と言い張るばかりになってしまいました。
フラハは「ごめんね」とつぶやくと、そっとあなぐらを出ました。
外は風がさらに強くなり、いよいよ砂嵐になっていました。
フラハは、大きなふくろの中からひとつの種を取り出します。
それをそっと、風の当たらない岩かげにうめてやります。
これは、サクランボの木からもらった種の片割れです。
フラハは種を植え終えると立ち上がり、砂嵐の中をだまって進み始めました。
オアシスのそばや、風よけの岩のそば、嵐が来にくい場所などに行って、つぎつぎと種を植えていきます。
ニンジンやジャガイモなどの野菜の種、マリーゴールド、シクラメン、野バラ、スイートピー、アサガオ。
タマリロのなえ、リンゴのなえ、オレンジのなえ、モモの種にパインのかぶ。
こういった植物の子どもたちを、緑の丘でだれかにもらったり、自分で集めたりしてきていたのです。
緑の妖精は砂嵐でもめげません。
たくさんの砂粒が身体中にたたきつけても、決して負けません。
船長さんのサングラスで目を守り、ムギちゃんの手づくりマフラーで鼻と口をおおい、砂をかく手はグロブさんの手ぶくろが守ってくれています。
とちゅう、迷子のおすましフェネックに助けをもとめられたので、巣まで案内してやり、目に砂が入って文句をたれていたラクダの目も洗ってやりました。
あまりにもひどい風だったので、砂の中が得意なトカゲやサボテンすらもこまってしまい、フラハに助けをもとめました。
フラハは、かれらの願いをすべて聞き入れました。
そして、「わたしは緑の妖精なの。このかわいた丘を、すてきな丘に変えてみせるわ」と約束をしました。
少しづつ種をまきながら、フラハは嵐の中をつき進みます。
雨の無い嵐でも、大きな川ができることがあります。
流砂という、砂でできた川です。
同じ場所に砂がたまって、それが重みでくずれて低いところへと流れていくのです。
そこに足を取られてしまえば、たちまちしずんでしまい、二度と出てくることができなくなります。
「助けてくれえ!」
親切な妖精のセンサーがキャッチしたのは、いじわるサソリの声でした。
かれは、はさみの片方だけを砂の上に出しながらもがいていました。
たくさんの脚も、すっかり役立たずです。
「お願いだ! だれか助けてえ!」
フラハは自分がしずむ危険もかえりみず、流砂に足をふみ入れました。
そして、なんとかサソリのそばまで行って、かれを砂からすくいだし、砂の川からぬけだします。
間一髪。フラハがぬけ出したところで、追加の砂がたくさん流れてきて、流砂がもっとひどくなったのです。
「ふう、あぶないところだったぜ。お礼をしなくっちゃな」
いじわるサソリはそう言うと、フラハの足を「ぶすり」と毒針でさしました。
「おれが、砂におぼれるわけがないだろ。相変わらず、ばかな妖精だな」
それから、げらげらと笑いながら、砂の中にもぐって逃げていきました……。
「……」
フラハは胸の中に、砂嵐や海の大嵐よりもおそろしいものを宿していました。
でもそれは、親切のためには不要なものです。
フラハは心でもえさかる炎に「消えてしまえ」とねんじて、ぎゅっとふたをします。
……サソリにさされた足が、しびれてきました。
毒なんてものにかまっているひまはありません。
本当の本当に、ふらふらのくたくたです。でも、フラハはもう、自分がふらふらしていることすらも分からなくなっていました。
フラハは「お願い、動いて」と自分の足をはげまし、あわく虹色に光りながら、まだまだ種まきを続けます。
そうして、ふくろの中身が最後の一個になったときにはもう、全身がしびれてしまい、息もたえだえになっていました。
やっとのことで黄色の丘のいちばん高い砂山の上に登ると、さっきまでの嵐が、うそのようにやみました。
また、太陽です。何もかもをからからにかわかし、ひりひりと干上がらせる、おそろしい太陽です。
同じ太陽なのに、緑の丘の太陽と、どうしてこんなにもちがうのでしょう。
砂山のてっぺんなんかではなく、岩かげに逃げなければきけんです。
それなのにフラハは、つとめてココロ先生のことを思いえがいて、にっこりと笑い、仕事を続けました。
かのじょの植える最後のひとつは、ココロ先生のドレスのモデルになった季節外れのスノードロップのきょうだいです。
砂をほり、そこに球根を置いて、そっとうめてやります。
それから、ふるえる手をにぎりあわせて、羽をぴんと真っ直ぐにのばして、こう言いました。
「お願い、植物の子たち、早く芽を出して、大きく育って!」
すると、フラハの羽が「りーん」とすずしげな音をひびかせ、七色に光りかがやき始めました。
光は羽から、かのじょの体の全体へと広がり、妖精からいちばんの砂山に広がり、砂山から黄色の丘のすべてと、丘と空のつなぎ目、そして雲の無い空をおおい、太陽すらも飲みこみました。
……光が遠ざかると、いまだ手をにぎりあわせて固くなったままの妖精の前で、ひとつの小さな芽が顔を出しました。
『おはよう、妖精さん。ここは暑いわね、もう少しすずしくしてくれると助かるのだけれど』
「……スノードロップさん、もう少し大きくなれない? ほかに植えたたくさんの木や草が大きくなれば、きっとすずしくなるから」
『そんなこと言われても……』
フラハはもう一度、手をにぎりあわせます。
羽がふるえ、虹の光がふたたび丘を包みました。
ところが、芽はほんの少し開いただけで、ちっとも大きくなりません。
「どうして!?」
『どうしてって、こんな、雨も無くて土も悪いところで、わたしたちが育つはずないじゃない』
スノードロップは口をとがらせます。
「そんなはずないわ。妖精の魔法には、ふしぎな力があるのよ。季節はずれでも、雨とか土とかも、関係ない!」
あわててもう一度、魔法を使います。
「お願い!」
黄色の丘はまた光に包まれました。
でも、一向に緑の丘に変わる様子はありません。
それどころか、あっちこっちから、“こまってる人センサー”の反応が出始めます。
『水をください!』
『土が悪くて根っこが張れないよ』
『太陽が暑すぎる』
『ラクダがわたしをかじろうとするわ!』
フラハが植えた植物たちの、苦情の嵐です。
目の前にいるスノードロップの芽も、心なしかしおれてきたように見えます。
「しっかりして、がんばって!」
『もう、がんばってるわ……』
「お願い!」
しおれた芽に向かって、もう一度。今度は、もっともっと、強く強く願いました。
スノードロップが光りかがやきます。
しかし、光は何事もなかったかのように、消えてしまいました。
『やめて! わたしたちを、むりやり大人にしようとしないで!』
スノードロップはそう言うと、砂の中に芽を引っこめてしまいました。
「どうして!? みんなのためなのに! それがあなたのためにもなるのに! 芽を出して! 大きくなって! 花を咲かせて!」
フラハは砂をこぶしでたたきながらさけびます。
「生えろ! 生えろ!」
砂が散らばるばかりで、何も起こせません。
「もしかして、きみは、緑の妖精じゃないんじゃないかな?」
頭の上で声がしました。砂漠に似合わない、のんびりとした声です。
「だれ!? どうしてそんないじわるを言うの?」
「ぼくだよ。ここは暑いねえ。それに、食べるものも少ない」
フラハの頭の上に、でっかい青虫が乗っかっています!
「青虫さん! わたし、ここを食べられる草木でいっぱいの、緑の丘にしたいの! あなたも手伝って!」
「そんなこと言われても。ぼくには、食べることくらいしかできないよ」
青虫はきょろきょろすると、ため息をつきました。
「食べられそうなのは、これしかないね」
そう言うと、このはらぺこな青虫のやつは……フラハの頭から生えていた可愛いふたばをかじりはじめました!
「わああ! やめて!」
フラハはあわてて青虫をはらい落としますが、もうおそいです。
葉っぱも茎も根っこも、みんなみんな食べられてしまいました!
「どうして、こんなひどいことをするの!?」
フラハはもう限界です。青虫のやつをふんづけてやりたい気持ちでした。
……ところが、青虫は地面にはらい落とされたせいなのか、茶色く固くなって、ぴくりとも動かなくなっていたのです。
悪い青虫がどうなろうと、ひとりぼっちだろうと、知ったこっちゃありません!
とにかく、とにかくここを緑の丘に変えなくては。フラハの心はそれだけでいっぱいでした。
「ちくしょう! 生えろ! 生えろ! わたしは、わたしは緑の妖精じゃなきゃだめなの!」
フラハは、またも力いっぱいに砂をたたきます。
もはや、妖精の羽は光りもしなければ、音もたてません。
フラハはとうとう両手を砂について、泣き始めてしまいました。
妖精の涙がほっぺたを伝って、雨のように砂の上に降り注ぎます。
それは、ちょうど、スノードロップを植えたところでしたが……こんな塩辛い雨じゃ、なんの足しにもならないのでした。
奇跡は、起きません。
魔法なんて、役に立ちません。
だれも、手伝ってくれません。
でも、フラハはけんめいにがんばってきたのです。
自分を押し殺して、みんなのために、ずっとずっと……!
「親切なのに。良い子なのに。わたし、ずっとそうだったし、そうじゃなきゃ、だめなのに……」
青い瞳から、とめどなく涙がこぼれおちます。
黄色の丘の住人がいじわるでも、昔はお世話になったのですから、やっぱり信じたかったのに。
自分は砂の妖精じゃなくて、ココロ先生の言ってくれた、すてきな緑の妖精だと思ったのに。
ココロ先生は引き止めたいのをこらえて、わたしを送り出してくれたのに。
かなしさとくやしさと腹立たしさ、もっともっとたくさんの悪い気持ち。
ふりしきる涙はまるで、反対の虹色でした。
「やっぱり、わたしが悪かったのね。わたしが全部まちがいだった……」
フラハはだれともなく、「ごめんなさい」とつぶやきました。
風すらも、砂山すらも返事をしません。
その代わりに、やってきたのは、「ひはははは!」という、ひとつの笑い声でした。
* * * *
* * * *
☆悪魔の世界のひみつ、その六☆
「わがはいたちは、どれだけ追いはらおうとも、退治しようとも、むだである」




